胡乱な話
長いようで短かったビットリア観光……もとい、第一回校外研修も今日が最終日。
途中アインの暗殺だったりマルクの襲撃だったりと色々あったが、楽しい観光になったというのが素直な感想だ。
魚揚げ丼食べられたし。
とはいえ嫌な事というか、ショックだった事も勿論ある。
例えば俺……いや、暗殺ギルド所属の暗殺者全員に密かに賞金がかけられていたという事。俺を信仰する謎の教団が存在する事。ガルムに俺とカルマの会話が筒抜けだった事。
何より、俺の隠密がバレバレだったという事。
前二つは良い、賞金云々は人殺しの俺たちにかかっていておかしい物ではないし、謎の教団の方は今のところ大きな事をやらかしている訳でもない(少なくとも新聞で取り上げられていた事は無い)から、まぁ追々考えれば良いだろう。
問題は俺の隠密だ。確かに、隠密行動にはセオリーという物がある。同業者の、それもプロであれば、ここにこう隠れているはずだと予想立てて、尾行に気づく事もあるだろう。
当然それを警戒して定石外れの行動を織り交ぜるのがプロとの攻防になるわけだが、今回俺の尾行をほぼ完全に看破したのは、セオリーなんて知るはずも無い素人のガルム。
しかも勘では無く気配や音、痕跡から気づいたのだという。
今まで、俺が理想とする暗殺者にたどり着けないのは『狂乱の祝福』のせいだけだと思っていた。あのヒャッハーさえ無ければ俺の理想は叶うと思い込んでいた。
だが今回の件で、素人のガルムに簡単に気付かれてしまう程度が今の俺だと思い知らされた。
こんな『祝福』を軽い気持ちで取りに行ったこと然り、俺はまだ調子に乗っていたようだ。
無論、反省し修正すべき点が見つかればすぐに行動するのが俺。現実を受け入れずにウダウダするなんて、それこそ理想に反した姿だ。弱さを認める強さ。良い言葉である。
「ジン殿の行方?」
「あぁ。今朝からいなくってさ。つーか、ここ最近こうやって姿消して、いつの間にか背後に立ってるってのが続いてんだけど……」
「なんだそりゃ。アイツそんなお茶目な遊びするようなヤツだっけ?」
「い、いや、自分からふざけることはあれど、流石そこまで意味不明な事はしないイメージが」
「とにかく、ジン殿の姿は我ら三人とも見ておりませんな。そもそもビットリア観光はガルム殿とだけ行うものだと」
「ふーん。ま、どうせ今日も気づいたら後ろにいるだろうし、いいや。ありがとな」
宿の受付前の広間で、ガルムと日陰者同盟の三人が話をしている。
俺の居場所についての話をしているが、それは良い兆候だ。
なんせ俺はガルムに隠密がバレていた事を伝えられた日からずっと、こうして突発的に姿を消してガルムの近くに潜むようにしているのだ。
理由は勿論、自分の成長の為。音を立てず、痕跡を残さず、気配、存在の一切を消す……その練習を、実際に俺の隠密を見抜いたガルム相手に行う。
初日は俺が自分から姿を見せる前にガルムに気づかれていたが、その後は微かにも俺の気配を感じさせる事なく潜伏できている。
今もこうして宿の天井に張り付いているが、ガルム含め誰にも俺の存在は気付かれていない。
「……っと、出てっちまった」
誰にも見られ無いタイミングを見計らって飛び降り、音と衝撃を完璧に消しながら着地。そのまま何食わぬ顔をして、ガルムを追うように外へ出る。
もう少しだけ隠密行動だ。今日も一切バレずに済めば、一先ずは満足できる。
※―――
「こ、こういうの、アタシには似合わねぇと思うんだけど……」
「何を言いますの!ガルムさん、貴方は確かに男勝りな所がございますけれど、その容姿は一級品!」
「可愛らしい顔立ちに、この装飾品の数々が良くお似合いですわ~!」
尾行開始から早一時間少し。俺を探している最中に、普段一緒に行動している女友達二人と遭遇したガルムは、彼女達の着せ替え人形になっていた。
と言っても服ではなく髪飾りと言った装飾品を付けられては外されるというのを繰り返しているだけだが、振り回されているという点に変わりはない。
屋根の上に腰かけ、二人の熱量にただ頷くしかできない彼女を静かに眺める。
なんだか最終日だというのに、ここ最近の学生生活と同じだ。ガルムの後を隠れ潜みながら追いかけ、周囲の警戒をする。
無論俺はやりたくてやっている。隠密行動って暗殺者らしいからすっごく楽しいのだ。
「せっかくの観光だってのに、いつもと変わらねぇなぁ」
「……おい、もうちょい声落とせよ」
実はつい先ほどから俺の背後に立っていたカルマに、この前の失敗を思い出しながら苦言を呈する。
しかし言われた本人は特に気にする様子も無く俺の隣に腰かけ、美しい金色の毛先を指でクルクルと弄ぶ。
コイツ、あの時の姿から変わってねぇのか。
まだ仕事中なのかね?
