王女と狂戦士の剣技
合図は無く、先に動いたのはガルムだった。
接近しつつ腕輪からフランベルジュを取り出し、叩きつけるように振り下ろしてくる。
俺はソレを真正面から受け止め、一撃の重さを測る。
中々の衝撃。武器自体の重さもあるだろうが、使い手の膂力も相当の物だ。
いくら俺の武器は壊れないとはいえ、真正面から受け続けるのは無駄な体力の消耗に繋がる。ここは受け流し、回避に徹して……と、本当の殺し合いならそうしている所だが。
これはあくまで、ガルムの武器の試運転と、『狂乱の祝福』がどのような物か見せるための戦闘。言ってしまえばお遊びだ。そこまで本気になる必要はない。
「アタシの攻撃を真正面から受け止められるヤツが居るなんてな!」
「ハハハハハ!!これが『狂乱』の強化能力!お前の一撃は確かに強力だが、受け止めるくらい造作もねェんだよォッ!!」
刃を弾き、素早く距離を取る。
本気の殺し合いならここで斬りつけるくらいやっていたが、今回の俺の戦い方は「ただひたすら受け続ける」だけ。
だって攻撃に転じたら殺しかねないし。
ガルムもソレを理解しているのか、不服そうな顔を見せつつも文句は言わない。
その代わりとばかりに、地面を砕きながら肉薄し、脇腹を狙って刃を振るってくる。
今度はただ受け止めるのではなく、その力に身を任せて空中で回転し、着地と同時に足払いを繰り出した。
彼女は見事に引っかかって体勢を崩し、その隙に俺は木に登り頭上を取る。
「ってて……あのノガミがこんなしょぼい戦い方しかしねぇ事あるかよ」
「しょうがないだろ?殺さない様にするにはこれくらいしかねぇんだ。お前が頑丈な鎧に身を包んでるっていうんなら、軽く掠らせる程度の攻撃はできたんだけどな。ま、しょぼい戦いが嫌ならそっちがさっさと全力出し切ることだな」
「言ってくれるじゃねぇか。良いぜ、こっからはコイツも使ってやるよ!」
魔石が輝き、刀身が炎を纏う。
込められた炎の魔法を解放したのだ。これで文字通り炎の剣だな。
「森の中でも関係ねぇ。火傷しても後悔するなよ!!」
木の上の俺に、炎の斬撃が飛来する。飛び降りて回避すると、乗っていた木の枝が綺麗に斬られ、切断面が炭化しているのが見える。
なるほど、燃え広がるというよりも、燃やし尽くす感じか。結構良い魔法が籠ってるんだな。
「飛ぶ斬撃っていうか、武器のリーチが伸びた感じだな……んでも、その感覚の方が使いやすい!」
接近することなく、その場で刃を振るい続ける。無数の斬撃が俺を襲い、進路上の草木を燃やす。
なら、俺の『狂乱』の力を見せてやるか。
再び『祝福』を発動し、斬撃を迎え撃つ。すると、刀身に触れた斬撃は一瞬で消えた。
「『狂乱』発動中、俺は魔法が使えねぇ。だがその代わり、触れた魔法、魔力をかき消す事も出来る」
「そんなのありかよ!?」
「狂乱の神の力そのものが『狂乱の祝福』なんだぜ?ヒャハハハ!!」
斬撃全てを打ち消すと、ガルムは苦々し気な表情を見せる。
魔法、魔力の無効化能力。コレが『狂乱の祝福』のメインの能力の一つだ。
俺自身が、或いは俺の扱う武器が触れた魔法、魔力はその存在が無かったかのように消える。
相手の攻撃、デバフなんかを無効化できるからすごく強力に聞こえるが、その分回復もバフも消えるので、壊れ性能という訳でもない。
なんでこの『祝福』って明確なデメリットが絶対にあるんだろうね。
ガルムは遠距離からの攻撃をやめ、再び接近してくる。
だが彼女の攻撃の速度、威力、タイミングは全て見切ったと言っても良い。難なく片手で受け流し、何度か打ち合いを続けると、刀身の炎が消え、魔石の輝きが失われた。
魔力を出し切ったのだ。
「―――だぁッ、お前いい加減に攻撃して来いよ!!なんか気が抜けるだろ!」
「つってもなァ……んじゃ、剣は使わねぇで、殴ったり蹴ったりだけするってのはどうだ?」
「なんでも良い!アタシが怪我するとかその程度の事は気にしないで来い!」
剣戟が中断し、互いに距離を取ったタイミングでガルムが声を荒げる。
