いつもの四人、プラスアルファ
「え、しばらく学園を休む?」
「あぁ。お前らの事だから、前もって言っておかないとあること無い事言いだして面倒くさくなるだろうからな」
「ジン殿、それは聊か失礼なのでは?」
「日頃の行いってヤツだよ。まぁ、三日四日程度俺が居ないだけだから。また前みたいに勝手に俺の名前出して面倒ごとに巻き込むとかやめろよ、マジで」
目を逸らす三人。俺の拳に力が籠る。
アステリア王立学園の、屋外スペース。人気の少ない場所にある木陰で、俺達日陰者同盟はいつものように雑談に興じていた。
因みに俺が三日四日学園を休むのは、明日から本格的に獣王国内に侵入し、ガルムとリュカオンを引き合わせるからである。
普段の暗殺なら、夜の内にサクッと殺して終わりなのだが、今回はあくまで話がしたいという依頼。時間をかけ、目立ちすぎないように動かねばならないのだ。
「し、しかし休むためには申請書を受理してもらう必要があると聞く。審査が厳しいとも聞くが、一体どのような方便を?」
「そもそも嘘ついた前提で話すのやめねぇかな。別に、そのまま用事を伝えただけだよ。実家で色々あってさ。その都合で呼び出されちゃったって話」
勿論嘘だ。帰っていないからわからないが、今日もギザドア領はギザドア家含め平和真っ盛りだろう。呼び出されるような問題……家督争いとか、そんな話はしばらく無いはずだ。父母は全員若くて健康だし、そもそも俺は(ジン・ギザドアとしては)兄弟達以上に目立つような真似はしていない。
休暇願には特に適当な事は書かず、学園長にガルムを入学させた時同様に大金を払って許してもらった。やっぱ世の中金よ、金。
俺の説明に、三人とも同情するような顔を見せる。
まぁ、彼らも日陰者同盟なんて作ってはいるが貴族の端くれ。内一人は一応王位継承権持ちだし、権力闘争的な話題の大変さはよくわかっているのだろう。
「それは難儀な話ですな……しかしジン殿。仮に何かあった場合だろうと、己を責める事だけはあってはなりませんぞ。これは貴族と生まれた者の宿命のような物故に」
「その、なんだ?帰って来たら四人で飯でも食いに行こうぜ?」
「ふひ……選りすぐりの春画を用意しておきますぞ」
「なんかありがとな」
三人の優しさに、嘘をついている罪悪感を感じそうになる。普段はぶん殴ってやりたいと思うような事ばかりのコイツ等だが、やはり根は良い奴なのだ。
例えば、堅苦しい口調で、名前の後ろに『殿』なんてつけて呼んでくるのはロイ・ガタノソア。
かつてから宮廷魔法師(王家に仕える凄い魔法使いの事)を多数輩出してきた由緒ある家系の四男坊だが、魔法の才能がからっきしだった事で放任されている。中々厳しい幼少期を過ごしてきたらしいが、それでもグレなかった、性根の真っ直ぐな男。
容姿は緑の髪に琥珀の瞳をしたイケメン……なのだが、かけている眼鏡が絶望的に似合っていない為に日陰者となっている哀れな男である。
例えば、三人の中で最もノリが軽く、話し言葉が普通なのはネイト・アトラク。
彼の父、ゲルド・アトラクはアステリア王立騎士団の副団長を務める実力者であり、息子として彼はかなりの期待と注目を集めていたが、彼の姉や妹ばかりが活躍し、唯一の男児である彼は一向に頭角を現す事が無かった為、現在は放任されている。彼もロイと同じような境遇でありつつ、特にひねくれる事無く(と言っても中々軽薄な男だが)良い奴である。
