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断章 王宮の少女と魔王

豪華な椅子に腰かけた少女が、天井を仰ぎつつ溜息を吐く。

足をパタパタと揺らすその姿は、彼女の体の小ささも相まって子供のように見えた。


「誰?」


部屋に、ドアをノックする音が響く。少女が気怠そうに来訪者へ声をかけると、「ケイリーです」との返事が来た。その名前と声に、彼女はすぐに許可を出す。

入って来た狐の獣人の女性は、恭しく一礼すると、少女から口を開く許可を待ち始めた。


「なんの用?」

「まずはご報告を。以前シェンディリアへ送った手紙の返事が届きました。ただ一言、断ると」

「予想通りね。表向きには、まだ世界は何も起きていない。あの『狂戦士』が暴力で創り上げた束の間の平穏。それが続いている最中、公表されていない勇者召喚を見越しての訓練地立候補ですもの。怪しまれて当然ね」

「また『狂戦士』の動向についてですが、なんの情報を得る事も出来なかった、と」

「当然ね。命令しておいてなんだけど、あの『狂戦士』は実際に誰かを殺す時以外は影すら見せないし」


ケイリーの報告は芳しい結果を伝える物ではない。しかしながら少女はそれが当然と気にする事無く、爪を弄りながら適当に相槌を打っていた。


「……大丈夫、なのでしょうか」

「何が?」


声のトーンが低くなり、視線が下に向く。少女が彼女に目を向けると、ケイリーは綺麗な姿勢のまま口を開いた。


「ガルム様は未だに死んでいない。彼女を殺す為にと派遣なさったマルク様も黒影なる暗殺者たちも、皆撃退されたと聞きます。それなのに、死体を偽装して偽りの死を公表するのは……も、勿論、リュカオン様の作戦に異論があるという訳ではございませんが」

「んー、まぁ、気持ちはわからなくも無いし、その不敬は一先ず許してあげる。―――実際、お姉ちゃんは想定よりも自由に動けているらしいし……とはいえ私の狙いは知らないはずだし、今もアステリア王立学園で遊び惚けているはず。私が王座についた後でここに来ても、かつての王女を騙る罪人として堂々と処刑できる。問題は無いはずよ」

「し、しかし!ガルム様は現在、の、ノガミの庇護下にある可能性が高い、と……」

「ノガミの庇護と言っても、実際近くにいるのはジン・ギザドアとかいう辺境貴族の次男坊でしょ。暗殺者らしいけどネームドってヤツでも無いらしいし、仮にソイツと一緒に来たところで無駄よ」


手を振りながら少女、リュカオンは笑う。

そもそも、彼女に言わせればケイリーの心配は過剰な物だった。


『狂戦士』ノガミ。彼は実際世界最強の存在であり、『三大恐怖』という災厄の一つに数えられているわけだが、実際彼を深く知る者はそう多くない。

彼と直接会った事の無い人々の間で語られるノガミの話は、大抵が噂話か与太話。真実も虚偽も、悪ふざけとしか思えないでまかせも、全てが事実かのように語られている。

それ故に彼の実力を疑う声も多く、何ならその存在自体が疑われてすらいる。


ノガミは暗殺ギルドの作った法螺話であり、架空の人物に過ぎず、客寄せや他勢力からの攻撃を避けるための嘘でしかない………と。


流石に存在までは疑っていないが、リュカオンもまた彼の実力を疑う者の一人だった。


実際、彼女にとってノガミは未知数。仮に実在するなら絶対的な力を持った狂人。人とあらば殺し、生ある万物を肉塊へと変える獣。

しかし蓋を開けてみれば、リッツァ盗賊団は跡形も無く壊滅したとはいえ、ガルムは比較的自由に生きている。部下に何度調べさせても、アステリア王立学園での暮らしを謳歌しているだけにしか感じられない。


そのため彼女は、ノガミはガルムよりも弱かった、という認識を抱く事になった。

今彼女がアステリアで学生をやっているのは、大方自分が実は弱かったと知られないようにするために金を払って引きとどめているからに違いない。彼女はそう考え、部下や『協力者』から何度も「ノガミに気を付けろ」と言われてもまるで気にすることなく、表向き注意しているような素振りだけを見せていた。


そうしていれば部下達もいずれはあの取るに足らない狂人の事を言わなくなるだろう……そう思っていたが、現実はこの心配っぷり。無駄な事をしたわね、なんて内心呟きながら、口では納得の声を出しつつまるで不安がぬぐえていない表情を見せるケイリーを見つめる。


