リドゥリアン祭前日
この世界の祭りは、大抵が宗教色の強い物ばかりだ。
そりゃ、酒を飲み交わしたりバカ騒ぎしたりする宴会みたいな物が無いかと言われればそんな事は無いが、前世の形式に慣れ親しんでいる俺には少々盛り上がりに欠ける……というわけでは無いが、なんだか上手く言葉にできない不満が、あるのだ。
しかしリドゥリアン祭は例外で、まるで前世の祭りのように、楽しむだけ楽しめる。宗教とかなんだとかそういうイベントが一切起きず、ただただ出店を楽しんで浮かれているだけで良いのは、とても俺の性格に合っていた。
そんな祭りの前日。俺達は翌日にとても重大な事を控えている訳だが、この日ばかりは緊張感を捨てて楽しもうとしていた。
理由は一つ。変に焦燥感を抱えて臨むと、こういう時は必ず失敗するからである。
経験則だ。特に前世では何度もこれで酷い目に遭った。
当然、所詮やり直しの効く失敗だった過去の俺の失敗と違い、ガルムはこの一回を絶対にしくじれない。
だから今、祭りが始まる一日前から既に営業している出店を巡り、店主といくつか言葉を交わして物を買ったり飯を食ったりし、本当にただの観光客かのように楽しんでいた。
「いやぁ、美味いな!言っちまえばただの串焼き肉なのに、屋台で買ったのを食べ歩きとなるとなんだってこう、美味さが倍増するんだろうな」
「秘伝のタレとか、特別な味付けって訳でもないのにな」
「つーかこれの味付けただの塩だろ?やっぱ料理そのもの以外も、色々大事なんだなー。ま、アタシは料理作ったりとかしねぇけど」
「火加減間違えて爆発とかやらかしそうだもんなお前」
「なんでそれ知ってんだよ!?」
適当に言っただけなのに自分から明かしてくる。なんというか、ガルムらしい。
顔を真っ赤にし、尻尾をピンと張って怒鳴る彼女に、カルマが堪えきれないとばかりに噴き出す。
他でもないカルマに馬鹿にされた事で、ガルムは声にならない悲鳴を上げた。
「わ、笑うな!どうせお前だって、料理できないんだろ!?」
「ぷっ、くくくっ………いやいや。爆発はないわー」
「あああああああッ!!ジン!お前が余計な事言うから!」
「俺は冗談言ったら勝手に自爆されただけだぞー」
肉を咀嚼しながら雑な返事をする。
全く。そんなに嫌ならすぐに誤魔化すとかすれば良かったのに。
そういう事が出来ないのがガルムという女だとは重々承知しているが、ついそう思ってしまう。
因みにだが、俺達は現在カルマの『祝福』によって姿を変えている。いくら人込みの中で分かりにくいとは言え、流石に王女が居たら騒ぎになりかねないしな。
「因みにだが、俺は料理が得意だ。自慢じゃ無いがな」
「カルマがぁ?全ッ然想像つかねーけど?」
「はんっ、それならそれでも良いけどな。―――んでも、ジンは俺の料理の腕は十分知ってるぜ。な?」
「仕事前の小腹埋めにつって、弁当作って来た事あったな。確かにアレは中々美味かった」
いつぞや貴族の館に侵入する前に食べた弁当を思い出し、今肉を食べている最中だというのに腹が減って来る。
おかしい。俺は別に食いしん坊キャラとかじゃない―――いや、魚揚げ丼は別として。
「こ、コイツに負けてんのかよ、アタシ……!?」
「足りないねぇ、女子力ってヤツが。大方その他の家事も何もできないだろ」
「うぐぐ……事実だけどコイツに当てられると想像以上に腹立つ……!!」
