小さなお願い
「……ここが、暗殺ギルド?こんな人通りの多い道に面してて良いのかよ?」
「おいおい、情報ギルドだぜ?ちょっとお高いとは言え情報屋なんだから、そりゃお客さんが来やすい店の構え方をするさ」
「あー……そういう事か、なるほど」
放課後。俺達は本来なら寮に直帰する所を、学園の外に出てギルドへ向かっていた。カルマから聞いた通りなら、俺に直接会って話がしたい依頼人が来ているらしいからだ。
ガルムを連れてきたのは勿論、彼女の安全の為である。
中に入ると、冒険者ギルドのような光景が広がる。酒場が併設され、簡単な依頼が掲示板に張り出され、受付嬢が座っている。他のギルドと同じですよ、と装っているのだ。
仮面を付け受付へ向かうと、営業スマイルで出迎えてくれる。どんな相手でもにこやかに対応する強かな彼女達だが、俺の対応の時は少々緊張感を漂わせているというか、引き攣った笑みなのが悲しい。
俺、そんなに怖いかなぁ。
「ノガミ様ですね。ご用件は」
「ギルドマスターに用がある。付き添いのコイツの分も通行証を用意してもらいたい」
「かしこまりました」
探るような視線を向けられたガルムが俺の背後に隠れる。満面の笑みなのに目だけ笑って無いもんな。怖いと思う気持ちは否定しない。
だが俺が誰かを連れてくるなんて初めてだし、気になって怪しんでも仕方なくはあるのだ。変な奴が侵入しないようにするのも受付の役目だしな。
通行証を二枚発行してもらい、二階へ向かう。見張りに通行証を渡して、一般の客では入ることのできない場所へ入ると、妖艶な雰囲気漂う女性が立っていた。
「あら、遅かったわね」
「……あぁ、なんだお前か」
「なんだ?知り合いか?」
にこやかに手を振ってくる彼女に、俺はすぐにその正体を察し、知る由も無いガルムは不思議そうに俺とアイツを交互に見る。
知り合いではあるが、それよりはもうちょっと近しい仲だと俺は思う。少なくとも俺の正体を知っているのはギルドマスターとコイツだけだし。
「貴方がガルムちゃんね?ノガミの新しい女」
「は、ハァッ!?あ、新しい女って……ってかアタシは別にコイツとは何も……!!」
「あら可愛い。でも気をつけなさい?その子、結構遊び人だから」
「そ、そうなのか……っ!ってことは、あの時アタシにタイプだって言ったのは、本当にアタシを狙って……!?」
「な訳あるかバカ。つーかお前も変な事言ってんじゃねぇよ」
「良いじゃない。それに……私も、貴方の被害者じゃない」
「なっ!?じ……ノガミ!!」
「何もしてねぇし、俺はコイツの性別どころか本名も素顔も知らねぇよ」
「へっ?」
裏切られた!みたいな表情で睨んでいたガルムはすぐにキョトンとし、女の方はその姿に合った上品な笑いではなく、バカ笑いと共に俺の肩を叩いた。
「おいおい、ネタバラシはもうちょっと引っ張ってからにしよーぜー?」
「客との信頼関係に傷がつくところだったろうが。許してやるから次の依頼料タダな」
「はぁ!?タダってお前、よくて二割引きだね!」
「んじゃ半額で許してやる」
「……四割引き」
「じゃあそれで」
「い、いやいや、えっ?」
いつものノリで会話をする俺達を、ガルムは目を白黒させながら指差す。まぁ、何も知らないと不思議な光景だろう。
「コイツはカルマ。諜報部トップの……男?」
「性別なんてどーでも良いだろ?んんっ。初めまして、王女ガルム様。本名じゃございませんが、カルマと名乗ってございます。戦闘はてんで苦手ですが、隠密諜報の類はどんな場所でも何が相手でもお任せあれ。金さえもらえりゃどんな情報でも持ってきて見せましょうぞ」
「……な、なんか馬鹿にされてる?」
「コイツ上流階級全般嫌いなんだ。大目に見てやってくれ」
最初の頃……俺が貴族だという事を知ったばかりの頃はもう、酷かった。なんというか、言葉の端々に悪意が込められてて、話をしてるだけですっごくイライラさせられるのだ。
ただ一緒に仕事をしている内になんやかんやで仲良くなって、今ではほぼ友人みたいな関係を築けている。
まぁ、仮に命令されるか何かがあって殺し合えと言われたらお互い躊躇なく剣を振るうだろうが。
