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暗殺者ですが、狂戦士扱いされて困ってます  作者: 砂糖 多朗
第一章 狂乱の暗殺者、ノガミ
13/50

祝福の技

※祝福紹介※


『刃糸の祝福』

アラクネという、長い時を生きる蜘蛛の魔物の『試練』を踏破した者に与えられる『祝福』。自分の意のままに糸を生み出し、それを操る事が出来る。名前の通り刃の性質を持つ糸が基本形だが、炎に強い糸、電気を良く通す糸、ただ硬いだけの糸など、発想次第で様々な糸を生み出せる。

「ジンー!これ見ろよコレ!なんだろーな?」

「あー、そりゃお守りだな。元々ここに住んでた民族の土着の神様の偶像だ。名前は確か……」

「リトゥリミア」

「そうそう、リトゥリミア。確か商売と命の神様でな。ビットリア繁栄のゲン担ぎに一時期持ち上げられた事もある」

「へー。詳しいな」

「こういう話、結構好きなんだよな。せっかくなら買うか?」

「え、良いのか!?」

「二つで銅貨六枚ね」


木彫りの小さなキーホルダーのような物を受け取り、一つをガルムに渡す。

正直コイツに買ってやる分だけで良かったが、店員が有無を言わさず二つ分押し売って来たので渋々俺も貰う事にした。

お揃い、なんて前世含め一度もやった事の無い俺には嫌がられないか一抹の不安があったが、ガルムはあまり気にしていないようだったので一安心。


ビットリア滞在五日目。今日は本来三日目に訪れたのと違う海水浴場に向かう予定だったが、とある魔物が大量発生しているらしく急遽変更し、二日目に訪れた街を再び観光していた。

前は駆け回ってばかりであまり買い物はしなかったから、今回はのんびりと出店を見て回っている。

既にお土産の類をいくつか買っており、ガルムに至っては俺が渡しておいた小遣いを使い尽くしていた。まだ一週間ちょっとあるのに。


「そういや、お前はリン達に何か買ってやったりしねーの?」

「一応土産の一つ二つくらい買う予定だけど、贈り物なんて家族以外にした事無いしな。何が良いか正直分からん。これが同性なら少しは気が楽なんだけど」

「アタシみたいに、お菓子でも買えば良いんじゃねぇか?」

「菓子類はお前の買ったヤツくらいしかここ限定の物はねぇよ」


海鮮風味の特性タレを使った、煎餅のような焼き菓子。これが中々美味しいしビットリアと言えば、な商品なので最初はそれにしようと思っていたが、試食で気に入ったらしいガルムがリン達の分まで買ってしまったので、考え直す事になったのだ。


混み合っている道を歩きながら、店頭に置かれている商品をガルムが次々と指差して、アレはどうだコレはどうだと勧めてくる。それに時折足を止めて考えたりしながら、しかしどうもしっくりこずに違う店へ、というのを繰り返していると、突然ガルムが鼻をヒクヒクと動かし始めた。


理由は明白。急に腹が空くような良い匂いが漂ってきたのだ。

そしてこの匂いの正体を知っている俺は、咄嗟にガルムの手を取って走り出した。


「お、おい、なんだよいきなり!」

「説明は後!急がねぇと、他の知ってるヤツに取られる!」


人の多い通りではなく、裏路地を走る。

最短距離で向かわなければ、今目指している店を知っている他の誰かに競り負ける。そんな焦りを抱えつつ、裏路地から飛び出した俺の目には、既に列ができている店が映った。


「この匂い、あの店からか。でもちょっと並んでるな」

「いや、この程度なら全然空いてる方だ。並ぶぞ」

「別に良いけど……そんな凄いのか?あの店」


良い匂いはするけどさ、と首を傾げる。


確かに、急ぎすぎて何も説明していなかったな。この店の『アレ』を食った事の無いコイツには、俺がおかしくなったように見えても仕方ない。


列の最後尾に立ちながら、俺は過去に仕事でビットリアに来た時のことを語り始めた。


「前にビットリアに来た時、腹が減ったんで適当な店で飯を食おうとしたんだ。この店は、ちょうど前を通りがかったその時に開店してな。せっかくだからって事でそのまま入店したんだ」

