依頼は必ず。
獣人はその名の通り、獣の特徴を持った人型の種族。前世の創作物上でも良く見られた種族だ。
人型四種(人間、獣人、魔人、亜人)の中で最も魔力の扱いが不得手であり、そもそも魔力を持たない場合が多い。その代わり身体能力に優れ、動物の特徴を持つ。
「……獣人族の王女、ねぇ。仮に本当だとして、なんでアステリア王国の辺境なんかで捕まってるんだ?獣王国はずっと遠くにあるはずだが」
「外交の関係で、アステリアの国王に謁見しに来たんだ。その帰りを襲われて、そのまま」
アステリア国王への謁見。確か新聞に書かれていたはずだ。新たに獣王国の王女となった少女が、友好国であるアステリアの現国王に在位の旨を報告しに訪れた―――数日前の記事だ。まだ記憶に残っている。
「バカか。リッツァ盗賊団なんざ騎士団から隠れなきゃ生き延びられねぇ雑魚の集まりだろ。それが一国の王女を護衛する連中出し抜いて護衛対象盗み出すなんてできる訳が」
「アイツらは雑魚なんかじゃない!魔法使いも居たし、何よりバイザは祝福持ちだった!そのせいで、アタシの部下は、全員殺されて……」
「へぇ」
バイザはリッツァ盗賊団のボスだ。実は一度、過去に会った事がある。その時はただの怪力バカだったが、今では祝福持ちの仲間入りを果たしていたらしい。
怪力バカの時から『試練』を乗り越えるだけの実力はあるように感じていたし、祝福持ちになったと言われても違和感はない。
この女の話、信じても良さそうだな。
それと助けるかどうかは別の話だが。
「お前の話、多分本当なんだろうな」
「あ、あぁ!だから助け―――」
「けど依頼は依頼だ。お前の故郷、獣王国に帰らせるわけにはいかねぇ。お前の処分は前言通り、殺すか娼館送り……なんなら俺が飼っても良いな。アステリアだと獣人の奴隷は違法だし連れ歩けねぇが」
「ッ、ふざけんな!アタシは、アタシにはまだ、やる事が―――」
「俺の宝物庫に侵入しやがった馬鹿はテメェかァッ!」
「おっと?」
投擲された斧を剣で防ぎ、振り向く。『祝福』を発動し視野を確保すると、かつて会った時よりも豪華な服に身を包んだバイザが、怒り心頭と言った様子で立っていた。
だが俺の顔を確認した途端、すぐに嫌そうな顔に変わり、不機嫌そうに二本目の斧を構えた。
「あん……?テメェ、まさかノガミか」
「ははっ、久しぶりだなァ。バイザ。見た目は変わったようだが、斧ぶん投げて挨拶してくる癖は変わんねぇなぁ」
「ッ、なんの用だ。まさかそこの盗品に用があるってんじゃねぇだろうな」
「半分正解だが、もう半分が足りねぇなぁ。そこの死体と入口の死体見たらわかってんだろ?俺がどうしてここに居るのかなんてよォ」
背後の部下たちが、引き攣った声を発しながらも武器を構える。松明で照らされた彼らの顔は、恐怖に歪んでいた。
対照的に、やはり俺の顔は笑顔だ。仮面で隠れているが、さぞ気味の悪い笑顔を浮かべているのだろう。
「ヒャハハハッ!!!皆殺しの時間だぜェッ!!!」
先ほどの斧を投げ返し、高らかに叫ぶ。
認めたくないが、暗殺開始だ。
※―――
「ハハハァッ、アハッ、ヒャハハハ!!」
「う、うわぁあああっ!」
「く、来るなッ、クソッ、死にたくなぎゃっ」
「テメェ、俺の部下ばっか殺してんじゃねぇ!!」
雑魚を一人一人ブッ裂いて殺す。落ちた松明の火が燃え移り明るくなった廃屋の中には、既に死体の山が築かれていた。
泣き叫ぶバイザの部下を、逃げ出す奴も立ち向かってくる奴も気にせず殺し、時折バイザにも攻撃を仕掛け、牽制する。
こうして一人だけが飛び抜けて強い群を相手にする時は、強力な個を最後まで残して、まずは周りの雑魚を狩るのが定石だ。何より『狂乱の祝福』の都合上、何人か殺してから本命に突撃した方が力が増す。
血を見る度にどんどんとテンションが上がっていくのだ。この『祝福』は。
「殺されたく無けりゃ守ってみせろよ、なァッ!!ヒャァーッハハハ!!!」
「クソッ、このイカレ野郎……!!調子に乗るなよ、俺はもうあの時とは違う!『火の祝福』を手に入れた俺が、そう簡単にやられてやると思うな!!」
「全然じゃねぇか」
狂気に精神が汚染されているにしては驚くほど冷たい声が出た。
