暗殺者対決
今日は厄日だ。
朝からガルムと喧嘩するし、リン達の冒険者活動を影で見守ってたらワイバーンと戦う羽目になるし、その余波でアイツらが狙ってたスライムを巻き込んで大量に死なせてしまうし、終いにはガルムを狙って現れた暗殺者集団に俺の一番気にしている事(暗殺者らしからぬ暗殺者)を馬鹿にされるし。
でもこういう時、『狂乱』は便利だ。大きな声で笑って、好き放題に暴れる。
これに勝るストレス発散は無いだろう。
「イヤッハァーッ!!そらそらどうしたどうしたァッ、かすり傷一つねぇのにテメェら何人死んだ!?何人死んじゃったかなァッ!!」
地面を蹴り、木を蹴り、人を蹴り、縦横無尽に駆け回りながら、愛用の剣で敵を殺す。
連中が殺しても良い人間である事は先程盗み聞きした内容で確定しているので、後は逃げ惑ったり諦めて神に祈り始めたりしてる連中を力任せに殺しまくるだけだ。
これは暗殺じゃない。殺人勝負だ。どちらが殺せるかの勝負なんだから、明るく楽しく騒いだって、暗殺者として減る物は無い。
自分にそう言い聞かせながら、しかし心のどこかで大切な物を失っている感覚をジワジワと感じ取りながら、剣を振るい続ける。
「ッ、流石『狂戦士』と言ったところか。まるで獣だな。―――だが、いつまでも良い気になるなよ!この俺がなんの勝算も無しに貴様と敵対したわけが無いだろう!」
声の主である、恐らく暗殺者集団のボスらしき男の方を見る。
その右目は、青色に輝いていた。
……なるほど、祝福持ちか。
近くに居た男の首をへし折って、一度足を止める。
この手のヤツは大抵、自分から『祝福』の名前と力を説明してくるのだ。なんでかは知らないが。
「お前、『祝福』持ってたのか。で?何が出来るんだよ?」
「俺の『祝福』は『鋼鉄の祝福』。触れた物や己の体を鋼鉄に変え、触れた鋼鉄を自由自在に操る事が出来る。―――例えばこんな使い方もッ!!」
想像通り説明してくれた男が地面を触れると、土が鉄に変化し、鉄パイプのような長い棒となった。
それを俺に向けて振るうと、なんと鞭のようにしなり、伸びて襲い掛かって来た。
それは当然回避するが、なるほど。鉄を自由自在に操れるってのは中々強力だ。
「おっと、ハハハッ、そりゃ凄いな」
「光栄だな。後は貴様を殺したという実績を貰おうか!」
轟音と共に、鉄の鞭は木を薙ぎ倒しながら俺を襲う。攻撃はソレだけに終わらず、男の部下の生き残り達が魔法や矢で俺を狙ってくる。
回避は簡単だが、あの『鋼鉄』、雑な攻撃じゃ殺せなさそうだな。
「いつまでも避け続けられると思うなよ。俺の『鋼鉄』にはもう一つ、こんな使い方もある!メタル・バレット!」
片手で鉄の鞭を振るいながら、もう片方の手で近くの木に触れる。
木は瞬時に鉄の塊に変化し、そして弾丸となって俺に飛来してきた。
ソレありなの!?
驚きながらも弾丸を剣で弾く。中々重い一撃だ。
というか、音も無くあの速度の弾丸を発射できるって、本当に暗殺者向きの『祝福』だな。
正直羨ましい。
「なるほどなァ。お前の『祝福』、確かに強力かもしれねぇ。こと暗殺という点においては超優秀だなァ、間違いねェ」
「だろう?安心しろよノガミ。暗殺者らしからぬ貴様を俺が殺し、そして貴様の所有物であるあの王女を殺して、次なる『恐怖』に名乗りを上げてやる。『狂戦士』ではなく『暗殺者』が、最強となるのだ」
「……へぇ」
まるで自分に酔っているかのような発言だが、それもまぁ、無理はないだろう。
認めたくはないが俺は『三大恐怖』。ある意味生きた伝説だ。
ソイツを(実際そんな事は全然ないが)追いつめているとなれば、さぞ気分が高揚する事だろう。
だけど、だけど本当にバカなヤツだ。
ただでさえ『狂乱』のせいでタガが外れてるってのに、こう何度も何度も俺が気にしてる事を、一番触れて欲しくない事を馬鹿にされると。
「加減も何もできなくなるだろ、なァ?」
「加減?言い訳は構わないさ。今追いつめられているのは俺が貴様よりも上だという証左!!『祝福』全開で止めを刺させてもらおう!メタル・バレット!」
地面が、周囲の木が、そしてヤツ自身の体が鉄と化し、無数の弾丸が高速で射出される。
全開、と言うだけあって、先程の弾速とは比べ物にならない。
それでもまぁ、遅いんだけどな。俺にとっては。
※―――
(―――消えた?)
