第九話 ドレスや宝石を身につけても、貴方に愛されないのならば。
翌日は大忙しだった。
屋敷を隅々案内され、色んな人を紹介され……。そして午後には、極め付けのイベントーーお買い物が行われた。
「わあ……。こんなにたくさんのドレス、見たことがない」
大広間は見渡す限り、ドレス、靴、アクセサリーの海だった。
金、銀、真紅、濃紺、緑……。
ドレスは全て色順に並べられ、これ以上ないほど美しい「虹」となっていた。
「さあ、なんでも好きな物をお召しになって。例えばこんなドレスはいかが? あなた様の金髪によく映えるわ」
商店のマダムから差し出されたのは、美しい絹を基調に袖がシフォンになった紫のドレス。
汚してしまわないか心配で、触るだけで緊張してしまう。
「とっても可愛らしいけれど、私が着たら勿体無いわ」
「何をおっしゃってるの!? ほら、さっさとお召しになって」
付き人たちにあっという間に身包みを剥がされた。
紫のドレスはぴったりで……まるで私のために作られたようだった。
うわあ、とうっとりとしたため息が、そこかしこで漏れた。
「セシル様、なんて綺麗なの……」
「まるで妖精みたい」
恐る恐る鏡を覗くと、そこにいたのは息を呑むほど美しい女性だった。
ドレスが線の細さを強調し、繊細さと可憐さが際立っている。
金髪と淡い紫のコントラストが、優美で気高い輝きを放っていた。
(私がこんなに美しいなんて……。本当に現実かしら?)
「さあ、次はこの水色のドレスを着てください! ドレープがたっぷりで、胸元にはダイヤが織り込まれているのよ」
それからは大変だった。
20着も30着もドレスを試し、どれを着ても「素敵すぎる!」とミリルたちは大絶賛。
ツンと尖ったガラスの靴、リボンがふんだんにあしらわれたピンクの靴、黒真珠のネックレス……。
これほど豪華な品を、ニルヴァル家でも見たことがない。
少女の時に夢見たおとぎ話の世界が、目の前に広がっていた。
心が躍る一方で、「こんな贅沢をしていいのか」という思いが拭えない。
それに、リルク様の恋人の件が脳裏にちらついてしまう。
(綺麗に着飾っても、リルク様の想い人になれないなら意味があるのかしら……)
私の落ち込みをよそに、ミリルたちの興奮は高まっていくばかりだった。
「もう全部買っちゃいましょうよお!」というのがミリルの言い分。
「シエル様が遠慮なさったと知ったら、リルク様も悲しみますよ?」という一言が決め手となり、試着した品物全てと必需品を買い揃えた。
おかげでがらんどうだった私の部屋は、今やドレス、宝石、小物で足の踏み場もないほどだ。
「お買い物楽しかったですねぇ! では、お茶にしましょう」と元気いっぱいのミリル。
私はなるべく早くリルク様にお礼を言いたくて、お茶会は早々に切り上げ、部屋を訪れることにした。
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リルク様の執務室は二階の角にあった。
ノックするとすぐに「入れ」との返答。重厚感のある巨大な扉を抜けた先に広がっていたのは、本の山……。
四方は天井まで全て本棚で、見たこともない外国の書物も大量にある。装飾品はほとんどなく、「執務室」という名にふさわしいシンプルな部屋だ。
本に囲まれるようにして、リルク様が座っていた。
「お忙しいのにごめんなさい。どうしてもドレスのお礼を言いたくて」
「ああ、わざわざ礼を言いにきてくれたのか。気に入ったものはあったか?」
「ええ、たくさん。ピンクに水色に紫に……。まるでお姫様になった気分でした」
「お姫様、か……」
リルク様がふっと笑った。
その表情はとても柔らかく慈愛に満ちていて、「恋人にはいつもこんな笑顔を向けているのかしら」と思った。
(例の秘密の恋人が羨ましい……)
「今まで黒ばかりだったんだろう?色んな色を試したらいい。実は今日、友人たちが夕食に来ることになったんだ。良ければ君も参加してくれるかい?」
「はい、私で良ければ喜んで。今日買っていただいたドレスを着ていきますわ」
「では夕食の時に。『お姫様』」
リルク様が私の手を取り、キスをした。
彼のサファイアのように青い目は、「君はここにいていいのだ」と語りかけている気がした。