「喧嘩はほどほどになー?それよりもほら、奥の方、なんか面白そうな屋台があるぜ」
店名は光を反射して良く見えなくなっているが、並んでいる商品を見るに、お面とかそう言った物を売っている屋台らしい。
お祭りのお面って、なんでか欲しくなるんだよな。それこそ前世じゃ毎年両親に強請ってヒーローのお面をつけて……やべ、過去を思い出して涙腺が緩むとか、まだまだそんな歳じゃねぇのに。
「さてさて、どんなのがあるか……は?」
「いらっしゃい、いらっしゃい!祭りは明日からですが、私達は元気に営業しておりますですよ!」
今まで良く見えていなかった屋台の全貌が見えてくると、俺はつい固まってしまった。いや、固まったのは俺だけではない。ガルムもカルマもまた、目を丸くして立ち止まっている。
屋台は俺の想像通り、お面を売っている店だった。
しかし置いてあるお面はキャラ物(異世界から来た勇者達が広めたキャラクター達のお面を販売する屋台は他の祭りでも多々見受けられる)ではなく、全て同じ物。
邪悪な道化師のような、不気味なお面。この世界に生きる人であれば大抵が知っているだろう模様は、どこからどう見ても、何をどう考えても、アレだ。
―――ノガミのお面だ。
「あっ、そちらの方々、このお面に興味がおありでありますですね!今なら三個セットでお得なクーポンをお付けするですよ!」
「えっ、あ、あー、いや。俺達別に……」
元気のよい少女が、お面をしっかり三つ持って近付いてくる。
慌てて俺が断ろうとすると、少女は少しムっとした顔を見せて語り出した。
「いけません、いけませんよお客様!確かにこのお面は、世界にその名を轟かせる『三大恐怖』の一角、『狂戦士』ノガミ様がつけておられるというお面のレプリカ。我らノガミ教団の同胞で無ければ、恐れてしまうのも無理はないかもしれませんです」
「の、ノガミ教団!?」
「はい。あ、もしかしてご存じなかったりしますです?ならノガミ教団についてもお話させていただくです!ささ、どうぞこちらへ!」
「えぇ……」
前にマルクとローランがチラっと言っていた程度の記憶しか無かった胡乱な教団がまさか実在し、こうしてその信者と対面することになるとは。
世界って狭いな、なんてどうでも良い事を微かに考えつつ、断らせてはくれなさそうだし純粋に気になるのでついて行くことに。
ガルムもカルマも着いてきてくれたが、カルマはもうすでに笑いをこらえていた。ふざけんな。
「ささ、どうぞそちらへおかけくださいです。今お茶を用意してくるですよー」
「いえ、お構いなく。それよりもさっさと説明して解散―――聞いてねぇ」
俺の言葉を無視し、店のさらに奥へと姿を消す少女。
これは長くなりそうだ、とため息を吐くと、ガルムが小さく俺の肩を叩いてきた。そしてその直後、耳打ちしてくる。
「ノガミ教団って、あの?」
「どの?」
「あー、一つ誤解してるらしいから教えておくけど、ジンはマジで何も知らねぇぞ。寧ろなぜコイツが一番知らないのか疑問なんだけどな」
「えっ?ノガミなのに知らねぇの?」
「やめてくれない?その言い方」
っていうかなんで二人は知ってる風なの?寧ろ知らない俺がマイノリティなの?
新聞にノガミ教団が何らかの事件を起こしたって内容を一度たりとも見なかったから、人畜無害と思って調査も何もせず放置してたのが仇となった感じ?