「ふーん。それが美味しかったって?」

「美味しいなんてもんじゃねぇ。良い意味で死にかけた」

「死にかけた!?なんだよそれ」


話しながら思い出し、つい生唾を呑む。先程まであまり空腹では無かったが、今はもう胃が縮み続けているかのように痛い。

列は順調に進んでおり、俺達ももうすぐで入店できるだろう。


「ここは地元民向けの定食屋なんだが、この匂いがする時しか売ってねぇものがある。俺はちょうど最初に来た時、それを頼めたんだ」

「だからなんなんだよソレ!」


答える前に、俺たちの番が来る。熱気の篭った店内に、厨房から聞こえてくる揚げ物の音。

強くなる美味しそうな匂いに、ガルムの腹が鳴った。


「限定メニュー。魚揚げ丼だ」

「魚揚げ、丼?」


※―――


「はい、魚揚げ丼二つ!」


従業員の男が俺達二人の前に、揚げ物の山が飛び出している丼を置く。黒いタレが輝き、立ち上る湯気と香りが食欲を最大限まで高める。


「こ、これが……!」

「いただきますッ!」


目を輝かせるガルムを無視して、早速揚げ物その一を口に運ぶ。ザクザクとした衣の中にはホクホクとした魚の身が詰まっていて、噛めば衣の油と魚の脂が溶ける。

だがくどく無い。この店秘伝のタレが、程よく味を整えてくれるのだ。

揚げ物一口で既に満足してしまいそうだが、そこでさらに米(のような穀物。名前は全然違うし味も少し違う)をかっ込む。


これでようやく、一口が完成するのだ。

感想は勿論、美味すぎるの一言。


少し遅れて食べ始めたガルムが、箸を落とす。そして愕然とした表情のまま俺を見つめ、呟いた。


「……美味ぇ」

「だろ?並ぶ価値あっただろ?」

「……おう。これ、やべぇ」

「―――感想は後でな。温かい方がうまいだろ」


俺のその言葉を最後に、会話が途絶える。俺もガルムも魚揚げ丼に夢中になり、咀嚼音だけが響く。

ソレは俺達の間だけではなく、店内全体が、だ。全員が魚揚げ丼を食い、その美味さに食事以外に意識を裂けなくなっている。


量がかなりあったが、美味い、美味いと食べ進めていれば約十分で食べ終わった。

俺もガルムもほぼ同じタイミングで箸を置き、息を吐く。


「………死ぬかと思った」

「初めて食ったならそうなっても無理ねぇよ。俺も本当に死にかけたからな、衝撃で」


初めて食べた時の事は忘れられない。その後、また食べたいという感情に支配されて毎日この店に通うようになったのも良い思い出だ。

通い詰めては「今日はやってないんですか」と聞き続けたせいで、揚げ物に使う魚が仕入れられた時だけだと店主直々に言われたのも記憶に鮮明に残っている。


「でも、魚揚げ丼……だっけ。変わった名前だな。確か丼ってのが、どっかの島国発祥の料理だろ?」

「米……じゃねぇや。デモニア料理全般、フエッテルン発祥だぞ。この店の店主もフエッテルン出身だな」

「あー、そうそう。この棒2本で食べるのもフエッテルン発祥だったよな」


フエッテルンは、異世界転生物の作品によく出てくる日本に似た国だ。実は行った事が無いが、その文化には何度も触れてきた。


というかあっさり流してたけど、ガルムって箸の使えたのか。獣王国にもフエッテルン文化が入り込んでいる、という事だろうか。


「んじゃ、取り敢えず帰るか」

「えっ、売り切れ!?」


席を立とうとしたその時、店の入り口から男の悲痛な叫びが聞こえる。

見るとローブで顔を隠した背の高い男が、店員に掴みかかっていた。冗談だと言ってくれ。そう言っているかのようだ。


「はい。もう仕入れ分を使い切りまして」

「おいおいマジかよぉ、しばらくここに来れねぇってのによぉ」

「次回の入荷がいつになるかもわかりませんので……次の機会に、という事で」

「はぁ。わぁったよ、んじゃ、邪魔したな」


落胆した様子で去っていく男の手元を見てみる。袖から覗く手の甲や指先には、微かにだが光る何かが見えた。


「可哀想なヤツだな。あんな美味しいのが食えなかったなんて」

「可哀想だし、呑気なヤツだよ。この状況で食いにくるなんてさ」

「?それってどういう事だ?」

「んー……」


ひと回り小さくなったように見える背中を見つめながら、剣の柄を撫でる。

