第一話 「醜い」私は、黒いベールを被り続けた−−公爵様と出会うまでは
時は2週間前に遡りーー
「早く起きなさい、何をぐずぐずしてるの!!」
バシリと頭を叩かれた。
朝日はまだ昇ったばかり。
部屋は薄暗いのに、怒っているマチルダ婦長の顔がはっきりと見えた。とたんに眠気が吹っ飛ぶ。
「ノロマな子だね。お嬢様たちの晴れ日だから、『気が重い』とでもいうのかい。さっさとその汚い顔を洗って支度するんだ」
「申し訳ありません、マチルダ婦長」
返事をして、早速支度に取り掛かった。
私はセシル・ニルヴァル。23歳。
一応は伯爵家の令嬢だけれど、お母様は早逝。お父様が再婚してからは、使用人として生活している。
顔を洗い、髪を手早くまとめた。私の部屋に鏡はない。
お義母様から顔を見ることを禁止されているからだ。
最後に黒いベールで顔を覆い、準備は完了。
15年以上使っているベール。お義母様がこの家に来て以来、これを外して外出することは許されなくなってしまった。
……なぜなら、私は醜いから。
支度を済ませ、キッチンに降りた。既に厨房は大わらわ。
何十人もの使用人が料理に取り掛かっている。
なにしろ今日は、リルクート・リアクロンビー公爵がいらっしゃる日なのだから。
「今日は5個ケーキを焼くからね。さっさと卵を取ってきてちょうだい。くすねたりしたらすぐ分かるからねっ」
「……そんな盗人のようなことはしませんわ」
「気位だけは高いんだからっ、さっさとお行き」
マチルダ婦長にグイと籠を押し付けられた。
急いで鶏小屋に向かい、まだ暖かい卵を集める。目の前で産み落とされたものも含め、潰さないようにバスケットにしまった。
産みたてほかほかの卵。バケットは思いのほか小さく、ぎゅうぎゅうである。
「ありがとう」
近くにいた鶏をそっと撫でて、小屋を後にした。
採取した卵を割らないように、両手でバスケットを抱え、振動を与えないようにして歩く。
途中、ネピーお義姉様とルカお義姉様とすれ違った。
お義母様の連れ子で、私の義姉に当たる人々だ。
でも、私と彼女たちは対等じゃない。こちらから話しかけるなど、もっての外だ。
お姉様たちはフリルがたくさんつけられたドレスを纏い、髪を高く盛っていた。
お化粧は……ちょっと引いてしまうくらい濃い。すごい気合の入りようだ。
(それもそうよね、だって今日は大切な日なのだから……)
もしふたりのうちのどちらかがリアクロンビー公爵に見初められば、傾きつつある我が家も安泰だ。私としても縁談がうまく纏まることを願っている。
頭を下げて横を通り過ぎようとしたーーが、足を引っ掛けられた。勢いよくこけ、集めた卵が散乱して砕けた。
「……ああ、せっかくの卵が!!」
「『ああ!!』ですって!!間抜けで笑っちゃうわ」
「挨拶もできないの?『ごきげんよう。ネピーお嬢様、ルカお嬢様』でしょう?」
「で、でも……以前ご挨拶した時には『話しかけないでほしい』って……」
「あぁら、口答えする気なの? 身の程を弁えてないのかしら?」
「いったい、何の騒ぎですか?」
「お母様!!」
いつの間にか現れていたお義母様は、冷たい灰色の瞳で私を見つめていた。
この場から消えてしまいたい−−。
私は残っている卵をかき集め、早く退散しようとした。
お姉さまたちは一斉に私の愚痴を言い始めたが、お義母様は二人の話を手で遮った。
そして−−。
グシャリ。
お義母様は目の前で、残っていた卵を踏み潰した。
「ベール越しでも、お前の反抗的な目は見えているわ。後でたっぷりお仕置きするから覚悟しなさい。床は舐めてでも綺麗にすること。私の美しい子たちに謝りなさい」
「……申し訳ありません」
「ほんと、陰気で嫌らしい子。そのベールも不気味だったらありゃしないわ」
お義母様たちは高笑いしながら去っていった。……残っている卵をわざと踏み潰しながら。
(このベールを被るように命じたのは、お義母様なのに……)
お父様がお義母様と再婚したのは、私が7歳のとき。
お義母様はお父様より二回り若くて、お姫様のように綺麗だった。
お義母様は初めて私を見たとき、後退りしてこうおっしゃった――「なんて醜い子なの」、と。
お義母様の美しい顔が見る見る蒼白になったことをいまだに覚えている。
「この子を我が家に置くなら、『人の気分を害しないように』ベールをつけさせて」というのがお義母様の命令だった。
ベールをつけ、使用人として働くことを条件に、私は家を追い出されずに済んだ。
(お義母様を恨んではいけない……。こうやって生活していけるだけ、私は恵まれているのだわ)