弾丸の雨がノガミを穿ち、その体を細かな肉片に変える。
それが彼の目に映るべき光景であり、待ち受けているはずの現実だった。
しかしあるはずの肉片は愚か、つい一瞬前までは立っていたはずのノガミがそこにおらず、その痕跡さえどこにも無かった。
まるで、幻影でも見ていたかのように。
「ヤツはどこに」
消えた、と続けようとしたが、その言葉を言い切るよりも前に気づく。
仲間の数が、先程よりも露骨に減っている事に。
「ッ、音も無く!?」
「ギャハハハハハハハッ!!!」
「ヒャハハハッ!!」
「ハハッ、イヒッ、ハハハハハァッ!!」
戦慄した次の瞬間、ノガミの狂った笑い声が、至る所から聞こえ始める。
声の出所はわからない。
だが男は瞬時に、ノガミが超高速で移動しているのだという事実に辿り着いた。
そして、それは正解である。
『STAGE2』。『狂乱の祝福』の解放段階の内、二段階目。
出力が向上し、純粋な移動でさえ音を超える速度を叩きだす。
つまり、今森の中に響いている彼の狂気の声は、遅れて響いているのだ。
「くっ、メタル・バレット!」
高密度の弾丸を乱雑に射出するが、そもそもの居場所がわからない以上当たっているのかどうか判別がつかない。
苦々し気な顔をしながら、男はとにかく自分がやられない為にと周囲に弾幕を貼り、ノガミに近づかれない事を優先し始めた。
無論、それは悪手と言う他ない。
「ぐぁっ!?なっ、う、腕が!?」
突然左腕に痛みを感じ視線を向けると、肩口からバッサリと斬り落とされていた。
慌てて傷口を鋼鉄化させて止血するも、今度は右足が、脇腹が、肩が切り裂かれていく。
「ハハハッ!どォだよ俺の剣技。上手く殺さない程度に斬れてるよなァ?」
「……狂人め」
悪態を吐きながらも、冷や汗が止まらない。
全方位に、仲間に当たる事さえ気にせずまき散らしていた鋼鉄の弾幕。それをかいくぐり、こうして遊び感覚で攻撃を加えて来ている。
その事実に、男はようやく圧倒的な実力差を痛感した。
当然、それは遅すぎる気づきだ。
先程の弾幕とノガミの手によって仲間は最後の一人までもが死亡し、自身は再生できるとは言え片腕片足を失った。
「お前で最後だが……結局、お前らは何だったんだ?生憎、暗殺ギルド以外の暗殺者集団に覚えがないんでね」
「知らないのなら、最後に聞かせてやる。―――俺達の名は黒影。貴様を斃し、新たな『恐怖』となる者の名だ」
「まだやるのか?」
「当然。既に覚悟はできている」
欠損した部位を、地面を鉄に変化させて取り込む事で補う。ただ手足の形で治すのではなく、槍や剣を模した形で。
「漆黒に沈め……ッ!!メタル・スワンプ!」
一帯が鉄に変化し、液体レベルにまで柔らかくなる。ノガミの体が地面に沈み、その瞬間に硬度を引き上げる事で、彼の体を捕らえた。
「へぇ、やるじゃん」
「余裕だな、今から殺されるというのに!」
掲げた左腕が伸び、次第に巨大化し、槌の形を作る。
「ッ、おい、ノガミ!!」
「飼い犬に心配されているぞ『狂戦士』!!無論、既に抵抗も何もかもが無駄だがなぁッ!!」
足を固定されたノガミに、逃げる事はできず。
巨大な鉄槌が、その体を叩き潰した。
「……嘘。あの、ノガミが?『狂戦士』が?」
信じられない光景に、少女たちが膝から崩れ落ちる。
特に、ノガミを良く知るガルムの絶望っぷりは顕著だった。
「は、ははは、やった!!やってやったぞ!俺が、俺こそが最強!俺こそが『恐怖』!俺こそが―――!ごふっ」
両手を広げ、歓喜を声を上げたのも束の間。
男の言葉は途切れ、代わりにその口からは血が流れ出た。
そしてその心臓から、背後から貫くように、黒い刀身が覗いていた。
「お前こそ、最ッ高のバカだなァ……ギャハハハハハッ!!」
剣が振り上げられ、男は心臓から肩にかけてを大きく切断され、倒れる。
