第十七話 三日後、君を迎えに
リルク様の幼馴染・デドリウス様に求婚されたセシル。それを知ったリルク様はーー
――結婚してほしい。
その言葉が耳に届いた瞬間、全身の力が抜けた。理解するまで、少し時間が必要だった。
「ご冗談でしょう?」
「いや、冗談なんかじゃない。こうして話してさらに惹かれた。どんなに不幸な身の上でも、君は思いやりを忘れない。気高さと情の深さを兼ね備え、外見も心も美しい」
「だからこそ、君には幸せになってほしい。だが、リルクを選べば苦労することになるぞ」
「なぜそんなことを……あなたもリルク様は素敵な方だとおっしゃったではないですか」
「あいつは背負うものが多すぎる。ここを出て、俺と暮らすんだ。力づくだって構わない」
その言葉と視線に、私は凍りついた。
(本気……だわ)
デドリウス様の瞳は燃えるように熱く、動物的な力強さを宿していた。
(逆らえない……)
恐怖と、説明できない甘さが混ざり合う。心がざわつき、息が詰まる。
(信頼できる方であるのは確か。でも……)
――そのとき、静かだが憤怒を帯びた声が響いた。
「おい、何をしている?」
リルク様だった。
「リ、リルク様……!」
駆け寄ろうとしたが、デドリウス様が強く私の腕を引く。女の力では抵抗できないほど、強く抱き締められた。
「は、離して――!」
「デドリウス、自分が何をしているか分かっているのか?」
「ああ、分かっている。その上で聞く。お前こそ自分の立場を分かっているのか? そうは思えないが」
「――っ! 貴様!」
リルク様がデドリウス様に襲いかかった。勢いで卓上の皿がひっくり返る。騒音に驚いたメイドが何事かと駆けつけ、リルク様がデドリウス様の胸ぐらを掴んでいるのを見て、悲鳴を上げた。
「馬鹿な真似はやめろ。騒ぎを大きくするつもりか?」
「お前が始めたことだろ!?」
「 俺だってこの晩餐会でお前に恥をかかせるようなことはしたくない。だが、セシル嬢は俺が守る。長い目で見れば、それが全員にとって最良の道だ。三日後、セシルに迎えの馬車を出す。それに乗ってヴァリアーニ家に来てくれ」
「嫌ですわ、リルク様にそんな不義理はできません……!」
「じっくり考えるんだ。俺の家に来るからといって、すぐに結婚する必要はない。君が振り向くまで、気長に待つさ」
「でも……」
「リルク、セシルときちんと話し合え。そうすれば答えは自ずと出るだろう」
「……何様のつもりだ?」
リルク様の声は、熱と焦りに揺れていた。
「今すぐこの屋敷から出ていけ。厄介ごとを起こすならロベールの方だと思っていたよ。お前は義理堅いし、色恋に現を抜かさない――と。とんだ買い被りだったようだな」
「ああ、言われなくても出ていくさ。お前も三日の間に頭を冷やせ。信じないだろうが、俺はお前のことも大切に思っている。今まで積み上げてきたものを無駄にするな」
デドリウス様はようやく手を放ち、私の頬に触れた。
涙が一筋、頬を伝った。
「セシル、三日後に」
そう告げると、デドリウス様は静かに、しかし確かな存在感を残して去って行った。