妖艶な貴婦人の姿で道化のような態度を演じて見せるカルマに、ガルムは混乱しつつもややストレスの方が勝っているらしく、眉がひくひくと痙攣している。
握りしめた拳は、後もう一歩カルマが近づいていれば顔面に叩きつけられていたかもしれない。それはそれで面白かっただろうけど。
「ってかなんで廊下に居たんだよ」
「依頼人に現実叩きつけたらギルマスに追い出された」
「なんだそりゃ」
しっかりとノックをして、ギルマスから許可を得てから入る。俺以外は全員ノック無しでいきなり入って来るから、このやり取りだけで俺かどうかわかると話していたのが記憶に新しい。
暗殺者ってのは身分や生まれに関係なく高貴に優雅に振舞うべきだという幻想を抱いているのだが、間違いなのだろうか。
部屋の光景はいつも通り。静かな一室にはギルマスが趣味で集めている本や芸術品を飾る棚以外に無駄な物がなく、高級感のある木の机と応接用の黒いソファが置いてあるだけ。
今はギルマスと、幼い少女が向かいあってソファに座っている。なるほど、小さいお客さんというのはこういう事か。
しかし俺に依頼、というのであっているのだろうか。確かに俺の名前は子供にも知られている。世の母親は「いつまでも悪い子だと、ノガミを呼んじゃうよ」と言って子供を躾ける為、俺の名前は後ろめたい事のある貴族や商人だけでなく、子供たちにとっても恐怖の象徴になっているのである。
そう。まさかのブギーマン扱いである。その日の夜はあまりの大号泣にメイドが心配して部屋に入って来るくらい泣きわめいた。
……嫌な事を思い出したな。
「よぉ、ノガミ。カルマから話は聞いてるだろ?俺とこの子を見て色々察してくれてるとありがたいんだが」
「離反者アインの粛清と、依頼人の話を聞かされましたが……まさか、この少女が?」
「あぁ。ま、俺ァ一旦黙るから、話は本人から聞くこった」
そう言って席を立ち、俺に譲ってくる。頭を下げて礼をしつつ座り、ガルムも隣に座るように手で指示。恐る恐ると言った感じで彼女が座ると、ギルマスが彼女に紅茶を差し出した。客人としてもてなしつつ、この場にいる事を受け入れている事を言葉無しで示すとは流石だ。
「……え、えっと、貴方がノガミさん、ですか?」
「ノガミで構いませんよ。貴方のお名前は?」
「せ、セナです」
姿勢を正し、ガチガチになりながら俺との会話に応じる彼女は、一見ただの村娘にしか見えない。服装は使い古されているのか色褪せてボロボロで、手も農業の手伝いをしているのが良くわかる汚れた手だ。
見た目から判別するなら、やや発育の悪い十一歳、って言ったところか。髪もあまり丁寧に手入れされているようには見えない……というか切り方の雑さを見る限り、身なりに気を遣えない身分ないし場所に所属しているのだろう。
つまり、俺の客らしからぬ姿、という訳だ。
普通こういうヤツは受付嬢やギルマスが俺に言うまでも無く突っぱねるのだが、なぜ今回は通したのだろうか。
「あまり怖がらないでください。俺は貴方を傷つけたりしませんから。―――では、依頼の内容をお聞かせ願えますか?」
「っ―――ど、どうか、私のお姉ちゃんを助けてくださいッ!!」
もしかしたら見た目からはわからない何かがあるのかも……と考えながらゆっくりと情報を聞き出そうとしたところ、セナは色々な説明を吹っ飛ばして結論だけ述べ、思いっきり頭を下げた。
いや、話を聞かないと何とも言えないのよ。
「一度、落ち着いてください。詳しい説明がないと、俺は動けないんです。無理にとは言いませんが、ゆっくりと、最初から、丁寧に説明してください」
「は、はい。―――その、私の住んでいる村は、シシリア村って言うんですけど。そこの近くにある山に、最近ゴブリンが棲みついて……」
「……ゴブリン?」
シシリア村は王都から少し離れたところにある村だ。王都に向かう人や、王都から他の場所へ向かう人を休ませる休憩所、或いは宿泊施設で稼いでおり、ギザドア領で一番豊かな村と同じくらいには生活水準が高い。
宿泊所で稼げるだけあって周囲の環境は中々過酷であり、山や森に囲まれているシシリア村が魔物の被害に遭うのは良くあることである。新聞で定期的に話題になるのだ。