しかしバイザが名前を出した『火の祝福』は雑魚だ。いや祝福は持っているだけでも凄いが、ドラゴンの与える『聖光の祝福』や神の与える『狂乱の祝福』ばかりが会話に出てきていると、たかだか火を吐くサラマンダーが与える程度の『火の祝福』では見劣りしてしまう。
というか炎を操る祝福なら上位互換が後三つくらいあるし。
なんというか、警戒して損した。
「ッ、んだとォッ!!なら喰らいやがれッ、フレアシュート!!」
斧を炎が包み、ソレを投擲してくる。言ってしまえばソレだけだ。先程防がれたばかりだというのに、なぜ学習しないのか。
『祝福』発動中にも関わらずテンションが下がって来た俺は、無言でそれを弾き、燃えていない柄の部分を掴んで、投げ返した。
投げた方向は、バイザ自身ではなくその近くに立っていた部下だが。
「ぎゃぶっ」
「ひゃははははッ!!テメェの武器でテメェの部下が死んじまったなァッ!!」
「クソッ、ふざけんなよノガミィッ!!」
怒り狂ったバイザは、武器も持たず突っ込んでくる。やぶれかぶれの突撃とは情けない。まだガルムの言っていた魔法使いに会えていない(或いは魔法を使われる前に殺した)が、バイザを殺すとしよう。
「うォおおおっ!!フレアラリアットォオオオッ!!!」
丸太のような太い腕が、炎を纏って俺を襲う。だがあまりにも遅いソレは、ぶつかること無く切断され、勢いよく吹っ飛んでいった。ちょうど俺を避けるように斬りつけたのだ。
「っぐゥ」
「お前には技を使う必要すらねぇなァ」
ローランのセイクリッドバーストや、バイザのフレアラリアット等、『祝福』にはその性質から派生した『技』が存在する。当然『狂乱の祝福』もだ。
だが俺は、基本的に技を使わない。目立つ上に、そもそも技を使うような相手と戦う事が無いからだ。
切っ先を向け、魔力を滾らせる。魔法は使えずとも、身体強化に転換するのは単純な魔力操作なので可能だ。
確実に仕留める姿勢を見せると、バイザは一気に顔色を悪くし、赤く輝いていた右目はただの黒目に戻った。
「ま、待ってくれ!わかった、盗品ならやるよ、金も全部くれてやる!つーか前は助けてくれたじゃねぇかよぉっ、なぁ!」
「お前さァ。なんで前は見逃されたか忘れたのかよ?あの時は騎士団の方に俺の暗殺対象が居て、テメェを殺す理由が無かったから見逃してやっただけだぜ?つまりよォ、テメェに死ねって言ってる依頼主が居て、その依頼を俺が受けたって事はさァ……死ぬしかねェエエエエエだろォッ!!」
首元を狙って剣を振り抜く。バターをナイフで裂くみたいに、呆気なく切断できた。
ギャグみたいな量の血が噴き出し、俺にかかる。ボスを目の前で殺された残り少ない部下たちが、その光景を見て逃げる事すら諦める。
「ィヤァアアアアッハァッ!!一番の獲物ぶっ殺し成功ォッ!!んじゃァ残りの皆さま方も、ゴートゥヘェエエエルッ!!」
全身血塗れになった俺は、浴びた血液の暖かさや鉄臭さにさらに狂気を増し。
高まったテンションのまま、残党狩りに突入した。
※―――
「はははっ、楽しかったぜ」
最後の一人に突き刺した剣を引き抜き、絶命した事を確認して『祝福』を解除。
廃屋の中は、すっかり明るくなってしまった。松明やバイザの火が燃え移って、火事になっているのだ。
その結果、見えなかったガルムの姿も見えるようになる。
なるほど。少し汚れているが、露出の多い民族風の衣装……獣人の正装だ。耳や尻尾を見るに、狼の獣人だろうか。
ともかく中々の美人だ。衣服を着ているあたり連中の慰み者にはならなかったらしいが、良く手出しされなかったなと思う程の美貌に体つき。これは娼館に売り飛ばすのは勿体無いな。まぁ元々そんなことをするつもりは無かったけど。
「……じゃ、次はお前だな」
「っ、く、来るなッ、アタシはまだ……ッ!」
「おいおい動くなよ、手元が狂う」
実際相手がどれだけ動いていても俺が斬り損ねる事は無いが、こういうのは雰囲気だ。まだ少しヒャッハーが残っているのか、気取った感じで言葉を発する。
そして、鎖をガシャガシャ音を立ててなんとか逃げようとする彼女に向かって、俺は剣を振り下ろした。
正確には、彼女を拘束する鎖に、だが。
