狂乱の祝福
タイトルの狂戦士要素はもう数話お待ちを……。
朝起きてまず最初にやるのは、新聞の確認だ。異世界に来てからも、俺の生活ルーティンはさほど変わっていない。
新聞と言っても前世の物と違い、一枚の紙に昨日あった出来事がそれとなくまとめられているだけだ。後は下の欄に求人が載っているくらい。正直求人は偶に面白い募集要項があるので密かな楽しみなのだが、今回はそれどころでは無かった。
「ルシウス・フェルシラス氏死亡。犯人は狂戦士ノガミか―――はぁ」
俺が仕事をした翌日は、大抵新聞に俺の事がデカデカと乗る。依頼を必ず成功させてきた実績を持つ俺に舞い込んでくる依頼は既にビッグネームの暗殺が主になっている事もそうだし、何よりあの戦闘中のハイテンションに、狂喜に満ちた顔を隠すために付けているピエロ風のお面。全てが悪目立ちする要因になっている。
自覚しているなら直せば良いと思うだろうが、ビッグネームの暗殺依頼は悪い事ではないし、他二つの問題は六年間も悩まされているくせに解決策が微塵も思いつかないのだ。直せるくらいなら直したいのは当事者の俺である。
「マジで、なんで俺は『試練』なんて受けちまったんだ」
新聞を机へ置き、突っ伏して嘆く。
『試練』とは、強力な魔物、或いは竜、果ては神が人間に与えるモノであり、ソレを乗り越えた者には『祝福』と呼ばれる力が与えられる。
『祝福』はどれも強力なモノばかり。俺もその力を手に入れ、より一層暗殺者として活躍できるように……ついでに、祝福持ちというだけでかなりのステータスになるし、一般貴族としての生活を偽装する中で便利かもなー、なんて軽いノリで挑んでみた。挑んでしまった。
特に難しいと言われる竜―――よりもさらにもっともっと難易度が高く、歴史上数名しか達成できていないという神の与える試練に。
「……はぁ。そろそろ学校の時間だな」
授業道具の用意は既に済んでいるし、ここは学生寮。校舎はすぐ近くだ。
俺は辺境貴族の息子なだけあって、学校に通っている。特に身分によって入学が制限されているわけではないが、学費を払うとなると王族、貴族の子供か大商人や聖職者でも無ければ入れないので、やんごとなき身分の方々メインの場所になっているのだ。
「一応、新聞持ってくか」
見出しの部分だけで精神的ダメージを負って中身を見ていなかったので、授業の合間にでも読もうとカバンに突っ込み、部屋を出る。
学校は良い。ヒャッハーする心配がないから、常に気が楽だ。
※―――
「どうしてこうなった」
俺の通うアステリア王立学園には、決闘用のフィールド、所謂闘技場が用意されている。御前試合だとか校内最強決戦だとか、そう言ったイベントは全てここで行われ、生徒間の私闘も専らここで行われる。
ヒャッハーしない為に普段は争いごとを避けるようにしている俺には、無縁のはずの場所だ。
しかし俺はそのど真ん中に、俺は大勢の生徒が見守る中、立ち尽くしていた。対面には、金髪の爽やかイケメンがおり、その手には剣が握られている。
「随分と見物人が多いね。もしかして君、人気者だったりするのかな?」
俺の呟きが聞こえていなかったのかイケメン……ローランはそう笑いかけて来る。しかし今の俺に笑って返す余裕はないので、静かに首を横に振った。
それをどう勘違いしたのか、彼は「つれないね」と苦笑いしながら肩を竦め、そして剣を構えた。
「改めて。俺の名はローラン・アランデール・ゼパルス。ゼパルス家の長男だ」
「……ジン・ギザドア。ギザドア家の次男」
仕方なく剣を構え、名乗る。
何故このような状況になったのかを端的に説明しよう。
俺がローランの婚約者の女を、知らない内に怒らせていたらしい。以上。
正直何もわからない。いつローランの婚約者の女と会ったのかさえ知らない上に、この決闘も気づいたら戦う事になってたという感じだから、本当に訳が分からない。
観客席を見れば、金髪縦ロールの女が小馬鹿にしたような目で俺を見ているのが見えた。彼女がローランの婚約者なのだろうが、その顔に見覚えは無く、冤罪なのでは?という疑惑がやはり頭から離れない。
しかし、この状況から逃げだす事はほぼ不可能。諦めて戦う他ない。
……そうなると、また別の問題が浮上する。それが俺のヒャッハー問題である。
とある神の『試練』を乗り越えてしまったが故に、俺は『祝福』を手に入れた。恐らくは今この世界に居る祝福持ちの中でも一際異質で一際強く、一際厄介なモノを。
『狂乱の祝福』。狂乱の神、アレシアから与えられたソレは、戦闘時にあらゆる能力に超上昇補正を与え、他にも色々な事が出来るようになる……自分で言うのもなんだが、結構チートな祝福だ。