金髪碧眼で顔は整っている、と箇条書きにすればローランのような男だが、過酷な鍛錬の末に顔面が裂け、治癒魔法で治しきれなかったために顔が歪んでしまっている為敬遠されがち。
例えば、良く俺に春画を勧めて来る、言動が古のオタクめいた男。彼はエルメス・ハスタ・アステリア。
先ほどチラリと言ったが王位継承権を持つ男。というか名前で分かる通り、王族である。しかも現国王の息子。本来なら俺達なんかとこうして外で駄弁っていて良いような男ではないのだが、彼の兄二人が優秀過ぎて彼は殆ど日の目を浴びることなく放任されている為、日陰者同盟に名を連ねている。
ネイト同様に金髪碧眼だが、肥満体型の為当然女子からの黄色い声は無い。というか、彼が王家の血筋である事、王位継承三位である事を知る人が俺達を除いて殆どいない。
三人とも確かに普段の言動は酷いし、俺の扱いも酷いし、少し考えれば文句なんていくらでも出てくるような奴らだが、しかし散々な境遇を乗り越えてなお平然としていられる強さを持っている。
何より不幸自慢とかしないし。
「して、いつ出立するので?」
「この後すぐ。急な召集だったから手土産とか準備が全然できてねぇし、買い物ついでにそのまま行ってくるよ。ま、お前らが変な事しないかって事だけが懸念点だからそこさえ何とかしてくれれば問題ねぇよ」
「ジンって俺達からの扱いに文句言うくせに俺達にやたら当たり強いよな」
「お前らからの扱いが酷いから似た態度で対応してるだけだ。―――それと、そこに隠れてるヤツは俺達に用があるから気を伺ってるって事で良いのか?」
「っ、気づいていましたの?」
顔を向ける事無く背後の木陰へ声をかけると、女子生徒が一人こちらへ近づいてきた。
金髪縦ロールの、まぁ美人な女。スタイルも良いし、やや目つきが鋭い以外は(少なくとも容姿に置いて)文句の一つも無い彼女は、なぜだろう、初対面のはずなのにどこか見た事がある。
誰だっけ、何か思い出せそうな―――。
「げっ、エリザ嬢」
「何が「げっ」ですの!!ふんっ、どこの誰の子息かは存じませんが、品の無さが悪臭のように漂ってきますわね」
「エリザ……あぁっ、ローランの!」
思い出した。俺は全く関与していないのに悪者扱いしてきた挙句、ローランと大勢の前で戦う機会を無理矢理用意してきやがった悪役令嬢!
ついでに思い出したが、コイツに要らぬ因縁を抱かれたのはこの日陰者同盟の仲間たちが俺を勝手に売ってくれやがったのが原因だったな。思い出したらイライラしてきた。やっぱ何らかの制裁は加えておくべきか……?
俺が思わず口に出した彼女のイメージは、どうもあまり気に入らなかったようで、少し眉を顰められた。
「確かに私はローラン様の婚約者ですけれど……んんっ。まぁ、この際その程度の無礼は許しましょう」「はぁ、どうも。―――それで、自分達のような卑賎の身に何の御用でございましょうか」
「あら、貴方は敬いという物を知っているようね。―――その、用があるのは、貴方なのですけれど……お名前は?」
閉じた扇子で俺を指す。
いや、敬いも何も結構雑だったぞ今の。慇懃無礼気味だったと思うけど、良いのか?
「自分はギザドア家が次男、ジン・ギザドアと申しますが……して、なんの御用でしょうか?」
「その……貴方に、謝罪をしようと」
「はい?」
耳を疑った。俺達がこの木陰で話し始めた時からずっと背後に居て、声をかける機会を伺った上で、用事は謝罪?
