本当にそれで良いのか
※祝福先行紹介※
『渇望の祝福』
願いを増幅させる祝福。発動した相手を欲望の奴隷とし、間接的に操る事が出来る。
目の前に人参をぶら下げて馬を走らせるのを想像するのが一番わかりやすいだろう。
「お、おう」
少し経って、俺がやっと発せた言葉がソレだった。
強大な力と自我を持つ剣、ダインスレイヴが「剣の姿がダメならばー」的な事を言い始めた時点で、人の姿に変身するお約束展開が来る事は予想できた。
しかし幼さの残る声をしている癖に、何故か見た目は妖艶なお姉さんの姿。ギャップが強すぎて混乱してしまう。
「なんじゃその薄い反応は。お前好みの姿ではないのか?」
「そうは言われても………声と見た目が違い過ぎるだろ」
「それは仕方のない話じゃ。我の本来の人間形態を、力で無理矢理成長させた姿じゃからのぅ」
「なんで態々成長させたよ」
「?お前の好みとはつまり、乳のデカい女じゃろ?」
コイツは俺の事を何だと思ってるんだ!?
確かにガルムの胸はデカい。というか全体的に肉感的な体をしている。
しかしだからと言って、俺がそれだけで選んだと思われては心外である。
眉間を揉みつつ、深く、それはもう深くため息を吐きながら、彼女の間違いを訂正する。
「あのな。ガルムの魅力は別にソレだけじゃねぇから。性格とか、内面的な部分にも惹かれた訳でさ」
「でも結局乳じゃろ?あぁ、我の乳が偽物だと思っておるな?案ずるな。この肉体は今まで我が切り裂いた血肉を元に形作られている。奪った命、魂によって受肉したのがこの人間形態だ。この体は既に人間と全く同じ。子だって成せるぞ」
「だからそういう話じゃねぇって!」
だから俺はコイツを封印したんだ。
この話の通じない感じ!自分の考えが絶対だと確信してるせいで、妙に会話が成立しない!
不思議で仕方がない、と言った顔を見せながら、自分の胸を持ち上げて揺さぶる。妖艶な大人の姿でやっているせいで、興奮よりも違和感の方が強く感じられてしまうのが何とも言えない。
「っていうかさらっと恐ろしい事言ったなコイツ……」
「ダインスレイヴは概念的なモノだろうとなんだろうと一度物質化して破壊する能力があるからな。大方切り捨てた後の命や魂を取り込んで、肉体形成に使ってるんだろうさ」
「その通りじゃ。だから一度変身したらしばらくは戻らん。勿体ないからのぅ」
「……そしたらジンの武器どうするんだよ」
「あっ」
「え?」
ガルムの言葉に、ダインスレイヴは大口開いた間抜け顔を見せる。
それはまさに、「盲点だった」と言いたげな表情で。
………え、まさかコイツが人間の間、俺の武器無しなの?
てっきり剣としてのダインスレイヴの分身体か何かが出てくるモンだと思ったんだけど。お約束的に。
「……素手で我慢してもらう他ないのぅ」
「ふっざけんな!!なんのために態々約束の時が来た事知らせに来てやったと思ってんだオイ!!」
「し、仕方ないじゃろう!お前がそんなボインを連れてきて、結婚するだの言い始めるから!」
「だから胸で選んだわけじゃねぇし!お前がいくら人間になれてもガルムが一番なのは変わらねぇからさっさと剣に戻れ!」
「よ、良いのか?我が剣の姿に戻ればしばらく人間の姿に変われぬだけではなく、この成長状態への変身の為に消費した力の補填の為に無差別殺戮を要求する事になるぞ?具体的には国二つ分」
「なんでだよ」
「言ったじゃろ。この姿は本来我が変化する人間の姿よりもさらに成長した物!ついでに乳と尻の肉付きを良くするために力を奮発して使ったから損失が多いんじゃ!」
「何無駄に消費してんだお前は!?」
「お前の好みに合わせてやっただけじゃ!!」
だから別にそういう訳じゃ……!と言葉に詰まった瞬間、彼女は思いっきり身を投げ出して、手や足をバタバタさせて喚き始めた。
いや子供かッ!見た目妖艶なお姉さんなのにクソガキムーブすんなッ!
