夢が現で現が夢で
「……ん、んんぅ……?ここ、は?」
ガルムが目を覚ますと、そこは豪華な装飾が施された洞窟の中。近くにはボロボロの衣服に身を包み、生傷が体中についている少女たちが倒れており、彼女が起きるのと同じタイミングで目を覚ました。
「あっ、ま、まただ……」
「?またって一体何の話―――そうだあの豚野郎!!」
近くに転がっていた剣を即座に手に取って起き上がるも、そこには誰も居ない。
周囲には敵影の一つも無く、また体を見ても特に何かをされた形跡がない。
安堵するよりも先に不気味さを覚えた彼女は、警戒を解くことなく三人に声をかけた。
「お前らも、無事か?あの豚から何かされた痕跡は?」
「ううん、大丈夫。けどこの現象、前にも……」
「その、前にもとか、またとか、一体どういう事なんだ?ゴブリンも他と違う、とか言ってたし」
ガルムの問いかけに、少女たちは顔を見合わせて頷き合い、ポニーテールの少女が代表する様に前に出た。
「もしかしたらですけど、多分しばらくは安全……だと思うので、説明ついでに休みませんか?」
「休むって……どうして大丈夫だと思うんだよ?」
「それも一緒に説明します。―――セナから聞いてると思いますけど、私の名前はリンって言います。こっちの小さい方がメイ。見ての通り魔法使い。そして、大きい方がクィラ。弓担当の援護係です」
「あ、あはは……慌てて走ってきたから、実は名前聞きそびれててさ。リンに、メイ、クィラって言うんだな!アタシはガルム。改めてよろしく!」
伸ばした手をリンが握り、互いに表情が綻ぶ。小さい方、と呼ばれたメイが若干不服そうな顔をしているが、特に何か文句を言うことは無かった。
「それで、どうして安全だと思ったのか、って話なんですけど……」
「私達、あのキモい男と一回遭遇してるのよね」
「えっ?大丈夫だったのか?」
「……なんか、特に何かされた感じでも無いし。前も眠らされたけど、その時も何もされなかったし……」
「そりゃあ不気味だな」
意識を失う直前まで対面していた男の姿や発言を思い出し、あんな男の前で無防備に眠ってしまった事に戦慄し、冷や汗を流す。
本当に何もされていないのか不安になってきたガルムが改めて自分の体を調べるも、やはり意識を失う前となんら変わり無い。
「多分だけど、アイツは私たちを惑わして楽しんでるんだと思う。最初に変な光を浴びた後も、最初入った時のルートを辿っても出られなくなったし」
「ん?でも、この道をまっすぐ戻れば出口だぞ?アタシはずっと真っ直ぐに走ってきたからな。いや、一回だけ右か左に曲がらないとダメな場所があったけど」
「恐らくガルムさんの記憶通りに戻っても、道が変わっていると思うんです。だって、私が知る限りだとこの洞窟、そこまで深く無いんです。山に自然発生したただの穴で……横穴も曲がり道も、本当だったらあり得ないはずなんです」
「んー。まぁ、一回アタシのルートを辿ってからで良いんじゃねぇかな。幻覚かどうかって話は。それよか、敵の強さの話のが聞きてぇよ。普通のゴブリンと何が違ったんだ?」
あまり考え事が好きでは無い(決して苦手というわけではないが考えるよりも動く方が良いタイプ)ガルムが話を変えると、メイが言葉少なく答える。
「……アイツら、やたら強い」
「だから強いってのはどの程度なんだよ?まさか魔法が使えるとかか?流石に信仰魔法までは使えねぇと思うけど」
「魔法は使わないけど、本当に力が強いの。棍棒で地面を抉ったり、素手でリンの鎧千切ったり」
「は!?ゴブリンって、並の冒険者程度の膂力が有れば良い方って感じじゃ無かったか?」
「……だから強いって言った」
「とにかく、出会ったら戦うよりも逃げる方が良いと思います。今度こそ私達を捕まえようとするかもしれませんし」
「あの光さえ見なけりゃ良い……とは思ったけど、そんなゴブリン相手に目閉じっぱなしで戦える自信まではねぇしな……よしっ。んじゃ、まずはアタシが来た道を戻ろうぜ!」
考えるのはその後だ!と元気よく告げた彼女を、リン達は頼もしそうに見てから、一斉に頷いた。
※―――
「……おっかしいな、全然さっきの道と違う」
ガルムの記憶通りなら、豪華な装飾が施された道に入ったばかり。元来た道を少し引き返せば、装飾のない道が見えるはずだった。
