衝撃の事実
※祝福紹介※
『固定の祝福』
とある悪魔の出す『試練』を踏破する事で手に入る『祝福』。『試練』が単純な力ではなく、発想力があれば踏破できる内容な為、意外とこの『祝福』を持つ人間は多い。
発動中に触れた物の動きを停止させることができる力であり、停止させた瞬間は停止させた物の持つ攻撃性等も一時的に無効化される為、傷を負う事無く刃に触れたり極光に触れたりすることが可能。
上位互換に相当する『祝福』が複数ある。
ローランさんが離れて行った後ガルムさんが語り始めた事は、理解はできても受け止めきれないような衝撃的なモノだった。
獣王国の王女だという事に始まり、盗賊団に囚われていた事や、そこからジンさんが助け出したという事。ガルムさんを国へ帰さないようにジンさんへ依頼している人がいて、アステリア王立学園に正体を隠して入学してるのは依頼人の正体を探る為だったという事。
……た、確かに強いとは思ってたけど、まさか獣王国の王女様だったなんて……。
「え、えーっと、つまり今までの私達は不敬罪……ですか?」
「んなしょうもない事気にするかよ。今まで通りでいいぜ」
「確かに、獣王国に王家とか無いし、こういう考えの人が多いって話は聞くけど……」
「友達は友達だからな。つーか王宮でもねぇのに立場も何もあるかよ。今は平民って事にしてるんだから、むしろ敬うような真似される方が困る」
やや青白い顔で敬語になったクィラだが、ガルムさんは軽く笑うだけだ。
そう答えてくれるだろうなとは思っていたし、何より貴族だってわかってるはずのジンさん相手に馴れ馴れしく話しかけてるのは良いのかって話だし、そこは良い。
ただ、いくら強さでのみ決められた王とはいえ、それを襲撃する盗賊団も、王を国に帰らせないように依頼する人も、何が狙いなんだろう。
「……でも、変。ガルムが王女だとしたら、獣王国最強……つまり、獣人最強の女。一介の暗殺者に過ぎないジンに依頼した所で、返り討ちに遭うだけって考えると思うけど」
メイが最もなことを口にする。
そう。ジンさんは暗殺者だ。セナが私達を助けてくれる人を探して暗殺ギルドまで辿り着いたという話は何度も聞かされたし、その度に「あの人、ノガミなんだよ!」と変な冗談を言ってくる。
実際ローランさんが負けた相手に勝利するとか強いと思わせられる事はたくさんあるけど、でもノガミの戦い方とは違うと思う。
高笑いと共に敵を暴力で惨殺する、暗殺者らしからぬ暗殺者。それがノガミ。
きっと強い暗殺者と言えばノガミ、って考えてるメイが、誤解しているだけだろう。
話は逸れたが、私達は彼が暗殺者だと知っている。あの時はローランさんが気づいていないみたいだったから黙っていたけど、なんなら彼から「俺暗殺者だからさー」とあっさり教えてもらっている。
だからこそ不思議なのだ。一暗殺者に過ぎないジンさんに、そんな依頼をする事があるだろうか、と。
私達の視線が向けられると、彼は少し考える素振りを見せてから答えた。
「元々、コイツを連れてきたのはノガミだ。俺はその引き継ぎ……って言うのかな、まぁそんなトコ。知名度高いし、いつまでも女のお守りなんかしてられねぇっつって俺に押し付けてきた訳だ」
「えっ、の、ノガミと知り合いなの!?」
「おう」
再び驚きで何も言えなくなる。
敵に回してはいけない存在と恐れられる狂戦士と、同業者とはいえ知り合いだなんて。
「因みに今コイツが大人しく俺の監視下にあるのは、俺がこっそりコイツの帰国の手伝いをしてるからだ。ある種協力関係にある訳だな」
「ノガミに気づかれない為に監視されてる振りをしてる、って事なんですね……」
「えっ?あー、うん」
「知り合いとはいえ、あのノガミを出し抜こうとするなんて……凄い」
「バレたら絶対殺されるのに、それを恐れずに……」
「えっ!?い、いやアイツ噂ほどヤバい奴じゃ無いし?た、多分笑って許してくれるって!」
「そんな訳ないでしょ」
「絶対有り得ない」
「それ似た名前の違う人の話してませんか?」
「えっ、いや……なんかごめんなさい」
楽観的な発言を私達三人に否定されると、彼は縮こまりながら謝罪し、俯いて何も言わなくなった。
ちょっと可哀そうに見えるけど、あんなバカな事を信じてたら酷いことになるのが目に見えているので、厳しい態度は崩さない。
「ま、まぁ、この話は良いんだ。アタシの事情はわかってもらえたか?なら、そろそろコイツから色々聞き出す事にするけど」
「あぁ、はい。大丈夫です」
「けど、これ話できるの?」
クィラが指差したマルクは、虚な目をして涎を口の端から垂らしている。時折体を震わせて、言葉とはいえ無いような音を発するだけで、まともな会話は期待できなさそうだ。
というか、どうしてこんな変貌を?