「嫌じゃ嫌じゃ!この姿、結構気に入ったのじゃぁ~!!」
「我がまま言うんじゃありませんっ!なら良いのか?お前が剣にならないなら、俺はまたお前以外の武器に頼る事になるぞ?」
「もうそれで良い!そもそもお前は強すぎる!我の力があろうとなかろうと変わらんじゃろ!」
「プライドとかねぇのか……!?」
もはやコイツは、武器としての自分は二の次になったらしい。それで良いのか最強の魔剣。
駄々をこね続けるダインスレイヴに、俺は一周回って冷静になって来た。
というか疲れた。なんで徹夜明けにコイツと大声合戦なんてやってたんだ俺は。
「はぁ……なんか、色々と……うん」
「これで他の武器が使えるんだから良いじゃねぇか。それより、そろそろ出ようぜ。ここ、なんか息苦しくって居心地悪ぃ」
「だな。―――ほら、行くぞダインスレイヴ。お前はもうその姿のままでもいいから、取り敢えず出てこい」
「む、待て。まだそこの女との婚約破棄が」
「しねぇよ!」
※―――
ダインスレイヴを回収すれば、もうギザドア邸に長々居座る理由も無い。
王としての職務が残っているガルムが先に獣王国へと帰宅したのもあって、俺はその日のうちにリストバルナ(アステリアの王都)へ戻る事にした。
だが、今まで通り『狂乱』発動からの全力ダッシュという訳には行かない。ジン・ギザドアとしてもある程度の注目がされている今、リストバルナとギザドア領を高速で行き来するのは悪目立ちしすぎる。
という事で珍しくのんびりと馬車旅を楽しむ事になったのだが、移動開始から二時間程が経過した時点で、事件が発生。
「……こりゃ、不味い事になりましたぜ、旦那」
御者の男が冷や汗を拭いつつ呟く。
馬車で走れる一本道。そこを塞ぐように、巨大な魔物が居た。
動物で例えるなら、熊が一番適切だろう。しかしそのサイズは並の熊の三倍はあり、腕が四本生えている。
恐らくはエレメントと融合した魔物……それもかなりの上位種だ。目の前に佇んでいるだけで相当な圧を感じる。
「幼稚な殺気を感じると思うて見て見れば、なんじゃ。可愛らしい子熊がおったとは」
「子熊か?コレ」
「我は長い時代を生きて来たが故に、こやつの同種も何匹か見て来たが……うむ。その中ではちと小さい方じゃの」
「これで小さいって事は、大人になるとどんだけなんだか」
「ちょっ、の、呑気に話してる場合じゃねぇですって!すまねぇがあっしは逃げさせていただきたく―――」
「気にするでない。この程度の熊、殺して食うてやろう」
意気揚々と馬車を降り、熊の方へと歩いていくダインスレイヴ。
御者の男が「正気か!?」と目を見開く中、彼女は唸り声をあげ威嚇してくる熊に対し、そっと手を伸ばした。
そして次の瞬間、熊の体は細切れになった。
「へっ!?」
「……凄いな。斬撃を召喚できるのか」
「流石じゃな。我の人間形態での戦い方を一目で看破したのは、それこそお前の一つ前の男だけじゃったが」
「俺よりもソイツのがすげぇだろ。俺と違って敵対状態の時に見抜いたんだろ?」
「まぁそうじゃな」
熊の血肉は一瞬で消失し、返り血も何も無く、ただ庭先の様子を確認しただけみたいな様子で、ダインスレイヴは帰って来た。
表情を見るに、力を振るったはいいが物足りなさ過ぎたようだ。
あの熊を一瞬で屠っておきながらこの表情とは、随分と頼りがいがある。
と言ってもダインスレイヴの本領はやはり、誰かに使われている時にあるのだが。