「別に良いだろ?この人込みと喧噪じゃ、俺らの声なんて誰も聞えねぇよ」
「獣人の聴覚はバカにならねぇんだって。俺もちょっと甘く見過ぎてたし、今は俺の暗殺者としての自信を取り戻す時間で―――」
「何を今更。お前は立派な『狂戦士』だよ」
この野郎、と文句の一つでも言ってやりたい気持ちになるが、ここは抑える。
例え不名誉な名前で呼ばれようと、自分の望まない扱いを受けようと、それでも粛々と冷静に振舞うのが俺の理想像。カッコいい暗殺者というヤツだ。
「で?なんの用だよ」
「用件は二つ。一つ目はギルマスからの伝言。『始末したならちゃんと自分で報告に来い。報酬減らすぞ』だと」
「うへぇ。よくやったなとかそういうお褒めの言葉と違うんですか」
「お前に殺せないヤツが居るかよ」
カルマのツッコミに、それもそうだと鼻で笑う。
ガルムに尾行がバレるという失態は犯していた物の、標的の暗殺成功率100パーセントは揺るがない。ギルマスも暗殺の依頼は絶対に成し遂げて帰って来たからこそ、俺を辞めさせずに暗殺部へ移籍という形で残してくれたのだ。
総合部として入っておきながら、出来る限り戦闘を避けなければならない依頼の時でさえヒャッハーして(『狂乱』を手に入れたての頃は俺が敵と判断している人間が近くにいるだけで勝手に発動していた)台無しにし、目撃者全員殺したから一応成功という方法で依頼を達成してきた俺は、ギルマスにとってかなり面倒くさい存在だったことだろう。
本当、あの人には頭が上がらない。実は祝福持ちだって明かしてないけど、それでも俺のヒャッハーをなんだかんだで容認してくれてるし、その上で稼ぎ頭として信頼してくれてるし、感謝してもしきれない。
「出来るならアイン粛清完了は俺が伝える予定だったんだけどさー……ま、仮にも団体の一員ジン・ギザドアとしてここに来てる訳だし、アステリアとビットリア往復なんて真似して長い間留守にするわけにもいかなかったんだって」
「お前が本当の本気で走れば、二国間往復なんてすぐだろうに」
「目立つに決まってんだろ、俺なんだから」
「あー。はははっ、あのイカれた笑い声が聞こえて突風が吹くか。すれ違う奴らがビビるだろうな」
失礼なヤツだが、実際その通りなので何も言い返せずに押し黙る。
ところで、王都からシシリア村までですら片道一時間ちょっとかかっていた俺が、それよりももっと長い距離をすぐに走り切る事が出来るのだろうかと疑問に思う人がいるだろう。
その答えは簡単で、『狂乱の祝福』には出力の段階が存在するのだ。
普段の出力は一段階目。ヒャッハーしているが外的要因によっては落ち着いたりすることもある、と言った程度の高揚とそこそこの強化。『狂気汚染』は発動まで少し時間が必要だし、何なら手に狂気を纏わせて触れるなんて非効率的な方法で一人ずつ汚染するしかできない。
この出力の強化でも馬車より速く移動できるが、王都に最も近い村まで走っても一時間要する程度。強化があるとはいえ、基本は俺が鍛えている分の実力しか発揮できていない。
これが三段階目にもなれば国から国へ走るのに三十分も必要ない速力を手に入るし、それ以外にも色々な恩恵がある……が、当然『狂乱』の度合いも上がる。
今まで三段階目を発動している時にテンションが下がるような出来事に直面していないからわからないが、多分この辺りから俺のテンションは下がらなくなるはずだ。
考えても見て欲しい。発狂して爆笑しながら走る男の姿を。
それを暗殺者だと言われて、一体誰が頷くだろうか。
「……まぁ、いいや。もう一つは?」
「あぁ。―――これが本題なんだが、ちょっとな」
声のトーンを下げ、懐から一枚の紙を取り出す。
それを俺に渡すと、カルマは続きを小さな声で語った。
「魔王、は流石に知ってるよな?」
「当たり前だろ、常識だぞ。『祝福』を持って生まれた魔人ってのが元々の意味で、今じゃ何百年も前から魔王として他種族全員と睨み合ってる七人の祝福持ちを指すっていうアレだろ?」
七、という数字でなんとなく察している人が多いだろうが、基本的に魔王となる魔人が生まれ持つ祝福はそれぞれ『傲慢の祝福』『憤怒の祝福』『嫉妬の祝福』『怠惰の祝福』『強欲の祝福』『暴食の祝福』『色欲の祝福』であり、今は各所有者が共存している状況なのだ。
なんで七つの大罪準拠なのか、甚だ疑問だ。別にこの世界の宗教にその概念無いのに。
