薄暗い路地にて
少女は己の迂闊さを呪った。家に帰るまでに近道をしようと人気のない薄暗い路地の方へ向かったのが完全に間違いだった。
少女は今、武装をした3人の男たちに囲まれていた。
小柄な少女を囲む3人の男たちはまさに壁といった様相だ。
この男たちは人攫いの類なのだろう。男たちはニヤニヤと口元に薄笑いを浮かべて、値踏みをするかのように少女の体の足先から頭の天辺までジロジロと下卑た視線を浴びせている。
少女を取り囲むときの動きの所作からこの男たちが人を攫うことに慣れているということが分かる。既に何人もの人たちがこの男たちに攫われているのだろう。そしてこの少女ももうすぐ連れ去られてしまった人たちの仲間入りをしてしまうのだろう。
「うっ…ぐすっ…」
少女は、恐怖から地面にくずおれて泣きだしてしまった。しかし残念なことにその行為は男たちの嗜虐心を煽るだけだ。
3人の男たちのうちの一人であるボロボロの服を身にまとった痩せ型の猫の獣人の男が堪えられないといった様子で少女の体を自身の醜い欲に趣くままに汚そうと手を伸ばす。
その瞬間、
「商品に手を出すんじゃねぇ!」
ドスのきいた凄まじい怒号とともに3人の男たちの中でも最もガタイがよく大きな戦斧を背負った猪の獣人の男が少女に手を出そうとした猫人の顔を丸太のように太い足でベキイッという異常な音とともに路地の奥へと蹴り飛ばした。
「ひぃっ!!すみません!!ボス」
猫人の男は鼻血まみれになりながら、くらくらとする頭を抑えて立ち上がり猪人の男に謝る。どうやら猪人の男がこの人攫いたちのボスらしい。だがそんなことを知ったところで少女の運命は何ら変わることはない。
「おい、さっさとこのガキを袋に詰めろ。」
そう猪人の男に命令され、先程少女に手を出そうとして蹴られた猫人の男と猫人の男とは別の猪人の部下である豚の獣人の男が中を見ることのできないようになっている黒色の麻布の袋を取り出して先程と違い、猪人に対する恐怖と金のために、少女を詰め込もうと手を伸ばす。
「助けて…」
恐怖でカラカラに乾いた少女の口から助けを求める声が絞り出される。しかしここは普通だと人が通らないような路地である。それにもし通ったとしても誰もこの状況に手を出そうなどとは思わないだろう。
だから、少女は連れ去られるはずだった。
だから少女は助からないはずだった。
だから少女の助けを求める声に応える者はいないはずだった。
そのはずだったのに、
「ああ、今助ける」
そんな助けを求める声に応える言葉が人気のない路地に響き渡る。
そして、風が吹いた。
「ぐあっ!」 「ぐおっ!」
突如吹いた強烈な突風に少女を袋に詰めようと手を伸ばしていた猫人の男と豚人の男が吹き飛ばされ壁に激突し悶絶の声とともに意識を闇へと落としていく。
「だれ…?」
少女は風の吹いた方へと顔を向けた。その顔が向かう先には、美しいサラサラとした金の髪を短く切りそろえ、左腕に短剣を握る隻腕の少年がいた。
「俺はフェリクだ。お前のことを助けてやるから道を案内しろ」
そう隻腕の少年…フェリクは空のように澄んだ声で少女に話しかけ、流麗な動作で猪人の男に向かって剣を構えた。