実際に会うのは初めてだからあまり言いたくはないけど、悪役令嬢ここに極まれりみたいな性格最悪の女なんじゃないのかコイツ。
素っ頓狂な声を上げたのは俺だけではなく、日陰者同盟全員が信じられない、という声を漏らした。
そりゃそうだ。俺にエリザ・カミュ・レストレアの悪役令嬢イメージを刷り込んだのは、他ならぬ彼らなのだから。
「だから!貴方に、その……悪い事をしたと。ローラン様に以前から言われ、ずっと……と、とにかく謝罪を受けなさい!」
「は、はぁ。なんかごめんなさい」
「貴方が謝ってどうするの!!」
なんだろうこの人、『狂乱』発動中の俺よりわけわからない気がする。
どっちが謝る側なのかわからないこの状況は、ちょうど昼食を先程済ませたという事もあって、眠気を強く誘う。あくびの一つでもしたい所だが、レストレア家は王族。現王家の分家なのだから、露骨に粗雑な態度を取って面倒ごとに発展されては困る。
「……えぇと、謝罪も何も、俺は特に何もされてませんし、何もしてませんよ?」
「そう、それよ。貴方は私に、何もしていないの。だからこそ謝罪する必要があるのよ」
「え?―――あぁ、もしかして俺が貴方の悪口なんて一度も言っていないってわかってくれたんですか?」
俺とローランが戦うことになったのは、今俺の背後で居心地悪そうにしている三人が濡れ衣を着せてきたからだ。
ローランとの戦いが比較的平和的に終わったし、それ以降特に何も無かったから気にしていなかったけど、そう言えば誤解を解いた覚えも解けた覚えも無かったな。
もしかして、ローランが「ジンがそういう事を言うとは思えないけど」とか言ってくれたのか?別にどうでも良いけど。
見ず知らずの女に嫌われた所で、頼みの綱のローランではどうしようも無いってわかれば、それ以上の干渉はしなかっただろうし。
彼女は俺の言葉に若干不服そうに頷き、そして深々と頭を下げた。
「見ず知らずの貴方が悪人であると勝手に決めつけ、迷惑をおかけしたこと。申し訳ございませんでしたわ」
「頭を上げてください。自分は別に貴方には何も思っていませんし」
そう。エリザには、何とも思っていない。そりゃ大勢の前でローランと戦わせてくれやがった事は文句の一つでも出そうになるが、元を正せばエルメス達が要らない事を言って、その責任をその場にいなかった俺に勝手に擦り付けてくれやがったのが原因なのだから。
俺が本当に気にしていないとわかったからか、彼女は目を丸くしつつ顔を上げた。
「心が広いのですね」
「いえ、咎の無い人間に厳しく当たるような真似をしないだけです。―――しかし、彼らのように貴方の立ち振る舞いに不快な思いを覚える者が多いとは聞きます。これを機に、改めてみるのはいかがでしょうか?」
「………えぇ、そうね」
あら、思ったより素直だ。それとこれとは別でしょう!とかキレそうなタイプだと思ってたけど。
やっぱり人って、実際に会って話してみないとわからないモンだな。
「話は以上よ。これから用事があるというのに、引き留めるような真似をしてごめんなさいね」
「いえ。お気になさらず。―――所で、普段は取り巻き……じゃなくって、ご学友を連れていると聞いていますが、お一人なのですか?」
「今取り巻きと」
「言ってません」
「そう。まぁ、仮にも王族として、他者に頭を下げる姿等、あまり大勢に見せるわけにはいきませんもの。適当な理由を作って、彼女達にはどこかに行ってもらっていますわ」
そうでしたか、と返事をしつつ空を見る。
日が沈み始めているのか、若干赤みがかった色をしている。
ガルムとは街で落ち合おうという話になっているので、そろそろ向かわないと文句が一つ二つ飛んできそうだ。
「では、自分はこれで。―――お前ら、マジでもういらん事するなよ」
「わ、わーってるって。大丈夫!」
「が、学内での事に対しなんら憂う事はありませんぞ」
「う、失った分はここで取り戻すんだな」
俺を売ったせいで面倒ごとに発展した例が目の前にいる為か、彼らと目が合わない。
本当に大丈夫なんだろうな、オイ。
※―――
集合場所に着くと、そこには予想通り不機嫌そうな顔をしたガルムが居た。
いや、予想通りというのは厳密には間違いかもしれない。なぜなら今彼女が不機嫌な理由は、恐らく俺の遅刻ではないからだ。
その証拠にほら、彼女のすぐ隣に金髪の美人が。
「珍しいな、お前がガルムと一緒にいるなんて」
「そっちこそ珍しいな、ノガミ。お前が予定時間ギリギリに到着なんて」
「ちょっと用事があってな。―――で、今度はお前、ガルムに何言ったんだよ。露骨に不機嫌そうじゃねぇか」
