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暗殺者ですが、狂戦士扱いされて困ってます  作者: 砂糖 多朗
第一章 狂乱の暗殺者、ノガミ
10/50

相性有利

※祝福紹介※


『聖光の祝福』

聖龍エリュシオンの与える『試練』を踏破した者に与えられる。聖なる力を帯びた極光を操れるようになり、その力は主に身体能力の底上げに使われる。

光そのもので攻撃する事も可能で、使用者によっては人体を掠るだけで蒸発させられる程の光量を放出する事も可能。

「な、なんなんだな、お前……いきなり叫んで、頭おかしいのか?」


狂人でも見るような目を向けられる。失礼な奴だ。

いや、狂人扱いは『祝福』が悪いんだけどさ。


思い返せば、先程会った村長たちにも似たような目を向けられていたような気がする。そりゃ、移動の為に『祝福』を一回使ってたし、解除してすぐに声をかけに言ったせいで若干テンションがおかしくなっていた気がしなくも無いけど。


こっそりとガルム達の方へ視線を向け、彼女達が意識を取り戻しつつある事を確認してから、剣を構える。


『祝福』を発動している事を隠すことなく極彩色の右目で睨む俺に、しかし男は余裕ある態度を崩さない。一度は俺の狂人っぷりに(認めがたい事だが)ドン引きしていたソイツは、ニヤニヤと嗤いながら俺を見下している。


腹のデカさで忘れそうになるけど、コイツ結構背も高いな。どうでも良いけど。


「ぶっふぅー……んまぁ、構えるだけ無駄だと思うんだな」

「へェ、そりゃなんで?」


俺達に戦う必要が無い、という話ではないだろう。なんせこの洞窟に充満している、恐らく催眠効果のある煙。それが今もなお男の全身から溢れているのが見えているし、眠っているガルムに触れて下半身をそそり立たせていたのを目撃した以上、コイツが何らかの能力を使ってゴブリンみたいな事をしようとしていた事は確定している。


この世界は命の価値が軽い。疑わしきは殺す。必要なら取り敢えず殺す。それが基本理念だ。


どんな命乞いが来るかと嗤う俺に、男は額の汗を拭いながら答える。


「むふっ、ひひひっ!すでに気づいているんだな?この洞窟の中に充満している僕のヒュプノス・フレグランスに。『夢世界の祝福』の力で発生するこの煙は、効果が出始めるまでの時間に多少の個人差は発生するが、必ず吸った人間の精神に干渉できるようになる!そこの子達もそう。僕の近くでも無い限り、この煙は殆ど色が見えなくなる。だから気づかずに吸い続けて、眠りの世界に誘われたんだな。後は夢の支配者になるこの『祝福』の力で、彼女達の無防備な精神を徹底的に粉砕した。―――ふひひっ、僕に男を抱く趣味は無いから、君は精神を砕く手間も省いて自殺催眠にしておくんだな。これだけ話していれば、もう意識も無いはず―――」

「なるほど、これ『祝福』だったのか」

「ぷぎゃらっ!?」


長々と説明してくれている間に剣を鞘に納め、話が一区切りついただろう部分を見計らって顔面を踏みつけるように蹴った。

男は先程後頭部を蹴りつけた時のような情けない声を出して倒れ、その衝撃で汗が周囲に飛び散る。


「ちっ!お前、フレグランスの効果が効きにくいタイプなんだな。けど僕はゴブリンで試したから、個体差、個人差が出る事はもうすでにわかっている―――ふひひ、ならやり方を変えれば良いだけの事……!ゴブリン共!奴が眠るまで、時間稼ぎをしろ!」


汗で汚れない為に慌てて飛び退くと、顔面を腕で拭いながら立ち上がった男が、唾を吐き散らしながら俺を指さす。

すると横穴からゴブリンが大量に這い出し、虚ろな目をこちらに向け、飛び掛かって来た。


なるほど、時間稼ぎ。この量を洞窟内という閉塞的な空間で一気に倒すのは確かに難しい。かといって一体一体処分していれば、眠らされてしまうだろう。


それは普通なら、の話だが。


日本刀では無い物の、居合術のような動きで剣を抜きながらゴブリンを斬りつける。一番近くに居た個体が真っ二つになり、その勢いのまま近くの二体、三体を同時に切り裂く。

『祝福』を使っているから、と言ってしまえばそれまでだが、熱したナイフでバターを裂くよりも手ごたえが無い。

本当に『殺す』というよりも『駆除』というイメージだ。日頃こんな事しかしていない冒険者の人達は精神を病まないのか心配になる。

いや、前にギザドア領のゴブリン駆除をやった事があるけど、それはまだ向こうが戦略を立ててたから単調さはここまで酷く無かった。

やっぱ素人の操作を受けたらだめだな。ゴブリンの強みは数とアイディアだし。


しばらくの間黙って(祝福発動中のハイテンションですら無言になるくらい虚無)ゴブリンを斬り続けていると、男の顔が次第に訝しむような物になり、すぐに信じられない物を見るような目に変わる。


「ばっ、馬鹿な!ここまで効きにくい事があるんだな!?運動量が増えて、呼吸をする回数や量が増えれば効きやすさも格段に上がるはずなのに……!!」

「あー……それなんだけどよォ」


一度力いっぱい地面を踏みつけて、その衝撃でゴブリン達を転ばせ、大軍が雪崩を起こすように仕向ける。その間に剣に付着した血液を払って、虚無作業で下がったテンションのまま、なんなら申し訳なさすら感じながら大事なことを教える。