噂話でしか知らない男と、その男が殺そうとしたはずが今もなお生きている獣王国最強の女。この状況を見てなお男の方の強さを信じるなんてどうにかしている。

とはいえ『協力者』が惨敗したと語っていた以上、それなりの強さはあると考えてはいるが。


「……それよりも、リドゥリアン祭の準備はどう?」

「はい。平民たちの屋台設営から、リュカオン様の戴冠式並びに各種セレモニーの準備は全て順調。明日の祭りは、歴史上最もと言える盛況具合となる事間違いなしです」

「そうね。何せ明日は、私が王座に就く日。―――お姉ちゃんみたいな戦闘能力だけのバカが王位を手に入れる時代の終わり。これからは、知恵という強さがこの国を、そして世界を握るのよ」


リュカオンは立ち上がり、街を一望できる大きな窓のある場所へ歩く。

眼下に広がるこの国全てを、ついに名実ともに自分の物とする。その期待に、彼女は知らず尻尾を揺らしていた。


「知恵が世界を握る……良い言葉だね」

「ッ!?」


瞬間移動でもしたかのように、突如彼女の隣に背の高い男が姿を現す。


長い暗褐色の髪に、金色の瞳。細身で長身の美青年と言った容姿の彼は、柔和な笑みを浮かべてリュカオンを見つめていた。


「いきなり女性の部屋に現れるなんて、良い趣味してるわね」

「今の私は軽々に人前に姿を現す事が出来ない立場なのでね。こうした来訪になるのは許してもらおう」


言葉の上では謝罪しているが、その実まるで反省していない様子の彼に、リュカオンは小さくため息を吐き、睨むように視線を向けた。


「で、なんの用?」

「いや、何。一早く、()()()()()()()の王女にご挨拶をと思ってね」

「同盟、ね。私にはあの契約は、獣王国が魔王軍に服従する物にしか思えないんだけど」

「貴方がどう思おうと、既に結ばれた契約ですよプリンセス。それも、他ならぬ貴方と私との間でね」

「……えぇ、それ以外に無かったもの」


魔王ルシファー。『三大恐怖』の一角、『七人の魔王』の一人。

それが今リュカオンの隣に立つ長身の男の正体であり、彼女の『協力者』だ。


苦虫を噛み潰したような顔を見せる彼女に、彼は城下を眺めながら語りかける。


「君は王座を望み、私の手を取った。偶然とは何とも恐ろしい物だ。ちょうど私が獣王国に干渉した時に、君が王女を追放しようとしていたなんて」

「白々しいわね。どうせお得意の魔法で機を伺ってたんでしょう?」

「さて、何の事やら」


飄々と答えつつ、指を鳴らす。すると虚空に穴が開き、リュカオンの姿が映像として映し出される。


否定しておきながらも敢えて監視能力を誇示するやり方に、彼女は不愉快そうに溜息をついた。


「あぁそうそう。明日参加できない分、今のうちに渡しておこう思ってね」


懐から小包を取り出し、リュカオンへ手渡す。明らかに怪しいソレを、警戒はしつつも受け取らない訳にも行かず受け取る。

特に許可を取ること無く包みを開くと、中には小さな黒い球体が入っていた。


「何?これ」

「薬のような物さ。もし万が一、君が何者かの脅威に―――それが未だ生きているらしい君の姉や、彼女を保護しているという『狂戦士』と出会った場合、戦う事になった場合。それを服用すると良い」

「不要よ、こんなものが無くても、ノガミもお姉ちゃんもここには来ない」

「果たして本当にそうだろうかね?」


意味深な笑みを浮かべ、ルシファーは遠くを見つめる。城下ではなく、そのさらに向こうの地平線を。


「私にはわかる。君はあの男を『取るに足らない弱者』だと考えているだろう?君の姉を殺すことも捕らえる事も出来ない、名ばかりの狂人だと」

「……まさか、心まで読めるの?」

「さぁ?とはいえ確かに、魔法か、或いは『祝福』があれば他人の心を読む事も可能になる……かも、知れないね。―――ともかく、その考えは止めた方が良い。あの男は当然実在するし、その実力は本物だ」

「一度負けた相手だからそう思ってるだけでしょ?」


彼女の言葉に、ルシファーは肩を竦めた。

そして次の瞬間、その右の瞳が虹色に輝く。

背後には左右四対の黒い翼……のような物が出現し、そのどれもがまるでホログラムのように半透明で、乱れた映像のように揺らめいていた。


同時に、室内を重圧が満たす。

いや、違う。彼女達が勝手に重みを感じているだけで、実際にはルシファーの存在感が異様なまでに増大しただけだ。


「この私が負けた相手だから、恐れているのだよ。―――あぁ、認めよう。『傲慢の祝福』を、魔王に与えられる七つの祝福の内最も強力なソレを持ち生まれた、頂点足る存在の私は、ただ一人あの人間を恐れている。わかるか?今君たちを地面に伏せさせているこの重みをただそこにいるだけで感じさせる私が、恐れるという意味が」