俺が攻撃して来ない理由はわかっていても、それが納得できないらしい。
自分の事なんかどうでも良いから普通に戦えと怒られたので、ここからは打撃だけ解禁してやろう。
……あまり攻めすぎるとすぐに終わりそうだし、所々手は抜いてやるか。
今度は俺から肉薄し、上段から剣を振り下ろす動作でフェイントしつつ、脇腹に蹴りを叩きこんだ。
彼女の体は無抵抗に吹っ飛び、木にぶつかってようやく止まった。
「ぐっ、げほっ」
「咳き込んでる場合かァ?」
起き上がろうとする彼女に刃を振り下ろす。咳き込みながらもその一撃は防がれ、乱暴に一歩下がらせられる。
「ぺっ……ははっ、今の蹴り、中々効いたぜ」
「おいおい、まさか今ので終わりだと思ってんのか?」
「そんな訳ねぇだろ。―――アタシもようやく本気出せそうって話だよ!!」
何度目かになる突進からの攻撃。技巧も何もないただの肉薄だが、明らかに速度が跳ね上がっている。
コイツ、ダメージを受ければ受ける程強くなるタイプか。
急に速度が上がったことでタイミングを逃し、受け流しではなく回避を選択。
すると、刃が叩きつけられた地面が見事に割れ、重く低い音と共に鳴動した。
「おいおいおいッ、なんだよその馬鹿力ッ!!」
「まだまだこんなもんじゃねぇよ!!」
空気を裂く音と共に、鼻先を刃が通過する。
相手に主導権を握られているな。このままだと不味い。
所詮はSTAGE1。俺の素の力に毛が生えた程度しか無いのだ。力特化の獣人の中で頂点に君臨したガルム相手に、競り勝とうと思うのは避けておけ。
自分にそう言い聞かせ、一度距離を取って呼吸を整える。
こちらのペースに引き込む。まずはそこから。
相手が接近する動作を見せたタイミングでこちらから近づき、距離感を変える。一瞬。ほんの一瞬だけ思考し直す時間が入るので、その刹那に攻撃を仕掛ける。
敢えてわかりやすい、上段からの一撃。それは簡単に防がれるも、相手の行動を一つに縛った。
だからほら、腹の辺りがノーガードだ。
「ぶぐぅっ!?」
「ヒャハハハッ、クリーンヒットだなァ!」
吹っ飛びそうになる体を、今度は肩を掴んで留める。衝撃を逃がすことなく受け止めた彼女に、再び腹部を狙って拳を振るう。
が、その一撃は咄嗟に挙げられた彼女の足によって防がれ、俺の手を振り払った彼女は素早く距離を取った。
「ただのパンチでこれかよ……!」
「これでも優しい方だぜェ?ほら、待っててやるから息でも整えるんだな」
喉元食いちぎってやる、と言いたげな目で睨んでくるが、いくら屈辱を感じていても彼女は俺の言葉に従う他ない。二撃目を防いだとは言え、一撃目はその衝撃すら余すことなく受け止めてしまったのだ。
一、二分程青白い顔をして口を押さえていた彼女は、何度か深呼吸をすると剣を握る手に力を込めた。
「一応聞くけど、お前どれくらい本気だよ」
「どれくらいって言われてもな。『祝福』の解放段階の話か?それとも俺の戦い方か?」
「両方に決まってんだろ」
「んー……『狂乱』はいくつか段階がある内のSTAGE1。戦い方そのものは……まぁ、STAGE1で、剣を使わないって縛りの中だと結構本気だぞ?」
とはいえ、いくつか隙を見逃してやっている部分もあるが。
まぁ、さっきやられかけた分あるしトントンだよね。
俺の言葉に、ガルムは足元に切っ先を叩きつける事で答える。
轟音と共に地面は砕け、周囲に飛び散った。不機嫌そうだな。
「………もしかして、俺に勝てるとでも思ったのか?そうでなくても、本気くらい引き出せると?」
「―――別に。でも、『三大恐怖』なんて言われてるヤツ相手に考え甘すぎたのは確かだよ。だから……こっからは、アタシは殺す気で行く。お前が手を抜いてるからって、アタシも手を抜いて良いって訳じゃねぇのは十分わかったしな」
「あの、これ一応お前の武器の試運転と俺の『狂乱』を見せるだけの予定で」
「うっせぇ。こっからは本当の本気だ。せめて『狂乱』とやらの段階くらい上げさせてやる!!」
ガルムの姿が掻き消える。気配の一切が感じられないが、俺は迷わず刃を背後へ振るった。