嫌そうな顔を見せた俺に、ガルムが呆れたような表情と共に、小声のまま簡単な説明をしてくれた。
「良いか?ノガミ教団ってのは、文字通りノガミ……つまり、お前を信仰する教団だ」
「おう。―――で?」
「?だから、ヤバい奴らなんだって」
「……は?」
「え?」
見つめ合い、数秒。俺が聞き返した意図が心底わからない様子のガルムに、仕方がないのでちゃんと言葉で尋ね直す。
「いや、悪いな。俺の察しが悪くて、前後の文脈の繋がりが全く分からなかった。それで、ノガミ教団ってのは何がどうヤバいんだ?」
「お前を信仰してるって事だけど」
「畜生ッ、勘違いとかじゃ無かった!!」
可愛らしく小首をかしげてくれやがるが、コイツは俺を信仰する事がヤバいという言葉がどれほどストレートな暴言なのかわかっていないのだろうか。
いや、この顔多分マジでわかってねぇな。
大声と共に椅子を倒しながら立ち上がった事で、奥の方から「何かありやがりましたか!?」と心配する声をかけられる。即座に何でもないと答えると、納得はしていないながらも茶の準備がまだ終わらないようで、少女自身は戻ってこなかった。
ありがたい。俺は今からガルムと、ついでに今のやり取りで腹を抱えて笑い転げているカルマにお説教をする必要があるからな。そんな事を初対面の人の前でやるわけにもいくまい。
「あのな。確かに単なる人間を信仰するなんてのはおかしな話かもしれねぇ。けどさ、その言い方。言い方よ。まるで『こんなヤツを慕うとかマジ信じられねー、やべー』みたいな言い方に聞えちゃうんだよそういうの。後カルマはいつまで笑ってんださっさと座れ」
「でも事実じゃん」
「言っていい事と悪い事があるだろッ!!」
「だっははははははっ!!」
「カルマァッ!!」
確かに『狂乱』を使っている間の俺、ノガミは異常者かもしれない。いや、異常者だ。
音も気配も何もなく突然現れて、その癖発狂しながらその場に居合わせる人間は殆ど必ず皆殺し。
『堕ちた不朽の英雄』を倒す前から、コイツも『三大恐怖』に名を連ねさせても良いのではないかという話が出る(四大恐怖になるかどうかという話が人々の間で上がったのだ)程に、ノガミは狂っている。
でもだからって、よりによって本人相手にそこまでストレートな暴言吐く事無くない?
何なの?俺が今まで獣王国に来ることを渋ってたのを根に持ってたりした?
「はぁ、もういい。それで?教団は普段何してるんだ?」
「それはアタシも知らねぇ。ヤバいって事以外は聞いた事無いし」
「ご安心を。それをお教えするのが私の仕事なのです」
お茶です、と言ってテーブルにカップを並べ、少女は一冊の本を取り出す。
そこそこの厚みのあるソレは、随分と使用感があった。
「ノガミ教団はそちらの方がおっしゃった通り『ヤバい』扱いされていますです。『三大恐怖』の一角を信仰なんてしているんですし、当然だとは思いますですがね。私だって最初は懐疑的な面もありましたし、何より教団設立当時のノガミ様は『三大恐怖』にすらなっておりませんでした」
「え、じゃあノガミ教団って二年以上前からあるって事?」
「はい。教祖様が本格的に布教活動を開始し始めたのが五年ほど前の事です」
「そ、そんな昔から……」
五年前と言えば、俺が今のノガミになった時期と丁度一致する。
まだ当時は頭のおかしい暗殺者がいる、程度で大した噂にもなっていなかったというのに、良くもまぁそんな宗教を立ち上げようと―――まさか、ノガミ教団が設立されたせいで俺が変に有名になった……?