意味深な態度を取る俺に、ガルムは「またかよ」と不貞腐れたように呟き、店を出ていく。


金が無いのは知ってるし、奢るつもりではあったけどさ。せめてなんか、一言欲しかったかな、俺。


※―――


「船は確かここに―――ッ!?」

「よォ、遅かったじゃねぇか」


夜も更け、月が天高く輝いている。街灯なんて無いこの砂浜でも、『祝福』が無くとも鮮明な視界が確保できるだろう。


だから、ヤツにも見えているはずだ。

乗る予定だった船に俺が乗り、その手に握られた剣が、男の体を貫いている光景が。


「クソッ、全部筒抜けだったのか……!?はんっ、裏切り者はその取引相手まで殺すかよ、ノガミ。無意味な殺しはしないんじゃなかったのか?」


ローブで顔を隠したアインが、苛立ちと焦りが混ざった声で話しかけて来る。

即座に逃げないあたり、背中を向けて逃げる事ではどうにもならない事を理解しているのだろう。


「そりゃ俺も快楽殺人に興味は無ェからな。だけどコイツは裏社会の人間。それも結構、後ろ暗いコト積み重ねてきてたらしいし……殺したって問題無しだ」

「ギルド最強にもなると、人の命に価値をつけれるっつーのかよ」

「俺だけじゃないさ。人間誰しも、あらゆる命に価値をつける。区別する。だから俺らの仕事があるんだぜ?」


剣を抜き、血を振り払いながら船を降りる。ゆっくりと近づいてくる俺に恐怖を隠すことなく、アインは手を何度も握ったり開いたり繰り返す。


焦りからの手癖ではない。その動作が、奴の戦闘準備だ。


「どうせ、俺を殺すんだろ?」

「あァ、ギルド命令だ。離反者は抹殺。奪われた物は全部取り戻す。流出した情報は、場合によっては知った人間皆殺し。―――それくらい、元暗殺ギルド所属なんだからわかってんだろ?」

「やりあう前に一つ聞きたいね。お前、どこからどこまで予定通りだ?」

「離反した情報を聞いて、お前の行先についての情報を聞いた時から、俺とここで遭遇するようにするまで全部」

「……ははっ、なんか自信無くすぜ。俺、これでも慎重派かつ頭脳派で売ってたんだけど。それでも手のひらの上とかさ……一周回って燃えてきたッ!!」


言い終わるや否や、アインが右手を突き出す。

まだ距離はあるが、しかし俺の真横に攻撃が()()


即座に剣で防ぐと、甲高い音が響いた。


「くそっ、隙じゃ無かったか!」

「ヒャハッ、言ったろォよ!全部俺の予定通りだってさァッ!!」


一瞬で距離を詰め、刃を振り降ろす。攻撃はアインに当たる直前に弾かれるが、左足の蹴りが脇腹に直撃し、奴の体を吹き飛ばした。


「シィッ!!」

「このイカレ野郎っ!ズタズタになりやがれッ!」


追撃すべく駆け出す俺に、アインは両手を突き出し、その指を細かく動かす。それに呼応するように、鞭のようにしなり刃のように鋭利な『攻撃』が、全方位から襲いかかる。


それを空中で体を捻り、回転する勢いのまま全て叩き落とすと、アインは苦々し気な顔を見せてポーズを変え、俺の周囲に未だ残る『攻撃』が形を変える。


「ヒャハハハッ、相変わらずテメェの『祝福』は見た目が綺麗で良ーなーッ!俺もそれくらい綺麗で、静かな奴が良かったぜ」

「あん?なんだよ。お前のその出鱈目な強さ、『祝福』だったのか。まぁ、そうじゃ無きゃ説明つかねぇ強さではあったが」

「『狂乱の祝福』って言うんだぜ?どうしようもなく気分が高揚する代わりィ……こうして強くなれるんだよォッ!!イャッハーッ!!」

「なるほど、そのキャラ変もそういう―――グォッ!?」


俺を囲い込む形を取っていた『ソレ』を暴力で打ち砕き、無理矢理作った穴から飛び出して蹴りつける。防御は間に合わず、踵落としがアインの肩に深々と突き刺さる。


「クソッ、第一の―――」

「遅ェ遅ェ遅ェ遅ェ!!テメェの『糸』が動く間にほらほらほらほらァッ、何回斬りつけてると思ってんだよぉッ!!ヒャァッハハハハハ!!」


刃糸(じんし)の祝福』。それがアインの『祝福』であり、先程から俺が『攻撃』や『ソレ』とぼかしていたのは、極細の糸だった。

糸と言っても強靭で、『刃糸』の名前の通り刃のように鋭い。人間の皮膚なんて、軽く触れただけで切れる。骨も無抵抗に切断できる為、使い方によっては音も無く……なんなら自分が姿を見せずとも、糸を設置しておくだけで人を殺せる。


