第二十六話 波乱
男に扮して宮廷に潜入したセシルは――
「どうした? 二度は言わせるな」
(外せるわけがない――誰か、、誰か助けて!!)
全身から汗が噴き出し、嫌な汗が背中をつたった。
助け舟を出してくれたのはデドリウス様だった。
「……恐れながらも、陛下。この者は顔に酷い火傷を負い、姿を隠して生きてきたのです。このような大勢の前でその傷を晒すのは酷というものです。なにとぞ、ご容赦を」
デドリウス様が深々と頭を下げ、私も慌てて最敬礼した。
(お願い……このままやり過ごさせて!!)
「……そうか、お前の言うことはよく分かった。その者、近うよれ」
デドリウス様を見ると、素直に言うことを聞くんだというように目で合図された。
私は緊張で棒のようになった足を、気力で動かした。心臓の鼓動が鎧を打ってしまうのではと思うほどだ。
陛下はもう目の前だ。私は必死で礼をとった。
「顔を上げろ」
ゆっくりと目線を上げると、陛下と目が合った。その時、思いがけないことに気づく。
(目だけは……リルク様とそっくりだわ)
真っ青な瞳だった。けれど深海のように暗く感情が見えない色でもある。
不意に陛下が微笑んだ。その笑顔は意外にも人懐こく、少しだけ緊張がほどけた。差し伸べられた手に口づけしようとした瞬間――
ガシャーン!!
衝撃で、何が起きたか一瞬理解ができなかった。目の前には先ほどまで被っていた兜が転がっている。全身を強く打った衝撃と痛みで、目のピントがうまく合わない。
正気を取り戻すよりも早く、周囲の怒号が耳を貫いた――。
「お、女!?」
「女だ!!『清めの塔』に女がいるぞ!!」
生温い汗のようなものが頬をつたった。拭った掌にべっとりと血がつく。どうやら兜を無理やり飛ばされた勢いで、額を切ったらしい。
「セ、セシルじゃないか! なぜここに?」
顔面蒼白のリルク様が私に駆け寄ろうとしたが、陛下がその肩をがっちりと押さえ込んだ。
「その女に近づくな。近づいた瞬間、お前もその女も罰する」
陛下は私にゆっくりと近づいた。乱暴に顎を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「なるほど……お前が噂のセシル・ニルヴァルか。確かに美しい。だが」
「兄さんをたぶらかして、ただで済むと思うなよ?」
私にしか聞こえない低い声。ゾッとして何も返すことができなかった。陛下はデドリウス様に向き合うと、冷たい声で宣言した。
「デドリウス、お前は重罪を犯した。宮廷に――しかも女人禁制の『清めの塔』に、部外者の女を招き入れた。この行為は余への背徳行為と見做す。今日付けで第三騎士団長の職を免職とする」
この宣言に、第三師団から悲鳴が上がった。マルトーニ様が蒼白な顔で駆け寄ってくる。
「陛下、私もこのような事態に驚き、また、規律を破ったデドリウスには呆れもしています。しかし、デドリウスがこのような行為に出るのには、それなりの理由があるはずです。ヴァリアーニ家といえば、ニ百年続く名門……。その中でもデドリウスの功績は輝かしいものであったはずです。処分を決定するのは、事情を聞いてからでも良いのではありませんか? 特に、人員不足の今、彼を失う余裕はないかと……」
「黙れ。お前も処罰を受けたいのか?」
陛下が一喝し、マルトリーニ様は言葉を失った。それに続いたのはリルク様だった。
「陛下――私からもお願い申し上げます」
「デドリウスはこのようなことで失っていい人材ではありません――実は、彼女を連れてくるよう頼んだのは私なのです」
「な!?リルクお前――」
「結婚前にどうしてもセシルに会いたくて、私がデドリウスに無理を頼んだのです。でも、これで彼女とも会えました――理想の形とは違いましたが」「私の心は満たされ、心残すことなく結婚することができます。これからはアリシア国との架け橋として、滅私の精神で忠誠を誓います。ですから、デドリウスとセシルには寛大な処置を」
深々と頭を垂れたリルク様。その時、陛下の口元が緩むのを、私は見逃さなかった――。
「……なるほど、そのようないじらしい背景があったのだな。――いいだろう。この集いはリアクロンビー卿の祝いの場だからな。それに免じて、デドリウスの免職は取り下げよう。その代わり、第三師団は西府の駐屯に命じる。期間は2年で、ソリデア国の残党を確実に掃討しろ。婚姻の儀が終わり次第、出発するように」
第三師団が整列している方からまたも悲鳴のようなざわめきが起きたが、「静まれ」と王が小さな声で命じると、広場は水を打ったように静かになった。デドリウス様の顔は真っ青だ。
「……寛大な措置に感謝いたします」
「お前にはこの失態を取り返すことを期待しているからな。次はもう少し妹の管理にも気をつけろ」
「な……それはどういう……」
「さて。これで講話は終わりとする。その女を連れてこい」
講話は最悪な形で終了した。
(私のせいで、デドリウス様が……)
涙が溢れて止まらなかった。
デドリウス様に謝ることも、リルク様と話をすることもできないまま、私は半ば連行される形で、奥の間へと連れられていった。