今年もシシリア村近辺の山で魔物大量発生か―――とか。
「はい。あの、緑色で、小さくって、気持ちの悪い」
「ゴブリンの特徴は知ってます。しかし、それがどうしてここに依頼をする事に繋がったのですか?」
「っ、はい。実は、そのゴブリンが、最近村を荒らすようになって―――」
膝の上に置いた手を震わせながら、彼女は話す。
村に凶悪なゴブリンが攻めて来るようになったこと。雇っている傭兵たちのおかげで本格的な侵略はされていないが、被害は日に日に増加しているということ。それを解決するべく冒険者になったばかりのセナの姉が自身の仲間と共に名乗りを上げ、ゴブリンの本拠地へ意気揚々と向かってしまったこと。
そして、姉たちが一日経っても帰って来ないこと。村の大人の話では、そろそろゴブリンが繁殖期に入ってしまうということ。
全てを聞いての感想は、なるほどの一言だった。
話としては、よくある事だ。ギザドア領でも去年そんな事があり、被害が出る前に俺が一人で解決しておいたのだが、普通は少数でゴブリンの拠点に向かうのは危険。なんなら一人で行くなんて、『祝福』があるにしてもアホである。
ゴブリンは雑魚だ。一匹一匹の力は弱く(と言っても成人男性の倍くらい)体は脆く、魔法への耐性も無い。
しかし。ヤツらは賢く、数が多く、残虐である。
前世の創作物でのゴブリンとほぼ同じで、人間レベルの知能を持ち、とんでもない繁殖力と繁殖欲を有し、犠牲なんて気にも留めず敵を殺す。自分達で対処できると調子に乗って死亡、或いは苗床にされた例は数多く存在するのだ。
セナは、それを心配しているのだろう。まして普段から繁殖欲の高いゴブリン達がさらに性欲の強くなる繁殖期がもうすぐ。話によると彼女の姉を筆頭とした冒険者チームは全員が女らしい。
一晩帰ってきていない時点で諦めた方が良いと思うような状況ではあるが、繁殖期前なら体をぶっ壊されるような事も無いだろうし、どれだけ酷い目に遭っていたとしても生きて帰ってきて欲しい、出来る限り被害が少ない状態で居て欲しい、と考え、俺に依頼する事にしたそうだ。
「っ、そ、そんなの今すぐにでも行かなきゃじゃねぇか!もしかしたらまだ耐えてて、助けられるかもしれねぇし!」
「ちょっと黙ってろ。―――なぁ、いくつか聞きたい事があるんだけど良いか?」
「っ、は、はい」
口調や態度が急変した俺に、セナは体を大きく揺らして驚きつつ、頷く。
脅すような態度に、話を聞いた時点で助けに行くことが当然だと考え始めたガルムは「何のつもりだ」と睨みつけてくるが、大事な事だから黙っていて欲しい。
「まず一つ。なんで俺に依頼するんだ?厳密には、どうして暗殺ギルドに話を持ってきたのか、って事だが。普通は冒険者ギルドか傭兵ギルド……或いは魔法ギルドか。そこに頼むべきだと思うが」
「ぼ、冒険者ギルドには、一日帰って来ないだけならまだ戦ってる途中の可能性がある、って言われて追い返されて……傭兵ギルドの人は、子供だからって話も聞いてくれなくて、魔法ギルドはゴブリンには興味がないから、って」
なるほど。これまた筋の通った話だ。
こういう魔物討伐等は冒険者ギルドに依頼するのがセオリーだが、常に何らかの依頼が舞い込んでくる都合上あまり新規の依頼を求めていない節がある為、適当な理由をつけて追い返される事が多々ある。
傭兵ギルドはローランのように騎士道!って感じの男も居るが、大半は腕っぷしが取り柄の荒くれバカばっかりだし、魔法ギルドはあくまで魔法使いたちの情報共有コミュニティって側面が強いから、利害が一致しない限り一般人の頼みは聞き入れないだろう。
そこで暗殺ギルドという訳か。
「次に二つ。姉を助けろって命令だったが、ソレは最終的にどこまでを求めてるんだ?仲間も一緒に助け出すのか、姉だけで良いのか。ゴブリンの殲滅は必要か、姉のメンタルケアも必要か。そもそも俺はどこへ出向き、何をすれば良いのか。俺をどこまで自由に動かすのか。―――子供のお前に聞くのは酷だろうけど、大事な事なんだ。答えてくれ」
「……え、えっと。冒険者仲間の人達も助けて欲しい、です。あとっ、ゴブリンも……倒して欲しい、です」
「自由度は?」