いや、まだわからん。下手な憶測は一旦置いておいて、まずは情報を得られるだけ得よう。
後、勧誘されそうになったら全力で逃げよう。多分この子簡単に逃がしてくれないタイプだろうし、最悪暗殺者技術を利用するのも視野に入れておこう。
「朝と夜に一度ずつ、このノガミ様がお付けになられているというお面……を模した面に礼拝する事。最低限、義務はこれだけです。後は教義に書かれている事さえ守れば、自由でありますですよ」
「二度の礼拝だけ、ねぇ……ヴィレス教が厳しいってだけかもしれねぇけど、やけに緩いな」
「はい。何せノガミ様は『解放をもたらす者』でありますですので!『自由に生きよ。ノガミ様はその乱神が如き戦いぶりにてそれをお示しになられている』の一文の通り、ノガミ様は私達に、自由に生きる事を言外にお教えしてくださっているのですよ!」
「へ、へー」
目を輝かせ、両の拳を握りしめながら話す少女に、俺は密かに目を逸らした。
てっきりノガミ教団って、俺を敬っている体を取って、いざ殺されそうになった時に見逃してもらえる可能性を上げようー、とかそういう集団だと思ってたけど、存外宗教的というか、普通だった。
まぁ、俺の行動をやけに好意的に曲解させているとは思うけど。
「かくいう私も見ての通り、魔人というコンプレックスがありましたです。アステリア王国や魔公国ならいざ知らず、他の国では魔人は『魔王』を生み出す種族。望む望まないの云々はともかくとして、基本的には迫害を受ける側。バレリア帝国出身なのでありますですが、昔は父達も母も、兄弟達も、全員魔人的特徴を隠して生きる他ありませんでした。―――そんな時です。私が教祖様に出会い、そしてノガミ様のお話を聞かせていただきましたのは」
言われて改めて注視すれば確かに、少女の頭部には魔人特有の、黒い角が生えていた。
角、と言ってもどちらかというと石に近い物なのだが、詳しい事は研究が進んでいない為憶測しかない。
多分体内の魔力が固形化して溢れてきたモノって学説が正しいと、俺は思うが。
「ノガミ様は、暗殺者という職業でありながら己を隠さない御方。自由気まま、傍若無人に暴力を振るい続けるそのお姿、その武勇は、私に勇気をくださったのです。魔人でも良いんだ。恥じる事は何一つない……恐れず、自分も自由に生きて良いんだ、と。そう気づかせてくださったのです」
恍惚とした表情で少女は語る。
当然、まるで身に覚えのないような褒め称えられ方をされている俺は、居心地の悪さに貧乏ゆすりが止まらない。
別に自由に生きるとか恥じる事は云々とか、そんなのは他人に迷惑をかけない範囲なら全然好きにすれば良いと思う。俺も仮にこれが俺と全く関係の無い宗教の教えだとしたら入信を考えるレベルだ(この世界は無宗教を余り良しとしない。実際に神や奇跡が存在する為、信心深さが前世の比ではないのだ)が、生憎とこれはノガミ教団の教義。
そして俺はノガミ。一番入信しちゃいけない存在と言える。
ま、不味い。どうでも良いと放置するのは早計だったかもしれない。あの時点でカルマにでも調査を頼んでおけば良かったか。
いや、五年前からこの活動方針でやってるんだから遅いか。今更どうにかしようとしたところで。
「改めまして、私はフェイと申しますです。見ての通り、言っての通り魔人です。ノガミ教団には余り良い印象は無かったでありましょうが、この話から考えを少しでも変えてもらえると嬉しいでありますです」
結局、予想に反して勧誘の押しは強くなかった。ただ、興味があったらアステリアにあるノガミ教団本部まで足を運んでくれると嬉しい、とだけ言われた。
気を抜くつもりで始めた縁日巡りだったが、俺だけは少々考えさせられる一件と遭遇してしまったな。
ノガミ教団本部、今度侵入してみる価値はある。
俺の知らない所で勝手に宗教を作って、勝手に俺をトップに見立てるような教祖とやらに、一度会ってみたいからな。
余談だが。
勧誘の押しは強くなかった物の、それはそれとしてお面は買ってもらわないと(ノルマ的意味で)かなり厳しいとの事で、三つ買わさせれた。
お祭りテンションでも子供一人店によってくれないらしいとのことだ。お面が……というか、お面が想起させる物が怖すぎるのだと。
―――だから俺に言うなって言ってんだろッ!!泣くぞコラァッ!!