しかしながら壁に飾られたタペストリーは途切れる事なく、派手だが単調な道は終わらない。
「やっぱり、道が変わってる」
「もしくは幻覚か、ね。取り敢えず、私たちの話は信じて貰えましたか?」
「うーん……まぁ、流石にこうも同じ道が続くと、なぁ」
「一旦引き返す?もしかしたら逆方向だったのかもしれないし」
「いや、方向は間違ってねぇはずだ。ランプの置き方の違いで確かに覚えてて……ッ!伏せろ!」
突然声を荒げた彼女に驚きつつ、三人は慌ててしゃがみ込む。すると直後、その頭上に風を切る音が聞こえた。
どこからか、弓矢で狙撃されたのだ。
「おいおい、骨の鏃で石の壁にブッ刺さる事あるのかよ……!?」
「弓の力も強くなってるんです!ガルムさん、逃げましょう!」
「いや、どこから狙われてんのかわかんねぇのに逃げの姿勢は逆効果だ!こういう時は―――!!」
身を屈めていたガルムは臆することなく立ち上がり、弓を構えて周囲を見渡す。この単調な場所で見当たらないという事は、一瞥するだけでは気づけないような影に潜んでいるという事。なら、そこを重点的に探せば必ず見つかる。
その考えの下立ち上がった彼女は、すぐに薄汚れた緑色を発見した。
「ッ、そこだ!!」
素早く矢を番え、射る。ゴブリンの矢と同等かそれ以上の速度と力で射出された矢は、その鉄の鏃でゴブリンの眉間を貫いた。
「す、凄い!一瞬で構えて、ちょうどど真ん中に!」
「まだ立つな。もしかしたら他にも―――ソコッ!」
驚きと称賛の声を上げたクィラに静かにするようハンドサインで伝えつつ、その聴覚でゴブリンが近くに居るかどうかを調べる。
息をひそめていたとは言え所詮ゴブリン。足元の小さな石粒を蹴飛ばす音を聞き取るのは、獣人の彼女にとって何ら困難な事では無かった。
照準を合わせる動作を省き、敵の位置に矢を向けたと同時に射出。今度は心臓部を貫き、的確にゴブリンを殺す。
「……ははっ、弓は苦手なつもりだったけど、意外と捨てたもんじゃねぇな」
「ガルムさん、そんなに強かったんですね……!!」
「本当に、冒険者じゃないの?」
「もし良かったら、ここを出た後私達とパーティー組まない?」
「あっはは、ありがとな。けどアタシにはまだ、やらなきゃいけない事が―――」
リン達から羨望の眼差しを向けられ気分が良くなっていたガルムだったが、冒険者になる事を否定したその時、ふとある事を思い出した。
(……そういや、依頼主の件――――)
どこか物寂し気に溜息を吐くと、事情を知らないリン達が不思議そうに首を傾げた。
それに対し「なんでもねぇ」と笑って誤魔化して、一応他にゴブリンが潜伏していない事を確認してから、彼女は弓をしまった。
「出口はわからなくなったけど、ガルムがこれだけ強いなら、なんだか希望が見えてきたって感じするかも!」
「うん。本当に、来てくれてありがとうございます」
「いやいや、礼ならアタシに頼んでくれたセナに言ってくれ」
「ふふっ。謙虚なんですね。―――じゃあ、セナにお礼を言う為にも、速くここから出ましょう!」
「おう!」
「ええ!」
「ん」
振り出しに戻った物の、完全な絶望ではないとわかった彼女達の表情は明るい。
各々武器を構え、所持品の再確認を済ませ、さらに奥へと歩き始める。
自分達では手も足も出ないような敵だと思っていたゴブリンを容易に蹴散らせるガルムが同行している事で心に余裕ができた彼女達は、次第に口数が多くなり、それに受け答えするガルムの表情も綻んでいく。
いつ戦闘が起こっても良いように、いつ奇襲されても良いようにある程度の危機感は抱いているが、和気藹々とした雰囲気が生じている事は事実だった。
生い立ち、冒険者になった理由、忘れられない思い出、等々。いつ敵が襲ってくるかわからない空間とは思えないような話題がいくつも飛び出し、まるで落ち着いた環境で談笑しているようになる。
それをしばらくの間誰も気に留めず、ひたすら話を続けていたのだが、ふとメイが立ち止まり、顔色が次第に悪くなる。
「?どうしたの?」
「なんだ、腹痛いのか?」
「………私が変、なのかもしれないけど……どうしてこんな話をしてるの?」
「へ?そりゃ、歩き回ってるだけじゃ暇だから―――」
