最大の敵
※祝福紹介※
『聖光の祝福』
聖なる光を操る『祝福』は、STAGEが上がれば神の『祝福』にも届き得る。
無論相性が良く無ければ不可能だが、ローランは『聖光』との相性が極めて良いようだ。
しゅ、主人公みたいな強化が入った……!?
ダインスレイヴのラスボス感のある立ち振る舞いも相まって、今のローランはまさに正統派主人公だった。
ここから彼に眠っていた凄まじい力が解き放たれ、俺達は情けないセリフと共に敗走する……漫画ならこういう展開がこの後起こりがちだ。
とはいえ『狂乱』という切り札がある俺も、本来の力の一部しか解放していないダインスレイヴも、たかがSTAGEが一つ上がっただけの『聖光』に負ける事は流石に無いと思うが。
「……皆、見ててくれ。俺の新しい力を。彼らを捕らえる瞬間を!」
血塗れで倒れている仲間たちへと声をかけ、ローランはたった一人、剣を構える。
姿が掻き消えたかと思えば、その時には既にダインスレイヴの背後へ移動していた。
「極光極撃!!」
光り輝く竜がダインスレイヴを噛み砕かんと迫まる光景を幻視する程の、神々しいまでの輝きと威圧感。
しかしダインスレイヴは彼の方を一瞥もせずに、ただ指を鳴らす。
ギャリギャリギャリィッ!!
金属同士が激しくぶつかり合う、耳障りな音が轟く。
押し負けたのはローラン。彼の体は、呆気なく地面に叩きつけられた。
「これでも、まだ力は向こうの方が上か……!」
「力?笑止。全てじゃ」
斬撃の雨が降り注ぐ。無差別なソレは地面を抉り、立ち尽くすローランの体を、『祝福』の輝きごとそぎ落とす。
「そも、たかが竜の力如きが我に及ぶはずが無いのじゃよ。我に傷の一つでも付けたいのならば、神の力でも持ってくるが良い」
「神の『祝福』なんて、勇者でも無きゃ持っているはずも無いのに。良く言うよ」
「?………あぁ、聞かされておらんのか。なら我が言う事でもないのぅ」
意味深な態度を取るダインスレイヴを訝しむ様子を見せつつも、考え事をしている余裕はないとわかっているのか、すぐに攻撃を再開した。
何度も。何度も何度も何度も何度も、斬撃がぶつかり合う激しい音が響く。
しかし途中途中でダメージを受けているローランと、涼しい顔で指を小さく動かすだけのダインスレイヴ。どちらが優勢かは、火を見るよりも明らかだ。
「『極光極撃』、『拡散』!」
「ふん。力を分散させ範囲を広げただけの攻撃が、我に届くとでも」
「まだだッ!―――『聖竜極覇』!!」
「ほぅ」
さらに力を引き出したローランだが、ソレは正しいが間違いだ。
彼が一番わかっているだろうが、慣れないSTAGE2で戦っているだけで、上手く出力調整が出来ず消耗が激しいはず。そこにさらに出力上昇の技を使って、もう彼は五分と持たないはずだ。
だが、そうでもしなければダインスレイヴに傷一つつけられない。
なんならこの出力でも傷一つつかないかもしれない。
だから、この土壇場で賭けに出た。持ってるモノ全てを、使い切ってやろうとした。
―――どこまでもカッコいい野郎だ、ローラン。
正体がバレる、なんて理由で手を抜いている俺が、恥ずかしくなってくるほどに。
「『二等星・極光開闢』!」
二つの白い球体が出現し、『拡散』同様に射出、分裂。
『拡散』との違いは、光の一つ一つが小さな爆発を起こし、防御と回避を困難にする点だろうが……ダインスレイヴは、やはり無傷で立っていた。
微塵もその場を移動せず爆発を乗り切るなんて、斬撃だけでどうやってそれをやってるんだか。
「出力は上がったが、同時に息も上がって来たようじゃな。そろそろ終いにするか?」
「冗談!君を倒し、ジンを捕らえる!それまで戦い続けると決めた!『極光天聖』!!」
空から無数の光の柱が飛来し、破壊をもたらす。
だがダインスレイヴの頭上に現れた柱はズタズタに引き裂かれて消滅した。
……ダインスレイヴの強さはともかく、ローランのヤツ、この短時間で二つも新技入手しやがったか。
センスも相当だな……冗談抜きで、いつかノガミとしての俺ですら超えられる可能性がある。
「『風の精霊よ、敵を惑わす竜巻を』」
「む、魔法も使うか。―――なら我も、そろそろ遊びは終わりとしようかの」
風の魔法が発動し、ダインスレイヴを囲む。
竜巻はさらに激しい強風に掻き消され、姿を現したダインスレイヴはついに一歩踏み出した。
「『断絶』」
「ぐぉぁッ!?」
パチン、と指を鳴らした瞬間、ローランの体を包んでいたオーラが消え、代わりに無数の裂傷が全身に刻まれる。
ただでさえ今までの戦闘で血を大量に流していたのに、ここでさらに出血。『祝福』の使い過ぎもあってか、彼は苦悶の声と共に倒れ、動かなくなった。
死んではいないが……ローランの仲間といい、やりすぎじゃないか?