「―――へ?」
「なんだ、殺されるとでも思ったか?」
「えっ、いや、お前が殺すって言ってたんじゃ」
さてなんのことやら。
目を白黒させる彼女へ近づき、手首に付けられている枷に触れる。それを純粋な握力で握りつぶし、彼女の手を傷つけないように捻じって、破壊する。
足元の枷も同様の手順で破壊し、これで彼女は物理的に自由になった。
少し煙臭いのは、部屋が現在進行形で燃えているからだろう。酸素が薄い気がする。まぁ、燃えている分にはすぐに逃げ出すような真似もされないだろうし、話はここで済ませてしまおうか。
「あ、あの。ありがとう……?」
「礼を言われる立場じゃねぇよ。お前を帰すつもりが無い事に変わりはねぇからな」
「っ、まさか、娼館送り……!!」
「それもしねぇよ。つーか王女を買い取ってくれるようなイカレた店があるかよ。しかも友好国の王女だぞ。バレたらただじゃ済まねぇのは確実だろうに」
「じゃあ何が目的だ」
訝しむような視線を頂戴しつつ、剣を仕舞った俺は仮面を外す。
ノガミの正体を、ギルドマスターやカルマ以外の人間に明かす。
「依頼されたのでね。必ず依頼を達成する男として、貴方を帰すわけにはいかない」
「それはもう何度も聞いた!受けた依頼は絶対に完遂するという噂ならこうして会う前からずっと―――ッ、まさか!」
「察してもらえましたか」
わざと丁寧な口調で喋る俺に、何を言わんとしているのか理解したのか目を見開くガルム。そんな事が良いのか、と呟く彼女に、俺は恭しく頭を下げた。
「貴方が『俺に依頼した人の暗殺』を依頼すれば、俺は二つの依頼を達成する事になり、貴方は故郷に帰ることも、貴方を害する意志を持った敵を無くすことができる。勿論貴方の依頼を達成するまでは俺と一緒に居てもらう事になりますが、完遂した暁には、貴方が国へ安全に帰還できるように護衛することも……暗殺者の仕事とは言えませんが、物のついでです。追加料金無しでやりましょう」
「そ、そんな都合の良い話を信じろって?」
「信じる以外に道が無い事くらい、とっくにわかってるだろ?」
天井が崩落し、炎の塊が俺達のすぐ近くに落ちる。一度仕舞った剣を引き抜き、切っ先を彼女の鼻先へと向け、脅すように囁く。
「お前には俺に依頼するか、このまま死ぬかの二択だけだ。そして俺はどっちでも良い。死のうが死ぬまいがどっちでも良いからな」
「どっちでも良いなら、なんで態々アタシに依頼するかしないか、選ばせるような真似をするんだよ」
純粋に疑問だ、という顔で彼女が問いかけて来る。
なるほど、確かに気になるだろう。実際俺は、殺す前のターゲットにそんな二択を突きつけるような真似はしない。
じゃあなんで俺がこんな事を言いだしたのか。理由は二つある。
一つは彼女の殺害はマストじゃない事。ヒャッハー中の俺を見ていると信じてもらえないかもしれないが、俺は別に快楽殺人者では無い。殺す必要が無ければ殺したくないし、正直殺すことを心底楽しいと思った事は無い。力を振るう事が楽しいだけだ。ヒャッハー中は。
そしてもう一つ。
「そりゃ、アンタが俺好みの見た目してるからだよ」
「………はぁッ!?」
ほんと、運が良いよコイツ。
ウルフカットのグレーの髪、気の強そうな赤い瞳、やや割れた腹筋に、肉付きの良い体。狼の耳に尻尾。
全部俺好みだからな。
もし違ったら、態々手を差し伸べて新しい依頼を取るなんて面倒(暗殺者活動はしたいが祝福問題を解決できていない内はあまりしたく無い)を態々提示するような真似はしなかったはずだ。
だから、そう怒るなって。
口説くような発言に照れたのか、顔を赤くして睨みつけて来るガルムに、俺はヘラヘラと笑いながら―――しかし目だけは真剣に、答えを待った。
時間はもう無い。建物は後一、二分程度で完全に崩落するだろう。
視線で急かすと、彼女は咳払い一つの後、真剣な顔を見せて、頷いた。
「するよ、依頼。理由はともかく、ノガミなら実力は安心できるからな」
なら、と伸ばした俺の手を、彼女は迷わず掴んだ。
商談成立、だな。
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歓喜の舞を、踊ります。