第十一話 ヤドリギの下で
「こ、婚約者……?」
「例の秘密の恋人ってヤスミン様だったのね!? デドリウス様の妹で小さい頃から一緒に遊んでいましたものね。むしろなんで思い当たらなかったんだろうってくらい納得ですわ」
ミリルは呑気に「なるほど!!」と膝を打った。
ヤスミン嬢の怒りは収まらなかった。
「そうよ、私とリルク様はずっと昔から結ばれていたの。さっさと諦めることね。私からリルク様を奪えると――その顔だったら思っちゃうかもしれないけど――、そんなことは不可能なんですからね! リルク様は顔なんかで落ちるそこら辺の男とは違うんだから!」
「なんの騒ぎだ?」
そこに現れたのは他でもないリルク様だった。状況がいまいち読み込めず、混乱している様子だ。
「ヤスミン? ここで何をしている?」
「リルク様……!! お久しぶりですわ。酷いじゃないですか、私に相談せずに女性を家に迎え入れるなんて!」
「酷いも何も、この家の主は俺だからな。君こそ何の権利があってセシルに喧嘩を売っているんだ?」
「それはもちろん、婚約者としてです!!」
リルク様は目を丸くして……ため息をついた。
「また、始まった。セシルのことは誰から聞いたんだ? ああ、デドリウスに決まっているか……」
呆れ顔のリルク様。ヤスミン嬢は今や目に涙をいっぱい溜めている。
(リルク様の婚約者はこの子だったのね。幼馴染の妹だとおっしゃっていたっけ……)
登場の仕方こそ品位を欠くが、とても可愛らしい子だ。
濃いブルネットと白い肌のコントラストが美しい。身につけているものもどれも上等で、センスもいい。
リルク様と並ぶと幼さを感じさせるものの、洗練された容姿だ。
あと数年すれば、驚くほどお似合いの二人になるだろう。
(この子は我を忘れるほどにリルク様を好きなのだわ。そんな風に必死にならなくても、彼はあなたのものなのよ……)
悲しくはあるが、納得している自分がいた。
でも、次にリルク様が放ったのは驚きの言葉だった。
「ヤスミン、子供じみた真似はいい加減やめるんだ。俺たちは婚約なんてしてないだろう?」
(え……!?)
みんなが顔を見合わせた。
ど、どういうこと……?
「ううん、確かに婚約したわよ。5年前のクリスマスに、宿り木の木の下でキスしたじゃない!!」
「あれはお前が無理矢理してきたんだろ、チョコレートがついてるとか言って……。大体、何でそれが婚約になるんだ」
「宿り木の木の下でキスした二人は、永遠の愛を誓ったことになるのよ。だから、リルク様の婚約者は、私。私なのよ! 浮気なんて許さないんだからね!」
そういうとヤスミンはわんわんと泣きながら出て行ってしまった。
残された私たちは呆然とするしかなかった。
なんて激しい子……!!
私たちとは対照的に、リルク様は平然としていた。どうやらヤスミン嬢が癇癪を起こすのは、これが初めてではないらしい。
「セシル、ヤスミンに代わって謝るよ。悪い子じゃないんだが、如何せん幼くて……。まだ13歳だから、許してやってくれ」
「13歳!?」
13歳にしてはとても大人びた容姿だった。中身は……確かに年相応かもしれない。
「気になさらないでください。確かに驚きましたが……」
「気を取り直して、散歩でもしないか?まだ夕食まで時間があるから」
迷うことなく頷いた。
(ヤスミン嬢は婚約者じゃない……。では、リルク様の秘密の恋人とは、一体誰なの……?)