「だとしても、まだここゴブリンの巣の中で……アイツ等のボスみたいな男の力は、まだ未知数で。それなのにこんなに無警戒になるなんて、おかしい」
自分の背丈よりもやや大きな杖を抱きしめるように握り、震える声でたどたどしく自身の感じる違和感を伝える。
それを聞くと、三人も何かがおかしい事に気づき始め、頬を冷や汗が伝う。
クィラが口を開こうとしたその瞬間、何も無かったはずの空間に突如ゴブリンが現れた。
「ぎ、ギギギギィ!!」
「ぐ、ガガガ、ギギグィ!」
「て、転移魔法?」
「かもな。けど今はアイツ等を片付けてから―――」
「ぶっふぅー。それは無理な話なんだな」
無数に虚空から出現し続けるゴブリンに、獰猛な笑みを浮かべながらガルムが突撃しようとすると、その背後から男の声が聞える。
慌ててそちらを振り向くと、声の主である太った男が汗まみれで仁王立ちしていた。
「ッ、テメェ!!」
「おっと、危ないんだな」
ゴブリンよりも先にこちらを叩く。明確な殺意を持ってガルムが飛び掛かるも、男の姿は一瞬で掻き消え、今度はゴブリンの大群の中に出現する。
見間違いでも何でもなく、瞬間移動。真っ直ぐ向かって攻撃する、以外の攻撃手段を弓矢以外に持たないガルムは、転移で避けられ続けるのは不味い、と気づかれないように舌打ちをした。
「どうしていきなり現れたの……!?」
「ぶっふぅー……んまぁ、時間切れなんだな」
「時間切れ?私達が脱出できなかったから、って事?」
「そうそう。僕はねぇ、君らにチャンスを上げたんだな。最初は二十四時間。それで脱出できなかったから、ゲームオーバーって事で玩具にしようとしたんだけど。ゲストのガルムちゃん登場で二時間だけ追加であげたんだな。んま、結果は同じだったけども」
「脱出も何も、出口なんてねぇんだろうが」
「むふふ。上手く正解のルートを歩ききれば、時間内に脱出できる作りにしてあるんだな。ソレだけじゃ無く、正解のルートをたどっている間はヒント代わりにゴブリンを小出しにして、『この道を通るのは正解』って教えてたんだな。勿論、出口に辿り着きそうになったら引き留めてセカンドステージへご案内してたんだな」
「逃がすつもりも無いのに、脱出させようとしてたなんて……」
「悪趣味」
「ぶっふぅー。悪趣味呼ばわりも仕方ないって自覚はあるんだな。僕は君たちのような子が、目の前に希望が見えた瞬間絶望に叩き落とされるのが大好物。それを何度も繰り返して心が折れて、自棄を起こして一切抵抗しなくなった所を凌辱するのが望みなんだな。寧ろそうじゃ無きゃ興奮できないまである」
想像以上の変態発言に、少女たちは皆顔を顰め、警戒しきった様子で武器を構える。
相手がどれほど強大なのか、実力差がどれくらいなのかを知らずとも、己の命や尊厳が懸かった戦いを無抵抗で終わらせるわけにはいかないのだ。
徹底抗戦の姿勢を見せる彼女達に、男は笑みを深くして手を伸ばす。
この反抗的な顔が無気力な物に変わる瞬間。きっと自分は最高の快感を得るだろう。そう確信しながら、決して自分の勝利を疑うことなく『祝福』を発動する。
「さぁ、行くんだなゴブリン達。目の前の獲物を、この僕に献上する為『命を燃やせ』!」
左手が桃色に光ると、彼の前に居たゴブリン達が少女たちへ飛び掛かる。ただのゴブリンには決して出すことのできない速度で突っ込んできた彼らを、ガルムは全員真っ二つにして対応する。
僅か一秒に満たないやり取りは、彼女の技能と力を示すのに十分だった。
―――が、悪辣さでは男の方が上だった。
真っ二つになったゴブリン達は、一瞬で体が膨張し、破裂。血液はタールのように引火し、炎の塊をまき散らした。
「『水の精霊よ、火を消す力を』!」
慌ててメイが魔法を発動し、彼女達の周囲に水を落とす。火は一瞬にして全て消えたが、咄嗟の発動だった為か四人も濡れてしまう。
「精霊魔法か、何属性まで使える?」
「四大属性は全部。得意は水、苦手は火。派生は雷、氷だけ」
「そりゃ心強ぇ!援護は任せたぜ、メイ!クィラの射撃も頼りにしてる!リンは一緒にあの豚野郎を叩くぞ!ゴブリンは無視で良い!」
「了解!」
「援護射撃は大得意よ!任せて頂戴!」
