第十五話 公爵様の幼馴染
ついに始まった晩餐会ーー
「友人を招いた」と軽く言われたので、客はせいぜい三、四人と思っていた。
だが、現実は大違いだった。
夕刻から次々と招待客が訪れ、大広間はあっという間に満員。立派なオーケストラが奏でる音楽に合わせ、優雅に踊る人までいる。
「これ、晩餐会じゃなくて舞踏会じゃない……?」
私はバルコニーから人の波を見下ろし、身をすくめた。
昨日ようやく素顔をさらしたばかりなのに、今日は百人を超える人々と交流するなんて――無謀にもほどがある。
けれど、侍女のミリルとライラは「早く階下に降りましょう!」と大はしゃぎ。
演奏はすでに始まり、リルク様も人混みの中で誰か――おそらく私――を探していた。
(勇気を出すのよ、セシル……!)
「顎を引いて、軽く微笑んでください。歯は見せずに、『私が世界一の美女よ!』って思うんです。本当にそれくらい美人なんですから」
背中を押され、一歩を踏み出す。中央階段を下りるたびに、視線が私に集中した。
ある人は驚いてグラスを落とし、ある人は隣に熱心に囁く。
「絶世の美女だ……」
そんな声が耳に届いた。
「セシル、こっちへ」
群衆をかき分け、最初に手を取ってくれたのはリルク様だった。
「紹介しよう。幼馴染のロベール・キリル公爵と、デドリウス・ヴァリアーニ公爵。ロベールは医者、デドリウスは騎士団長だ」
ロベール様は金髪金眼の痩身で、まさに絵画から抜け出したような美貌の持ち主。
一方デドリウス様は、緑がかった黒髪に日に焼けた肌。広い肩と屈強な体躯は野性味に溢れ、背の高さは群を抜いていた。けれど瞳はまっすぐで、ただの豪胆ではない誠実さがにじむ。
「は、初めまして。セシル・ニルヴァルと申します」
「ニルヴァル……伯爵家の?」
「はい」
「驚いたな。ニルヴァル家の令嬢は、ガーゴイルそっくりの姉妹だと聞いていたんだが」
「ロベール、やめろよ。失礼だろ」
「なんだよ、社交界じゃそれなりに有名な噂だろ。それにしても驚異的な美しさだ。顔の黄金比もほぼ完璧だし、頭蓋骨の比率に首筋から背中のラインまで、理想的なバランス――肩甲骨の左右差もほとんどない!」
「美貌を分析するなよ、気持ち悪いな」
呆れた様子でたしなめつつ、デドリウス様は私に視線を向けた。野生的な力強さを感じさせながらも、どこか包み込むような優しさが滲んでいる。
「お会いできて光栄です。妹が迷惑をかけたようで、申し訳ない」
「いいえ。あの時は私も至らなくて……謝りたいくらいです」
「優しい方だ。もしよければ、妹に礼儀作法を教えてやってほしい。――以後、お見知り置きを」
そう言って私の手を優しく取りーー口づけた。
見た目に反して驚くほど丁寧で、温かい口づけだった。
そのギャップに思わず赤面してしまう。その時リルク様が目に入ったけれど、明らかに嫉妬を隠せない様子だった。
「私めも」
そう言ってロベール様も私の手を取ったが、
「お前はダメだ。さあ、行くぞ」
と2人を乱暴に連れ去ってしまった。
「なんで僕はダメなんだよー!」
「ミリル、ライラ。セシルに変な虫がつかないように見張っておいてくれ。セシルもちゃんと警戒して過ごすんだぞ」
そう振り向きざまに言うリルク様は余裕がなさそうで、意地悪だけど、「はい」と答える声が弾んでしまった。