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第二十五話 宮廷へ

リルク様が隣国の皇女と結婚してしまうーー。

リルク様の真意を確かめたいセシルは、デドリウス様と宮廷への潜入を試みるがーー。

 「まず、宮廷にどうやって潜入するかだが――いくつか選択肢がある」


 デドリウス様の声は低く響き、張りつめた空気が室内に落ちた。


 「一番手堅いのは、俺の身内として潜入することだな。知り合いの侍女に君を預け、俺がリルクと接触し、君と落ち合う。ただし懸念が二つある。一つはその侍女が裏切る可能性。もう一つは、宮廷に潜入はできても、リルクがいる空間まで入れない可能性だ。婚礼の儀の前の貴族は、決起会や前夜祭を除き、女人禁制の『清めの塔』に隔離されるんだ。ここに侵入するためには別の方法を考えなくてはいけない」

 「もう一つの方法としてはーー」


 そう言って次に示された策に、私は息を呑んだ。


 「えっ……でも、それでバレたら――」

 「バレたら終わりなのは、どの方法でも同じだ」


 大胆でリスクの高い方法だ。けれど、一番成功の可能性が高いように思えた。


 「その方法で行きましょう」

 「そうと決まれば準備だが……。君はヤスミンとほぼ同じ体型だから、借りられるものもあるだろ」


 私たちは早速ヤスミン嬢の部屋に向かった。銀細工の施された深緑色の扉を叩くと、一瞬だけ開き、灰色の瞳がこちらを覗いた。名を呼んだ途端、バタンと閉ざされてしまう。


 「おい、急いでるんだ。お前に借りたいものがあって」


 再び開いた扉から顔を出したのは侍女だった。


 「ヤスミン様はご気分が優れません。ご用件は?」

 「ちょっと服を借りたくてな。通してくれ」


 侍女は一瞬眉をひそめたが、「お待ちくださいませ」とだけ言い残して扉を閉ざした。


 やがて再び扉が開き、差し出されたのは無造作に包まれた衣服の束だった。私たちは入り口に立ったままそれを受け取るほかなく、ヤスミン嬢と顔を合わせることもできなかった。お礼の言葉さえまともに伝えられないまま、私たちは急いで支度を整えて、馬車へ乗り込んだ。


 馬車を出す間際、何気なく屋敷の方に目をやると、窓からこちらを覗く人物と目が合った。気づかれた瞬間、サッとカーテンが閉められる。


 (あれは……ヤスミン様?)


 「ん、どうかしたか?」

 「あ、いえ……何でもありません」


 向き合ったデドリウス様は、騎士団長としての正装を身に纏い、私は――。


 「なんだか新鮮だな。これも悪くない」

 「……あまり見ないでください」


 私が身に纏っているのは、白いボウタイシャツに男装の狩猟服。そして宮廷に入る時にはさらに鎧を纏う。

 男に扮する――それが選ばれた潜入策だった。


 「これが一番良い方法だと思ったが……とんでもない愚策の気もしてきたな」

 「やってみないと分からないです……なんて胸張って言うことじゃないですよね。バレたら一貫の終わりだわ」

 「最近の騎士団は配置転換が多くて、誰が誰だかわからない状態だからな。気づく奴はまずいないだろう。とはいえ、バレたら俺の首が飛びかねないんだから、勝手な行動は慎んでくれな」


 「その点はお約束します。信じてください」

 「再度確認しよう。君は俺の師団に加入した侍従だ。兜と鎧は絶対に俺以外の前で脱ぐな。声も発するな。一瞬で女だと気付かれるからな。正体がバレそうになったり、なにか勘付かれたときは、早急に俺に言うこと。これだけは絶対に守ってくれ。いいな?」


 私は力強く頷いた。


 やがて王都につくと、私たちはデドリウス様が長を務める第三騎士団の本部に向かった。南西翼棟にある本部には、約50名の騎士たちが寝食を共にしているらしい。デドリウス様の姿を見るなり、隊員たちが次々と立ち上がり、胸に手を当てて挨拶をしていく。


 その一つ一つに頷いて答え、「問題はないか?」と声を掛けるデドリウス様。侍従と思しき若い隊員が、私の存在に気付き、「この者は?」と声を掛けた。兜と甲冑でフル装備の姿が奇異に映ったらしい。


 「俺の新しい侍従だ。今日は俺が面倒を見るから心配ない」

 「隊長が直々に? それはそれは……」


 隊員はどこか不服そうに言った。デドリウス様がその隊員に背を向けた瞬間、その隊員は私の兜を持ち上げて、顔を覗こうとしたーー。

 あっと悲鳴が漏れそうになる前に、デドリウス様が隊員の腕を掴んだ。


 「やめろ。こいつに手を出すな」


 凄みのある声だった。隊員は縮こまり、平謝りしていた。


 (あ、危なかった……!!)


