魔王便、夏祭りに行く
とある街の路地裏に、『魔王便』という店があった。
そこは、なんでも配達してくれる宅急便なのだ。
しかし、セミが鳴くこの日、店の周りに人通りはない。
「なによーっ、全然人が来ないじゃない!」
人形でお茶出し担当のリリーは、ただいまお怒りのご様子。
魔王で店長のマオと、魔物で従業員のセバスは、知らないふりを続けていた。
今のところ、店で働いているのは、この三人である。
「せっかくセバスちゃんが作ってくれたこの服、見てもらいたかったのに……」
リリーはフリルのついたワンピースを握り、しょんぼりモードである。
入って間もないリリーの表情は、コロコロ変わる。
「まぁ、暇なのはいつものことですし、今日は夏祭りというのもありますね」
「夏祭りって、なーに?」
「夏に行う祭礼行事の総称です。人間界では、金魚すくいや食べ物の屋台を出していたりもしますね」
「ふーん、そうなんだ」
「他にも、花火や盆踊りもありますよ」
「……詳しいな、セバス」
「えっ、そうでしょうか」
「よく知っているとは思ったが……」
マオに睨まれ、セバスはタジタジする。
「もしかしてお主、夏祭りとやらに行きたいのか?」
それを聞いたリリーは、目を輝かせながらセバスを見つめる。
それに観念したのか、セバスはため息をついた。
「はい……一度どういうものか知りたかったのです」
「なら、今夜でも行ってみたらよかろう」
「本当ですか!」
「あたしも行きたい!」
「なら、全員で行きましょう!」
「なに?」
セバスの発言に、マオは顔を引きつらせる。
「今、全員と言ったか?」
「はい。あっ、それなら急がないと!」
「なにをそんなに急ぐのだ」
「祭りは夜七時からなので、それまでには用意しておきますね」
「待て、わしの話を聞かんかーっ!」
マオの制止も聞かぬまま、セバスは店を出ていった。
★★★
そして時は過ぎ、あっという間に夜の七時である。
「いやぁ、お二人ともよくお似合いですよ」
マオとセバスは男物の浴衣で、マオは紺色でセバスはうぐいす色の浴衣である。
リリーは、紺にひまわりが描かれている浴衣を着ていた。
「嘘をつけ。明らかに不自然ではないか」
「それは、ターバンがあるからじゃないの?」
そうなのだ。マオは角を隠すため、頭にターバンを巻いていた。
「そうですねー。でも、それが無いと角が目立ちますし……」
「だからわしは残ると言うたのに……」
「いいじゃないですか。ここまできたら、皆で行きましょうよ!」
大通りに出ると、車を心配そうに見ている初老の男性がいた。
「どうかしましたか?」
「実は、祭りの会場に花火玉を持って行く途中なんですが、タイヤが溝にはまってしまって……」
「それは大変ですね。私たちもそのお祭りに行くので、持って行きましょうか?」
「おぉっ、それは有り難い! でも、一般の方にお渡しするのは……」
「私たちは『魔王便』と申します。配達ならお任せください」
「そうかい? なら、お願いしようかね」
ほっとした男性は、車から花火玉が入った箱を取り出し、セバスに渡した。
「ありがとう。他の花火は持って行ったんだが、これは特注品でね」
「かしこまりました。きちんとお届けいたします」
「あのー、お代の方は……」
「今回は初めてのご利用なので、けっこうです。では、失礼します」
マオたちは一礼して、お祭り会場へ向かった。
会場では、たくさんの人で賑わっていた。
屋台も人が並んでおり、はんじょうしていた。
「すごーい! 人がいっぱいだわ!」
「では、私はこの箱を渡してくるので、屋台でも見ててください」
「うむ、わかった」
「いってらっしゃーい!」
マオはセバスと別れ、リリーを肩に乗せて見て回ることにした。
「いっぱい屋台があるわね。あっ、マオちゃん、金魚すくいがあるわ」
「いらっしゃい。一回五百円だよ」
「リリー、やってみるか?」
「任せて! いっぱいとってやるわ」
「チビッ子に出来るかい?」
「甘く見ないでよね。とりゃっ!」
リリーがポイを操ると、金魚たちが宙を舞う。
そして、おわんの中へと落ちていった。
それを見ていた周りは、驚いた人と拍手する人で賑わっていた。
「どうやら目立っているようだな。すまぬが、金魚を一匹だけくれ」
マオは金魚をもらうと、リリーを抱えてその場から逃げていった。
「マオ様ーっ! こんな所にいたんですか。探しましたよ」
マオたちがいたのは、休憩所で、セバスは手を振り駆け寄った。
だが、マオたちの様子に固まることとなる。
リリーはお面をつけており、マオはヨーヨーや串焼きを持っていた。
「……ずいぶん楽しそうだったみたいですね」
「ちっ、違う! これは全部リリーが欲しがったからで……」
「まぁ、いいでしょう。こちらも届け終わりましたし」
「そういえば、さっきから花火が上がっていたな」
「多分、そろそろ渡した花火が上がるんじゃないでしょうか」
三人が話していると、ヒュルルルー……と音が聞こえた。
しかし、それが花火になることはなかった。
「あれ? バーンってならないね」
「おかしいですね……」
「ん? なにか落ちてきていないか?」
その時、マオは何かを感じ取る。
周りを見れば、まだ誰も落ちてきていることに気づいていない。
「まったく、世話が焼ける!」
「マオ様?!」
マオは羽を広げて、急いで花火玉の所に向かった。
そしてそれをキャッチし、上空へと投げ飛ばした。
「飛んでいけーっ!」
するとタイミングよく、玉は花火になったのである。
そこに現れたのは、『アイラブユー』の文字であった。
「告白だと?! わしの努力は一体なんだったのだーっ!」
マオの悲しい悲鳴は、花火によって消えたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これは、私の作品である『魔王便、はじめました』の一部を、
企画参加用に、加筆・修正したものとなります。