独壇場
※祝福先行公開※
『誇大の祝福』
突然変異のオークが与える『試練』により手に入る『祝福』。所有者を自信過剰にし、万能感を与え続ける。
しかし気分が高揚する以外の効果は特になく、所謂ハズレ枠として扱われている。
ルシファーが軽く右手を振るうと、四肢を切断され傷口を焼かれた魔人たちが一斉に回復し、立ち上がる。
魔法によるものだが、当然のごとく無詠唱。
ジンが似たような事を先程やってみせたが、それとはまた違う手法での奇跡的な現象。
ともすれば神の御業と言われてもおかしくはないソレを、彼は特に誇る事無く話を始めた。
「『七人の魔王』を中心とした今代の魔王軍に対し、人勢力は妨害という手を選んだ。つまりは召喚勇者や大規模儀式魔法を、私達への攻撃ではなく、我らからの防衛のみに起用したという訳だ。それが意味する所は、腹の探り合い……知略を競う、頭脳戦に持ち込まれたという事。元より数で劣る私達は、勝利後の支配に備え、人勢力の挑む手法に則って戦う必要がある。敗北を認めない勢力を生まない為にね。私達の強大な力を以って攻め入るのではなく、連中の妨害を躱しつつ内部からの崩壊を誘発させる事になった訳だ」
「それで最初に狙ったのが獣王国だった、って訳か」
カルマの言葉に大仰に頷く。
獣王国は強者を王に選ぶ。つまりは世襲という概念が実質存在しない為、自分にとって都合の良い者を王にさえしてしまえば、裏から国を支配する事も可能という訳だ。
と言っても王が自由に政治が出来るのかと言われればそんな事も無く、政治だとかの補佐を行う貴族達(こちらは世襲)によって色々と口出しされたりするので(王が好き勝手できない法律が建国時点で成文化されている)王になれば何でもできるという訳でもないが。
その程度の事はルシファーにかかれば何とでもなるし、気にする事でも無かったのだろう。
「獣王国を本格的に狙い始めたのは約百年程前。そして君たち姉妹を発見したのが四年前だ。他の候補が霞むレベルの素養を持つ君たち二人を利用して、獣王国を裏側から支配する事に決定し、最初の記憶改竄を行った。それがそう、君たち二人で大きく話が食い違った、ファザム山の一件だ」
さらっと相当な年数を口にしたが、実際ガルムもリュカオンも数百年に一人レベルの逸材なのでおかしな話ではない。
ガルムとリュカオンから鋭い視線を向けられつつ、ルシファーはいっそ懐かしむような表情で語る。
「君たちがファザム山へ向かったのはとある病に効く薬草を採取する為。しかしその病に侵されていたのはリュカオンではなく君たちの両親。流行り病の一種だったからね。両親以外にも多くの人が罹患し、どうしてもその薬草を手に入れなければ治せないという状況に陥っていた訳だ。―――私の記憶改竄魔法は少し面倒でね。完全に一から存在しない記憶を作るのは手間なんだ。だからあの日、何が起きても不思議ではないあの山に二人で向かってくれたのは、私にとってかなり幸運だったと言える」
「ふざけた事を!」
「君たちの力では採取できなかっただろう薬草を取って来たのは私だよ。働きに対する正当な報酬だと思うがね。まぁ冗談はともかく、あの日君たちに記憶操作を施した時点で、このシナリオは完成していた。優れた姉と劣った妹の確執。王の座を巡っての争い。それに対し魔王軍が力を貸し、事実上の支配権を獲得する流れがね」
「……ま、さか。私の、この『憎悪』まで」
「良く気づいたね。二つの意味で正解だ。君は元々姉に負けず劣らずの素質と実力を持っていて、その上で一緒に山に登り、一緒にファフニールに敗北した。あぁ、ファフニールと遭遇した記憶は事実だよ。たった三度の攻撃で飽きて去っていた事も含めてね」
重力に苦しめられながら、愕然とするリュカオン。
あっさりと伝えられた真実は、彼女の心を容易に砕く。
手にした力も、目的も、願いも、何もかもが嘘だった。
そしてその嘘のせいで失った物は、あまりに多く。
「あ、あぁ、あぁああああっ」
「最初の改竄では、リュカオンが弱者であることとガルムが王女となることを夢見ているということを与え、リュカオンに『憎悪の祝福」を与えた。ああ、知らないだろうが、私の『祝福』は他者に『祝福』を与えることができるんだ」
