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王宮侵入

翌日、俺達は当初の予定を大幅に変更し、早朝から王宮の侵入口へと足を運んでいた。


昨日あの後、祭りを楽しむ傍ら屋台を営む現地民から情報を収集した所、どうもパレードの前に王女から重大発表が行われるらしいという話を聞いたのだ。

俺はパレードの最後尾で登場しつつ、混乱する人々に対しゴールまでたどり着いてからようやく発表というのを想像していた為、少し驚いた。


本当だったらパレード開始直後の、リュカオンが姿を見せる前の僅かな時間を利用するはずだったが、急遽リスクの高い早期侵入作戦に切り替えた訳だが……隠密となると『祝福』を使う訳にはいかないし、少し不安が残るな。

とはいえ、依頼成功率100パーセントの名を穢すわけにもいくまい。いつもそうだが、全身全霊で行けば何とかなる、の心構えで行こう。


「前情報で知っていたとはいえ、随分入り組んだ城だな」

「侵入者対策らしいぞ。マルクが言ってたけど、王宮は神聖不可侵()()()()()侵入しようとするヤツが出てくるって。だから迷路みたいに複雑にして、好き勝手出来ない様にしてる。つってもそのせいで兵士が迷ったりすることがあるし、意味あるのかどうか怪しいけどな」

「カリギュラ効果ってやつだな」

「かり……?」

「やるなって言われるとその分やりたくなるアレだ」


無駄に長く入り組んだ廊下を走りながら話す。獣人は耳が良いので、本当なら会話なんかせずに真っ直ぐ王の部屋を目指すべきなのだが、ガルムは(戦闘中に一瞬気配を消す程度ならいざ知らず)全く音を消して走るなんて真似ができる訳がないので、どうせ遅かれ早かれバレるならと敢えて堂々としている。

と言っても響く足音はガルム一人の物だし、会話だって俺とカルマの声は相手以外に聞こえない特殊な発声の方法で行っているんだけど。


「あの角の先に一人。止まってろ」


要点だけをまとめた俺の言葉に、二人はすぐさま足を止める。

反応が良くて助かる、なんて笑いつつ、俺はさらに加速して、相手に悟られるよりも前に背後から掴みかかり、首を絞めた。


が、しかし。


「グッ!?が、うっ……!!は、離せ……!!」


本来俺の膂力は、基本的な身体能力において最強と語られる獣人のソレを遥かに凌駕する。前世ですら素手でコンクリートを破壊できるレベルまで鍛えられたのだ。そのノウハウを活かし、応用し、さらに鍛え抜いたのが今の俺。首を絞めて気絶させるなんて、本当なら一秒もあれば誰が相手だろうと成功しているはず。


