ヴィレニア大陸国家会議
円卓の全員が再度ヴィレニア大陸の現状について確認し合い、会議が本格的に開始する。
まず最初に口を開いたのは、アステリア国王、エオスだった。
「ペイトロス殿。開始早々で悪いが、ワシが今回最も言いたい事を早速言わせていただく」
「というと?」
「勇者召喚をお願いしたい」
ざわ、と室内に動揺の波が押し寄せる。
勇者召喚の要請。魔王や終焉蟲といった脅威が迫っている今ソレを行うのは別段おかしな事ではない。
しかしアステリアが、となれば話は違う。
メルバートン、シアン、ローラン、そしてノガミ。
アステリアが事実上保有している戦力の内、誰もが思いつくモノだ。これ以外にも多くの「勇者級」或いは「勇者以上」の強者がアステリアにその身を置いている。
要するに、たかが勇者を召喚する事を頼む必要なんて、無いのだ。
あるとすればそれは、持っていると思われていた戦力が、実際にはアステリアのモノでは無かった場合。
つまりエオスの今の発言は、アステリアの国力は各国が考えているよりも少ないと認めるモノだという事。
(この俺様が居る所で、そんな発言をすると?自国の領土をさらに広げようと画策している、バレリア帝国を前にだぞ?頭がおかしいのか、それとも別の狙いがあるのか……)
(エオスが後先考えない阿呆という事はあり得ない……であれば今の発言の意図はなんだ?いや、そもそも意図なんてあるのか?)
「……アステリアは、勇者の力を必要としている、と?」
「うむ。当然、アステリアだけでは無かろう。今、世界に必要なのは勇者の力。ソレを最も知るのは、ペイトロス殿。貴方では?」
全員の視線を一身に浴びつつ、エオスは堂々と返答した。
武力としてではなく、民衆を纏める為の勇者が欲しい。
彼の言葉を意訳するならばコレだ。これならばアステリアの国力に関しては一切触れない内容となり、尚且つ勇者召喚を拒みにくくさせる(と言っても拒めば今度はシェンディリアの立場が無いので滅多に拒まれる事は無いが)事が出来る。
ペイトロスはその言葉に深く頷いた。
「なるほど、一理ある。貴国の英雄足りえる実力者は、かの騎士団長メルバートンを除けば全員が象徴を演じるには少々難がある。それはアステリアだけでなく、他の国にも言える事だろう。我が国が召喚する勇者であれば、なるほど確かに、人類を―――特に民衆を纏めるには最適だ」
「ええ。そして召喚した後は、勇者の訓練地を我が国アステリアにしていただきたい」
それが狙いか、と遅れて皆が気づく。
召喚される勇者の実力、才能は、完全にランダムだ。
例えば歴代最強と謳われる勇者は魔王を単独で撃破したが、普通は十数人の勇者で挑んでもたった一人の魔王にすら呆気なく敗北する、という風に。
現状、召喚された勇者の内で『狂戦士』を上回る実力者は確認されていない。
だがこの先ずっと『狂戦士』を超える者が現れないかと言えば、ノーだ。
エオスが、アステリアが恐れている事は最高戦力である『狂戦士』すら敵わない強者が他国に籍を置く事。そして敵対者になってしまう事だ。
それを未然に防ぐべく、訓練地に名乗りを上げる……至極当然の事だ。
だからこそ、それに気づくのが遅れた出席者達は苦い顔を見せた。
かと言って、してやられた、だけで終わるつもりの無い者は当然居る。
「いや、勇者の訓練地にはバレリアが最適だと俺様は考える。アステリアは突出した強者がいくつか居るが、だからと言って一般の兵までが強いわけでは無い。要するに、戦闘教育という面ではあまり期待ができないという事だ」
「一理ある。が、私としては第一国が訓練地に最もふさわしいと主張したい。勇者の強さは『祝福』の強さ。であれば、魔法や『祝福』の技術研究、指導に力を入れている我が国こそが訓練地になるべきだ」
「おいおい、バルガドルを忘れて貰っちゃ困るな。ウチは両国程の専門性は無いにせよ、両方をバランス良く教えられる自信がある。帝国学院の質の良さは、皆々様もご存知の通りだろう?」