「なるほどな。わざわざ与えたってことは、『憎悪』には憎しみの感情を増幅させる効果でもあったのか?」
「その通りだよ。おかげでリュカオンがガルムを憎むことに疑念を抱かず、御しやすくなった。殺意が高まりすぎて、あの『狂戦士』を利用し始めた時は流石に焦ったが」
リュカオンを押しつぶす重力は既に消えているが、彼女は地面に這いつくばったまま動かない。
微かに嗚咽を漏らしているのが聞こえてくるのみだ。
それを一瞥し、ルシファーは破壊された壁の前に立つ。
「ガルムへの憎悪は、王の座を狙わせるのにとても都合が良かった。ガルムの手に入れた物を奪い、殺す。それがリュカオンが王女になろうとした理由さ。そしてそれは当然、私が作った物」
「そりゃ、随分な手間だったろうな」
「ああ。ガルムはともかく、リュカオンにはかなりの頻度で記憶改竄を施したからね。万が一、何かのはずみで記憶が元に戻っては面倒だ。秘密裏に事を進めなければならなかった以上、強硬策に出る訳にもいかなかったしね」
今は違う理由で強硬策に出られないのだが、と小さく付け足しつつ、ルシファーは城下を見下ろした。
街には祭りを楽しむ人々が大勢おり、誰も王宮での戦闘に気づいている様子はない。祭りの喧騒の方が、戦闘による破壊の音よりもずっと大きい証拠だ。
「ともかく、大まかな全容は今話した通り。ふふ、今まさに完成せんとしている、長い月日をかけた『作品』について話すのは中々どうして気分が良いものだね。世界を支配した後は、芸術に傾倒してみるのも悪くないかもしれないな」
「はんっ、勝ち誇ってはいるが、お前らの『天敵』はどうしたよ。まさか勝てる算段を思いついたとでも?」
「……『狂戦士』か」
今まで気分よく話していたルシファーは、途端に表情を曇らせ、眉間に皺を寄せる。
忌々しい記憶に、知らず威圧感が増した。
挑発するように笑ったカルマだが、戦闘能力を殆ど持たない彼女は、その威圧に知らず冷や汗を流した。
「誰もが知っている事だ、隠しても意味は無い。認めがたい事だが、私達はヤツに敗北した。それは恐らく、再度奴に私達が挑んだとて結果は同じだろう。アレは世の理の外にあると言っていい。だからこそ私達は『あの御方』の力を借りるべく行動している訳だが……まぁ、この話は良いだろう。―――確か、カルマと言ったかな?それと羊の獣人に扮している君はジン・ギザドアと言ったか。君たちは暗殺ギルド所属、つまりはこの話を持ち帰られては、ノガミが動きかねない訳だ。つまり、わかるね?」
「死んでくれ、ってか」
「あぁ、その通りだ。特にジン・ギザドア、君は彼らを一瞬で無力化できる程度には力を持っているようだし……獣王国の支配を目前として高ぶっているこの感情、少々発散させてもら―――」
言い切るよりも前に、その姿は消える。
呆然とする魔人たちの目には、先程自分達の四肢を切断した羊の獣人が剣を手に残心する姿だけが映る。
「な、なんなんだ、お前」
「なんだも何も、ただの辺境貴族だよ。―――ちょっと悪評が多いだけの、な」
※―――
リュカオンの開けた穴から飛び降り、先程俺が吹っ飛ばしたルシファーの下へと着地する。
人のいない場所を狙ったのが成功したのか、祭りの会場に墜落したルシファーの周囲に怪我人の姿は見つからない。
まぁ、誰も傷ついていないせいか、野次馬がそこそこの数いるんだけど。
というか誰も逃げようとしてないなコレ。ただ人が降って来ただけだと勘違いしてるまであるぞ。
一応ルシファーの奴、『祝福』の効果で威圧感出してるのに。
「不意打ちとは卑怯な事をするじゃないか。―――王宮からここまで、そこそこ離れているね。だというのに一撃でここまで……はははっ、どうやら想定よりも強いようだね、君は」
「あまり人の多い所で戦いたくねぇし、まだお前には色々聞きたい事もあるけど……俺やカルマを殺すってんなら戦わない訳にもいかねぇからさ。―――それと野次馬連中、離れとけ!!コイツは魔王だ!!」
どれだけ信じてもらえるか、と思いつつも取り敢えず祭りを楽しんでいただけの人々に声をかける。
