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ねこねこねっと

作者: Fimbul

 薄暗いオフィスを、窓から差し込むかすかな月明かりがしんと照らしていた。どこか鼻がむず痒い気がして、重い頭を起こすソントク。


「あれ、もうこんな時間か」


 時刻を見て、ソントクは驚いた。壁際にある豪勢な大型置き時計。こだわり抜いたオーダーメイドのその針は、ちょうど21時45分に差し掛かっていた。

 どうりで部屋が薄暗いわけだ、ソントクは思った。今日は特に忙しい一日だった。ここ最近事業の業績が上向き始めていることもあり、午前中から商談が二つ、その移動中も、内内での資金繰りの指示のため部下と常にチャットでやりとり。やっとオフィスに戻って資料に目を通していたところを、どうやらそのまま眠りに落ちていたらしい。


「まずい、早いところ終わらせなければ」


 ソントクは机の上に散乱した資料をまとめながら、そう自分を奮い立たせた。やると決めた仕事は何が何でもその日のうちに終わらせる主義なのである。


――コンコン


 その時、小さくドアをノックする音がした。誰なのだろう。ソントクには心当たりがなかった。大抵の場合、社長室のドアをノックするのは秘書である。しかし今日に限って秘書は、「夜遅くまで残るから」と夕方のうちに帰らせていたのだ。そもそも、やけに小さいノック音。聞き間違いの可能性もあるか。

 そう考えてソントクが黙っていると、今度は確かな音でコンコン……と。どうやら聞き間違いではないようだ。仕方なく、ソントクは返事をする。


「はい、何用でしょう」


 すると、遠慮がちにドアがスッと開く。無言で入ってくるつもりか。失礼なやつだ。ソントクはドアの方をじっと睨み、ドアが開ききって、そのノックの主が現れるのを待つ。


「へっ……」


 思わず、気の抜けた声が出た。現れた姿を見て、ソントクは唖然とした。


「……ね、猫?」


 何が起きているのかわからなかった。いったいどこから忍び込んだのだろう。先頭にはフサフサな真っ黒い毛並みの、そして両脇には短毛で首輪をした、屈強な体のトラ猫。計3匹。すると、ちょこちょこと列を成し、四足歩行で机の前までやってきて――。


「――えー、今日伺いましたのは……」


「へっ⁉︎」


 あやうくソントクは椅子ごと後ろに倒れ込むところだった。疲れが溜まっているのか、夢でも見ているのか。目の前の黒猫は、二足でスッと立ち上がり人間の言葉を喋り始めたではないか。


「しゃ、喋った⁉︎」


「喋ったらまずいですかな?」


 やけに冷静な口調で答える黒猫。目の前で起きている現象を理解できず、のけぞることしかできないソントク。


「猫と喋るのに慣れていないようでしたら、筆談でも構いませんがね」


「ひ、筆談……」


「それはそれで訳がわからん、といった顔ですのう。まあ無理もないか」


 何も言えぬソントクを尻目に、黒猫は肩をすくめる。


「猫と喋るのは初めてですかな」


「は…い……」


「なるほど、猫と暮らした経験などは?」


「その昔……実家で……」


「ということは、今現在はご家族に猫はいないと」


「えーと、犬なら……」


 ソントクがそう答えると、黒猫は大きくため息を吐いた。


「なるほど……そうですか。それはそれは、やはり今日ここに来た甲斐があったというものですな。由々しき事態じゃ」


「来た甲斐? 由々しき事態?」


 思わず質問攻めするソントク。黒猫は前足をソントクの方に向け、なだめるように言う。


「……分からぬのであれば、さあ、ひとまずこれをご覧くださいな。いきますぞっ」


 黒猫が尻尾を一振りすると、両脇のトラ猫たちが一斉に胸を張る。そこには最初ソントクが首輪だと思ったもの。赤いベルトに金ぴかのバッジ、そしてその中央には「N」の文字が……。


「お教えしましょう。我々はまさに、猫による猫の猫のための、ねこねこネットワーク……そう、通称NNN!」


 掛け声と共に両腕を曲げ、Nポーズを取る3匹。カチッカチッという時計の音だけが響く。数秒間の沈黙。以前として薄暗い室内。果たして、ソントクの第一声は……。


「え、なにそれ」


「ピンときてないですね」

「ピンときてないっすよあれ」

「ピンときてないのう」


 理解が追いつかないソントクを見かねて、3匹は団子になって話し合いを始める。


「やっぱ団体名変えましょうよ毎回こうなるっすよ」

「いや、しかしNNNには深い伝統と歴史が……」

「でも人間からしたら『なにそれ』てなりますよそりゃ。猫の世界知らないんですから」


「えー、あのー」


 手を挙げて注目を引くソントク。3匹の視線が一斉にソントクの方を向く。


「猫の世界とかはぶっちゃけよくわからんすけど、結局のところ要件は……?」


「む、そうじゃそうじゃ」


 そう言いながら、やはりリーダー格らしい黒猫はソントクの方に向き直った。


「単刀直入に言いましょう。社長、あなたの商品のCMに我々NNNの派遣する猫を起用して欲しい」


「な、CMに猫ですって?」


「はい、とびっきりの美人猫を用意しますぞ」

 

「それはありがたいことですけどね。それ相応のギャラをよこせと言うんでしょう?」


「いいえ、ギャラは要りません」


「へ、ノーギャラ?」


「ええ、そうです。その代わり――」




 そうして、あの月夜から半年が経った。猫を起用したCMは大当たり。商品は飛ぶように売れた。ソントクの顔も売れた。テレビ、新聞、インターネット。ありとあらゆるメディアで、ソントクの活躍が取り上げられる日々。


『ソントクバンクといえば、猫を起用したCMが国民的な人気を博しています。あのような斬新な広告戦略の発想はいったいどこから?』


『私自身、大の猫好きなんです。いつか情熱を注いでいる自分の事業と、大好きな猫がコラボレーションする日が来たら……とそんな想いは前々から胸にありまして――』


 と、約束通りテレビインタビューで「猫派」を公言するソントクを見つめながら、満足げにゴロゴロと喉を鳴らすNNNのリーダー黒猫。

 

 一方、そんな受け入れ難い光景を、唸り声を上げながら苦虫を噛み潰したような表情で睨みつけるわんわんネットワーク、通称WWNの面々。


 こうして、彼ら猫派vs.犬派の縄張り争いは止むことなく続いていく。いつかお互いに仲良く手を――いや、前足を取り合うその日まで。


あなたは猫派?犬派?

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