「アステリア王立学園とて負けてはおりませんとも。何より、メルバートンを始めいくつかの実力者が勇者の指導係を担当してくれると約束している」
合計四か国が訓練地に名乗りを上げたが、どれだけアピールした所で決定権はペイトロスにある。
そして彼は、アステリアを訓練地にしない事を第一に考えていた。
当然だ。神聖国の唯一の独自性であり優位性である勇者を、よりによって神聖国を下し最強の国としてその名を広めているアステリアに譲るわけにはいかない。
しかし、普通に考えればアステリアを訓練地とするのが賢明な判断である。
他の立候補した国は、どれも一長一短なのだ。肉体重視か魔法重視か、それとも中途半端か。
特に中途半端のバルガドルに至っては、学び舎の質でアステリアに劣っている。
何よりメルバートンを始めとした実力者たちによる指導。これはアステリアだからこそ出来る事であり、真に人類の未来を考えるのであれば、アステリアに勇者を送る以外の道は無い。
「待たれよ皆様方。そもそもペイトロス殿は、勇者召喚を執り行うかどうか明言なされていない。だというのに今言い争っては、時間を徒に浪費するだけで―――」
「いや、ケルニウス殿。勇者召喚は近いうちに行う。それはエオス殿に頼まれる前から決めていた事だ。―――だが、かといって今名乗りを上げた四国の内のいずれかに勇者を派遣するというつもりは無い。またそれ以外の国も同様だ。次に召喚する勇者は、シェンディリアにて訓練を行わせる」
アステリアに派遣したく無いが、それ以外を選べば角が立つ。
であれば初めから、自国で育てれば良いだけの話。
シェンディリアとて優秀な人材が……それこそ以前に召喚した勇者や、強力な信仰魔法を扱う神官等が多数在籍している。
伊達にノガミが台頭するまでの何百年もの間、最強の国として君臨していたわけでは無いのだ。
他ならぬペイトロスの言葉に、誰も何も言えず、黙って頷いた。
神聖国を訓練地とすると言われて、ソレを覆せえるだけのカードを彼らは持たなかった。
―――が、ただ一人、それでもなお意見を挙げる者が居た。
「失礼ながらよろしいでしょうか、ペイトロス殿」
「君は……確か、ジン・ギザドアと言ったか。何か?」
「勇者の訓練地を神聖国にする、と仰られましたが……私としては、獣王国に是非来てもらいたいと思っておりまして」
「すまぬがソレは無理な話だ。別に貶すつもりは無いが、獣王国では我が国と比べれば少し物足りなさを感じざるを得ない」
「えぇ。ですので、提案がございます。――――勇者の訓練地は、獣王国とアステリア王国が共同で担当する、と」
「………何?」
動揺の声があちらこちらから漏れる中、ペイトロスの鋭い視線を浴びつつジンは飄々とした態度を一切崩さず言葉を続ける。
「獣王国は魔王の被害を直接受けた事もあって、非常に不安定な状態です。会議の前に話した通り、ノガミも実際には獣王国の所有ではないし、その事実を伝えるとなると国民の次なる精神的支柱は必須」
「そのためには、未熟な勇者であっても『獣王国に居る』という事実が必要と。なるほど事情はわかった。ではなぜアステリアと共同で、という話に?」
「獣王国では『三大恐怖』はおろか歴代を上回る勇者さえ輩出できない。環境はあれど他のモノが……特に人材が不足している。そしてこの中で優秀な人材が多く在籍しているのはアステリアです。それにアステリアとは一際強い友好関係を結んでいるので最も信頼できる、というのもありますね」
後もう一つ、先日ノガミについてアステリアが獣王国に対し苦言を呈した件で国民に伝播した「最悪の場合アステリアと戦争になるのでは」という突飛な不安を解消する事にも繋がる。
彼は内心でそう続けつつ、問いを投げかけて来たフェルナンドや睨むような視線を向けて来るペイトロス、そしてエオスを特に見つめながら締めくくった。
結局、これだけ話した所でペイトロスがただ一言「断る」と言えば終わるのだ。
その否定の一助をアステリアと獣王国ばかりが良い思いをする事を許さないだろう他の国々(特に第一国)の長がすれば絶望的と言っても良いだろう。