だがデメリットが存在し、そのデメリットが俺にとって考え得る限り最も最悪なモノだった。
それが『発動中は魔法が使えず狂乱状態に陥り、発動せずに戦闘を行った場合はあらゆる能力に超下降補正を与える』という物。
狂乱状態は、酒を飲んだ時の高揚感を何千倍にもした、みたいなイメージでいてくれれば良い。ルシウス襲撃時のあのテンションが、発動中ずっと続くのだ。
別に多重人格という事でもなく、自分の意に反するような事(例えば仲間殺しだとか)はしないので、普通の人にとってはちょっと恥ずかしい程度で済む。グロ映画のイカれた殺人鬼みたいな言動になるだけだと言えば、わかりやすいだろうか。
だが俺は暗殺者を志す者。闇に紛れようにもこの祝福のせいで悪目立ちするし、そもそも正面突破を馬鹿正直に選んでしまうなんて、最悪にも程がある。
そして何より、この『祝福』が仮面をつけていない今、大勢の前で発動してしまったら。ノガミの正体がバレるだけでなく、直接俺という人間があんなイカれた男だと後ろ指を指されるようになってしまうだろう。
そんなのは嫌だ。嫌すぎる。
しかし『祝福』無しだと剣を持つ事すら困難な程力が抜ける。前世で身につけた簡単な体術で乗り切る以外に方法が無いが、それも相手を考えれば難しい。
ローラン・アランデール・ゼパルスは貴族の中でも王族に近い一家の長男坊という事の他に、傭兵ギルドの期待の新人としても有名だ。その剣の実力は並の王宮騎士を凌駕し、竜の『試練』を乗り越え手に入れた『祝福』を使えば、個人で一国に匹敵する程だと知られている。
そんな強者に、銃のおまけ程度にしか覚えていない殺人用の体術を殺し以外の目的で利用して勝てる訳がない。というか技術自体超下降補正の影響でまともに扱えない事は確認済みだ。動きだけは知っている一般人程度が今の俺である。
………詰みでは?
「我が婚約者の誇りと名誉の為……恨みは無いが、君を討つ!」
高らかに宣言し、ローランがこちらへ真っ直ぐに突っ込んでくる。物凄く速いが、弱体化した俺の動体視力でもギリギリ見える程度だ。きっと『祝福』を使用していないからだろうが、おかげで対応できる。
紙一重で回避するイメージで体の重心を偏らせ、そのまま転がるようにして距離を取る。
一瞬生じた隙を狙って攻撃?剣が持てねぇし、そんな一瞬の攻防ができないくらい弱体化してるんだわ。
「今のを回避するなんて、中々筋が良いね」
「し、死ぬかと思ったけど?」
「ははは、大丈夫さ。刃が潰れた剣だから、ちょっと痛いだけで済むよッ!」
敢えて弱者を演じ、戦う価値もないと判断してくれれば……なんて作戦を取るも笑って流され、再び攻撃される。
今度は回避するのではなく、自ら突っ込んだ。狙いは足元。スライディングで足を引っ掛け、転ばせる。
「ッおっと!?」
まさか足を狙われるとは思ってもいなかったであろうローランは、慌てて空中で一回転し、体勢を立て直した。剣を構え直し、俺を見る目はなんだか危険な色を帯び始める。
俺はというと体力の限界が間近だ。祝福の影響で体力も絶望的に無くなっているので、さっきの全力疾走スライディングで息切れが激しい。
は、早く終わってくれねぇかなぁ……。
「今のは、狙ったのか。はははっ、良いね。良いよ、凄く良い!力も体力も無いようだけど、その技術。才能か、或いはその一点のみを鍛えたのか……とにかく、君のような男がこの学校に居たなんて嬉しいよ。エリィが許してくれるなら、友になりたいくらいさ」
「ど、どうも……」
爽やかに笑うイケメンに、息を整えながら適当に会釈する。なんでそんな気に入られるんだ。この程度、他の生徒でもやろうと思えばできる……いや無理か。あの動きを目で追えないヤツが殆どらしいし。
とにかく、弱体化してるだけなのに褒められても嬉しくもなんとも無い。それとエリィって誰だ。まさか婚約者か。マジで知らん女じゃねぇか、冤罪確定じゃん。
「じゃあ、そろそろ終わりにしようか。君の体力も限界みたいだしね。……君への敬意を込めて、『聖光の祝福』を使うよ」
「やめて?」
ローランに力を与えた聖龍エリュシオンは、竜の中でも上位に位置している。その為『試練』も困難で、与えられる『祝福』はかなり強力。身体能力の強化に、聖なる極光を操る能力を手に入れる事ができる。彼が手にした武器は全て聖剣に変わり、眼前の敵を容赦なく蹴散らすと有名だ。
『狂乱の祝福』の効果で物凄く弱体化している俺なんて、簡単に殺せるだろう。それが刃を潰した剣だとしても、だ。
ど、どうする?使うか?一瞬だけ、ヒャッハーする前に倒して解除すれば……いやダメだ、アレ解除した後もしばらくハイになるからヒャッハーしちゃうわ。
じゃあ回避出来ることに賭ける?一縷の望み過ぎないか?