しかし今の俺は、発狂して笑いだすリスクを考慮して『狂乱』無しでの敵の無力化を図っている。

つまり『狂乱』のデメリットである、非発動での戦闘中における超弱体化がかかり、敵を掴んでいるだけでも限界近いのだ。


ただ握力に至っては剣を持てないレベルまで弱体化してしまうので、現状これが最大火力。

頼む、落ちてくれ―――!!と必死に祈りながら相手の抵抗に振り払われない様に首を絞め続けている事、体感数分。やっと相手の動きが止まり、一気に体重が重くなった。

全身の力が抜けたのだ。


「はぁっ、はぁっ……げほっ、や、やったか」

「…………マジかよ」

「ふぅ……あぁ、お前ら。悪いな、待たせて」


汗を何度も拭い、荒い息を整えながら笑顔を繕う俺を、信じられないものを見るような目で見てくる。

無理もない。俺の実力を良く知るこの二人には、満身創痍の姿はありえない物だから。


「ど、どういう事だよ。お前、そんなに消耗して……」

「ふぅ……前に言ったろ?『狂乱』使わねぇで戦おうとすると馬鹿みたいに弱くなるって」

「嘘つけ。ノガミになる前も十分強かったろ」

「俺の素の力が弱いって話じゃねぇ。『狂乱』のデメリットだ」


体は重いが、回復はした。何度か拳を握って開いてを繰り返し、王女の部屋に向かって走り出す。


十分わかってた事だけど、やっぱり『祝福』無しは厳しいな。剣もまともに持てなくなるくらい弱体化してる癖に首を絞め落とせただけマシだと言えるが。


「使わないと、一般人以下のレベルに弱体化する……だっけ」

「その癖使うと発狂するからなー……ほんっと、『試練』を受ける前に『祝福』について聞いておくべきだった」

「あー、だからお前、普段あんな喧しいのか」

「や、喧し……まぁ、そうだけどさ。そういう訳だから、これからも迷惑かける」

「はんっ、今更何を」


小馬鹿にするように、呆れたように鼻を鳴らす。しかし込めている感情の割に、随分と頬が緩んでいるように見えた。


「……ほら、さっさと行くぞ。リュカが皆を集めるまで、もうそこまで時間は―――」

「気にする必要はないわ。何せもう、私がここに居るもの」


不機嫌そうにガルムが俺達を急かすも、廊下の向こう側から、聞き覚えの無い少女の声が聞えて来た。

ただ一人、ガルムだけが、その声に愕然とする。


「来るとは思っていたわ。どうやってノガミの庇護から逃げだして帰って来たのか、色々と聞きたい事はあるけど……まずは、久しぶり。お姉ちゃん」

「ッ、なんで!?」

「なんでも何も、実の妹よ?姿を変えたからわからなくなる、なーんて考えていたわけ?」


ゆっくりと足音を響かせながら近づいてくる。


ガルムと同じ狼の耳と尻尾を持ち、髪の色は黒く、瞳の色は金色の少女。ガルムの実の妹であり、彼女を殺し、王の座を奪おうとした少女、リュカオン・シィム・オルトリンデが。


姿を変え密かに侵入していたはずの俺達を当然のように認知しつつ、無防備な姿で堂々と。


※―――


(念には念を、とはよくい言った物ね。この変装、前もって知っていなければ到底わからない。きっと『祝福』の力ね)


見知らぬ獣人……のように見える三人を見つめつつ、リュカオンは内心冷や汗を流す。

血縁者なら簡単に変装も看破できる、なんて自信満々に言っておきながら、実際彼女が三人の正体を知っていたのは前もって部下を派遣して、その動向を確認していたからに他ならない。


部下を派遣していた理由は、ルシファーとの会話で今一度ノガミの動向を探るべきだと判断した彼女が、ノガミ自身の居場所がわからない為に彼の庇護下にあるガルムの調査を行うようにと指示した為である。


因みに、ジンやカルマが監視に気づかなかったのは、警戒範囲の外から監視をされていた事と、監視対象があくまでガルムであり、自分達には視線を殆ど向けられていなかった為である。


