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第二十一話 私にもできること

隣国の皇女との縁談を破棄し、13日までに帰る。

その言葉を信じ、リルク様の帰りを待つセシルはーー

 「セシル様、そろそろ起きてください」

 「もう少しだけ……」

 「もうお昼になっちゃいますよ」


 ライラにしつこく起こされ、しぶしぶ体を起こした。実を言うと、何時間前にも起きていたけれど、昨日の余韻に浸っていたのだった。


 (昨晩は特別な夜だった……でも、リルク様はもういない)


 約束通り、13日までに戻ってきてくださるのだろうか。


 そんな不安に飲み込まれそうになって、ベッドの中でうじうじしていたのだった。


 「あれ、ミリルは……?」

 「昨日ワインを飲み過ぎて二日酔いらしく、まだ寝てます。全く、本当にだらしない子なんだから! 朝食はお部屋にお持ちしましょうか?」


 「いらないわ。食欲がないもの」

 「何言ってるんですかっ、こんなに細くて……もっと太らないと、ちゃんとお世話してるのかって私たちがご主人様に怒られてしまいます」


 「わ、分かりました……」


 間もなくして運ばれてきた朝食を食べたら、幾分気分が晴れてきた。


 (こんな風に塞ぎ込んでいても仕方ない。体を動かして、気を紛らわせたほうがいいわね)


 そう心が決まると、すっと胸が軽くなった。パンケーキもさっきより数倍おいしく感じられる。


 「それにしてもこのパンケーキ、美味しいわね。バターとミルクの味がしっかりする」

 「でしょう? うちは良質な乳牛を飼っていますからね。おかわりされますか?」

 「ええ、お願い」


 「ところで、今日は何をなさいますか? 1日天気が良さそうですから、ピクニックにも最適ですよ」

 「……ピクニックは素敵だけど、できれば忙しくしたいのよね。頭を空っぽにできるくらい」


 「あらまあ。使用人のようなことをおっしゃりますね」

 「雑念を払いたいのよ」


 「そうだわ! それだったらセシル様にお願いしたいことがございます。明後日、カントリーハウス公開があるんです。月に一回、領地の市民を招待して館のツアーを行ったり、ご馳走でもてなすんです。貴族としての地域貢献の一貫です。リルク様は領民との交流にとても熱心なのです」


 「さすがね、私の生家ではとうの昔に止めてしまった取り組みだわ。是非協力させてちょうだい」

 「心強いですわ。でもどうしましょう? お花を生けたり、第二広間のガイドをお願いするのが良いかしら」


 「でも、それは当日で完結することでしょう? 今日から取り組めることがしたいのよ……そうだわ! ケーキを作らせてもらえない?」

 

