侵入から始まるボーイミーツガール?
夜。休日を利用して実家に帰って来た俺は、今生の家族との夕食を済ませ、談笑に興じていた。
この世界では食事中の会話は(貴族、王族にとって)マナー違反。食事を済ませた後、食卓に座り続けて会話をするのが通例なのだ。
「王都の噂が入って来るのが一際遅いギザドア領だが、お前の活躍はその日に届いたぞ、ジン。あのゼパルス家の長男と戦って、勝ったそうじゃないか」
「い、いやぁ。お情けですよお情け。みっともなく避け続けただけで」
「それでも凄いじゃないか。僕も同じ傭兵ギルドに所属してて何度か一緒に仕事をした事があるけど……彼の剣技、目で追えるような物じゃ無かったぞ」
「目で追えるなんて、俺にもとても無理でしたよ。情けなく目を瞑って、運に任せて逃げ回っただけです」
実際にはギリギリ、本当にギリギリ見えていたのだがその事を言えばもっと面倒な事になるので隠しておく。ジン・ギザドアとしての俺は別に情けない男でも構わないのだ。その分ノガミがクールでカッコいい男であって欲しいのだが……うん。
俺の言葉は謙遜と捉えられ、あまり本気にされていないようだった。第一から第六までいる母親たちも「あらあら」と笑っているだけだし。
「所で、何日間滞在できる予定なんだ?」
「明日には学園に戻ります。元々、ここに来たのは別件があったからなので」
「別件?」
「えぇ。調査と言いますか、ソレをするのにここがぴったりだったので。幸い一日ちょっとで終わるので、この休日を利用しちゃおうかと」
「なるほどなぁ。うんうん。我が息子ながら学業に励み、武勲を上げ、なんとも素晴らしい!」
武勲……?とちょっと首を傾げたくなったが、上機嫌な父親に水を差すのも悪いと思い、愛想笑いで誤魔化す。
というか調査云々も嘘なんだから、学業に励むってのも間違いだな。言わないけど。
俺がギザドア領に来たのは仕事の為。暗殺依頼のあったリッツァ盗賊団の拠点がここにあるという情報を得たのだ。家族に顔を見せにきたのは学園に外出許可を得る口実の為である。
「では、そろそろ向かいますね。学園に直帰するかも知れないので、その時はお気になさらず」
「あぁ。ただ気をつけるんだぞ。ここ最近は盗賊団が居ると噂になっているからな」
その盗賊団を壊滅させに行くんですよ。とは勿論言えず、俺は曖昧な笑顔で誤魔化すのだった。
※―――
「んー………居ないな」
カルマに教えてもらった場所へ向かうも、そこには廃村があるばかりで誰もおらず、何も無かった。
リッツァ盗賊団程の連中なら、出払っているにしても見張りの数人くらい残しておくイメージだったが……それとも、見張りも盗品も、全部隠してあるとか。
「下手に目立つような真似をして騎士団なんて派遣されたら困るってか」
そう考えれば合点がいく。手配書が出回るような盗賊団がのうのうと活動を続けていられるのは、騎士団を派遣しようにもどこに拠点があるのか国が把握できていないからというのが大きい。中には騎士団ですら手出しできないレベルの強者がトップだからという理由もあるが、それは今や存在すら怪しい『ゲルモニア盗賊団』くらいだ。
なんせアステリア王国騎士団には一人で一国の戦力と評される騎士団長、メルバートンを筆頭に、数々の腕利きが在籍しているのだ。メルバートンに至っては『祝福』を得る前から一人で敵国の軍を打ち倒した実績がある上に、ローランと同じく聖龍エリュシオンの試練を踏破し、かつてよりも強くなっているのだ。チンピラに毛が生えた程度の連中に、勝てるはずがない。だから隠れるのだ。
まぁとにかく、カルマの情報に不備があったとか、俺が来る前に拠点を移したとかそんな可能性はまだ考慮しなくても良い。時間はまだある。のんびり探索でもして過ごそうじゃないか。
そんな軽い考えの下、改めて廃村を眺める。
