ワイ、異世界に転生する
目を覚ますと、そこは見知らぬ場所やった。
草の匂いがする。空気は妙に澄んでいて、遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
ワイはぼんやりとした頭のまま上半身を起こし、周囲を見渡した。
見渡す限り、草原と森。
(は? なんやこれ……)
昨日までワイは普通に家でなんJしとったはずや。
夜中、スレ立てして「ワイ、もう死にたいんやが……」とか適当に書き込んで、レスバしてるうちに眠くなって、そのまま寝落ちして……
気づいたらここや。
まさかと思い、ワイは立ち上がってもう一度周囲を確認した。
どこまで見ても自然しかない。遠くには城のような建物がある。
(え? もしかして……これ、異世界転生ってやつか?)
じわじわと実感が湧いてくると、急に胸が高鳴ってきた。
ついに来たんか! 異世界転生!!
漫画やラノベではよくある話やけど、まさかワイが本当に体験することになるとは。
憧れの異世界ファンタジー。まさに夢のような展開やんけ!
ワイは思わず両手を広げ、空を仰いだ。
「うおおおおおお!!!」
やっとワイにも主人公補正が来たんやな……!
異世界転生といえば、チート能力。
ワイにも何かすごい力が宿っとるに違いない。
さっそく確認せな。
右手を前に突き出し、息を整える。
「ステータス!」
──沈黙。
……もう一回。
「ファイアボール!!!」
──風が吹いただけ。
……おかしい
「アルティメット・デストロイアー・ブラッド・アーク!!!」
──何も起こらん。
なんでやねん!!!
魔法も剣も、どんな技も発動しない。
身体能力が上がった感じもないし、何か内なる力が湧いてくる気配もない。
ワイのチートはどこ?
これじゃただの一般人やんけ。
いったん落ち着いて考える。
ワイは転生してすぐや。もしかすると、チート能力には発動条件があるのかもしれん。
例えば「覚醒イベント」とか「試練を乗り越えたとき」とか。
せや、ワイが異世界に馴染んでくれば自然と力も目覚めるんや!
きっとそうや。ワイはまだ隠された能力を持っとるに違いない。
そう考えたら少し気が楽になった。まずは情報収集や。
こういう異世界転生モノでは、まず「街に行く」のが基本。
遠くに見える城下町に向かえば、何かしらの手がかりが得られるはずや。
しかし、ここで問題がある。
ワイはどう見てもこの世界の住人ちゃう。
スウェットにスニーカー、完全に異物や。
普通に街に入ったら、不審者として捕まるかもしれん。
どうする……?
せや、ワイには話術がある。
なんJで鍛えた屁理屈とレスバ力こそが、ワイのスキルや。
これを駆使すれば、きっとなんとかなる。
異世界転生者としてのそれっぽい設定を作れば、ワイは不審者やなくて「特別な存在」になれるんちゃうか?
例えば……
・異世界転生者は突然現れる
・服装が違っても「異世界の技術やで」と言えば信じてもらえる
・勇者っぽい発言をすれば、なんか納得される
よし、これでいこう。
そうと決まれば、さっそく城下町へ向かう。
やがて門が見えてきたところで、ワイは二人の門番に止められた。
「おい、貴様。見慣れぬ格好だな。どこの者だ?」
きた……!
ここでワイの話術が試される。
「……ワイ? ワイはな、異世界から召喚された勇者やで」
「……なに?」
門番の表情が固まった。
「見ての通り、ワイの服装はこの世界のもんとはちゃうやろ?」
「……たしかに」
「この世界では見たこともない服や。つまり、ワイがこの世界の人間じゃないってことは明らかやな?」
「……確かに」
「せやろ? ってことは、ワイが異世界から来た存在である可能性が高いんや」
門番が顔を見合わせた。
「待てよ……たしか、予言の星が出していたお触れに『近々異世界から勇者が召喚される』と書かれていたような……」
「…ほらな?」
ワイは自信ありげにうなずいた。
門番Aが渋い顔で言う。
「いや、だが証拠が──」
「待て……彼の言うこと、一理あるぞ」
門番Bが考え込むように呟いた。
「異世界の勇者が現れるという伝説がある以上、彼がその勇者である可能性を否定することはできない……」
「むぅ……確かに……」
(え、ほんまに信じとるやんけ!?)
ワイは適当に言っただけのつもりやったが、どうやらこの世界には本当に「異世界の勇者が現れる」という伝説があるらしい。
ワイの言葉はそれに「蓋然性」を高める形で作用してしまった。
門番は少し悩んだ後、静かに頷いた。
「……よし、通れ」
(マジか……!)
ワイは門をくぐりながら、少しだけ背筋を伸ばした。
異世界に転生して、ワイは今、「勇者」として城下町へ足を踏み入れた。
まだ何の力もない。
でも──
(話術さえあれば、この世界でもワイは生きていけるかもしれん)
期待と不安を胸に、ワイは異世界の街を歩き始めた。