常識的にあり得ない現象を起こしたゴブリンを目の当たりにしてなお、ガルムは平静を失わない。寧ろ強かにリン達に指示を出し、導く姿勢を見せる事で、三人が怯まないようにしてみせた。
片手剣を手にガルムとリンが特攻し、メイが補助の魔法をかけ、クィラが牽制する様に弓を構える。
ガルムを含めるのは即席とはいえ、三人は元から同じパーティーの仲間同士。素晴らしい連携を見せた彼女達に、男は「ほひょ」とおかしな声を出して目を丸くして、再び姿をくらます。
「ふーむ。君らの連携相手だと、やられはしなくともこちらから攻めにくいんだな。仕方ないから一人一人落としていくんだな」
「だなだなうっせぇ!んでもって、そんな真似させるかっつーの!」
メイと一瞬目を合わせ、さらに魔法による強化を受けたガルムが、先程の倍以上の速度で男に突進する。転移する前に攻撃をブチ当てる。そんな狙いが透けて見えるが、しかし狙いが分かった所で避けられる物ではなく。
男の巨大な腹を、砲弾のように肉薄したガルムの刃が容赦なく切り裂く。そのまま鮮血が噴き出すよりも早く、空中で身を捩って、動きの止まった男へさらに追撃。
斬撃の雨が男を襲い、腹を中心にいくつもの裂傷がその体に刻まれる。
―――しかし。
「んまぁ、それは僕じゃないんだな」
「ッ!!嘘だろ!?確かにあの感触は……!」
「ぶっふぅー……むふふ。既に君らは僕の手のひらの上。滑稽に踊りながら、そのまま折れるんだな。ほら、まずはメイちゃんをゲット~」
「ん、んんーっ!?」
切り刻まれていたはずの男は、その姿をガルムの前に残したまま移動しており、言葉の最中にさらに姿が消えたかと思えば、さらに魔法を発動しようとしていたメイの口を塞ぐように顔を掴み、持ち上げていた。
必死に抵抗する彼女だが、そも魔法使いは筋力を鍛える事が無い上、メイは同年代の中でも一際体が小さい。手足を必死に動かしても、男の嗜虐心や興奮を増すばかりで、逃げられはしなかった。
「メイを離して!!」
「むふふ~。大丈夫なんだな。リンちゃんもこの後ちゃーんと同じ事してあげるから。――ヒュプノス・フレグランス」
男の手の平から桃色の煙が流れだすと、必死に抵抗し続けていたメイの体が突如力を失い、まるで死んだかのように一切の動きが止まる。
余りに呆気なく終わったソレに、三人は愕然とした表情を浮かべた。
「んー、あぁ。心配しなくても生きてるんだな。ただちょっと、僕の『祝福』で眠ってもらった――というか、悪夢の世界に正体してあげたんだな」
「『夢世界の祝福』、だっけか?はんっ、テメェみたいな豚に試練が乗り越えられたなんて驚きだよ」
「んー、いいねその罵倒。僕をご主人様って呼びながら犬のような交尾をさせるのが俄然楽しみになってきたんだな。それで、『試練』?だっけ?よくわからないけど、『祝福』っていうのは神様から貰える物だろう?そんな試されるような真似、された覚えがないんだな」
「試練なしで与えられる『祝福』なんて、この世界のどこにも無いわよ」
「ふーん、じゃあクィラちゃん達が知らないだけなんだな。んまぁ、どうでもいいんだな。なんせ君らは、僕の―――ふひひ、玩具なんだから。僕に奉仕する事、僕に気持ち良くしてもらう事だけ考えていれば良いんだな。むふふ」
「ッ、どこまでも気持ち悪ィ豚だなァッ!!」
メイを放り投げながら、あくまで彼女達を自分の欲を満たす道具でしかないと宣う男に、ガルムが青筋を立てながら突撃する。魔法による強化は既に無いが、それでも怒りで身体能力がブーストされているのか、速度は落ちていないばかりかさらに増していた。
しかし男は一切動じない。自分に攻撃が届く事は決してないと理解しているから。
ヒュプノス・レイ―――絶対的な催眠効果を持つあの技を受けた時点で、彼女達の敗北は決定しているから。
「夢現交錯」
「―――はっ!?」
パチンッ、と指を鳴らすと、いつの間にかガルムは一人になっていた。
男の姿も、倒れているはずのメイも、矢を放とうとしていたクィラも、攻め時を見計らっていたリンも、誰もいない。
それどころか、周囲が真っ暗だ。壁に埋まっているはずの魔道具が無くなったからか、そもそもここが洞窟以外のどこかなのか。
「なんて、そんな夢を見ていたんだな」
