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幸せな少女

作者: 九藤 朋

 (おと)(なえ)は両手首を縄で縛られとぼとぼと歩いていた。白髪赤目の異相が、乙苗の罪だと言う。両親は乙苗の髪も目も愛でてくれたが、家から出そうとはしなかった。そんな両親が流行り病で死に、乙苗は外に出て行かざるを得なくなった。明るい日の光の下に出ると、乙苗を見た人間たちは皆、一様に声を上げ、乙苗を指さし騒ぎ立てた。乙苗には不思議でならなかった。捕縛されたことも、異相が罪であると断じられたことも、何もかも。乙苗が牢に囚われている間、時折、乙苗の様子を見に来る青年がいた。十郎(じゅうろう)()と名乗った。十郎太は、見張りに酒を渡しては、乙苗と二人で話をすることを好んだ。自分の髪と目が怖くないのかと乙苗は尋ねた。

「どうして。綺麗な髪と目じゃないか」

 乙苗の心が、澄んだ水で満たされたようになった。両親もよく、乙苗の髪と目を褒めてくれたものだ。そんな彼らも、もういない。いないが、十郎太は両親と同じように褒めてくれる。両親が亡くなって以来、途絶えていた涙が流れた。

「乙苗。乙苗は、島流しになるらしい」

 十郎太にそう言われた時も、あまり衝撃はなかった。そっか、そんなものだろう。そう思った。死んだら両親に逢えたのに、と言うと、いつもは優しい十郎太の顔が怖くなった。

「冗談でもそんなことを言うな。島には俺も一緒に行く」

「どうして?」

「乙苗みたいな、女の子一人で行かせられる訳がないだろう!」

「十郎太は、優しい」

 十郎太の顔が真っ赤になった。それにつられるように、乙苗の頬も赤くなる。

「でもどうやって一緒に行くの? 十郎太は罪人ではないのに」

 牢の格子越しに、乙苗の頭に手が置かれる。

「役人は鼻薬に弱いからな」

「鼻のお薬……?」

「おう!」

 十郎太はにっと笑った。

 乙苗たちの住まう領国では、島流しの罪人は、皆、白い単衣を着ることになっていた。

 出航当日。

 乙苗は後ろ手に手を縛られ、舟に乗せられた。その後、同じ白い単衣を着た十郎太が、本当に乗り込んで来た。船頭が櫓を漕ぐ。広い陸地が遠ざかって行く。十郎太はどうやってか自分の手首の縄を外すと、乙苗の縄もほどいてくれた。

「十郎太」

「ああ、本当に。お日様の下で見る乙苗は綺麗だなあ」

 十郎太の目に光るものがある。

「私、とても申し訳ないことをした。十郎太の家族に、お友達に、何て言って詫びれば良いのか解らない」

「……俺には兄貴が一人いてな。詮議方のお偉いさんだ。よく出来た人でさ。お前の罪は妥当ではないと、最後まで上に掛け合ってくれてた。それでも乙苗の島流しが覆りそうになくて、俺も一緒に行くと言ったら、こっぴどく叱った後、色々、便宜を図ってくれた。莫迦な弟だって言って、最後は俺の手を握って――――。だから、大丈夫だ。乙苗。お前が申し訳なく思う必要なんてないさ」

「でも」

 尚も言い募ろうとする乙苗の細い身体を、十郎太は抱き締めた。

「俺の嫁さんになってくれ。俺、丈夫だから、大抵のことはやって、乙苗を食わして行ける。守るから」

 つう、と乙苗の頬に涙が伝う。

「うん、うん、十郎太。私を貴方のお嫁さんにしてください」

 船頭は何も聞いていない振り、見ていない振りを通した。やがて島が見えて来る。乙苗は十郎太と手を握っていた。なぜだろう。青い海と、緑の島が、殊の外、美しく見える。なぜだろう。自分は島流しという罰を受けると言うのに、こんなに幸福な気持ちでいる。揺れる舟の上が、乙苗の心をも幸福で揺らす。

 十郎太が笑った。

 大好きだと乙苗に告げた。



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