ギザドア領では良く見られる光景だ。何せこの辺、魔物の数が多い。ここを通る冒険者に宿や武器、その他諸々の雑貨等を提供する事で利益を上げる人々がいたが、そのリターンよりも魔物の侵入で命を落とすリスクの方が高く、俺の父親の二代前の領主がここら一帯に住む事を禁止したのだ。
残った建物等は取り壊そうにも業者が魔物に襲われる危険があるという事で手を付けられず、こうしてゴーストヴィレッジが残るという訳だ。
前世から廃墟に言いようの無い感動を覚えるタイプだったので、こういう光景は見ていて楽しい。そして何より、こういう場所に残る人の痕跡、生きた痕跡というのに結構敏感なのだ。
民家が立ち並ぶ中、一つだけ雰囲気の違う物を見つける。一見するとただの民家。だが、俺はそこに生気を感じた。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
懐から仮面を取り出し、剣を片手に侵入する。中は当然だが暗い。目立たないようにと松明を持ってこなかったのが仇に―――いや、そうでも無かったようだ。
足を踏み入れてまずわかったのは、この民家の中に大量の硬貨が保存されているという事。目の前に山積みになっているソレは、恐らくは金貨と銀貨。盗品を売り捌いた利益だろう。
普通一般市民が使うのは銅貨か銀貨。金貨なんてのは商人でも無ければ普通触ることすらできない物だ。それだけでヤツらがいかに稼いでいるかがわかるだろう。
その硬貨の山埋まっているのが、観賞用の宝剣やその他の芸術作品。恐らくは売る前の品か、彼らが気に入った品か。絵画等はともかく、儀礼用の剣なんかは学の無い連中でも憧れるような物だ。こうも無造作に保管してあるのを見ると一言モノ申してやりたくなるが、壊してないだけマシだと思うべきだろう。
「……で、さっきから見てるだけで良いのか?」
「ちっ、気づいてやがったのか」
「俺達の正体を知っててここに居るって事は、さては賞金稼ぎか?ご苦労な事だなぁ」
隠れて俺を見ていた二人が、ヘラヘラ笑いながら姿を見せる。暗くてよく見えないが、声からして男二人。武器は二人ともサーベルか。
「他の仲間はどこだ?」
「さぁな。教えると思うか?」
「お前の方こそ、仲間は何処に行ったんだ?まさか俺達相手に一人で馬鹿正直にやって来た、なんていわねぇだろ?」
「俺か?ま、言わなくてもすぐわかるさ」
不本意だけどな。
凪いでいた心が騒めきだす。仮面に隠れた口元が緩み、肩が震え声が漏れる。
愉快だ。まるで楽しい夢でも見ているかのように心が躍っている。溜息を吐く冷静な自分を無視して、言葉は勝手に紡がれる。
「ははははッ!!会話なんざ要らねぇからさっさと殺させてもらうぜ雑兵二人ィ!メインディッシュ到着までの手慰みになりやがれェッ!!」
叫びながら投擲した剣が男の肩を貫き、壁に磔にする。鈍い呻き声をあげ、何が起きたのかわかっていない様子で周囲を見渡すその姿は、先程までと違い昼間のように見える。
『狂乱の祝福』を発動している為、夜でも昼のような視界を確保できるのだ。
少し経って二人は何が起きたのか、相手が何者かを悟り、表情が恐怖のソレへと変わる。
「ば、狂戦士だと!?あ、ああ、ありえねぇ!!」
「嘘だろオイ!!なんでテメェが俺達盗賊団を狙ってんだよ!?」
「俺が命狙う理由なんざ一つしかねェだろうがよォ。お?なんだビビってんのか?まだ剣ぶん投げただけだっつーのによォ。もっと楽しもうぜ、なぁ。楽しいだろ、お前ら。楽しいって言えよつまんねぇえええええなァああああああああッ!!!」
壁の剣を引き抜き、男の腹部を蹴りつける。内臓が潰れた感触がした。嗚咽の声と吐き出される血液に、さらに俺の気分は、狂乱は勢いを増す。
「フゥウウウウッ!!良いね良いね良いねその表情ォッ!でも楽しいって聞えねェなァ!コイツが言えねぇなら代わりに誰が言うべきだと思うよ、なァ!誰が言うんだよお前さぁッ!!」