「別に。それよりも獣王国の話だろ?あまり時間かける訳には行かないって、お前が言ってたじゃねぇか」
カルマにしては珍しく、すぐに本題に入ろうとする。
一度ガルムに何かあったのかと視線で尋ねるが、鼻を鳴らすばかりで特に口を開く事も無かったので、奴の言葉に従い、早速獣王国の話をする事に。
「王都の検問所の近くに馬車を呼んである。王宮はともかく、王国そのものに侵入するのは堂々としてりゃ大丈夫らしいし、俺は姿を隠さずに行くが……」
「アタシは変装がいる、よな。魔道具でも用意してあるのか?」
「いやいや。ここは俺の出番ですよ、王女様?」
「チッ」
カルマが恭しく頭を下げると、ガルムは不快そうに舌打をする。
俺が来るまでの間に何があったんだ、マジで。
「コイツはどうも、自分以外も姿を変えさせる事が出来るらしい。魔道具と違って簡単に解除も探知もされないらしいし、地図の引き渡しついでに変装を頼む事にしたんだ。―――ってか、そんな事出来るんだったらなんで昔ペア組んでた時に俺に使ってくれなかったんだよ」
「変装してもお前すぐに発狂するし意味ねーだろ」
あーあ。カルマがジンくんの事泣ーかせた。
「さて。この際だから明かしちまうが、俺の変装は『祝福』の力だ。『無貌の祝福』って言ってな。自慢じゃないが、神の『祝福』だ」
えっ、と俺とガルムが同時に驚き、顔を見合わせる。
いやいや。神の『祝福』って。俺以外に居たのかよ神クラスの祝福持ち。
そもそも神の『試練』を突破できるって、マジかよコイツ。
「そう驚くなよ。『試練』自体は簡単だし、戦闘能力が低くても攻略できたからな。問題はあの神を探し出して、『試練』を受ける所までなんだが……まぁ、その話は良いさ。とにかく、俺の力で王女様の姿を変える。つっても時間制限と距離制限があるから、獣王国までは俺もついていく事になった」
「………それ目当てだろ、お前」
「さぁ?どうだろうな?」
「あの、俺の知らない所で意味深なやり取りしないでくれる?」
苦言を呈するも、二人とも返事は芳しくない。
一体何があったんだろうか。ガルムが短気なのはともかく、カルマの方も(相手が王女だとは言え)やけに挑発するような態度だし。
なんなら、俺が貴族だと知った時よりも酷いぞこの態度。
「……一先ず、今日は獣王国に侵入する所までだ。王宮に入り込むのは二日後」
「え、二日後?それって、リドゥリアン祭が始まる日じゃねぇか」
リドゥリアン祭とは、獣王国の祭りの事である。
所謂夏祭りのような物で、一週間かけて行われるソレは、それはもう派手に盛り上がる。
当然、観光客が多く入って来る都合上、王宮の警備は通常よりも厳重になる。だからこそ、ガルムはなんで態々その日に、と言いたげな顔をしているのだ。
確かに、リドゥリアン祭の最中に王宮に侵入するのは通常時に侵入するよりもずっと難しい。
だが、リドゥリアン祭初日のある時間帯だけは違う。
「だからだよ。パレードがあるだろ?王女を囲んで、全兵士たちが行進するアレ。あの隙に侵入する」
「……いやいやいや、確かにその瞬間だけは手薄だろうけど。そもそもリュカは、まだ正式に王女に成り代わった訳じゃないんだぞ?表に出てくるわけが……」
「王女ガルムは見つかったらしいぞ」
「はぁっ!?」
カルマが懐から一枚の紙を取り出し、ガルムに渡す。
慌てて内容を見た彼女は、愕然とした表情を見せて座り込んだ。
当然だ。その報告書には、王女ガルムの遺体が発見されたと王宮内で話が広まっている、と書かれているのだから。
「どういう、事だよ。アタシは今、ここに……」
「あぁ。多分、マルクとやらが言ってた偽物の死体だろうな。リッツァ盗賊団、俺、マルク、そして黒影。四度に渡る王女暗殺計画が失敗に終わったとなれば、無理矢理死体をでっち上げる方法を取ってもおかしくない。恐らくだが、明後日の祭り開幕の挨拶の折にでも、自分が王女に座に就く事を公表するんじゃないのか?」
「なるほどな……。まぁ、アタシのやりたい事、やる事は変わらねぇ。一先ず今日明日は王国内で過ごすんだよな?じゃ、さっさと行こうぜ」
そういうや否や、ガルムは王都の外へ向かって歩き始めた。
焦る気持ちはわかるけど、そっちの検問所じゃない所に呼んでるんだよなぁ。
神の『祝福』と言うとカルマもジンレベルのとんでもないヤツと思えるかもしれませんが、『狂乱』が祝福の中でも異常なのであって神クラスだから全員異常という訳ではありません。
というか『狂乱』以外は常識の範疇です。