その虚ろな目には、潰され死んだはずのノガミが映った。
「な、ぜ」
「なんでも何も、お前の攻撃当たってねぇんだよ俺にはさァ!鉄で足固定したら逃げられねェとでも思ったか?たかが鉄如き、簡単にぶっ壊せるっつーのにさァッ!!」
ノガミが居た場所は、彼を拘束すべく不自然な形で鉄が寄り集まっている。しかしソレは内側から食い破られたかのような穴が開いており、拘束が無意味だった事を視覚的に伝えて来ていた。
「……そ、そんな、まさか」
「まさかも何も、鉄なんざある程度の実力を持ったヤツなら簡単に壊せるっつーの。見通し甘すぎだ。まぁ、今回は喧嘩売った相手が悪かったって事で諦めな―――って、もう死んでるか」
絶望に歪んだ表情のまま死んだ男を見下ろして、ノガミは小さく鼻で笑った。
一度リン達の方に仮面を向け、無事である事を確認してすぐに、彼は姿を消した。
残された彼女達は、まるで嵐が過ぎ去っていったかのような面持ちで、しばらくの間呆然とし続けるのだった。
※―――
「今日は、厄日だったかもしれませんね……」
はぁ、とため息が出る。私の言葉に同意するように、クィラとメイが頷く。
結局、今日の依頼は失敗に終わった。スライムは何処にもいなかったし、最後にはガルムさんを狙った暗殺者集団に襲われ、その上ノガミに会ってしまって、依頼どころでは無くなってしまったのだ。
「はははっ、ジンみたいな事言うじゃん」
「あの人の口癖もうつりますよ……寧ろなんでちょっと元気なんですか、ガルムさんは」
「んー?ま、アタシは大丈夫だって信じてたし、それに」
「おーい!」
遠くから声がかけられる。
見ると、夕日を背にジンさんが立っていた。
それが分かった瞬間、今までどこか張りつめていた緊張の糸がようやく緩んだような気がして、へたり込んでしまった。
「え、大丈夫か?リン」
「え、えへへ……大丈夫です。でも、どうしてジンさんはここに?」
「いやぁ、いつまで経っても帰って来ないから心配になってな」
「そうじゃなくって、いつもならガルムにずっと付きっ切りって言うか、尾行してるんでしょ?なのにどうして今日はいなかったの?」
「あー、実はお前らが森に行くって話を聞いた辺りで、ちょっと急用が入ってさ。はははー……ま、見た感じ無事そうだし良かった良かった」
「……無事だけど、良くはない」
「へ?」
不思議そうに首を傾げるジンさん。とはいえ、話さないと何があったかなんてわかるわけが無いので、ちゃんと一から話をする。
森に入ってから何があったか、どうして今私達が落ち込んでいるのか、等々。
「……えーっと、つまりお前らは、あー……ノガミに会ったと。それが一番嫌だったと?」
「嫌って言うか、怖かった」
「アレ二度と見たくないです」
「正直、私達を殺そうとしてた黒影よりもよっぽど死の恐怖を感じたわよ」
「………そ、そっすか」
恐る恐る、と言った様子で尋ねて来た彼に、率直な感想を述べる。
すると何故か、まるで落ち込んでいるかのような声色と共に頷き、咳払いをして話を変えた。
「えーっと、取り敢えずお前らを狙ってた黒影って奴らは、全員いなくなったんだな?」
「はい。それもあの、ノガミが全員殺して……うぷっ」
思い出して、つい吐きそうになる。今でも脳裏に、あの凄惨な殺人現場が焼き付いているのだ。
血塗れで、バラバラで、残酷で、狂ってて……あの笑い声が近くに聞こえているみたいで、転がって来た頭部と目が合い続けているみたいで、私までも狂ってしまいそうな。
そんな私に、ジンさんは慌てて駆け寄って、背中を撫で摩ってくれた。何故か「ごめん、マジでごめん、本当にごめんなさい」と言ってくるが、多分それは、嫌な事を思い出させてごめん、という意味だろう。
「う、うぇぇっ……き、気にしないでください。ジンさんは何も悪くないじゃないですか。私が勝手に思い出して、気持ち悪くなっちゃっただけで……」