当然ながら「魔王?何言ってんだ?」とか「また酔っ払いの喧嘩かぁ?」とか、好き勝手言うだけで動こうとはしない。
……しゃーない。巻き込まれても自己責任だな。
「野次馬を気にする余裕があるかな?『王威』」
ボゴォッ、と地面が沈む。しかし俺は重力が襲い来るよりも速くルシファーへ接近し、脇腹を抉る様に蹴った。
ガードが間に合わず、体は微かに宙を浮く。
恐らく、観衆には何が起きたのか見えなかっただろう。
それでも凄い攻防だと思ったのか、感心の声が伝播した。
「ごほっ。流石に舐めすぎたか。―――なら少し本気を出そう。『失墜』」
空に大量の魔法陣が展開し、大質量の魔力が雨のように降り注ぐ。
まき散らされる破壊を前に、流石に野次馬達も命の危険を感じたのか、慌てて逃げ去っていく。
しっかし相変わらず派手な魔法だ。これがネーミングまで含めてオリジナルってのがこの男らしい。
「今のを凌いだか。なるほど面白い」
「面白がってる場合かよ。周りにどンだけ被害出てるか、見えてねェのか?」
「私は魔王だぞ?たかが有象無象、何人死のうが関係ない。それより次だ。そうだな……偶にはこういうのも使ってみようか」
真っ黒な槍が俺の頭上へ無数に出現し、躊躇なく落ちて来る。
その場を跳躍して回避すると、俺の先程まで経っていた場所に大量のクレーターが生じているのが見えた。
ルシファーの十八番、『王威』の本当の使い方だ。
圧縮した重力の球体、重力球を操作して攻撃に転用する魔法……『傲慢』の力を持つルシファーだからこそ使える魔法だ。
「流石にSTAGE1だとキツイなァ。ヒャハ―――っとと。ともかく、これ以上被害が広がるってなったら俺も避けるだけって訳にはいかねェな」
「ほう?私もそれなりに遊んでいるつもりではあったが、君のその発言……さては祝福持ちか。それも出力を抑えていたと」
「あァ。ここまではお互いお遊びだったっつー訳だ」
最初よりも離れたところで、しかし見物は辞めない野次馬達へと視線を向ける。
人込みの中に目当ての人物がいる事を確認すると、視線と首肯で合図をし、鞘から剣を抜いた。
「はははっ、良いだろう。私も忙しいのでね。そろそろ終わりにしようとは思っていたんだ。―――改めて、愚かな観衆たちに向けてご挨拶と行こう。私は『七人の魔王』が一角、魔王ルシファー!この国の支配者となる男だ。とはいえ、この挨拶もすぐに記憶消去で忘れてもらうがね。万が一にも『狂戦士』の耳に入ったら、計画が大いに狂う」
「へェ……そりゃ、残念だったな」
「何?」
ぼと、と鈍い音が響く。
観衆たちは皆黙り込み、ルシファーでさえ混乱した様子を見せる。
何が起きたのか、わからなかった事だろう。
なんせ今の出力は、過去に魔王達を全員同時に相手取った時よりもさらに上。
「せっかく上機嫌に挨拶したんだ。忘れさせるなんて勿体ねェぜ?俺も、名乗りたくなっちまうくらい良い名乗りだったんだからさァ」
「なぁッ!!?―――い、いや、待て、なぜだ。おかしい。なぜここに……ッ!?」
「どォしたよルシファー。俺ァ変装を辞めただけで、ずゥッとここに居たぜ?ハハハハハッ」
仮面に指を触れさせ、今まで我慢していた笑いを漏らす。
肩を震わせ、切っ先で地面をカツカツと叩く姿は、まさしく狂人だろう。大変不服だが。
「その仮面、そのローブ、その口調その声その哄笑ッ!!なぜだ、なぜ貴様が―――ッ!!」
「改めて―――久しぶりだなァッ、ルシファアアアアアア!!ヒャハハハハハッ!!!」
「なぜ『狂戦士』がここに居るんだああああッ!?」
ルシファーの絶叫と俺の笑い声が轟いた瞬間、野次馬達は慌てて去っていく。
口々に、「ノガミだ!」、「殺される!」、「誰か助けて!」と、悲鳴を上げながら。
―――うん。ソレを狙っていたとは言えさ。
魔王無視して俺だけ怖がるとか、酷くね?
ジンたちはそれぞれ、『ジン→羊の獣人(男)』、『カルマ→牛の獣人(男)』、『ガルム→鳥の獣人(女)』に変装していました。
当然声や雰囲気等も変わっていますし、表情もある程度融通が利きます。
行動や発言だけは誤魔化せませんが。