「そうそう。いつもなら魔王同士で潰し合ったり、シェンディリアの召喚勇者が殺しに行ったりして数が減ってるのに、今は何故か七人全員が仲良く協力し合ってるっていうアレ。―――お前と同じ『三大恐怖』だったな」
思い出したように要らない情報を付け足してくる。
この野郎、俺が『三大恐怖』扱いをあまり快く思っていない事をわかっていて言いやがったな。
そもそも『三大恐怖』は、人型四種が宗教や価値観など関係なしに共通して恐れる存在の事であり、元々は『惨憺たる悪食』、『滅びを運ぶ終焉蟲』、『堕ちた不朽の英雄』の三つを指す用語だった。
だが悪食は『七人の魔王』によって討伐され、つい二年前に英雄を『狂戦士』が殺した事で今の『三大恐怖』となったのだ。
なお『三大恐怖』において唯一、純粋な人間でありながら個人で名前を連ねている男が俺である。
凄いように聞こえるだろ。でもそのせいで無駄に有名になったから暗殺者としてはマイナスなんだよ。
そもそも狂戦士ってどういう事だよ。俺暗殺者だぞ。
「で、その『七人の魔王』が何だってんだよ。アイツ等、ここ最近は変な動きを見せてねぇって話だろ?」
「それが違うんだよ。―――ほら、これ」
俺の手元の紙を覗き込み、書かれている文章の一部を指でなぞる。
そこには、『魔王ルシファーが獣王国に干渉か』と書かれていた。
なるほど。なんの紙かと思ったら、暗殺ギルドの定期報告書か。各国の動きとか内情について簡単に集めてる、アレ。
「妙だろ。今までなんも動きが無かったアイツ等が、急にだぜ?」
「今更仲良くしましょうなんて言い出すとも思えねぇしな……何より、なんで獣王国なのかがわからねぇし」
『七人の魔王』は約200年前からその名前が知られている。当然噂されるようになってから何百年も人間や獣人、亜人へと戦争を吹っ掛け、侵略しては奪い返されを何度も繰り返していた。
だが、ここ二年間は全く動きが無かった。
何故なら、王からの依頼で俺が魔王達相手に脅しをかけてきたからだ。
脅しと言ってもやった事は単純。連中の兵を皆殺しにして、ネームドらしき部下たちと、反撃してきた魔王達を全員半殺しにした上で「これ以上の侵略は止めろ」と言ってやっただけである。
それだけで今まで永続的に続いていた侵略活動の一切が停止したのだから、上からの暴力というのは相当な抑止力である。
ま、暗殺者らしい仕事じゃ無かったし、あんまり良い思い出じゃないんだけどね。
―――しかし獣王国に干渉、かぁ。ガルムとリュカオンの件と言い、最近獣王国の話が多いな。
「で、どんな干渉をしたのかって情報は無しかよ」
「調査員も小耳に挟んだ程度らしいしな。ただ、キナ臭い事に変わりはない。一応教えておこうと思ってな。『七人の魔王』はお前と縁がある訳だし、何より今見守ってるあの王女様。獣王国の王女なんだろ?」
「………そう、だな」
店を変えるらしい彼女達に合わせて、俺達も屋根から屋根へと移動する。
先日、マルクから得た情報を思い出す。
基本的には具体的な答えを返してきたアイツでさえ知らないと答えた、リュカオンの本当の目的。
もしかしたらそれに、魔王ルシファーが関わっている可能性があるかもしれない……なんて、短絡的すぎるとは思う物の、あり得ない事は無いと考えてみる。
俺が過去に会ったルシファーは、常に冷静で聡明な男という印象を与えてきた。
実際、死にかけながらも俺との会話に応じ、魔王軍は以降他勢力への侵略活動は行わない代わり、俺も魔王軍へ干渉しないという契約を結んだのがアイツだ。
あれほどの男が、まさか俺に気づかれないだろうなんて適当な考えの下契約違反となるような動きをするはずが無い……と信じたいが、果たしてどうだろうか。
「仮にこれが魔王軍による侵略活動だったとしたら、お前はどうするつもりだ?」
ニヤニヤしながら、いつの間にか加えていた葉巻を揺らして尋ねて来る。
当然、俺の答えはこれだ。
「仕事以外じゃやりたくないがな。―――皆殺しだ」
……なーんて。まだやると決まった訳じゃないんだけどね。
時系列的には「暗殺ギルドに入る」→「『狂乱の祝福』を手に入れる」→「総合部から暗殺部へ移動する」→「『堕ちた不朽の英雄』を討伐し、狂戦士の名前が一気に有名になる」→「『七人の魔王』を単独で攻撃し、半強制的に停戦協定を結ばせた」という流れになっています。