「普通の会話は無理だよ。ほぼ死んでるから。ただ情報吐かせるだけなら、魔法で簡単にできる」
マルクへ近づき、左手をかざす。するとマルクは姿勢を正し、開きっぱなしだった口を閉じた。
これも古代魔法だろう。使っている所を見る分には便利そうだ。
燃費は最悪だと聞くが。
「改めて、お前は誰だ?」
「マルク。元はガルム王女に政治などの知識を教える立場でした。今はリュカオン様に仕えています」
「リュカオン?」
「アタシの妹だよ」
メイの疑問に静かに答えると、彼女はジンさんの隣に立ち、マルクへ質問し始めた。
「アイツは……リュカオンは今何してる?」
「王女不在の為、一時的に政権を握っています。今は王女の捜索以外は大きな指示をしておらず、貴族らもガルム王女の帰還を待つべきと考え、彼女による国家運営は実質行われておりません」
「お前の今の立場は?」
「リュカオン様の側近という扱いです」
「アタシの扱いはどうなってる?」
「アステリア王国に向かい、そのまま行方知らずという事になっています。リッツァ盗賊団の襲撃を受けた事を知る者は、関係者以外いません」
「アタシを襲うように指示したのは、リュカオンか?」
「はい。予定では狂戦士ノガミに殺されるか飼い殺しにされるかどちらかでしたが、想像以上に自由に行動している事に危機感を覚え、私を派遣したようです」
えっ、と声が漏れる。
リュカオンはガルムさんの妹だって、さっき彼女自身が言っていた。
つまり今の話は、妹に殺されそうになった、という事になるわけで。
「な、なんでお前」
「盗賊団にアタシを襲うように仕向けたのもアイツだろ?」
「はい。元はリッツァ盗賊団に殺させようとしていましたが、連中が直前になって依頼料金の値上げを要求してきたので、ノガミに依頼したという事になります」
「……はぁ、なるほどな」
深くため息を吐き、黙り込む。何も言わなくなったガルムさんを心配するように何度か視線を向けてから、今度はジンさんがマルクに質問し始める。
「リュカオンが完全に王としての権力を手に入れる事は現状可能なのか?」
「いいえ。その為には王が死んだ事を証明する必要があります。ノガミが殺した場合は死体を買い取る。飼い殺しなら偽物の死体を用意する。この二つがリュカオン様の予定でしたが、現在はそのどちらにも当てはまらない為、急遽私が殺し、死体を回収するべく派遣されました」
「リュカオンの目的は王の座を奪う事だけか?」
「わかりません。リュカオン様は誰にもその真意を話す事なく、私達には命令と最低限の情報しか出しません」
「じゃ最後に一つ。お前がしくじった事がバレた場合、リュカオンはどう動く?」
「私が知る限りでは、私を派遣すると同時に、ガルム王女の死を偽装するように指示していた事が挙げられます。恐らくは私の失敗を仮定……ノガミによる妨害を想定していた物と考えられます」
「そうか。………最後って言っておいて悪いが、もう一個聞かせてくれ。ジン・ギザドアはリュカオンにとってどう見えている?」
「ノガミの部下だろうと言っていました。リュカオン様を始め、誰一人としてジンとノガミが同一であるとは考えていません」
「ま、あんな狂戦士が普段はまともだなんて、普通は思わねぇだろうな」
どこか自嘲の色が混じった笑みを浮かべ、マルクの額を指で押す。すると綺麗な姿勢で座っていた彼は呆気なく倒れ、白目を剥いて気絶した。
魔法を解除したのだろう。精神に干渉する魔法の影響を長時間受けると気絶してしまうのは、魔法使いで無くても教養として知っている事だ。
「……さて、と。その……知ってたのか?ガルム」
「あぁ。アイツと話してる声、聞こえてたからさ」
ガルムさんの返答に、ジンさんは顔を手で覆った。微かに「やらかした……」と呟いているあたり、本当は聞かせるつもりのない事を……恐らく彼女を狙っていたのが妹だという事を、意図せず聞かれてしまったのだろう。
「つーかアタシ獣人だし、耳良いからさ。お前がずっとアタシの近くにいるの気づいてたっての」
「えっ、気配も足音も消してたのに?」
「いや、実際分かってたのは草の中に隠れてる時だけ。でもわかりやすいところに隠れたのをちゃんと目で追ってたらすぐわかったよ」
「……ま、参りました」
今にも泣き出しそうなくらいのか細い声と共に降伏するジンさん。
暗殺者って仕事に凄く誇りを持ってる人だし、最高の暗殺者になる為に努力は欠かさない――なんて語ってたくらいだから、自分の隠密が実はバレバレだったなんて聞かされたら、そりゃショックだろう。
