第二話 私の運命
リアクロンビー公爵を迎えるため、我が家は昨日の晩からてんやわんやの騒ぎだった。
料理人たちは夜通し台所に立ってご馳走の準備に精を出した。使用人たちは屋敷の隅々まで磨き上げ、清潔で快適な空間を実現。おまけに花職人が用意した花々が、あちこちを華やかに彩っていた。
(すごい気合の入りようだわ……こんなに屋敷が綺麗になったのはいつぶりだろう)
非日常的なまでに飾り立てられた屋敷は、我が家がこの縁談にどれほど期待しているかを語っているようだった。
ここ10年、我が家の財政は苦しい状態が続いている。
お義母様のご実家が事業に失敗し、その穴を埋めるために多額の資金を出した――そんな噂を聞いたが、本当かは分からない。そんなことに関心を持っている素振りを見せようものなら、今度こそ本当にこの家を追い出されてしまうから。
リアクロンビー公爵は予定よりも早く到着した。
大量の馬車に、楽器隊のおまけ付き!
その豪華絢爛な様子は、音だけで窺い知れるほどだった。
屋敷全体が緊張と期待で膨れ上がっているようだった。使用人たちはリルクート・リアクロンビー公爵を一眼でも見ようと、窓ぎわに押しかけた。
「とんでもない美男子なんだって? 国一番なんて声もあるとか」
「しかも最近は、貿易も手がけて巨万の富を築いているらしいわよ」
「お嬢様たちが羨ましいわぁ。見そめられれば玉の輿じゃないの」
「見そめられれば、ね……。どんな美女の誘いも断ってるって話だよ。うちのお嬢様たちの容姿じゃ、ちょっとね……」
「何てこと言うんだい!!奥様の耳に入ったら大目玉だよっ」
私はみんなの会話に加わらず、淡々と仕事を進めた。
噂話に加わっていることをお義母様に知られたら、どんな罰を受けるか分からないもの。
それに正直……お姉様たちを羨ましく思う気持ちと向き合いたくない。
リアクロンビー公爵は、王宮の帰りに我が家に寄るだけだ。
名目上は物資の補給。とはいえ、我が家の狙いは、公爵とお義姉さまたちを引き合わせること。
うまく行くかは分からないけど、少なくともお義姉さまたちにはチャンスがある。
私には……ない。
リアクロンビー公爵はおろか、私はおそらく一生結婚できない。
私はみなしご同然だから。
そして何より……醜いから。
それが運命というもの。
普段は受け入れているけれど、こうした浮かれた空気の中にいると、自分の未来がちょっと悲しくなったりする。そして、そんな気持ちを紛らわすのには、働くことが一番。
「あ、あれが公爵じゃない!?」
「まあ、なんて美しい方……」
聞こえないふりをして作業を続ける。
照り出しのための卵黄を用意しようとして、思い出した。
――卵を落とした回廊を、まだ掃除していない。
簡単には片付けたが、新しい卵を取りに戻ったり、その後もすぐに仕事を頼まれたりして、きちんと清掃できていないのだ。
公爵が出入りするのは、正門と本館の予定だ。だから、回廊にはまず顔を出さないはず――。
それでも、万が一、目に入ったら……。
いや、最悪なのはそれだけじゃない。
片付けを終えていないことを、お義母様に知られたら――絶対に許してもらえない。想像するだけで、背筋に冷たいものが走った。
(大丈夫、ちょっと行ってきれいに拭くだけ。5分もあれば終わるはずよ)
私は心の中でそう自分を落ち着け、使用人たちの目に触れないように、そっと台所を抜け出そうとした。忙しそうに立ち働く人々の間を縫い、静かに廊下へ――。
「ちょっと、どこに行くの?」
突然、鋭い声に呼び止められ、思わず体が硬直した。振り返ると、そばかす顔の女給が、怪訝そうに私を見つめていた。確かに最近入ったばかりの女の子で、名前はーー忘れてしまった。
心臓がバクバクと跳ねる。
「え、えっと――」
頭の中で必死に言い訳を探す。しかし、うまい言葉は見つからない。言い付けられたら、大変なことになる――。
女給の視線が痛い。疑わしげに眉をひそめ、そばかすまみれの顔が近づく。
「何か企んでるの?」
その問いに、言葉が喉で詰まる。
「そ、そんなことは……」
(ああ、だめよ。下手に嘘をつくくらいなら、いっそ正直に言った方が安全だわ――)
「実は……卵を落として、廊下を汚してしまったんです。掃除してこようと思うのですが、マチルダ婦長には内緒にしていただけませんか」
「今!? こんな忙しい時に、今やらなきゃだめなの!?」
女給の声は驚きと呆れが混ざり、少し鋭い。
「お客様や奥様の目に入ったら、大変なことになると思って……」
少し間を置き、女給は作りかけのケーキを指差した。
「……仕方ないわね。このケーキはどうするの?」
「戻ってきてから片付けます」
「メレンゲが萎んじゃうわよ。いいわ、私がやっておく。その代わり、早く戻ってきてね。私まで一緒に怒られたらたまらないもの」
「あ、ありがとうございます!」
急いで廊下に向かおうとした私を、彼女はすかさず呼び止めた。
「待って!」
「?」
「これを持っていくといいわよ。卵じゃ綺麗にするの大変でしょ」
差し出されたのは、粉状の重曹だった。私は何度もお礼を言って、廊下へと向かった。




