王サイド「異世界勇者は本物なのか?」
王・グランバート三世は、執務室で書類に目を通しながら、深い溜め息をついた。
(勇者とは何なのか……)
──国民の熱狂ぶりは凄まじい。
異世界から現れたとされる勇者ワイは、昨日のスピーチで、わずか数分のうちに民衆の心を掴んでしまった。
「ワイがここにおる限り、この国は滅びへん!」
その言葉が城下の隅々まで広まり、人々は口々に「勇者様万歳!」と叫んでいる。
貴族の間でも「勇者様の言葉には不思議な力がある」と評判になり、街ではワイの言葉を記した書物が出回り始めていた。
──まさか、ここまで影響力があるとは。
グランバート王は、改めて勇者ワイについて考えた。
「この勇者は本物なのか?」
「陛下」
静かに声をかけたのは、側近のデルマー卿。
王は眉をひそめながら言った。
「デルマーよ、お前はどう思う? あの勇者は、本当に魔王を倒す力を持っているのか?」
側近は少し考え込んでから答えた。
「……正直に申し上げれば、勇者様の武力については未知数です。しかし……あの方には人々を導く不思議な力があります」
「ふむ……」
「昨日のスピーチが何よりの証拠。わずかな言葉で民衆を一瞬にして熱狂させた。これはただの剣士や魔法使いにはできることではありません」
「……たしかにな」
「戦うことなく、勝利を引き寄せる力」
王は思い返した。
これまで、歴代の勇者は剣を取り、血を流しながら戦ってきた。
だが、ワイは戦ってもいないのに、すでに「英雄」として国中に認知されている。
彼の言葉は、不思議と人を納得させ、鼓舞し、行動を促す力がある。
「そもそも、勇者とは何なのだろうな……?」
王が独り言のように呟くと、デルマー卿は静かに答えた。
「かつての賢者はこう言いました。『勇者とは、剣を振るう者ではなく、人々を導く者である』と」
王は目を閉じ、考える。
(もし、戦わずして国を守ることができる勇者がいるとすれば……それもまた一つの在り方なのかもしれん)
「では、勇者に任せるべきか?」
王は再びデルマー卿に尋ねる。
「しかし、もし勇者が魔王討伐に向かわねばならなくなったとき、彼はどうすると思う?」
「……」
「"勇者候補"である限り、いつかは魔王討伐を求められることになる」
デルマー卿はしばらく沈黙した後、こう言った。
「……勇者様は、おそらく"戦わずに勝つ方法"を考えるでしょう」
「……戦わずに、勝つ?」
「はい。これまでの勇者のように剣を振るうのではなく、"言葉"や"交渉"で戦う道を探すのではないかと」
「……なるほど」
王はしばし考え込む。
確かに、彼の言葉には人を動かす力がある。
ならば、もしかすると、これまでの勇者とは違う形で国を救う可能性もあるのかもしれない。
「勇者の役割を決めるのは、我々ではない」
グランバート王は、決断した。
「しばらく、勇者の動向を見守ることにしよう」
「はっ」
「もし彼が真の勇者ならば、その道は自然と開かれるはずだ」
デルマー卿は深く頷いた。
こうして、ワイの「勇者候補」としての地位は、
ますます盤石なものになってしまったのだった──。