「の、ノガミさんの、好きなようにしてくれて良い、です」
「そうか……うん、ありがとう」
泣き出しそうになりながらも答えてくれたセナに感謝しつつ、俺も最大の懸念が消えてほっと一息。
いやー、俺を陥れようとする罠の可能性があったからな。つい念入りに聞いてしまった。
偶にいるのだ。適当な依頼をでっち上げて呼び出して、袋叩きにして殺してしまおうとか考えるバカが。金を貰って人の命を奪う、なんて役職な以上恨みを買うのは当然だと思ってはいるが、実際に一度その手に引っかかって山奥で殺されかけた―――いや、命の危機は全くなかったけど。とにかく面倒な事になった記憶がある。
そういう訳だから、相手が幼い少女だからと油断することなく限界まで疑ったのだ。場所指定とか使う武器の指定とかがあれば結構怪しいので、全くそんな素振りの無かった今回は白と判断したのである。
ただ悪い事をしたな。藁にも縋る思いでやって来た少女に、威圧感マシマシで問い詰めるような真似をして。姉もその仲間も危険な目に遭ってて、それだけでも精神的に不安定だろうに。
申し訳ないな。
もう一回追いつめるような真似をするのが、本当に申し訳ない。
「んじゃあ、最後に一つ。金は払えるか?」
金の話を持ち出した瞬間、少女の表情が完全に強張る。
まぁ、なんとなく予想はしていた。
追い出されたカルマの「現実を教えた」という言葉や、どう見ても裕福そうには見えない少女の身なりから、きっと依頼料金の話は不味いんだろうなとわかっていた。
だが相手が何であれ、暗殺者としての俺に依頼をするという事は相応の対価が必要である。前にも言った通り、俺の暗殺者としての価値はたった一回のタダ働きで地に落ちるのだ。
とはいえそんなの俺の都合に過ぎない。ガルムが目を見開いて唖然としているのを見ると、いかに俺の発言が人でなしだったかわかる。
「ぇ、えっと、私、あまりお金なくって……」
「冒険者たちの救助とゴブリンの殲滅。二つ合わせて金貨40枚って所かな。まぁゴブリンの規模にもよるけど。最小規模で40だから、デカい洞窟全部を縄張りにしてる群れだったら100枚は欲しい」
「ッ、ふざけてんのかお前!!そんな大金、ただの平民に払える訳―――」
「あのなガルム。暗殺ギルドの在り方は『金さえ払ってもらえりゃどんな仕事でも受ける』なんだ。冒険者ギルドみたいな、一定の額が決まっててギルドからの強制力があるわけじゃないし、傭兵ギルドみたいな義理硬さも無い。自分で自分に値段をつけて、それに見合った客が買ってくれる。そういうシステムなんだ」
「だからって見殺しにするのか!?お前だったらゴブリンくらいどうにでもなるだろ!?」
「危険度が高いとかそういう問題じゃねぇんだ。『俺が動くのにかかる値段』。そこにある程度の基準を設けねぇと、商売じゃなくなる」
「命よりも金が大事だってのかよ……ッ!!」
「暗殺者だぞ?命なんて金でやり取りできる程度の物でしかねぇよ」
胸倉を掴まれ、鋭く睨みつけられながらも、飄々と答える。我ながらクソ野郎な発言だが、ガルムはそれを聞いて本気でキレたらしい。思いっきり歯噛みして、迷わず俺の顔面を殴りつけてきた。
避けようと思えば避けられるが、ここは敢えて喰らう。
無抵抗に攻撃を受けた俺は、獣人特有の膂力に吹っ飛ばされて床を転がる。部屋が狭いからすぐに壁にぶつかり、その衝撃で近くの棚からガラス細工が落ちた。
ギルマスの顔が真っ青になったのが見えたが、気にしない。
「……。この一週間お前と一緒に居て、良い奴だって思ってた。仕事に真摯で、気が良くって、面白くって、強くって……。でも、これかよ。ただの金の亡者じゃねぇかお前!!最ッ低だな、見損なったよ!!」
「そうかよ。―――ま、この程度で見損なってるようじゃ王女は向いてないぜ?俺みたいな奴は山ほど居るんだ。ソイツらにごま擦って生きるのが為政者だぜ?少なくともこうして癇癪起こしてるだけじゃ引きずり降ろされるのがオチだな」
「んだとッ」
「あと、セナちゃんだっけ。その様子だと金は払えないみたいだし、依頼は受けられないな」
ズレた仮面を直しながら立ち上がる。まだ怒りの収まらないガルムが再び俺に殴りかかろうとしてきたが、自慢のコレクションに被害が及ぶ可能性を考慮したギルマスが手で制していた。