しばらくの間呆然としていた御者は、ダインスレイヴに「早う行け」と急かされ慌てて馬を走らせた。
心なしか速度が上がり、運転が荒くなったような気がする。
ダインスレイヴの戦闘を見て、御者も馬もビビったんだろう。さっさと仕事を終えて、俺達と解散したいって所だろうな。
俺としては安全運転を心がけて欲しい所だけど。
「しかし流石だな。手を握って開く動作ですら必殺とは」
「我が攻撃の意思をもって行動した時点で、敵は切り裂かれる。とは言え因果干渉は今回限りのサービスじゃがな。コレも命を喰らわんと使えん。あの熊が相当ため込んでくれていなければ使わんかったさ」
「……それをストックして、さっさと剣状態に戻れるようにだなぁ」
「ふんっ、ここで活躍しておかんと我の影はまた薄くなるじゃろうが」
「ガルムとはしばらく会えねぇし(会いに行かないとは言っていない)お前の影が薄くなることはねーよ」
「嫌じゃ!もうお前の言葉は、ことそういう話題の時は信じぬ!」
まーた駄々をこね始める。これが本当に最強の魔剣か?
―――ダインスレイヴ。
この世界では、その名が意味する物は『屠る者』。
時に因果律すら干渉し、時間軸を超えて敵を殺す。破壊する魔剣。
柄に触れた人間の精神を破壊衝動一色で塗りつぶし、一振りするだけで街を一つ滅ぼす程の一撃を放つ事すらできる強大な力の塊。
それが人の姿を取り、黙って窓の外を見つめているだけでこの世の殆どの男をたぶらかせそうなミステリアスな美人姿となっているのに、中身がポンコツ過ぎてただの面白い人になってしまっているのが、逆に見ているこっちがいたたまれない。
そりゃ、生まれてからこれまで、触れただけで皆狂うせいで碌に人と会話して来なかったらしいし。いくら自我があってもあまり成長していなくて当然かもしれないが。
「あぁ。一応先に断っておくが、この姿で扱えるのはさっきの二つだけじゃぞ」
「………やっぱり剣に戻るつもりは」
「無い。自動で戻るまではこのままで居てやる。―――我のプライドは今、剣としての使命は二の次。お前のハートをズッキュン射抜き、アベックになってやろうと」
「古いなその言い方!ってかどこで学んだソレ!?」
「先代の心の中身をちょちょいと」
「アイツそんな昔の人間だったか……?」
普通の男子高校生と言った見た目だった気がするが、俺の勘違いだろうか。
いや、もしかしたら俺が死語と認識していただけで、まだメジャーな単語だったのかも……別にこの話はどうでもいいじゃん。
さらっと言ってたけど、コイツもう「剣としての使命は二の次」とか言い出し始めたぞ。
神の時代に生まれた最強の魔剣が、二の次って言っちゃったぞ。
「まぁいいや。俺はちょっと諸事情で戦えないから、道中の護衛は任せたぞ」
「うむ、任せておけ。人の姿なれど我は剣。お前を守る盾も、敵を屠る刃も、なんでもこなしてみせよう」
手始めに周囲の生命反応を根絶やしにしよう。
そんな物騒な事を呟き、彼女は自然な動作で立ち上がり、指を鳴らした。
悪路に揺れる馬車はそこそこうるさいが、それでも聞えて来る。
まるで肉が切断され血が噴き出し、死肉が倒れていく音が。唐突にバラバラになる中、運よく声を上げられた者の断末魔。
―――いや、ここら辺は基本的に人間いないけど。
「別に俺達の進路を妨害してきたわけじゃねぇのに殺す必要はないだろ」