そう。凄く暗殺向きなのだ。その上真正面からの戦闘になっても、そこそこの破壊力を持つ攻撃を連発できるとかなり恵まれた『祝福』。

俺の『狂乱』とは大違いだ。なんで俺はこんな叫んだり笑ったりしなきゃならないんだろうか。


冷静な部分ではそう思いつつも、しかし気分がどうしようもなく高揚している事に変わりはなく。糸を操るよりも先にアインを攻撃し、その体に無数の裂傷を作る。

だが浅い。カウンターに転じていないだけで、最低限の防御はされているのだ。


太めの糸を使ってやがるな。連撃じゃ簡単に抜けない……なら。


「っ、と。なんだよ、解放してくれんのか?」

「バカ言うなよなァ、殆ど無力化してたくせに。つまんねぇから一旦仕切り直しただけだ。せっかくの殺し合いなんだからさァ、もっと楽しく行こうぜ楽しく!例えば―――こんな工夫はどォだァッ!!」


剣ではなく拳で、地面を叩く。その衝撃で砂浜が爆発したように砂をまき散らし、視界を奪う。

見えなくさせるだけじゃない。予期しない砂埃は、確かにアインの目に入り、瞼を閉じさせた。


そしてソコを狙う。


「ヒャハハハハハッ!!目を!!閉じちゃったなァッ、アインンンンンッ!!」

「馬鹿がっ、声出したらテメェの居場所も簡単にわかるっつーの!第四の弦!」


円を描くようにして四本の糸が集い、槍のように俺を襲う。


だが、それがどうした。


「居場所がわかっても、んな小突く程度で俺が止まる訳ねぇんだよバァァァッカ!!寧ろお前の防御が薄くなったおかげで、潰しやすいぜお前の脳天ッ!!アヒャハハッ!!」


『刃糸』は強力だが、突き刺すよりも切断の方が脅威だ。確かに的確に心臓を穿てば話は違うが、今は砂埃で姿を正確に見えない状態。

アインの攻撃は心臓ではなく肩に、それも武器を持つ右ではなく無手の左に刺さっただけ。


無論、第四の弦という技が突き刺した後に四方向に糸を広げる事で肉体を内側から外側へ引き裂く攻撃だという事は理解しているし、肩をスタート地点として広げても俺は簡単に死ぬだろう。


まぁ、だったらそれよりも先に殺せば良い。少なくとも高揚しきった今の俺には、その考えしか無かった。


俺の刃は正確にアインの頭部を襲い、文字通り叩き潰す。

しかしその瞬間、甲高い音が響いた事で失敗を悟り、即座に後方へ飛び退く事で肩に刺さっていた糸を抜いた。


「ったく、相変わらず臆病だなァ、お前。そのローブの中。ちゃんと糸仕込んでたのかよ」

「『刃糸』は俺が生み出す物。だから糸の性質は多少融通が利く……言っておくが、俺の体全体は硬度だけを高めた糸で覆われている。テメェの馬鹿力でも簡単に殺せねぇぜ」

「バッドニュースみたいに言うなよ。そりゃいいニュースだぜ?簡単に殺せねぇなら、楽しみもその分倍増なんだからさァああああああッ!!」


叫びと共に肉薄し、周囲の糸を切断した上で刃を振り下ろす。頭部を守っていた糸は、先程の一撃で壊したはず。さらに生成しているなら話は違うが、一点を狙い続けるのが最善策だろう。


