第二十二話 迎え
カウントリーハウス公開に協力しながらリルク様の帰りを待つセシルはーー
2日目になっても、リルク様は戻ってこなかった。
その日の夜はほとんど眠ることができなかった。
(一体、何が起きているの……なぜ、リルク様から連絡がないの)
カントリーハウス公開があって心底良かった。
待つだけだったら、精神が崩壊していただろう。
公開の日は明け方から大忙し。私もご馳走の準備に加わり、昼には来客をもてなしていた。
「こ、この絵画は200年前に宮廷で描かれ、王によって下賜されたもので……」
私の拙い説明にも感じよく頷いてくれる良客にもめぐまれ、出来ばえはなかなか上々。
(なんだか人前に出ることにも慣れてきた気がする。私だって、頑張ればいろんなことができるんだわ)
リアクロンビー家の屋敷や家宝の展示を楽しみにしていた者もいたが、来訪者のほとんどは振る舞われる料理が目的だったようだ。
前庭には料理をもらおうと、大量の領民が列をなしていた。いくらサーブしても追いつかない。
特にケーキは大好評で、全員に行き渡らせるために、おかわり禁止令を出さざるを得ないくらいだった。
たくさんの領民と接しているうち、気がついた――。
「なんだか皆さん、痩せているように見えるわ」
館内のガイドに参加していた客は身なりが良かったが、今この庭で食事を頬張る人々は……とても生活にゆとりがあるようには見えない。
「食事目当てで来てる人のほとんどは、隣の領地からなのです。王の機嫌を損ねて、ここ数年で領主が2回ほど代わっていましてね。凶作と政治的混乱で、疲弊しているんです」
「気の毒に……リルク様はそうした方のことも案じているのね?」
「ええ、このカントリーハウス公開も、一番の目的はこうした生活援助なのです。大々的にすれば角が立つでしょう? 隣りの領主を立てつつ、穏便に生活支援するための方策なんです」
(リルク様はそこまで民を思っているのね……)
その時、神父と名乗る人物が複数の市民を従えて話しかけてきた。
「本日、リアクロンビー卿に謁見したく参りました」
「これはこれは、クロス神父様。せっかくお越しいただいて申し訳ありませんが、あいにくご主人様は宮廷に出立しておりまして――本日戻る予定ですが」
「そうですか……。直接お話ししたかったが、仕方がない。これは私共がしたためた嘆願書です。何卒良きようにお計らいいただきますよう、お願い申し上げます」
神父一行は深々と礼をし、去っていった。書簡を受け取ったメイド長は困った、というようにため息をついた。
「リルク様は立派な方。でも、ご面倒に巻き込まれるんじゃないかって心配で堪らないです」
「この中身は……?」
「大方予想はつきます。クロス神父様が担当しているモント地区は、特に荒廃が進んでいる地区。リルク様が領主だったら……そういう一縷の望みにかけているのね。王に目をつけられないことを祈るわ」
夕方にはカントリーハウス公開は終了した。祭りが終わった寂しさと、現実が――リルク様がまだ戻ってこないという現実が、私の胸をつまらせた。
(大丈夫、信じるって決めたじゃない!)
片付けをしていると、馬車の到来を知らせるファンファーレが、夕方の空気を貫いた。
「リルク様のお帰りだわ!」
そんな声がして、使用人たちがリルク様を出迎えようと列をなした。
私の胸はドキドキと高鳴った。
(リルク様! やっとリルク様が帰ってきたわ!)
私もみんなにならい、片付けをする手を止めて、出迎えの準備をした。
先頭馬が門扉から顔を出した――しかし、その馬に載る従者の胸には盾と弓の紋章が輝いていた。
(違う、これはリルク様の馬車じゃない――デドリウス様の馬車だわ!)
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「デドリウス様が何の御用かしら?」
メイドたちが口々に呟く。
豪華な馬車から降り立ったデドリウス様に、メイド長が駆け寄った。
「申し訳ありませんが、リルク様は留守なのです」
「問題ない、今日はセシル嬢に用があってきた」
「?? セシル様に……??」
「セシル……!」
逃げようとした所を見つかってしまった。デドリウス様は3歩で私に追いつくと、私の腕を掴み、耳元で囁いた。
「騒ぎを起こしたくない。とりあえず話がしたい。馬車に乗ってくれるか」
「でも……」
「こんな衆人環視の中でまともに話せると思うか?」
見渡せば、みんなが興味津々の顔で私たちを見つめていた。窓からも覗いている顔がちらほら……。
「わ、わかりました」
手を引かれ、渋々馬車へと向かう。ステップが思いのほか高く、裾を気にして足を上げあぐねていると――ふいに背後から腕が伸び、ひょいと抱き上げられてしまった。
「きゃっ……!」
「ちょっと軽すぎるな。こんなに簡単に抱き上げられるなんて」
耳元で聞こえた低い声に、心臓が跳ねる。
「……こ、子供じゃないんだから、自分で上がれますっ」
「子供じゃないことくらい、よくわかってる」
一瞬、目が合った。熱を帯びたその眼差しに、思わず視線を逸らしてしまう。
馬車は6人ほどが裕に座れる広さだったが、なるべく距離を取ろうと、私はデドリウス様の対角線上に腰掛けた。
そんな私をデドリウス様はじっと見つめていた。
「会いたかった」
「わ、私は決めたんです。リルク様をお待ちすると。だから、デドリウス様の申し出は受けられません」
意を決して告白したが、デドリウス様はそれには答えず、背後の従者に声をかけた。
「馬車を出してくれ」
ピシッッ!!
鞭の音が空気を裂き、馬車が走り出した。
「な、なんてことを……! 私は今お断りしたのに!」
「言っただろう、俺は『力づくでも構わない』と。そういう男にこんなに簡単についていくなんて……隙がありすぎて心配になるな」
「止めてください! 今すぐ」
「だめだ」
「なら、ここから飛び降ります」
扉に手をかけるも、あっさりと引き離されてしまった。
「まったく……とんでもないおてんば令嬢だな。セシルの気持ちは分かったよ。で、肝心のリルクは今どこにいるんだ?」
「リルク様は宮廷に行かれているのです。婚約をお断りするために」
「そうか。……あいつも本気ということだな」
デドリウス様はため息をつき、しばらく考え込んだ。単なる恋敵ではなく、幼馴染として思うところがあるといった風だった。
(やっぱり私たちは、とんでもない間違いを犯そうとしているのかもしれない……)
深刻そうな反応を見て、改めて現実を突きつけられた気分だった。私の表情が曇ったのを見てか、デドリウス様は吹っ切るようにして言った。
「まっ、いいさ。とりあえず、俺の屋敷でじっくり待てばいい。リルクの館で待ってても気が滅入るだけだろ。あいつには書簡を残しておくから、安心してくれ」
有無を言わせぬ口調に、胸の奥で小さな反発が芽生えた。
けれど、扉の外では馬車がすでに走り出している。逃げ場はない。
こうして私は押し切られる形で、デドリウス様の館でリルク様を待つ――なんとも不安定で、奇妙な立場に置かれてしまったのだった。