すると予想通り、金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き、俺の手に凄まじい衝撃が伝わって来た。
「スピードもパワーも、また上がったな」
「チッ、見えてんのかよ!」
回し蹴りを回避され、お返しとばかりに拳が襲い掛かる。それを紙一重で躱し、剣を振るう素振りでフェイントを仕掛け、ローキック。
鈍い音と共に彼女は眉を顰め、だがソレで止まること無く再び俺の顔面目掛けて拳を振るってくる。
「おっと。大分荒々しくなってきたなァ」
「喋ってる余裕ももうすぐ無くなるよッ!!」
一歩下がれば、フランベルジュが地面を砕く。大振りの攻撃を外した後の隙を逃さず、俺の蹴りが彼女を転ばせる。
すかさず立ち上がり、顎を狙った蹴り。それは剣で防ぎ、押し返すついでに体勢を崩させ、生み出した隙を逃さず踏みつける。
「ぐぇっ」
「動きは悪くねェよ。ただ、視野が狭いな」
「教師気取りか!」
「おいおい、俺のアドバイスとか結構レアだぜェ?」
喋りながらも攻防は続く。ガルムが攻撃し、俺が回避、或いは受け流し、攻撃し返す。
かなり手加減しているとはいえそれなりのダメージが入っているはずなのに、彼女は怯むことなく、寧ろより獰猛さを増して俺に攻撃してくる。
マジになるのは別に良いけど、殆ど剣関係なくないか?コイツの攻撃。
「そろそろ終わりにしねェか?」
「お前に少しでも本気出させるまでアタシは!」
「ギャオォオオオオオッ!!」
木々が揺れ、振動が俺達を襲う。
頭上から聞えた爆音は、ある魔物の鳴き声だ。
「またワイバーンかよ」
「わ、ワイバーン!?この森、ほんとなんでもいるな……」
ワイバーン。竜の下位種として知られるが、その力は並の魔物以上。冒険者ランク的な話で言えば、どれだけ弱い個体でも金級、上位になれば白金級が推奨される程の魔物だ。
前にこの森に来た時に戦ったヤツとは別の個体が、今俺達の頭上にいるようだ。
「取り敢えず勝負はお預けだな」
「チッ」
「そんな不機嫌そうにすんなって。―――あぁ、そうだ。お前に俺の技、見せてやるよ。それなら満足だろ?」
「……『祝福』の技、ねぇ」
ワイバーンは翼を動かして滞空しつつ、俺達を見つめ続けている。その視線には明確な殺気が宿っており、戦わない理由は無さそうだ。
俺の申し出にガルムは顎に手を当てて考える素振りを見せた後、渋々と言った様子で頷いた。
ふぅ。コイツが負けず嫌いなのはわかっていたが、たかが模擬試合でここまで白熱されるとは思わなかった。
ここはそんなコイツに満足してもらうためにも、威力も派手さもマシマシの一撃を見せてやろうじゃないか。
「STAGE1―――『全解放』」
「ッ、な……!!」
どす黒い瘴気が俺を覆い、刀身に濁った虹色が集う。
アインと戦った時以上の出力。それによって放たれる一撃は、もはや待機段階ですら『恐怖』となる。
「『滅撃』」
跳躍して距離を詰めるとか、何一つせず。
ただその場で、ワイバーンに向かって刃を振るった。
瞬間、剣の軌跡に沿って世界が二つに裂け、元に戻るその衝撃で消滅し、轟音が森を、世界を揺らす。
「これが『狂乱』STAGE1の最高火力。振るった瞬間に全てが終わる……これが『滅撃』」
地面に座り込み、口を大きく開けて黙り込んでいるガルムに、少しカッコつけつつ告げる。
これはダサいから言わないが、『全解放』状態で放った『滅撃』もアインに使った『滅撃』もほぼ同じである。
何故なら、『滅撃』はほぼ即死攻撃のようなものだから、威力を上げた所で変化はないに等しいから。
―――派手にするなら派手にするで不便って、本当に困った『祝福』なんだよなぁ、コイツは。
『全解放』して『滅撃』を放っても、変化するのは『狂乱』のオーラを纏っているか否かの部分だけなので本当に見栄えだけです。
因みにSTAGE1のジンは金剛の三か、ギリギリ金剛の二程度の実力です。
神の『試練』を突破できる時点で金剛級の実力はあるのでね。