とはいえ、一点集中とは攻撃が単調になるという事。相手が本当に戦い慣れしていないバカでも無い限り、防がれやすくなってしまう。

アインは当然、戦闘慣れした男だ。単調になった俺の攻撃なんて、防ぐどころかカウンターを仕掛けるのも簡単なはず。


「頭狙いか?良いぜ、壊し切って殺せるならやってみろよ。勿論抵抗するけどな!第一の弦、第三の弦!」


距離を取りながら両手を突き出す。すると左右両方から糸が俺を襲い、攻撃を妨害しつつ俺の体を裂こうとのたうつ。

弾かれ、多少威力が死んだはずの糸ですら、地面を叩けば砂埃がそれなりに巻き上がる。これが直撃してしまえば、俺の体は綺麗に切り取られる事間違いなしだ。


……別にこのままでも倒せない事は無いが、いつまでも帰らないと同室の奴らや教員に怪しまれる……な。仕方ない。


あまり気乗りしないが、使うか。


「攻守交替だな!はははっ、さっきまでの笑い声はどこ行ったよ!」

「悪ィな。使いたくねぇモンを使う上に、せっかくの楽しみをさっさと終わらせちまうってんで惜しんでた。―――そろそろ死んでもらうぜ、アイン」

「お前にゃ俺の糸を壊してダメージを与えるなんて不可能だって、言わなくてもわかるだろうがよ」

「あァ?ぷっ、はははっ、ハーッハハハハァッ!!お前さァッ、自分が使ってて俺が使ってねぇ物、わかってねぇのかよ?」


まるで指揮者のように腕を動かし、地面を、巨岩を抉りながら、空を裂く音と共に俺を攻撃するアインが、その手を止める事無く訝しむような表情を見せる。

頭部を狙う事を止め、距離を維持するだけになった俺に、まだ何がしたいのか、何が言いたいのかわかっていないらしい。


前々からそうだが、本当にバカで、呑気で、可哀そうな奴だ。

今気づけば、そして本気で俺から逃げる事だけを、攻撃を防ぐことだけを考えれば―――いや。そうしても無駄か。


単なる魔物の『刃糸』じゃ、神の『狂乱』を防ぐなんて不可能なんだから。


「第一、第三、第四、その他多数……その『なんたらの弦』ってのはさァ。『祝福』の―――なんだったっけねぇ?」

「ッ!!テメェッ、まさか!!」

「ギャハッ!そうそうそうそう!!俺にもあるんだよぉ、技ってのがさァッ!!」


俺を襲う糸も、アイツを守る糸も、全て力と技術で斬り捨てる。互いにフリーな状態が一瞬出来ると、アインは即座に背を向けようとするが、当然遅い。


俺の刃は、俺の右目のように極彩色の輝きを放つ。世界を蝕む濁った虹色が、刀身に宿る。


―――()()は、アインの体が背中を向ける動作を終える前に終わった。

一度剣を構え直し、刃の届く距離から少し遠い場所に立つアインを狙って振るう動作は。

コンマ数秒にも満たない刹那で、全てが終わったのだ。


遅れて、無音。

静寂ではない。一切の音が消え、世界が死んだかのような虚無が生まれる。


が、それは一瞬。

斬撃の軌跡を追うように、空中に大きく切断痕が生じる。文字通り空間が、世界が()()()


「楽しかったぜ、アイン。久しぶりにコイツも使えて、満足だ」


ズレた世界が、無理矢理戻る。俺の言葉をかき消すような轟音と共に、爆発―――では無いが、そう形容すべき衝撃が発生し、切断時点で死亡していたアインの肉体を消滅させた。


これが『狂乱の祝福』の技。名前を滅撃(ライオット)

対象を確実に抹消する一撃は、防御も回避も不可能。音も見た目も派手なのであまり使わないが、他の技に比べて殺傷能力が高く、俺の必殺技としての地位を確立している技。


「……あ。情報云々の話忘れてた」


今更な事を思い出して、でも過ぎてしまった以上仕方ないと割り切り、ゆっくりとその場を立ち去る。


せめて去り際だけはクールに。戦闘中にハイテンションを無かった事にするように、かっこよく。


「この砂浜か!?」

「あぁ、ここだ!さっきの凄い音は、確かにここから―――」

「おいっ、あそこに人影があるぞ!もしかしたらさっきの騒音、アイツのせいじゃないか!?」


やべ、浸ってる場合じゃ無かった。


滅撃の轟音に駆けつけてきた人々から逃げるように、俺は結局クールさも何もない全力疾走で宿へと帰るのだった。

どうでも良い話ですが、魚揚げ丼は本当にそういう名前の商品という設定です。揚げ物に使う魚が不定期にしか仕入れられない為、隠れ限定メニューとして知る者達は密かに争奪戦を行っています。


ジンがアインとの戦闘をしている間、ガルムはルームメイトと一緒にカードゲームで盛り上がっていました。轟音の時に、ようやくジンが戦っていた事に気づいたようです。

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