第十三話 君と出会って
「……そうか」
リルク様はそれだけ言うと、黙って歩を進めた。
(目を……合わせてくださらないのね……)
急に重くなった空気が「事実だ」と語っていた。
リルク様は結婚する――。
ミリルの適当な噂なんかじゃなかった。
(「嘘」……だったらよかったのに)
胸がじくじくと痛む。
涙が出そうだが、泣くわけにはいかない。リルク様に気をつかわせたくないーー。
「あそこまで歩かないか?」
指さされた先にあったのは、白いガゼボだった。
私は椅子に腰掛けたが、リルク様は座らない。相変わらず、目も合わない……。
「今夜あたり、きちんと話そうと思っていたんだが……。こんな形で君に伝わってしまって、残念だ」
「結婚はめでたいことです。私、精一杯お祝いします。こう見えて、ケーキを作るのが得意なので、あっと言わせるほど豪華で、美味しいウェディングケーキを作ってーー」
「まず、それについては誤解を解きたい」
「私が婚約しているという事実はない」
婚約は、していない……?
世界が一気に色を取り戻した気がした。
リルク様に、婚約者はいなかったーー。
「それでは、ただの噂ですのね?」
「……縁談を持ちかけられているのは本当だ」
リルク様は低く息を吐いた。その吐息に、苦悩がじわりと滲んでいた。
「王が直々に望み、手配した話だ。王宮で出世するには――俺が連中に借りを作るには、またとない機会だった。……俺にとって結婚は、出世の手段にすぎなかったんだ」
リルク様は小さく笑った。後悔と、自分への哀れみが入り混じったような、痛ましい笑みだった。
「……貴族の結婚とは、そういうものだと聞きます。愛し合って結ばれるなんて、ごく一部の幸運な人だけだと」
「俺もそう思っていたよ。ーーセシルと出会うまではな」
リルク様がようやく顔を上げ、視線がぶつかり合った。
「それがどれほど空虚な考えだったか、今なら分かる。君を見た瞬間、全てがどうでもよくなった。君に――一目惚れしたんだ。今さら、愛してもいない女と結婚など、考えられない」
声が震え、抑えていた感情が溢れ出すようだった。
「幸い、まだ話は正式には進んでいない。誰も傷つけずに収める道を探すつもりだ。だが……こんな中途半端な立場で、君に求婚する資格はないと思っている。だから『待ってくれ』とは言わない。――ただ、俺の言葉を信じてほしい」
静寂の中、私はしばらくリルク様を見つめていた。
――元々、私には何もなかった。たとえ裏切られたとしても、ゼロに戻るだけ。
胸の奥で、何かが温かくほどけていく。
「……分かりました。あなたを信じます」
リルク様の表情がパッと明るくなった。そのまま強く抱き寄せられたが――我に返ったらしい。
私を再び腰掛けさせると、恥ずかしそうに顔を赤らめ、小さく呟いた。
「すまない、嬉しくてつい――」
リルク様の言葉を全部信じたわけではない。でも、その恥じらう顔がとても愛おしくて、私はいつまでも待とう、と思ったのだった。