だが別に、ジンとしてはどう転んでも構わなかった。
彼の憧れる暗殺者は、どこまでも冷徹冷酷冷静で、機械のような男である。
だが、そんな男が家族や恋人や親友、大切な存在の為に何もかも、矜持でさえも捨て去って武器を取る―――人間臭い姿もまた、彼の望むモノであった。
要するに、前に「ガルムであっても依頼があれば殺す」と言っていたのが無かった事になり、「ガルムの為であればいくらでも『狂乱』を振るう」ようになった、という話である。
当然、ガルムが願うなら獣王国の為にだって力を振るうだろう。
だから、今は彼以外知る由も無いが、獣王国がこの世界で最も安全な場所となっているのだ。
象徴が無くとも、守る力が他に無くとも、決して外敵によって滅ぼされる事は無い。
エオスがジンの言葉に賛同するように頷きつつ口を開く。
「それは素晴らしい考えだ。ワシとしても、いや、アステリアとしてもその意見を全面的に支持する。―――という事で、いかがだろうかペイトロス殿」
返事は無い。
ペイトロスはただ黙って、瞼を固く閉じながら、考え込んでいた。
(……純粋に世界に平和をもたらすという大義のみを考えるのであればこの申し出は最高のモノ。しかし、アステリアの手に勇者を渡らせる。これは極めて受け入れがたい……だが獣王国が勇者を求める理由、コレを聞いた上で断っては神聖国の『人型四種の守護者』という立場が危うくなる。ジン・ギザドアという男、ここまで見越していたか。中々の切れ者だな)
そんな事は無い。
ジンはただ獣王国の利益になりそうな事と他の国が取り敢えず頷いてくれそうな事をそれっぽく言っただけ、という認識であり、神聖国への牽制まで出来るとは想定していなかった。
(他の連中も口を挟まん………であれば、ここは受け入れる他にないか。とはいえ、魔王の侵略に疲弊している獣王国の民たちの為に勇者を派遣した、となれば神聖国の威信も高まる。両国共同で、ならば勇者がアステリアのみに帰属するという事も無いだろうし、問題は無いか……ソレを含め、良く考えたモノだ)
「良かろう。両国が共同で訓練地となる事を、認めようではないか」
「ありがとうございます」
彼の言葉に、ジンは深々と礼をする。
エオスもまた感謝の言葉を述べ、勇者に関する話は終わった。
厳密には一部不満を抱えている者もいるが、ペイトロスが決定した以上覆しようがないので終わりである。
各々が飲み物を優雅に口にして、一息ついた所で次の話題に移る。
「勇者を召喚するのは良いとしても、勇者が戦力となるまでの間、どう魔王や終焉蟲に対抗するおつもりで?」
「魔王はともかく、終焉蟲に対しては一つだけ案があります。決定権はエオス殿にありますが……アステリアの冒険者ギルドに、調査隊と討伐隊の編成を依頼するという物です」
「……続けてくれ」
エオスの言葉を受け、魔公国の若き女傑サクラ・ツェペシュが説明を続ける。
「終焉蟲の恐ろしさは数と規則性の無い移動。現在の規模や進路を正確に把握し、群れを上手く削れば、最低限時間稼ぎは可能かと考えました」
「終焉蟲以外はそこらの魔物と変わらないし、確かに悪くは無いが……ではなぜ冒険者ギルドに?有象無象の魔蟲であれば、例えば我が国の弓兵部隊、魔法部隊でも十分殲滅可能だが」
「貴国も含め、軍を消耗させるわけにはいかないでしょう。魔王の脅威だって間近に迫っているのですから。そこで民間に依頼するとなった場合、一番魔物への対処に長け、尚且つ情報共有の体制が万全な冒険者ギルドを選ぶべきだと考え、提案させていただきました」
別に傭兵ギルドでも、その他ギルドでも構いませんが。
彼女の意見を聞き終えると、視線はエオスへ向かう。
少し考え込む素振りを見せた後、彼は頷いた。
「良いだろう。この後すぐ、冒険者ギルドに緊急依頼を出す。だが冒険者達への報酬は第二国と、発案者の魔公国に負担してもらうが構わないか?」
「ええ。魔公国としては問題ありません」