地面には真っ赤な水たまり。御者も馬車も俺達の戦いのどさくさで逃げ、汗まみれで未だに息の整わない俺と全く汚れていないダインスレイヴだけが立っているこの状況。
まるで殺人鬼ダインスレイヴを前に、まだ生き残っている俺が恐怖で汗を大量に流し、訪れる最後の時を待っているかのようである。
実際は彼女に守られたのだが。
「驚かされたのぅ。まさかあの聖竜の力を持つ者と戦う事になるとは。それもかなりの才能を持つ男じゃぞ。―――とはいえ、本気のお前なら戦いにすらならないだろうが」
「今の戦闘でその認識が大いに改まったよ」
土壇場でのSTAGE2。そして技の『解放』、『昇格』。
『祝福』は手に入れるだけなら、極論誰にでも出来る。
だがその力を発展させるには、残念ながら才能が不可欠だ。
『祝福』との相性も確かにあるが(例えば俺なんかは『狂乱』の力を最初からほぼ十全に扱えた)それを知るのは大抵手に入れた後の話。
どの『祝福』を手に入れるか含め、才能なのだ。
ローラン。噂程度には聞いていたし、最近調査させて得た情報もあるから十分わかっていたつもりだったが……コイツの才能は、もはやソレその物が『祝福』の域にある。
依頼以外での殺しはしない。それが俺のモットーだ。
だが……コイツがいずれ、俺の依頼達成率100パーセントに傷をつける存在となり得るのであれば、近いうちにコイツを俺自身の意志で、俺自身の利益の為に殺す必要がある。
とにかく、今は撤退だ。コイツ等が死なない様に簡単な回復魔法だけ使って、急いでこの場から離れ―――。
「ぐ、ぅ……ま、だだ。まだ、俺は―――!!」
「ッ!?嘘だろ、その重症で立ち上がるのか!?」
「当然、だ……俺は、君の目を、覚まさせてやらなくっちゃ……いけ、ないんだ。ジン・ギザドアを、暗殺者なんて薄暗い道で、放っておくわけには、いかない」
必死に起き上がろうとする彼を見下ろしながら、その言葉に抑えきれない殺意を覚える。
俺の前世からの夢を。ジン・ギザドアを、ノガミを――――野上仁を、根底から否定する許せない言葉。
それを二度も浴びせられ、冷静でいられる程憧れに近づいているわけでは無い。何があっても心を平静に出来る暗殺者には、生憎まだなれていない。
―――だが、それよりもまず戦慄した。
その間違った思い込みが、たった一人、片手で数える程度しか話していない友人への強すぎる思いが、血塗れ傷だらけで無理矢理立ち上がろうとするその気力が、どうしようもない程の『恐怖』になった。
狂っている。
俺はここでようやく、『ノガミ』の恐ろしさを理解した。
同時に笑えた。なるほど、こりゃ『三大恐怖』に数えられるわけだ。
狂ったように笑い、狂ったように殺し、狂っているが故に目的が分からない。
それが恐ろしくないはず無いだろう。だって、ローランの見せる狂気でさえ、ここまで背筋を凍らせるんだから。
ダインスレイヴもまた、驚いた顔を見せた。
「殺さぬよう手加減したとはいえ、『断絶』を喰らってこんな早くに動けるじゃと……!?ジンと言い、この時代は神代級の者ばかりか!」
「待てダインスレイヴ!殺すのは―――」
「大丈夫」
喉元を的確に狙っての斬撃。不可視で不可避な一撃が襲い掛かる刹那、俺は確かに彼の声を聞いた。
どこまでも落ち着いた声音で、呟いていた。
そして、傷だらけのはずの彼は、あろことか斬撃を防いだ。
「俺は死なないよ、ジン。君に勝つまで、今の俺は折れない。―――わかるか?今の俺の力。STAGE2のさらに上。俺は、この戦いで急激に自分が進化していくのを感じているよ」
「STAGE3……いや、この出力は、4!?」
湯気のようであったオーラは鋭い光へと変化し、色もより白が強くなる。
何よりその背後に、天を仰ぐ竜の姿が見えた。
ローランの全身が、みるみる綺麗になっていく。傷は癒え、鎧も服も修復され、汚れは全て消えた。
この現象は、まさに『聖光の祝福』STAGE4以降の自動回復、自動修復効果によるものと見て間違いない。
ま、マジかよコイツ、どこまで主人公ムーブを見せたら気が済むんだ……!?
後退り、冷や汗を拭う。
どうする?ダインスレイヴが負けるとは思わないが、勝てるとも思えなくなってきた。ならもう、俺も本気を出すしか……ノガミである事を、明かすしかないのか?