 その隊員のせいで、自分がどれほど大胆なことをしているのか、思い知らされた気がする。

 それからはデドリウス様から離れないよう、ぴったりと張り付いて歩いた。思わずデドリウス様の腕に縋ろうとして、小声で注意された。


 「おい、団長と腕を組もうとする侍従がいるか?」

 「でも……」

 「大丈夫だ、何かあっても俺が対処するから信じて着いてくるんだ」


 甲冑は重く、不自由きわまりない。


 (これでも軽い方らしいけど……)


 デドリウス様に導かれ、私たち第三師団は大広間へ。これから国王の講話が始まるそうだ。


 「いいか、チャンスは講話のあとの昼食会だ。その時に俺がリルクを連れ出して時間を作ろう。君は目立たないようにするんだ」


 私は無言で頷いた。


 大広間には貴族や騎士たちで溢れかえっていた。誰が指揮するでもなく、貴族・騎士団に分かれ、秩序だって整列している。恰幅のいい褐色肌の男性が表れ、デドリウス様に声を掛けた。


 「デドリウス、遅かったな」

 「やあ、マルトリーニ。いつ北方から戻ってきたんだ?」

 「さっき着いたばかりさ。北方戦線は撤退だよ。今回の婚姻を受けてアリシア国との緊張関係は緩和されたからな。かわりに南方と西方は増員されているようだ。今日も第四師団と第七師団は来られなくて、特使を送ってくるそうだ」


 「第四ってことは、まーたノラールのところか」

 「いや、ノラールは降格されて騎士団を離れたぞ。ここだけの話、俺ももう限界だぜ。こっちにもそのしわ寄せが――」

 

 デドリウス様とマルトリーニ様が低い声で会話してる横で、私はリルク様を探していた。


 ――いた!


 二階席の張り出しに立ち、険しい顔で前を見据える姿。隣の人が話しかけても、ほとんど上の空のようだ。


 (なんだかやつれて見えるわ)


 それでもリルク様の姿を見つけて、私の胸は高鳴った。

 その瞬間、管楽が鳴り響き、音楽が続いた。


 「陛下のお出ましである! みな、頭を下げて出迎えよ」


 皆が膝をつき、国王に敬意を表す姿勢をとった。私も見様見真似で続く。空気がピンと張り詰め、痛いほどの静寂が場を支配した。

 コツコツ、と国王の足音だけが鳴り響く。


 クラウス八世――。

 冷酷無慈悲と名高い、若干24歳の王。一方でその手腕は合理的で、栄えるところには更なる繁栄をもたらしていると聞く。そして、リルク様の異母弟――。


 「面を上げよ」

 

 恐る恐る視線を上げると、そこにいたのは――。


 (リルク様と全然似ていないわ……)


 色素が薄い青年だった。髪は白に近い金色で、肌も白い。そのせいか年齢よりも幼く感じられる。声の重々しさだけが不釣り合いな威厳を醸し出していた。


 「諸卿よ、遠路はるばる参じたこと、まずは称えよう。ここ数年、我が国とアリシア国は領土をめぐり、血で血を洗う争いを繰り広げてきた。しかし、その戦が終わる時が来た――リルクート・リアクロンビー公爵とアラシア国ロザリナ皇女の結びつきによってな。リアクロンビー公爵、前へ出よ!」


 リルク様は雄叫びのような歓声で迎えられた。拍手がそこかしこから沸き上がる。


 「さあ、余と英雄のリアクロンビー公爵に挨拶を捧げるのだ!」


 貴族や師団長が順々に前へ出て、陛下とリルク様に挨拶をしていく。

 デドリウス様の番が終わり、下がろうとした時だった。王は何を思ったのか、鋭い声を発した。


 「待て。お前の隊、一名人数が多いのではないか?」


 (……ま、まさか気づかれた……!?)


 身体が冷たくなる一方で、心臓が狂ったように暴れ始めた。デドリウス様の表情が微かに硬くなる。


 「……お気づきになられましたか。さすがは我々をいつも気遣ってくださる陛下です。以前ご報告した通り、マルトが退団したものですから、一人侍従を追加させていただきました――」

 「御託はいい。その新人をここに連れてこい」


 デドリウス様が私に振り向き、広場中の目が私のもとに集まった。足が恐怖でガクガクと震えだす。

 先程私の鎧を覗こうとした隊員に、「早く行けよ」と押された。陛下とリルク様が並ぶ階段の前にたどり着くまで、永遠とも思われる長い時間が過ぎた。


 「兜を脱げ」


 (どうしよう、脱いだら女であることがバレてしまう――)

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