困惑し、周囲を何度も確認していた彼女の視界に突如光が戻る。しかし洞窟の真ん中ではなく、大量の金貨が積み上げられている部屋の中、今度はクィラを掴んでいる男がニヤニヤと嗤っている。
リンの姿は無い。
いや、ある。居るのではなく、ある。
真っ二つに裂かれて、地面に投げ捨てられている彼女の死体が。
「なっ―――!?」
「おっと、悪夢でも見ていたんだな?」
後退った彼女の背中に、柔らかな感触が伝わる。
そして背後から男の声が聞こえ、振り向くと自分が背中を預けているのがその男の腹だという事がわかり、咄嗟に距離をとる。
飛び退いた彼女の足に、人を踏んだ感触が伝わった。
それは、ここにいるはずの無いセナの頭部だった。
「話を聞いていたから知っているけども、その子がリンちゃんの妹ちゃんか。むふふ。その子も後で招待してあげるんだな」
困惑、混乱、恐怖、不安。一度に負の感情に襲われたガルムは、全方位から男の声が聞えると、もはや剣を握ること無くふさぎ込んだ。
何が起きているのかわからない。何が現実なのかわからない。
もう、何も見たくない。
自分が泣き叫んでいるのか、表情を失っているのか、それすらもわからない中、男の手が自分の肩をねっとりと撫でる感触を理解した。
「むふ、むふふっ!あれれぇ?僕に触れられているのに、抵抗しないんだな?今ならその剣で、僕を殺せるかもしれないのに?」
「………もう、良い」
愉快そうに、男はガルムの耳元で囁く。気持ちの悪い声で、気持ちの悪い笑みを浮かべ、最後の確認をする。
お前は完全に僕の物になったのか?そんな意味を込めた問いを投げる。
対するガルムの答えは、投げやりで、考え無しで、諦めきった物だった。
つまり、男の問いへの肯定だった。
「フヒヒヒヒッ!!そうかそうか!むふっ、むふひひっひっ!!やった!やったぞ!小汚いゴブリン共にゴマをする所から初めて早数か月!ついに念願のッ、僕の異世界催眠ハーレム生活が幕を開けぷごっ!?」
ただの洞窟の中、倒れる三人には目もくれず、ガルムが堕ちた事に高らかに笑う。
彼が『祝福』を手に入れて、彼がその力で欲望のままに使うための玩具を手に入れる手段を考えて、ついに実行したのが今回。
一人一人の心を砕くべく、一人一人順番に催眠、洗脳を行い、極限まで脆くしたソレを精神世界で揺さぶり続け破壊する。その作戦を、幾度となく試した己の力を、初めて振るった結果がこれだった。
気が強く、高い精神力を持つガルムの心を、常に洞窟内に散布していた『ヒュプノス・フレグランス』で極限まで脆弱にし、精神世界で砕く。
同じ手法で残る三人も個別に堕とし、現実に帰還すれば死んだ表情の四人が無抵抗のまま座っている。
全てが思い通り。後は、この美女たちを限界まで凌辱するだけ。
そう思っていた男の頭部を、強い衝撃が襲う。
現実で受けるダメージにはとことん弱い彼は、情けない声と共に地面に倒れ、顔面を強打した衝撃でさらに情けない声を出す。
それを全く気にも留めず、男の頭部を蹴りつけた何者かが、手に黒い瘴気を纏わせながら少女たちの肩を一度ずつ叩いた。
「なっ、何者なんだなお前!というか、僕のプリンセスたちに勝手に触って、どういう了見なんだな!!」
唾を吐き散らしながら、男が喚く。
そんな叫びに、地面に投げ捨てられていた片手剣を手に取った彼は、答える。
「ジン・ギザドア。辺境貴族の次男坊。休日ついでの頼まれごとでな。―――テメェをぶっ殺しに来たんだぜェエエエエッ!!!ヒャァッハハハハハ!!!」
右目が極彩色に輝き、端正な顔は狂気に歪む。
隠す仮面はここに無く。純度100パーセントの狂気は、性に狂う男を芯から震えさせた。
ブックマーク登録をしてくださる人が段々と増え、いいねや評価までいただけました。
凄くモチベーションに繋がります。ありがとうございます。
でも今の所狂戦士要素少ないですよね。あと、勘違い要素も少ないですね。ごめんなさい。
序盤からハイテンション勘違いコメディを書くつもりが、設定だとか世界観だとか今後の展開に関わる要素を説明、登場させるために書き直していくうち、なんかシリアス風味のコメディモドキが出来上がってしまったんですよね。
まぁ大筋は変わってないしヘーキヘーキ。
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