セナは俺の言葉にショックを受けながらも、他の場所でもっと理不尽(に感じるだろう)理由で門前払いされてきたこともあってか、あまり泣きわめいたりせずに頷いた。
なんというか、こっちの方がよっぽど大人だな。
「えっと、その……お時間をいただいて、すみませんでした」
「ッ、諦めんのかよ!?」
「だって私、お金なんて」
「だったらアタシがやる!こんなヤツと違って金も要らねぇ、絶対お前の姉ちゃん助けてやるから!だから」
「お前はダメだ、何かあったら不味い」
「アタシの事に口挟んできてんじゃねぇッ!!お前は金持ちの御機嫌取りでもやってろ!」
あんな事を言えば確実に嫌われるとは思っていたが、ここまで敵愾心を剥き出しにされると心に来るな。
別に俺は守銭奴って訳じゃないし。
別に、タダで『仕事』はしないってだけで。
「あの、いいんです、寧ろお姉さんの方が危険じゃ……」
「アタシは大丈夫だ。なんせ獣人で一番強いんだからな!だから安心しろ!アタシが必ずお前の姉ちゃんを助ける!姉ちゃんの仲間もな!セナはここで待ってろ!アタシは先に、シシリア村まで向かうからさ!」
「おいバカッ、武器も無しで―――」
俺の制止は完全に無視し、走り去っていく。この一週間一緒に居て、なんとなくアイツの性格というか、人格的なモノはわかっていたつもりだったが……ここまで直情的な馬鹿だとは。
ってかちょっと待て。武器無しとか言ったけど、さらっと俺の剣奪ってったのかアイツ。
「行っちゃったなぁ、王女様」
「狼の獣人なら、本気で走ればシシリア村まで一時間かかるかどうかって所か。どうする?護衛の依頼でも誰かに頼むか?」
「……いや、良い」
はぁ、とため息を吐きながらソファに座る。向かいに座ったままのセナは、どうすれば良いのかわからないようで、オロオロとしている。
「なぁ、セナ。お姉ちゃんは好きか?」
「?は、はい。優しくって、頼りになって……」
「どうしても無事に帰ってきて欲しいか?」
「っ、でも、私にお金なんて―――」
「金の話はしてないよ。というか、もう仕事の話は終わったから」
「え?」
心底わからない、という顔を見せるセナと、俺の視界の隅でニヤニヤするギルマスとカルマ。
まぁ、俺のイメージというか悪評というかを知っていたら、そんな反応にもなるだろう。
「金がない奴からの依頼は受けない。――ただ、大事な姉を助けて欲しいってお願いなら、断る理由がないな」
「えっ、で、でも。ゴブリンを倒すなんて危険なんじゃ」
「さっきの女も言ってただろ?俺にとってゴブリン殲滅くらいなんてこと無いって。ちょっとお使い行ってきて、みたいな頼みと同じなんだよ、俺にとってはさ。だから、セナ。もう一度聞かせてくれ。最初、お前は俺になんて言った?」
真っ直ぐに彼女の目を見つめる。
当初の怯え切った不安そうな目ではなく、目の前に明確な希望が見えた、生気のある目を。
彼女は震える声で、目を逸らすことなく答える。
「どうか―――どうか、私のお姉ちゃんを、助けてくださいッ!!」
「あぁ。任された!」
無駄な問答をした気がしないでも無い。何せこの子は、最初っから真剣に、自分の姉を助けて欲しいと願っていたんだから。
だけどガルムに嫌われた代わり、必要な情報は粗方聞けた。
ゴブリンがいつから発生したのかとか、村を襲撃するやり方とか。奴らの今の状態を知るヒントがいくつも聞けた。
最高の状態だ。
仕事じゃないから、暗殺者らしからぬゴブリン退治も大手を振って臨める。
仕事じゃないから、『狂乱の祝福』を惜しみなく使える。
「ギルマス。命令の方、三時間だけ無視させてもらいます」
「おいおい、三時間もかかるか?」
「そりゃ、移動で往復二時間ちょっとかかりますからね。あと、セナをお願いします」
「おう。ウチで所有する馬車を使って、カルマに送らせる。ちょうどお前がゴブリンを殺し終わる頃に着くはずだ」
「了解。じゃ、次会う時はお姉ちゃん達と一緒にな」
「はいっ!」
返事を聞き、一礼をしてから部屋を出る。
―――さぁ。お使いの時間だ。
感想、ブックマーク登録をお願いします。