 ライラは驚きで目を丸くした。


 「ケーキ? だめですよ、貴婦人が厨房に上がるなんて!」

 「平気よ、もともと使用人同然の暮らしをしていたんだもの。ここの美味しいバターと卵を使ったら、絶品になると思う」


 「でも、すごい量ですよ? 今回は200人くらいいらっしゃるんだから!」

 「大歓迎だわ! 一心不乱にケーキを作るわよ」


 リルク様を思って3日間も過ごしていたら、気が狂ってしまう。

 屋敷にも地域にも貢献できて、気を紛らわせられるなら、これ以上はない。


 私は汚れてもいい服に着替え、鶏小屋、牛舎に行き、材料を集めて厨房に向かった。

 私の元気一杯の姿を見て、ライラは驚いたようだった。


 「さっきまであんなにぐったりしていたのに。一度決めるとすごい行動力ですね」


 厨房の使用人たちは最初はライラと同じ反応だったけれど、いざケーキ作りが始まると私の手際の良さに感心したようだった。


 「何をお作りなのですか?」

 「我が家に伝わる、はちみつフルーツケーキよ。ドライフルーツはある?」


 「ええ、砂糖漬けが少々。持って来させますわね。でも、生地の体積が……随分大きくありませんか?」

 「ええ、でも出来上がったらしぼむから、ちょうど良くなるわよ。楽しみにしてて」


 慣れない竈門に悪戦苦闘しながら、何度も火加減を確かめた。汗をかくほど必死だったが、やがてオーブンから漂い出した香りに、胸が弾む。


 ほんのりときつね色に焼けた生地はふっくらと膨らみ、ナイフの先をそっと差し入れると、しっとりと弾む感触が返ってきた。


 熱々の表面に、黄金色のシロップを刷毛で塗る。

 さらに、ルビーのようなチェリーや琥珀色のオレンジピールを散らせば、見た目にも華やかなはちみつフルーツケーキの完成。


 使用人たちに試食をしてもらうと、大絶賛だった。


 「どうしてこんなにふわふわになるんですか?しゅわっと口の中で消えていくから、いくらでも食べられちゃいます」

 「泡立てた卵白をたくさんいれるのがコツなの。食感が軽くなって、甘さも抑えられるわ」

 「ほっぺたが落ちそうなくらい美味しい〜」


 いつの間にかキッチンに来ていたミリルがそう述べた。


 「ミリル、大丈夫? 顔色が悪いわね」

 「美味しいケーキ食べられたからもう元気になりました〜」


 「他にもケーキを作れますか?」

 「ええ、いっぱいレシピがあるわ。スパイスケーキやミルクケーキも作れるわよ。セイボリーパイも得意よ」

 「レシピを教えてください! 明後日の来場者が大喜びすること間違いなしですわ!」


 私たちは午後いっぱいをケーキとパイ作りに費やした。みんなと協力しながらの作業は夢中になれる時間だった。


 (使用人として働いた経験が、こんな風に役立つなんて……)

 

 生家のニルヴァル家とリアクロンビー家は地域が異なるので、味付けや使う材料が微妙に違う。それが新鮮さとして評価されることがとても嬉しかった。


 (私だって人の役に立ったり、喜ばせたり出来るんだわ)


 その実感が、小さな自信となって胸に灯る。

 ほんのささやかな気付きが、私を少しずつ強くしてくれるような気がした。


 そして、ケーキ作りが一段落したら、次は第二広間のガイド情報の勉強。


 カントリーハウス公開は、リアクロンビー家の歴史や家宝を紹介し、領民との交流することが目的。


 ガイドは基本的に執事長が担当するらしいけれど、執事長のモリー爺やはリルク様と出立していて留守。そこで私にお鉢が回ってきたということらしい。「美人が案内した方がかえって評判がいいかもしれない」というのが選定の理由らしい。


 ミリルたちに案内され、ガイドの仕方を予習する。


 たくさんの絵画が飾られている中に、歴代当主の肖像画もかかっていた。


 「この方が前の当主様?」


  一番右にかかっている肖像画を指さした。随分と年配に見える。


 「そうです。ヨハネス・リアクロンビー卿ですわ」

 「リルク様の肖像画は……ないのね。お母様のも」


 「ええ。リルク様は養子ですし、お母様はリアクロンビー家には入りませんでしたから」

 「お母様はご存命なの?」


 「リルク様が5歳の時に亡くなりました」

 「そう……きっと寂しかったでしょうね」


 「……ええ。でも、見方を変えれば幸運とも言えます。殺されてもおかしくなかったところを、公爵家に引き取られた。命を奪われず、お母様と5年間だけでも思い出を持てたのですから。そしてその幸運を無駄にしないように、努力を重ねて来られたのです。リルク様は私たちの誇りです」


 ――忙しく、充実した一日だった。

 けれどベッドに横たわると、心に渦巻くものが押し寄せてくる。

 リルク様の複雑な生い立ち。

 養子として立派に役目を果たすまでの努力。

 その方が今、私と結婚するために宮廷へ行っている。


 (デドリウス様がおっしゃっていた『今まで積み上げてきたものを壊すな』――。その言葉がますます重くのしかかってくる)


 リルク様は今日、帰って来なかった。手紙もない。


 (今朝旅立ったばかりだもの。明日か、明後日には帰ってくるはず。

 少なくとも、デドリウス様がいらっしゃる13日までには必ず戻ってくると約束してくださったわ)


 今私にできることは待つことだけ。ただそれだけのことが、こんなに苦しい。

 

 (今はカントリーハウス公開のことを考えるのよ。うまくいけば、みんなを喜ばせられるし……リルク様だって、きっと)


 眠れぬ夜、私はせめて気を紛らわそうと、いろんな種類のケーキの配合を頭の中で繰り返し思い描いた。


 けれど、ふとした拍子にリルク様の笑顔が浮かんでしまい、胸がきゅっと痛むのだった。

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