「い、いや、そういう意味じゃ―――と、とにかく今は吐き気だな。古代魔法に良いのがあるんだが、使って大丈夫か?背中、ちょっと痛いかもしれないけど」
「は、はい。大丈夫です。お願いします」
私がそう言うと、彼は撫でる為に使っていた手を一度離し、少し強めに叩いてきた。
パン、と乾いた音が響くとすぐに、私の吐き気や嫌な記憶が、薄れていく。
す、凄い。これも古代魔法……!気分が高揚してきたし、きっと精神作用のある魔法なんだろう。
ちょっと効きすぎかなって思うくらいだ。鼻歌混じりに小躍りしてしまいそうな、どうしようも無く笑顔になってしまうような、そんな気分。
「ちょ、ちょっと大丈夫?魔法にしては変な色してたけど」
「あぁ、ちゃんと調整したから大丈夫。……ただ、今日一日はハイテンションになっちゃうかもだけど。でも嫌な記憶とかそういうのが消し飛ぶから、良ければ二人もやっておこうか?」
「え、えー……なんかちょっと怖い」
「私はやりたい。そんな聞いたこと無い魔法、体験できるなら僥倖!」
「まぁ、メイならそう言うわよね……やっぱり、私もお願いしようかしら」
続けて二回、背中を叩く音が響く。
すると、魔法を使ってもらう前から既にハイテンションだったメイが「ふぉー!」なんて叫んで走り回り、クィラも笑いが止まらなくなる。
それを見ていると、私も堪えていた笑いが止まらなくなり、噴き出してしまった。
しばらくの間ずっと笑い続けていたが、ここがまだ森を出てすぐの場所だという事を思い出し、いつまでも座りっぱなしじゃいられないと立ち上がる。
するとジンさんが思い出したかのように懐に手を入れ、そこそこ大きな袋を取り出した。
「後、お前ら探してる最中に山ほど倒したんだけど……そういや、お前らの依頼内容、コイツの討伐だったよなぁって」
「……スライムの、核」
「討伐の証拠になるヤツだし、それ持ってったらさっき言ってた依頼失敗も、一先ずは免れるだろうし……何より、俺が道中コイツ等と戦ったせいでお前らの分を取ってたってなったら、申し訳ねぇし」
だから、と手渡された袋には、ぎっしりとスライムの核が詰まっていた。
とんでもない数だ。それこそ、この森全部のスライムを討伐したんじゃないかって思うくらいに。
なるほど、これはいつまで探してもスライムが出てこない訳だ。
私達よりも先にジンさんと遭遇して、軒並みやられてたんだから。
普段なら受け取らないが、ジンさんの言っている通りにしか考えられないので、ここは黙って受け取る。私達の実力じゃないけど、別にこの一件ですぐにランクアップって訳じゃないし大丈夫……だよね。
「じゃあ、取り敢えず帰ろうぜ。俺も今日は疲れたし」
「そうねぇ。もういないとは思うけど、ノガミがどこにいるかもわからないし」
「案外すぐそばに居たりして」
「ちょ、ちょっとリンやめてよそういう冗談!」
「魔法の効果とは言え、テンション上がり過ぎ……ふひっ、でも私もすっごく良い気分」
「私もだよ~!けど、多分またノガミに会ったりしたら、今度こそ泣きわめく自信あるよ私」
「あー、それわかる。今日は危険な状況で突然出てきたから驚くだけだったけど、ノガミ一人と遭遇したらもう……う、なんか気分沈んできた。もっかいお願いして良い?」
「ずるい。私もこの珍しい魔法、もっと味わいたい……!」
「あ、はは、あはは、あははは………」
どこか乾いた笑いを浮かべるジンさんと、ソレをニヤニヤしながら黙って見つめるガルムさんを、心のどこかで不思議に思いながら、しかし私はメイ達と一緒に上機嫌で、もう一度魔法を使ってもらうように頼むのだった。
こういうシーンを勘違いだと思って書いてるんですけど、あってますかね?
ギャグシーンって、自分の笑いのツボとかセンスとか価値観とかが露骨に出てくるんで不安になります。
祝福紹介は次回の前書きで!