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第二十四話 次の世界へ

 「うむ、適切に処置されていますね。念のため消毒だけしておきましょうか」


  デドリウス様の館の医務室。医師の言葉に、私たちはようやく安堵の息を吐いた。


 「良かった……」

 「デドリウス様、本当にありがとうございます。……それに、ごめんなさい」


 「謝らなくていい。むしろ俺が側にいながら、申し訳なかった」

 「そういうことじゃなくて……」


 デドリウス様は何も問いたださなかった。


 「夕飯は運んでもらうか?」

 「いいえ、大丈夫です」


 「じゃあ君を食堂まで運ぶか……?」

 「い、いいです! 自分で歩けます」


 デドリウス様は、はははと豪快に笑った。


 食堂は私とデドリウス様の二人だけだった。まだ気まずさはあるが、少しずつ距離が縮まっている気がする。


 (デドリウス様は私を救ってくれた……。この方を信じてもいいのかもしれない)


 「そう言えば、ヤスミン様はどちらに?」

 「妹はここ数日体調を崩していてな。そのお陰で医者が滞在していて助かったよ」


 「そう……心配ですね。それにしても、デドリウス様は器用なんですね。おかげで事なきを得ました。医学に詳しいのですか?」

 「そんな大したことじゃない。ガキの頃から外遊びが好きだったからな。稽古以外はずっと自然の中で遊んでた。たくさん怪我して自然と対処が身についたってところだ」


 「充実した子供時代だったのですね」

 「どうだかな。学問も武道の稽古も厳しかったし、楽しいと思えたのは寄宿学校に入ってからかもしれない。色々やらかしもしたがな」


 「リルク様も同じ学校に通われていたんですよね?」

 「ああ。まあ、あいつは俺たちと違って昔から優等生だったけどな。今思えば、付け入る隙を与えまいと気を張っていたのかもしれない。成績は常にトップで武道も一流。俺たちがバカやっても絶対加わろうとしなかった」


 「窮屈な立場だったんですね……」

 「おそらくな。ただあいつも大胆なところはあって――」


 その時、扉がノックされ、執事が入ってきた。


 「宮廷からの書簡でございます。早急にご確認を、と」

 「なんだ? 緊急招集か……?」


 差し出されたのは白い封筒だった。金色の縁取りがきらりと光り、紅の蝋で封が押されている。

 デドリウス様はそれを受け取ると、さっと封を割り、中身を広げた。目を走らせた途端、息を呑む。


 「これは……いや、まさか」

 「どうかなさったのですか?」


 しばらくの沈黙の後、デドリウス様は重々しい声で告げた。


 「……落ち着いて聞いてくれ。俺は急いで宮廷に出立しないといけない。5日後に――リルクが結婚するそうだ」





✳︎✳︎

 理解するまで時間が必要だった。


 ――リルク様が結婚する。例の縁談は、反故にできなかった――。


 身体の力が抜け、床に崩れ落ちてしまった。


 「……大丈夫か?」


 デドリウス様が私の肩を抱いて慰めるが、自分の身体じゃないような感覚だった。


 (リルク様……どうして……? 待っててくれとおっしゃったのに)


 デドリウス様は信じられないという顔で何度も封書を読み返し、ため息をついた。


 「『来たる19日に、リクルート・リアクロンビー公爵とアラシア国の第二皇女ロザリナ・トラルガー嬢の婚姻の儀を、マルソリッーニ大広間で行う。それに先立ち、貴族は至急宮廷に出仕されたし』……あいつは一体何を考えてるんだ! こんな急に――しかも俺やセシルに直接の連絡もなく結婚するなんて、イカれちまったのか?」


 「……」


 あんなに優しく、私を熱心に求めてくれたリルク様が、裏切るわけない。


 (いや、違う。そう信じたいだけだわ。「待っててくれ」という言葉だけで、確かなことなんて何もなかったもの。リルク様は私に新しい世界を――希望を教えてくれた方だから。それが、こんな風に終わっていいの? 会わずに終わってしまって――私はそれで本当にいいの?)


 「リルクに会ったら事情を訊いて、君にも書簡を送るよ。焦ったいだろうが、待っててくれ」

 「……男性は『待て』と簡単に仰りますわね。リルク様もそう言ったわ」


 私の棘のある言葉をデドリウス様は流してくれた。同情したように、優しい声をかけられた。


 「気持ちは分かるが、ヤケを起こすな。それにしても、アイツが一報もなく結婚するクソ野郎だとはな。屋敷の者には話を通しておくから、なんでもわがままを言っていい。今はじっと耐えて、連絡を待っててくれ」

 「……いいえ、待つのはもう疲れました」


 「リルクと違って俺は約束を守るぞ」

 「そういうことじゃないんです。私が直接リルク様に真実を確認しに行きます」


 「な……っ!?」


 デドリウス様は呆気にとられた様子だった。


 「本気で言っているのか? そもそも君は、宮廷への出入りを許されてないだろう?」


 「リルク様が私を裏切ったのか……それともやむを得ない事情があったのか……傷ついてもいいから、直接お話して確かめたいのです。リルク様は私に新しい人生をくれた方だから。どんな真実だろうと、受け入れる覚悟はあります。そうじゃないと、私は前に進めないと思うのです」


 「……話せば気持ちを切り替えられるんだな?」

 「はい」


 「顔を引っ叩けばスッキリすると」

 「茶化さないでください。大真面目に言ってるんです」


 「……分かった。俺としても、リルクに未練を残されるのは本意じゃないからな。俺の言うことを聞いて無茶しないと約束するなら、君を宮廷に連れて行こう」


 私たちは書簡を前に、招かれざる客の私が宮廷に入る方法を考え始めた。

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