【悲報】ワイ、模擬戦をすることになった
ガルヴァンは静かに木剣を構えた。
春の穏やかな風が庭園を吹き抜ける。しかし、その心地よいはずの風が、ワイには冷たく感じられた。
手に握った木剣が震えている。
(どうする……!? どう考えても詰んでるやんけ!!)
ワイは一瞬だけ周囲を見渡した。
王宮の訓練場には、見物に来た騎士たちがずらりと並び、ワイとガルヴァンの戦いを見守っている。
「勇者様の剣技を見られる貴重な機会!」
「きっと凄まじい戦いになるぞ……!」
騎士たちは目を輝かせており、ワイが逃げ出す余地はどこにもなかった。
さらに、王宮の貴族たちも遠巻きに観戦している。
(なんでこんな大事になっとるん!? ワイ、ただニートしたいだけやのに……!!)
そして、ガルヴァンがついに踏み込んできた。
「勇者様、いきますぞ!」
(無理無理無理無理!!!)
ワイは無意識に後退した。
しかし、焦りすぎて足元がふらつく。
ズルッ──
「おおっ!!?」
ワイの足がもつれ、バランスを崩す。
それと同時に、握っていた木剣が変な角度で振られ、ガルヴァンの足に直撃。
「ぬぉっ!?」
バランスを崩したガルヴァンは、そのままワイの後ろに倒れ込む。
ドガァァァン!!!
「……!?」
観客席が静まり返る。
(えっ、なにこれ!? ワイ、勝ったことになってる!?)
ワイは転びそうになって地面に手をついたまま、目の前で倒れている騎士団長を呆然と見つめた。
騎士たちの間から、誰かがぽつりと呟いた。
「……団長が……一撃で……!?」
騎士団長ガルヴァンが、転倒した。
それだけならまだしも、問題は周囲のリアクションやった。
騎士たちはみるみるうちに驚愕と興奮に満ちた顔になり、ざわざわとざわめき始める。
「な、なんという剣さばき……!」
「まるで"相手の動きを封じる"かのような……」
「勇者様は、無駄な動きを一切せず、戦場を制する"真の剣士"なのでは……?」
(いやいやいや、ただの事故やん!?)
ワイは完全にパニックやったが、周りの騎士たちはむしろ感動している。
「まさか、これが"勇者の流儀"か……」
「見たか? あの動き。あの一瞬の間に、騎士団長の足を見極め、無駄なく転倒させたんだ……!」
(違う!! 転びそうになっただけや!!)
ワイは弁解しようとしたが、それよりも先にガルヴァンがゆっくりと起き上がった。
「……これは……」
ガルヴァンは、深く考え込んだようにワイを見つめた。
「なるほど……。 そういうことか……」
「え、なにが?」
ガルヴァンは、感動したように頷いた。
「勇者様は、"敵の動きを封じる"ことを重視した戦闘スタイルなのですな……!」
「……へ?」
「下手に剣を振るわず、相手の動きの一瞬の隙を突く……! まさに、究極の戦い方……!」
(ワイ、ただ滑っただけやのに!?)
ガルヴァンが声を張り上げる。
「これほどまでに洗練された剣技があったとは……!」
その言葉に、周りの騎士たちがさらに興奮する。
「たしかに……!」
「無駄な動きを一切せず、一瞬で相手を仕留める……!」
「勇者様は、もしかして"最強の剣士"なのでは……?」
(いや、ワイ、戦闘経験ゼロなんやが!?)
しかし、騎士たちはすでに「勇者様は圧倒的な戦闘力を持つ」という方向で話を進めていた。
ガルヴァンは木剣を置き、深々と頭を下げた。
「勇者様、私が愚かでした……。あなたの戦い方を理解せず、剣を交えようとしたことをお許しください」
(え、謝られるんかワイ!?)
「あなたこそ、本物の勇者……!」
「……せやな(???)」
(なんか知らんが、詰み状態から助かって良かったわ。また変な勘違いしとるようやけど……)
ワイはただ転びそうになっただけ。
なのに、なぜか「最強の剣士」になってしまった。