「ひっ、く、来るなぁ!」
咳き込みながら崩れ落ちた仲間を見て、サーベルを落とし戦意喪失した様子の男へ顔を向けると、情けなく泣き叫びながら財宝の山をかき分け、部屋の奥へと逃げて行った。
近くの出口から外に出ないなんてバカなヤツだ。勿論出口を通ろうとしたら真っ二つにしてやったが、結局追いつめてぶっ殺す事に変わりはないのだから遅かろうと早かろうと同じだろう。
足元の死にかけに止めを刺して、刃に付着した血液を振り払う。そしてノソノソ逃げて行ったもう一人の雑魚を殺すべく、ゆっくりと歩き始めた。
「あはっ、あひゃははッ、あヒャハハハァッ!!逃げろ逃げろよぉッ、そっちのが面白そうだからさぁッ」
一人殺して最高潮に達した俺のテンションは、普段なら考えもしないようなセリフを狂気的な笑いと共に発させる。冷静な部分すら夢見心地になり始め、このまま残りの盗賊たちが来るまでもう一人をゆっくり遊んで殺してやろうという気持ちにさせて来る。
暗殺者たるもの、殺しを楽しむべからず。
俺の暗殺者としての心得である。
しかしソレは、他ならぬ俺の手によって汚されている。ソレについて何も思わない訳ではないが、この高揚しきった状態ではそんな事を考えるくらいなら目の前の人間をどうやって壊すか、どうやって殺すか考える方が建設的で楽しい。
そして『祝福』を解除して、冷静になって落ち込むのだ。自分はなんて自制心の無い奴なのだ、と。
無駄に金貨の山に斬撃を放ってみたり、地面に切っ先を叩きつけてわざと音を立てたり、居場所をわかっていながら敢えてすぐ近くの違う場所に攻撃してみたり。
あらゆる方法で弄びながら、相手の心を疲弊させていく。何度も転びそうになりながら必死に走るその横顔が、恐怖で染まっていくのが楽しくて仕方ない。
さぁ、そろそろ止めを刺そう。
「あーあーあーあー。みーっつけちゃった。ひゃはっ、あはは、あはははァッ!逃げ場無いなぁッ、逃げ出す手段も何も無いなぁッ、死ぬしかねぇよなぁッ!」
ゆっくりと剣を振り上げる。
目の前の男は、恐らくは盗品――奴隷を閉じ込めているだろう檻に背中をつけ、嫌だ嫌だとうわごとのように呟き始め、首をひたすら横に振り始める。
「なんだ、止めて欲しいか?懇願したら辞めてもらえるか?あはは、ははははっ、いいじゃん、いいじゃん良いじゃんッ!じゃあなんか命乞いしてみろよぉッ、金持ちのバカよりは面白い事言えるんじゃねぇの?」
「し、死にたくないっ、ここにある盗品なら好きなだけ持って行って構わねぇし、他の仲間も、ボスも殺して構わねぇから俺だげぶっ」
「あー、つまんね。一気に冷めたわ」
『祝福』により強化された脚力には、人間の頭部を踏み潰すくらい容易い。檻ごと潰したせいで歪んでしまったが、どうせ壊す予定だったので関係ない。
「―――はぁ、畜生。今日はやけにハイテンションだな俺」
頭を振り、死体を蹴飛ばして溜息を吐く。能力解除後のヒャッハーは俺があまりに嫌な気分になると早めに終わるのだ。
こんな戦い方をしていれば、そりゃ狂戦士なんてあだ名も付く。寧ろ狂人とか蛮族とか言われていないだけマシな気がしてきた。イカれた殺人鬼という概念がこっちの世界に無いのが唯一の救いだろう。仮に前例が居たら、俺の二つ名は『第二の○○』で決定していたはずだ。
剣を仕舞い、ほとんど壊れかけの檻を破壊する。素の膂力でも鉄製品を破壊するくらいは容易くできる。
普段なら、だ。戦闘となれば、暗殺となれば、『祝福』を使わなかった場合こんな芸当も不可能になる。
「誰かいるか?」
『祝福』が無いと真っ暗で何も見えない。奥行がどれくらいあるのかすらわからないので、動くよりも声をかけるにとどめる事にした。
俺の声は少しだけ反響し、そして鎖が動く音が聞こえる。人の気配もあるし、誰かが居るのは確定だ。