「でもま、それのおかげでお前の事、良い奴って思えたし。それに……」
「?別にストーキングして良い奴判定貰っても困るぞ」
「はぁ―――わかんねぇなら良いけどさ。ほら、それよか今はアタシ……というか、リュカの話だろ?」
ガルムさんがマルクへ視線を向け、ため息交じりに話を変える。
なんだか、私としても放っておきたくないような……そんな感じのする話になりかけてたような気がするけど、実際ガルムさんの命が狙われてるって話なら放っておくわけにもいかない。
正直一平民の私達に、王の座を奪い合うとかなんとか、ちょっと良くわからないけど……友達だし。ガルムさんも、そう言ってくれたから。
「意外と割り切ってる風だけど、大丈夫なのか?」
「そりゃ悲しいし、信じたくなかったよ。けど、心ン中じゃなんとなくわかってた。アイツだろうなって」
「元々姉妹仲は良かったの?」
「あぁ。いっつも一緒に居たよ。遊ぶのも飯食うのも寝るのも、なんでもな」
優しい笑みを浮かべながら、遠い昔を思い出すように語る。
きっと、楽しい日々だったんだろう。妹が大好きで、とても大事だったんだろう。
それなのに裏切られて―――いや、何よりも裏切られた事に、驚く事が出来ないなんて。
「アタシが王女になった時から変わっちまったし、こうなったのも当然っちゃ当然かもな」
「そ、そんなの……」
言葉に詰まる。
私も姉だが、しかしガルムさんと違って権力があるわけでは無い。一平民の私に、姉妹同士の権力闘争なんてわからない。
どんな言葉が正解なのか、わからない。
もどかしさと情けなさにまごついていると、ジンさんが静かに口を開いた。
「で、依頼人の正体がわかった訳だけど。これからどうするつもりだ?」
「……アイツを殺すかどうか、って事か?」
殺す、の言葉に、まるで巨大な氷塊でも飲み込んだような感覚を覚える。
普段の姿を見ていると忘れそうになるが、彼は暗殺者。過去に聞いた話からも、彼の命に対する考え方や価値観が一般的から大きく外れている事は知っている。
だからという訳でも無いが、ガルムさんに「妹を殺すかどうか」を直球で尋ねるのも無理はない。
配慮とかそういうのが足りないとは思うけど。
「殺したくは、ねぇよ。アタシはまだ、アイツの事大事な家族だって思ってるし」
「じゃあ放っておくか?王女の地位を捨てて、アステリアの平民として」
「別に王女だとかなんだとかはどうでも良い。けど、放っておいて良い問題でも無い。―――それに、まだアイツの目的がわかってねぇ。ただ権力が欲しかっただけなのか、それとも他の何かが欲しかったのか。アタシを殺してでも手に入れたい、成し遂げたい何かがあるのか、アタシを殺す事自体が目的なのか……なぁ、ジン」
「なんでしょう?」
わざとらしく敬語を使い、ガルムさんの前に跪く。
沈んでいく太陽と、その光を反射して橙色に輝く海を背景にした二人は、さながら絵画の主役のようで。
「殺し以外は、基本的に仕事にしないんだよな?」
「仮にも暗殺部、ですので。その他の仕事は総合部、或いは暗殺部の者がするべきでしょうね」
「お前にとって、一国の王と話す機会を用意するってのは難しい事か?」
「結果だけ求められれば簡単ですが、その過程で何人かは殺すでしょうね。仮にその『頼み』を絶対に聞き入れるとしたら、ですが」
「なら、『依頼』で良い」
どこか遠回しな会話だが、ついて行けない私達はそれでも黙って見つめていた。
引き込まれていたのだ。このある種幻想的な光景に。物語の登場人物のようなやり取りをする二人に。
「―――リュカオンと会って、話がしたい。その過程で、出来る限り人は殺して欲しくない。頼めるか?」
ガルムさんが問いかける。
尋ねるような言い回しだが、その表情を見れば返事を確信している事が明らかだ。
そしてそれに対するジンさんの返答は、彼女の期待通りだったのだろう。
恭しく頭を下げ胸に手を当てて口を開いた彼の、圧倒的な自信が滲み出た返答に、ガルムさんは満足そうに頷いたのだから。
「前にお話した通りですとも、王女様。私はどんな内容であっても『依頼』は必ず完遂する男。―――貴方が一言命じれば、その望みを叶えて差し上げましょう」
ついに一章終了!
終わったのに見返してもギャグ要素が少ないような気がするのはどうしてでしょう。本当はもっとハイテンションバトルコメディな作品になる予定だったんですが……。
とにかく次回から二章開幕です。
是非、お楽しみに!




