ワイ、食堂の親父の飯が食いたくなる
勇者として城で暮らし始めてしばらく経った。
城の食事は豪華やし、贅沢な暮らしも悪くない。
けど、ワイはある日、ふとこう思った。
(……なんか、食堂の親父のメシ、また食いたいな)
ワイが異世界に転生してすぐ、最初に世話になったのがあの親父や。
タダ飯を奢ってもらった恩もあるし、せっかくやし顔出して礼を言うたろ。
……ついでに、またタダ飯食わせてもらえんやろか?
ワイは城下町に降り、以前訪れた食堂の前に立った。
店の中では、親父がいつものように鍋を振っている。
「……お、勇者様じゃねぇか!」
「おう、親父、久しぶりやな」
店内が一瞬静かになり、客たちがワイを見つめる。
(……なんや、この空気)
「あんた、本当にすごいことになってるらしいな……!」
「……へ?」
ワイは席に着く前から、なぜかすごい勇者扱いされていた。
「聞いたぜ! 騎士団長を一撃で倒したんだって?」
(いや、ワイ、事故で転ばせただけやで!?)
「それに、剣を振るうまでもなく敵を制圧する戦い方……さすが勇者様!」
(いやいや、ワイ、ただ立ってただけやん!!)
「しかも、あれだろ? 魔王討伐のために"力を温存"してるんだろ?」
(違う!! ワイが怠けとるだけや!!!)
どうやらワイの勇者伝説がえらいことになっとる。
もはや「最強の戦士」どころではなく、「規格外の伝説級勇者」扱いされてるやんけ……。
「まぁまぁ、とにかく食えよ勇者様! 今日はオレの奢りだ!」
いろいろヤバい噂をされているようだが、ワイは親父が出してくれた料理を見て、ニヤリとした。
(よっしゃ、タダ飯確定や!!)
炭火で焼いた肉の香ばしい匂い。
ジューシーなステーキに、たっぷりのソースがかかった料理。
温かいパンと、スープ。
(うまそうや……)
「ほな、遠慮なく……」
ワイはがっついた。
親父は満足げに頷いている。
「いい食いっぷりだな! やっぱり、戦士はこうでなくちゃな!」
「せやな!」(ワイ、戦ったことないけどな!)
飯を食いながら、ワイは店の客たちの会話を聞いていた。
「……ところで、勇者様は魔王とどう戦うおつもりで?」
「ん?」
ワイは肉をかじりながら適当に返した。
「まぁ……なんとかなるやろ」
「……!!」
客たちが目を見開いた。
「"なんとかなる"……!? なんという余裕……!」
「やはり、勇者様は我々の想像を遥かに超えた存在なのか……!」
(いや、適当に言っただけなんやが!?)
すると、別の客が言った。
「そういえば……勇者様が"剣を使わない戦い方"をすると聞いたが?」
「いや、それどころか"敵に触れずして倒す"とか……」
「もしかして、魔王すら一撃なのでは……?」
(いや、何でそうなるんや!?)
ワイはただ「ワイの戦い方はちゃう」と言っただけやのに、
気づけば「魔王すら触れずして倒せる勇者」みたいになっとる。
ワイは、急に不安になってきた。
(このままやと、そのうちホンマに魔王討伐に行かされるんちゃうか……?)
これまで適当に口八丁で誤魔化してきたけど、
勇者としてのハードルが爆上がりしすぎて、もはや誤魔化しきれへんレベルになっとる。
(ヤバいヤバいヤバい)
こうなったら──
(……このまま、フェードアウトするしかない!)
ワイは急いで肉をかき込んだ。
「親父、今日はうまい飯ありがとうやで!」
「おう、また来いよ!」
「ほな、ワイはそろそろ……」
ワイはそそくさと店を出た。
しかし──
「勇者様、お疲れ様です!」
「勇者様が城下町に降りてきたぞ!」
「噂の"戦わずして敵を討つ戦士"が!」
すでに城下町の人々がワイを見て、敬意の目を向けている。
(……あかん、もうワイ、普通の暮らしに戻られへん……!!)
こうしてワイは、ますます逃げ道を失いながらも、
城へと帰っていったのだった──。