剣を構え、さらに大量の力を引き出すローランを前に、俺は必死に考え、そして、
―――ソレは、舞い降りた。
「ッ、まさか」
黒いローブ。携えられた、誰が持っていてもおかしくない安物の剣。
俯くその顔は、道化師の顔を模した面で隠されている。
ローランが目を見開く。ダインスレイヴが唖然とし、俺は大いに混乱し、すぐさま理解して歓喜した。
「ノガミ、なのか?」
「ッヒ」
「っ」
「ヒャハハハハハッ、ヒャァアアハハハハハッ!!ギャハッ、ギャヒャァハハハハハハハハハハ!!!」
暗くなった空を仰ぎ、降り立った者は狂気と共に笑う。
ローランの問いかけの返事とばかりに、笑い続ける。
誰もが一言も発せないまま時間だけが過ぎ、その間笑い続けていたノガミは、ゆっくりとローランの方を見て口を開いた。
「よォ。俺の同業者を、随分と可愛がってくれてるじゃねェか。えェ?」
「……ジンは、暗殺者になんてなるべきじゃない。君の同業者のままにはしておけない」
「あァああああ?ナニ言ってんですかァ?テメェが決める事じゃねーだろォイオイオイオイ!ジン・ギザドアが何者だろうと何者になろうと、テメェに口出す権利はねェンだよォッ!!」
「口出しじゃない。俺の我儘を無理矢理聞かせるだけだ。これで嫌われても無理はないと、ちゃんとわかっているさ。―――邪魔をするならノガミだろうと叩き斬る。寧ろ君の方から出てきてくれて嬉しいよ。ノガミ。お前を倒し、俺はさらに上へ行く」
「少ォし強くなったからって調子乗ってんなァ。良いぜ良いぜ良いぜェ。身の程、教えてやるよ」
仮面の奥の瞳と、一瞬だけ目が合った。
その一瞬で、俺は何をすべきか理解し、行動する。
「『大氷塊』」
「何!?」
魔力をとことん使い、俺達三人とローランを分断する様に巨大な氷塊を生み出す。
大量の魔力消費で、まだ回復しきっていない疲労も相まって意識が飛びかけるが、気力で耐える。
ローランはたった今、気力で立ち上がったのだから。俺だって、意識くらい気力でもたせる。
「『遮音』……助かった。お前が来てくれて本当に助かった」
「あぁ、これはちょいと高くつくぜ?」
「ま、待て待てどういう事じゃ?その姿……ノガミ、とは言っていたが、どちらもジンではないか。なぜ二人が同時にここに……?」
「そりゃ、俺がジンでもノガミでもねぇ、変装の達人だからだよ」
ローブを脱ぐ動作の最中、一瞬全身が隠れた隙に、ヤツの姿は俺から金髪美少女のソレへ変化する。
暗殺ギルドで俺が最も親しく最も信頼している、男か女かわから―――否、女。
名前はカルマ。本名は知らない。素性も一切わからない。
ただ一つ言える事は、この状況を大きく変える事が出来る唯一と言っていい人間だという事。
「初めましてお嬢さん。俺はカルマ。よろしくな」
「挨拶は後にしてくれ。カルマ、金は払うから、もう一回変装してもらって良いか?」
「わーってるって。ってか、俺がアイツに見えない様にしろって合図した理由がソレだからな」
「……ほんっと、助かる」
「おうよ。―――んじゃ、この剣はお前に貸してやるから、頑張ってこい」
瞬きの一瞬で美少女から今の俺と全く同じ姿に変化したカルマが、肩を叩いて激励してくれる。
俺はその言葉に頷き、懐から黒いローブといつもの仮面を取り出して、身に纏った。
「………ローラン」
音を一切聞こえなくさせる魔法を使っているから、氷塊越しのアイツには聞こえないだろう。
だが、言うタイミングが今くらいしか思いつかない。
「お前は良い奴だよ。世間一般で見りゃ、暗殺者はただの犯罪者だからな。それを暗殺者をやめさせるだけで許すって言うのは、かなり優しい意見だ。―――けど、俺にとって暗殺者は憧れなんだ。それを否定するヤツを、邪魔するヤツを、俺は見過ごすわけにはいかない」
思えば、こんな事を誰かに言うのは初めてだ。
「本気で相手してやるよ、ローラン。お前は俺の―――最大の敵、だからな」
『狂乱』を発動し、氷塊を砕く。
粉々になった氷がキラキラと輝きながら消えて行く中、ついにノガミとしての俺と、今まさに超スピードで成長し続けているローランが向かい合う。
―――傭兵と暗殺者の、決着は近い。
友の為に何度傷ついても強くなって立ち上がる男と、かませのようなセリフで驚きつつこの先厄介だからと殺す事すら視野に入れた男。
もうどっちが主人公かわからなくなってきましたね。
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