まぁ、依頼の内容的にも掴まってて当然だったんだけど。
「……アンタ、アイツ等の敵か?」
「さっきの騒ぎが聞えてなかったのか?俺はノガミ。殺し屋だ。リッツァ盗賊団を壊滅させる依頼が来たんでここに居る」
「ノガミって、あのノガミか!?じゃあ、さっきの笑い声は、アイツ等が帰って来たんじゃなくって」
「俺が戦ってた声だ。あと、その話はあまりするな」
思い出しただけでも顔から火が出そうになる。
あんなのイカれた敵キャラだ。主人公に一方的にボコボコにされて情けなく退場する未来しか無さそうなタイプだ。
俺の憧れるクールな暗殺者の対極に居るような狂人ムーブは、正直思い出したい物ではない。
俺の嫌そうな声に何かを察したのか「あ、ごめん」と小さく謝って来る。声の感じ的に、多分女だ。男だとしても違和感はないが、元々依頼主が『彼女』と表現していたらしいし女で確定だろう。
ただの女に態々殺害依頼……厳密には故郷に帰らせない、だっけか。ともかくそんな依頼をする必要はないと思うが、一体どんな特異性があるんだか。
姿も何も見えないせいで、目の前にいるのに憶測しかできない。
「で、お前以外に誰かいないのか?」
「少なくともこの檻にはアタシ以外居ない。この際アンタがノガミでも何でも良い。悪いけどこの鎖、何とかしてくれないか?礼ならするよ。金は……今は、ちょうど手元に無いけど。ちゃんと返すからさ」
「別に拘束を外すくらいで金は取らねぇ。まぁ、別の理由でお前の拘束を外すわけにはいかないんだがな。―――どうも依頼主は、お前を故郷に返したくないらしい」
「何ッ!?」
ガシャンッ、と強い音が聞こえ、歯を食いしばる音も聞こえる。俺には何のことか全くわからないが、当事者にはこの程度の情報で色々とわかってしまうらしい。
うーむ、詮索しないのがモットーだが、こうなると気になって来る。教えてもらう事を条件に解放してやるとか……いや、俺の依頼達成率は驚異の100パーセント。この実績は密かな誇りだし、こんな一時の好奇心で傷をつけるような事があっては不味いだろう。
ここは我慢。我慢だ。
「お前にどんな事情があるかは知らん。俺はただ依頼を完遂するだけだ。残りの盗賊たちを皆殺しにして、お前を殺すか、娼館に売り飛ばすかでもすればそれで良い」
「っ、ま、待ってくれ!アタシには、帰らないといけない理由が!」
「誰だって故郷を離れてりゃ帰りたくなるもんだろ。聞き入れる理由はねぇな」
「アタシのはそんな簡単な理由じゃ―――」
まだ盗賊たちが戻って来る様子はない。だがこの調子だと会話もすぐに終わってしまいそうだ。なんなら先にコイツを殺して、村の入り口で連中を待ち伏せしようか。
そんな事を考え始めた俺の耳に、彼女の命乞いが―――命乞いと言うにはあまりに衝撃的な一言が飛び込んできた。
「っ、アタシは!アタシは獣王国の王女、ガルム!」
「……何?」
獣王国。獣人と呼ばれる、ケモミミと獣の特性を持った、基本的に魔力を持たない種族達が集う国。そこは代々、女が最高権力者として国を治める伝統がある。
つまり、普通の国で言う国王が、俺の目の前に居るのだという。
「故郷に……国に帰らないといけない理由はたった一つ!私の国を、同胞たちが生きるあの国を守る為!!だから頼むッ、助けてくれ!」
姿は見えない。嘘をついているかどうかもわからない。
一国の王女がなんでリッツァ盗賊団ごときに捕まっているのか、仮に王女だとして、それを見殺しにするどころか徹底的に止めを刺そうとするようなヤツは一体誰なのか、疑問は尽きない。
だけど。だけど、これは。
――――面白くなってきた。
これじゃ狂戦士というよりも狂人ですね。
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何よりもそれが幸せです。