「どうせ終いには皆殺し。ならば今のうちに手を打ち、ゆったりとした時を過ごしたいと思うてな」
「お前クビな」
「ク……?いや意味は分からんが絶対碌な言葉ではないなソレ。悪いが聞き入れんぞ。おい、聞いているのかジン」
話にならねぇ、と瞼を閉じ、頭を体を微かに休める。
何か文句ありげなダインスレイヴが揺さぶったり喚いたりするのをゆりかごやBGM代わりに楽しみつつ、俺は意識を次第に、ゆっくりと落としていき―――。
「だ、旦那!起きてくだせぇ、旦那ぁ!」
「んぁ?どうした?」
御者に肩を叩かれ、寝ぼけ眼を無理矢理開く。
眠い。眠いが、見た所夕方。そこそこな時間寝てたな。
「今度はどうした?ダインスレイヴが変な殺し方で遊び始めたとかか?」
「い、いえ。もっとやべーです。そのぉ」
「ジン。客がおるぞ」
「客ぅ?」
周囲を見渡すと、鎧に身を包んだ男達が各々武器を構えて俺達を囲んでいるのがわかった。
なるほど。盗賊だな?にしてはどこかで見た事あるような鎧だが……。あっ。
「……久しぶりだね、ジン」
「あー、おう。一応だけど質問良いか?―――もしかして、俺の仕事がわかったから来た感じ?」
「………あぁ。残念だよ。残念だけど、友として正さなければならない。―――暗殺者なんて仕事は、僕の友人には似合わない」
真正面で一際強い存在感を放つ、金髪のイケメン。
豪壮な鎧に身を包んだ彼は、まごうこと無き聖騎士……だが、実際の役職は違う。
―――傭兵。自分の命を金で売る商人。
他人の命を金でやり取りする、俺達暗殺者の対極かもしれない存在。
あぁ、そうだった。言っていたな、ビットリアで。
暗殺者ギルド所属の暗殺者は全員犯罪者。常に逮捕の機会がうかがわれているって。
「抵抗は好きにしてくれて構わないよ。ただその代わり、俺も手加減はしない。―――『聖光』、発動」
ローランの右目が銀色の輝きを見せる。
純白が彼を包み、剣はただの鉄剣から聖剣へとその在り方を変えた。
「………ジン。君は殺さない。捕らえた後も、酷い目には合わせないように進言する。―――だから、どうか目を覚まして欲しい。暗殺者なんて仕事に、夢も希望も無いって。あるのは血に塗れた欲望だけさ。君のような原石に、暗殺者ギルドは似合わなすぎる」
「夢も、希望も……か」
弓を引き搾る音が聞こえる。槍を力強く握りしめる音が聞こえる。
後退る音、前へ出る音、静かな呼吸、そよ風の流れる音。
静寂の中で、俺はローランの言葉の内、一部分を何度も頭の中で反芻する。
暗殺者に、夢も希望も無い?血に塗れた欲望だけ?
――――ふざけんな。
「本当に良いのかよ、そんな口説き方で。俺の心を掴むにゃ、ちょいと言葉が悪すぎるぜ」
拳を握りしめ、ローランを見下ろす。
絶え間ない鍛錬と、竜の試練を突破して手に入れた最強格の『祝福』。それに裏付けされた圧倒的なまでの『強さの自覚』は俺の睨みなんて全く意に介さず、それどころか抵抗を確信したのか、さらに威圧感が増した。
だが、良い。良いだろう。もっと力を出せ、俺はソレを踏みにじって超えていく。
前世からの俺の夢を、俺の希望を、ただの血に塗れた欲望と断言したお前を。
―――俺は、決して許さない。
ここ最近、本当に伸びが良くてとても嬉しいです!
なんとかペースを上げて、もっと色んな方の目につくようになれば良いなと思っていますので、応援よろしくお願いします!
感想評価ブックマーク、よろしくお願いします!