ドッと汗が吹き出し、疲労で震えていた足がさらに震える。なんと情けない姿か。観客席から小馬鹿にするような声が聞こえる気さえする。
右の瞳が銀色に変化し全身に純白のオーラを纏ったローランは、俺の切実な声を無視して剣を構えた。
いや、加減されても死ぬって。対面したらわかる。これ死ぬやつ。今の俺がどれくらい貧弱なのか知らないアイツに、良い感じの手加減が出来るなんて思えないし………畜生、仕方ないから賭けてやる。
なんで俺は平和なはずの学校で、仕事中よりも命の危機を感じてるんだ。学校に居る間は忘れられていたはずのヒャッハー問題にも直面するし。年甲斐もなく泣いてやろうかこの野郎。
「セイクリッド―――」
「ッ、わ、技まで使う事なく無いっすか!?」
「―――ストライクッ!!!」
純白のオーラが爆発的に増加し、次の瞬間には俺の眼前で剣を振り下ろし始めていた。
移動が一切見えなかった事に恐怖しつつも、最速で最善の行動を取る。
足を滑らせるようにして剣の射線上からズレ、そのまま勢いに任せて体を回転させ、その後全力で跳躍。これで極光の範囲からもギリギリ逃れた。
俺が先程までいた場所を、極光が襲う。凄まじい力の本流。祝福ありでも、真正面から受け止めるのは厳しそうな一撃だ。
殺す気かッ!
「……まさか、回避するとはね」
嬉しそうにローランは笑い、瞳の色は元の碧色に戻る。
祝福を解除したのだ。発動中は祝福に応じた色に瞳が変わり、それ以外の時は本来の色になる。
俺の場合は極彩色だ。黒と極彩色のオッドアイは、中々目立つ。それを隠す為にもあの仮面は手放せない。そして仮面のせいでキャラが立つ。悪循環すぎる。
あの回避のせいで完全に体力を失い、座り込んだ俺に手を伸ばしてくる。一瞬意図が分からず首を傾げると、爽やかに「握手くらい良いだろう?」とウィンクしてきた。
イケメンだとこういう仕草が全部オシャレに見えるな。
「今回は俺の負けだよ」
「えっ?いや、俺もう後一撃で死ぬけど」
「殺すつもりなんて無いよ。……さっきの一撃、祝福を使った手加減無しの一撃だった。勿論出力は抑えたけど、攻撃速度は本気の戦闘と同じだった。けど君はソレを、まぐれでも何でもなく回避した。君に体力や力が有れば、俺はきっとやられていたよ」
だから俺の負けだ、と笑うローランに、まぐれなんだよなぁ、なんて言えず愛想笑い。
彼の敗北宣言に、観客たちがどよめく。当然だ。ローランは学生の身にして王の剣と呼ばれる王宮騎士達に匹敵、或いは凌駕する実力を持ち、公的に認められた聖龍の試練踏破者。野次馬の殆どが名前も知らないだろう俺なんかに勝てる相手では無い。
あ、俺に冤罪被せてきた女が卒倒した。
「きっかけはともかく、こうして君と知り合えて嬉しいよ。ジン。これからも友として、よろしく」
固く手を握る。俺達の間には、きっと友情が芽生えているように見えるだろう。少なくともローランはそう感じているようだし。
え、俺?タチの悪い通り魔に遭った気分だけど?
まばらに聞こえ始めた拍手は次第に会場を包み、俺とローランを喝采する声も上がり始める。
職業柄、一貴族としても目立ちたく無いのに。
……本当にどうしてこうなってしまったんだろう。
俺は遠い目をして空を仰ぐ事しか、出来なかった。
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