「まるで、俺達が来る事を知ってたみたいだな」

「さぁ、どうでしょうね?とにかく今大事なのは、貴方達がこの先どうなるか、だと思うけれど」

「はんっ、武器も部下も無しの丸腰で、良くもまぁそんな強気な発言が出来るな」

「貴方は……確か暗殺ギルドの、カルマ?だったかしら。口調と言い、品の無い女ね。それとも、男の姿に化けているからかしら」

「品性下劣はそっちの方だろ?実の姉殺してまで権力握ろうとする意地汚さ、逆に尊敬するぜ」

「私の目的も何も知らない部外者にどうこう言われる筋合いはないわ。―――それと、確かに私は丸腰だけど、無力って訳じゃないわよ」

「何?―――ぐぁっ!?」


轟音と共に、カルマが壁に叩きつけられる。代わりに、一瞬前までカルマが居た場所には、優雅にスカートの裾を揺らして残心するリュカオンが立っていた。


一瞬で移動し、そのまま蹴り飛ばしたのだ。


言ってしまえばその程度だが、ガルムはそれが信じられないらしく、目を見開いて叫んだ。


「なっ、どうしてリュカが……!?」

「あら、私が戦えるのがそんなに不思議かしら。ほんっと―――まるで私の事、わかってないのね」


今度はガルムの目の前に移動し、足を振り抜く。回避もできない彼女を容赦なく襲うかに思われたその一撃は、間に割って入ったジンの脇腹を蹴り上げ、天井へと叩きつけた。


『祝福』を発動せずに守ったのか、血を吐き出してそのまま動かなくなる。


「やっぱり呆気なかったわね。ネームドにもなれば真正面からの戦闘も相当の物だと思っていたけど……正直、期待外れって所かしら?まぁ、おかげでお姉ちゃんを殺すのに手間がかからなくて助かるんだけど」

「ッ、ま、待てよリュカ!アタシは、お前と話を」

「話?面白い事言うわね。一体何を話すって言うの?姉妹だから、家族だから、もうこんな事やめろって?」

「あぁ、そうだよ!それと、なんでお前がそこまでして王女なんかになろうとしてるのかって事も追加でな!元々戦うつもりはねぇんだ!頼むから、話をさせてくれ!」


目尻に涙すら溜めて叫ぶガルム。そんな彼女に、リュカオンは無言のまま右手を真横に伸ばし、虚空を掴む動作で答えた。


一見無駄にしか見えないその動作の直後、彼女の手には巨大な剣が握られていた。

それは、ガルムが無くしたはずの大剣。今彼女が使っているフランベルジュと違い、ただ巨大でなんの魔法も込められていないソレは、本来リュカオンには持てるはずの無い代物だ。


だって、彼女の知るリュカオンは、獣人にしては珍しく、鍛えていない人間程度の力しかないはずで。


鉄塊とも言うべき刃が容赦なく振り下ろされる。咄嗟にフランベルジュを取り出し防ぐが、その一撃のあまりの重さに呻き声を漏らす。


「リュカ……ッ!!」

「チッ、ここまでやってまだわからないの?私に、お姉ちゃんと話す事なんて無い。王女の地位も、何もかも全部私が手に入れるの。そして()()は、ソレを成すための力!」


ガルムを蹴り飛ばし、体が浮いて無防備な状態になった彼女へ大剣を投擲。

その切っ先が見事に突き刺さるかに思われたが、またしてもジンがそれを防ぐ。


『祝福』を使わずに。


刃は右肩に刺さってもなお止まらず、腕を切断しソレごと奥の壁へと突き刺さる。

欠損した部分からは大量の血が流れ、地面に頭から倒れ込んだ。


「ジン・ギザドアと言ったかしら。さっきから何?死にたいの?」

「……別に、死にたいなんて思った事は一度もねぇよ」

「だったらそこまでしてお姉ちゃんを……ガルムを庇う必要があるの?」


心底理解できない、と冷たい目を向ける。隠す事の無い不機嫌さは死にかけの彼にとっては途轍もない重圧となっているだろう。

しかしそれでもジンは、体は起こせないながらも、確かに笑った。


「依頼人は必ず守る。俺のモットーだよ。他所の三流とは違う。標的を殺す、依頼を完遂する、そんなの俺に言わせりゃできて当然。差が出てくるのは()()()だ、ってな」

「それは結構な事ね。でも、所詮は下っ端暗殺者でしょ。ネームドですらないジン・ギザドアなんて男は、このまま依頼失敗で死ぬのよ。大層な夢を語るだけ語って、実現させられずにね」

「―――それともう一つ」


リュカオンの嘲笑を無視して言葉を続ける。

瞬間、床に彼の体を中心とした魔法陣が展開され、淡い白い光が彼を包んだ。

光は徐々に強くなり、そして泡のように弾けた。


(欠損した部位を完全に修復!?それも詠唱無しで!?)