強力な『祝福』を持つ存在は、発動しているだけで周囲に影響を及ぼす場合もある。

『狂乱』もSTAGE3以上になれば周囲の人間の精神を蝕むし、『傲慢』は他の追随を跪かせる重圧を常時放つ。


汗を流し、息を荒くして首を垂れるリュカオンは、返事などできず。

しかしルシファーはそれを気にも留めず語り続ける。


「二年前、我々魔王とあの男は、互いに不干渉の条約を結んだ。世界的に公表された物だ。君達も当然知っているだろう。当時まだ『三大恐怖』になったばかりの人間に、『七人の魔王』は手も足も出せずに敗北したと」

「だからこそ、今の平和とやらがあるんじゃないの」

「あぁ。だがこうは思わなかったか?『なぜ魔王は殺されなかったのか。なぜ魔王軍は生き延びてなお、ノガミに対し報復する素振りを見せなかったのか』と」


『祝福』を解除され、重圧から解放されたリュカオンは、汗を拭いながら息切れしつつ口を開く。

それに対し新たな問いを投げかけたルシファーは、考える間も答える間も与えずに続けた。


「あの男は、命令が無ければ殺さない。或いは余程の理由が無ければね」

「……何それ。それが本当に『狂戦士』?」

「寧ろあの考え方こそが狂気的だと私は思うがね。―――時に君は、魔王軍がどれほどの被害を受けたか知っているか?」

「魔王が敗北したって話しか公にされてないけど……見る限り、すぐに復活できる程度だったんじゃないの?」

「まさか。魔王軍は全体の九割を失い、生き残った我々とその側近は全員瀕死。旧魔王城はヤツの一撃により消滅した」


取るに足らない存在であると考えつつあった男の戦績に、リュカオンは息を呑んだ。


『七人の魔王』の下に集められた魔王勢力、魔王軍。その総数は純粋な魔人以外を含めおよそ百万。戦力として扱える魔物も他国が知る範囲ですら万を超え、勇者であっても勝ち目は無いに等しい強さと数とを誇っていたソレを、たった一人がほぼ全滅まで追い込んだという。


なるほど公表されない訳だ、と彼女は密かに納得し、今までどうでも良いモノと扱っていたノガミについて、ついに考えを改め始めた。

なんせ、つい先ほどまで自分をただそこにいるだけでひれ伏させた魔王。そんな男が、よりにもよって敗北を決して認めないようなこの男が、敗北したと、恐れていると認めるような存在。

放置しておくのは、流石に無理があった。


「……というか、二年でかつての軍事力を取り戻したっていうの?」

「いや。兵力という意味ではかつての足元にも及ばない。―――だが、表立って行動をした場合の末路は既にあの男が直接示してくれた。なら、戦略を変えれば良いだけだ」

「それが私との間に結んだ密約、って訳?」

「その通りだとも」


大仰に頷く。その顔は自信に満ち溢れ、万に一つの敗北もあり得ないと思っている事が用意に感じられた。


「さて、私はそろそろ帰るとしよう。その薬を使う機会が無い事を祈っているよ、王女様」

「問題ないわ。私が王座に就くと、姉もノガミもまだ気づいていないでしょうし。仮に気づいたとて、私にはいくつか隠し玉がある」

「なら構わないがね。最後にもう一つ。―――私は、裏切者を決して許さない。それだけ言えばわかってくれるだろう?」

「はっ、私が裏切るって?不要な冗談よ。同盟の条件も、何もかも受け入れて今ここまで来たの。今更手を引くような真似はしないわ」


返事をする事は無く、ルシファーの姿は瞬きする間も無く消える。

魔法陣も何も無く転移した彼に、リュカオンは深くため息を吐いて、今の今まで置物と化していたケイリーへと声をかけた。


「……何か甘いものが食べたいわ。持って来させて」

「は。かしこまりました」


恭しく頭を下げ、ケイリーが退室する。ドアが完全に閉められ、足音が遠くなった所で、彼女は再び椅子に座り、脱力した。


「『狂戦士』……最後にもう一度、調べさせた方が良いかしら」


無駄だとは思うけど、と。


彼女の呟きは誰に聞かれる事も無く、部屋に小さく響いた。

『傲慢』を始めとした魔王専用の『祝福』は、勇者の『祝福』と違って同じ物を手に入れる『試練』が存在しません。

本当の意味で、唯一無二の力です。

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