異世界の街。ワイ、調子に乗る
城下町の門をくぐった瞬間、ワイは感動した。
「おぉ……これが異世界の街か……!」
石畳の道、木造の建物が並ぶ商店街、露店には色とりどりの果物や干し肉が並び、人々が活気よく行き交っている。
行商人が値段交渉してる横では、鉄を打つ音が聞こえ、どこかの角では吟遊詩人がリュートを奏でて歌っている。
(完全にファンタジー世界やん!)
想像以上の異世界感に、ワイのテンションは最高潮になった。
転生してチート能力がないのは残念やけど、それでも異世界をこの目で見れるってだけでワクワクするもんやな。
けど、ここでふと気づいた。
──ワイ、完全に手持ちゼロやん。
金もない、知り合いもおらん。
…まあ前世でもなかったけどな。
(あれ……これ普通にヤバくね?)
下手すりゃ、このまま宿にも泊まれずに野宿コースや。
異世界転生モノやったら「ここで食堂の主人に拾われる」みたいなテンプレ展開が来るかもしれんけど……
(いやいや、そんな都合のええことあるわけ──)
「おい、そこのお前!」
突然、ワイの肩をつかむ力強い手。
(……!?)
振り返ると、そこにはガタイのいい中年の男が立っていた。
エプロンをつけた、いかにも「異世界の食堂のオヤジ」って感じの人物や。
「お前、腹減ってんだろ? いい面構えしてるな。どうだ、うちの店でメシでも食っていかねぇか?」
(これ、マジでテンプレ展開来たやつ!?)
ワイはそのまま連れて行かれる形で、食堂に入った。
木造の店内は、昼時で客が賑わっている。
ワイは適当にカウンター席に座らされ、すぐに皿が出てきた。
肉の焼ける香ばしい匂いに、ゴクリと喉が鳴る。
「さぁ食え。代金はいらねぇ。旅人にはメシをふるまうのがうちの流儀だ」
なんやこの異世界、優しすぎるやろ。
「ほな、遠慮なく……」
口に入れると、肉の脂がじゅわっと広がり、香辛料のスパイスが鼻を抜ける。
しっかりとした噛み応えがあって、旨味が噛むたびにあふれてくる。
(……うまっ!!!)
ワイがむさぼるように食べていると、オヤジがニヤリと笑った。
「で、お前は何者なんだ? どっから来た?」
ワイは思わず言った。
「ワイ? ワイは……異世界から来た勇者やで」
その瞬間、食堂の空気が変わった。
隣の客がスプーンを落とし、奥の方にいた人々がワイの方をじっと見つめる。
「……今、なんて?」
オヤジの声が低くなる。
(……え? なんかやばいこと言うた?)
噂は一瞬で広まる
ワイは軽い気持ちで言っただけやった。
門番の時と同じノリで、「せや! こう言えばええやろ!」くらいの感覚で。
でも、どうやらこの世界において「異世界の勇者」 というワードは、かなり重大な意味を持っているらしい。
食堂にいた客がザワザワと騒ぎ始める。
「異世界の勇者……だと?」
「まさか、伝説の……?」
「王が待ち望んでいた存在……?」
(え? ちょ、待って待って)
「おい、誰か衛兵に報せろ!」
(は? なんでそうなる?)
「急げ! ついに異世界の勇者が現れたんだ!」
(ちょ、ほんまに待って)
店の外に飛び出す男、ワイを見て興奮しながらひそひそ話す人々。
食堂のオヤジは腕を組みながら、ワイをじっと見つめている。
「……お前、本当に勇者なのか?」
ワイは焦った。
適当に言っただけやのに、想像以上に話が膨らんでしまった。
これはあかん。さすがに適当に言いすぎた。
何か誤魔化さんと……
「あ、いや、その、ワイは異世界から来たのは本当やけど、その、勇者かどうかは……」
「異世界から来たのは本当なのか?」
「え、まぁ……」
「……!」
なぜか感動したようにオヤジが目を見開く。
「なるほど……! まだ勇者として目覚めていないということか!」
(違う違う違う違う)
「そうか……お前が王都に来たのは運命だったんだな……!」
(だからちゃうって!!!)
ワイは無意識に使ってしまっていた。
スキル 「なんJ民の話術」(話し相手が話を飲み込みやすくなる) が発動し、
オヤジは勝手に話を深読みし始めた。
ワイは誤魔化すつもりやったのに、話がますます大きくなっていく。
「王城へお連れしろ!」
食堂の外が騒がしい。
「勇者が現れたぞ!」
「早く王城に報告を!」
「これは歴史的な瞬間だ!」
ワイの言葉が食事をしていたたった十分で街中に広まってしまった。
そして、ついに王城の騎士団が現れる。
「お前が……異世界の勇者か?」
(え、ちょ、なんかすごい展開になってるんやが!?)
「王が貴様に会いたがっておられる。王城まで来てもらおうか」
ワイは両腕を掴まれ、城へと連行されていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれや! ワイ、まだ何も……」
「心配はいらん。王がすべてを説明してくださるだろう」
…………………。
(いや、ワイが一番説明してほしいんやけど!!)