獣人にしては珍しく魔法の知識と理解が深い彼女は、彼を回復させたのが魔法であると瞬時に見抜き、だからこそ驚愕し、混乱した。


世間一般の人間が個人で扱う魔法は、妖精魔法か精霊魔法のどちらか。つまり、詠唱を必要とし、尚且つ発生する現象が固定化されている物である。


だというのに目の前の瀕死だった男は、詠唱する事無く魔法を発動し、本来あり得ない()()()()()()()という現象を起こして見せたのだ。

現実離れした光景に彼女は言葉を失い、悠然と立ち上がるジンを見つめる事しかできなくなる。


完全に復活したジンは、背後のガルムへと一瞬だけ目を向け、そして言葉の続きを口にする。


「俺はガルムみたいな女がタイプなんでな。好みの女の前でカッコつけたくなるのが男の子なんだぜ?リュカオン()

「ッ―――!?」

「そ、そんなバカな理由で、いくら回復が出来るからって、あんな怪我を負えるっていうの!?」

「良い女に尽くすって、中々良いモンだからな。それにまぁ、暗殺者としてどうかとは思うが、仲間を嗤われて黙っていられる程俺は大人じゃねぇんだってのもある」


さて―――。と、改めてジンは状況を確認する。


壁の瓦礫の中には絶賛気絶中のカルマ。彼の目には見えていたが、顎を蹴り上げられて脳を揺らされたようだ。復活はまだ先だろう。


眼前には無手のリュカオン。しかしながらガルムの前情報と大きく違い、中々のパワーで攻撃を仕掛けて来る強者。『祝福』があるなら話は別だが、使わないとなれば勝ち目はないだろう。


背後には顔を真っ赤にし、熱っぽい瞳でジンを見つめるガルム。尻尾をせわしなく揺らし、落ち着きなくピコピコと耳を動かす彼女は、言ってしまえば恋する乙女のようだった。

とはいえさっきの言葉でそんな簡単に惚れられるわけが無い、とどこか現実主義的に可能性を即否定した彼は、パッと見無事そうな彼女へとゆっくり近づいた。


「ガルム」

「な、ななななんだよ!?」

「この先はお前がやれ」

「!……アタシが、戦うって事か?」

「言っておくが単に俺が役立たずだからって訳じゃねぇぞ。そもそも、こうしてここに居る選択を……『殺す』んじゃなく『話し合う』選択をしたのはお前だし、それが出来ると考えたのがお前なんだ。『殺す』しか能の無い俺よりも、お前の方が適任だろ」


何より、姉妹喧嘩を部外者が代行するのは違うしな。


鞘から剣を引き抜き、ガルムへと手渡しながら微笑む。

敵を傷つけることに特化したフランベルジュでは無く、ただの無骨な剣の方が都合が良いだろうと。


受け取ったガルムは、力強く頷いて立ち上がった。

同時に、二人が話している間に大剣を回収したリュカオンが口角を上げる。


「やる気になったみたいね」

「……一つ聞く。リュカ、お前はアタシを殺したいんだな?」

「えぇ。貴方を殺して王女になる。そして私の悲願を叶えるの」

「そっか。ならアタシは話がしたいって思い(ねがい)の為に、お前に勝つよ」

「ふーん。一つ教えてあげるわ。戦いっていうのは、殺意の有無が勝敗を分けるって事!!」


言い終わると同時、両者の足元に亀裂が走り、轟音と共に姿がかき消える。

ぶつかり合う刃と刃の奏でる音は、どこまでも暴力的。


王の座を、願いを、命を懸けた姉妹喧嘩が始まる、合図だ。

ジンが気配を察知可能な範囲は最大約半径一キロメートル以内(体調、メンタルにより上下有り)ですが、最大まで警戒するのは大抵どうしようもなく追いつめられている時だけですので(そしてそれは滅多にない)今回尾行に気づいていなかったのもおかしな話ではありません。


もう少し本腰を入れてジンやカルマの方も監視を行っていた場合は、その限りではありませんでしたが。

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