「勿論、第二国も同じく」
ならば詳しい話は後で、と締めくくられ、二つ目の議題が終わる。
僅かな沈黙の後、レンブルが手を挙げた。
「ヒュプニア大陸の新興国、ポゴフィレス帝国についてなのですが」
「ビットリアの隣国で、ヒュプニア大陸の中でも一際血気盛んな国だと」
「ええ。そのポゴフィレスに不穏な動きが見えまして。調査させた所、我が国ビットリアへの侵略を企てているのだとか」
ヒュプニア大陸は無法の大地と呼ばれる。
理由は簡単。大陸内で絶えず戦争が行われているからである。
どこかの国家同士が戦争を終わらせる直前か直後には違う国同士が戦争を始め、終わったらまた違う国が―――という風に、いつまでも戦争ばかりやって、ほぼ無法の状態がずっと続いている。
大陸の中で最も平和と呼ばれるヴィレニア大陸の人々からは、野蛮な土地として侮蔑の視線を向けられる事も多々ある。
だが、技術力という面では圧倒的にヒュプニア大陸の国家の方が優れている。
戦争のおかげで経済発展も技術革新も止まらず進み続けているのだから当たり前だ。
そんな大陸の国家が、その矛先をヴィレニア大陸に―――それも余り戦争を得意としない国に向けているとなれば、円卓の面々は良い顔をしない。
「因みに、いつ攻め込んでくるか等の細かな情報は?」
「生憎と、得られたのは侵略の可能性大という所までで……」
「敵がわかっているのならば攻め落とせば良いのでは?」
「いいや、碌な口実も無しに攻め込めば、例え勝ったとしてもヒュプニア大陸の他の国が報復を口実に更なる侵略を仕掛けて来る可能性がある。可能な限り、そもそも戦争を起こさない方向で進めたい所だが……」
「おいおい、俺様以外忘れてるのか?ここにはそういう仕事を得意とするギルドの一員が居ると」
ゲインが微笑混じりに発言すると、全員の視線がジンへと向かう。
暗殺ギルド。
ノガミはともかく、暗殺ギルドの暗殺者に依頼すればポゴフィレスの要人を―――例えば国のトップや、戦争を行おうと画策している軍人等を暗殺し、侵略計画を白紙にさせる事だって可能だ。
彼は咳払い一つして立ち上がり、今度は暗殺ギルド所属の人間として口を開いた。
「もし当ギルドを利用するのであれば、私の方からお伝えしますよ」
「そうすると何か利点でも?」
「ええ。本来ならば依頼の真偽や難度を(軽くだけど)調査確認する工程が入るので、正式に依頼として暗殺者の募集を始めるまでに時間がかかる所、私から直接ギルドマスターへ渡せばその手間を省いてすぐさま募集をかけられます」
「おぉ。ならば是非お願いしたいのだが」
「では貴方が依頼を出す、という事でよろしいでしょうか?レンブル様」
ジンの問いかけにレンブルが頷くと、彼は満足したように「詳しいお話は、後程」と告げて席に着いた。
―――この後はいくつか重要性の低い話題について話をし、特に何か揉める事も無く会議は終了した。
円卓に座していた者達が退室していく中、ジンは肩を叩かれ、呼び止められる。
「フェルナンド様でしたか。何か御用でしょうか?」
「そう緊張せずとも構いませんよ。私はただ、依頼をしたいだけ」
周りに聞こえない声量で話すフェルナンドに、ジンもまた声量を落とす。
「……当ギルドに、どのようなご依頼を?」
空気を読んでガルムとシアンが先に退室し、会議場にはジンとフェルナンドの二人きりになる。
周囲の目が無いとわかったからか、彼はあからさまに怪しい笑みを浮かべ、告げた。
「―――『狂戦士』ノガミに、終焉蟲の殺害を依頼したい」
それは、つい先程の話し合いを嘲笑うような、そんな依頼だった。
本当はもっと出席者の思惑とかを出したかったのですが余裕で一万字超えたので、一先ず大事な部分だけ残して……という作業をやっていたらかなり期間が空いてしまいました。
色々わからない所もあると思いますが、後々補完出来たらと思っていますので気長にお待ちください。
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