「俺も『祝福』持ちでさ。その効果に精神への干渉完全無効化ってのがあってな」

「……はい?」

「あー、つまりその、ヒュプノス・フレグランス?だっけ?それどんだけ吸っても意味ねぇし、何より『夢世界の祝福』の能力全部通じねぇわ。直接攻撃じゃ無きゃ俺に干渉できねぇんだ、悪いな」

「―――はぁああああああっ!!?そ、そんな話があってたまるかなんだな!ぼ、僕の『夢世界の祝福』は、確かに神から貰ったもので―――!!」

「俺の『狂乱の祝福』も神から貰ったんだ」


『夢世界の祝福』なんて聞いた事無いが、恐らくこの男が『異世界人』だから、その時神様とやらに貰えたんだろう。

俺にはそんな事全然無かったのに。

目が覚めたらいつの間にか異世界ライフ始まってたし。死にかけながら手に入れた『祝福』のせいで夢が強制的に叶わなくなるし。


うーん、過去に何度か『異世界人』に遭遇したけど、コイツ含め全員何らかの『祝福』を持ってたんだよなぁ。それも全員神様に貰ったと口を揃えて言う訳で。

聞くところによると、そいつ等全員俺と同じ(或いは限りなく似た)世界から転生、転移してきたらしいし、なんで俺だけハードモードだったのかよくわからない。

一人を除いて全員ターゲットだったから、生き残りも一人しかいないし。ソイツとあまり仲良くないから話し合うのも難しいし。


俺から伝えられた真実に激怒していた男は、息を荒くしながらこちらを睨みつけて来る。

そりゃ、自慢の『祝福』が全部無効化されるとなれば機嫌も悪くなるだろう。気持ちはわからなくも無い。


色々とやりにくさを感じつつある俺が、取り敢えず剣を構えると、予め『狂気』で汚染して精神異常を解除しておいたガルム達がようやく目を開き、起き上がった。


「ん、うぅ……?」

「おう、おはようガルム。他の三人は多分、セナちゃんの姉とお仲間さんかな?」

「えっ……?あ、貴方は……って言うかこれってどういう状況で」

「ッ!!ジン!お前どの面下げてここに―――!!」

「どの面も何も、俺の顔は一つだけだぜ?ハハハッ」


『狂気』は字面だけ見れば恐ろしいだけの物に感じられるが、実際はソレだけではない。

こうして精神攻撃を受けた人間を敢えて『狂気』で汚染することにより、元の精神状態に戻す事も可能なのだ。

毒は薬になり、薬は毒になるというヤツである。


もしかしたら精神攻撃受けたのかなー程度の予防で使ったが、『夢世界の祝福』が云々と男が語っていた以上正しい選択だったのだろう。

見ればほら、不思議そうに俺を見て来る三人と、今にも飛び掛かってきそうなくらい殺気に満ちたガルムが俺の背後に。


助けてやったのになぁ、と苦笑いする俺に、またも男は絶叫する。

余りの大声に一瞬耳を塞ぎかけた程だ。洞窟は音が響くから困る。


「ん、な、なん、なんで!?どうして!?そこの四人の精神は僕が徹底的に破壊した!決して、戻るなんて―――!!」

「だからァ、俺の『祝福』は精神攻撃を無効化できるんだって。それを少ォし応用すりゃ、メンタルケアも可能って訳だ。つまりテメェのやった事は全部無駄になったって事さ」

「で、でたらめすぎなんだな!ち、チート格差!許されないんだな!」

「文句ならテメェにチート能力(小遣い)くれた神様(お母さん)に言えよ。神様(お父さん)かもしれねぇけど」


自分よりも感情が爆発している人間が近くに居ると自然と冷静になる、という言葉を聞いた事があるが、実際にその通りらしい。

ただでさえゴブリン処理の虚無作業で無心になりつつあったのに、さらにセナの件で俺へのヘイトが大爆発中のガルムと計画全部ぶっ壊されて怒り心頭の男とに睨まれて、『祝福』の副作用で常に高揚し続けるはずの俺の精神が驚くくらい凪いでいる。


次からは暗殺の依頼が入る度にこの手法を使えば―――いや、作業ゲーはともかく俺の発狂以上に感情爆発させるようなヤツってそうそういねぇか。没だな。


「う、うぅ~……!!許さんッ、僕のお嫁さん達をッ!!返せぇええええええ!!」


男の叫びに呼応する様に、黙っていたゴブリン達が再び俺に突撃してくる。

意識を失う前に何かあったのか、ガルム以外の三人は迫り来るゴブリンの大群に怯え切った表情を見せ、頭を手で押さえるようにして丸くなってしまった。


ま、セナに頼まれたんで、こっからは完全無傷をお約束しますがね。


ノガミとして依頼を完全達成するには、ジンという表の姿でも必ず約束を守る―――日頃の行いから正しくある事が大切。ちょうどテンションも下がってるし、クールに守り抜いて見せようじゃないか。


クールに、クールに、クールに……と頭の中で念じ続けながらゴブリンを殺す。一切の自由意志をはぎ取られ、自ら死地に突撃するように仕向けられているのは可哀そうと言う他無いが、殺さない理由は無い。

元々ゴブリンは皆殺し予定だったのだ。洞窟の規模的に大した量はいないだろうし、このまま続けていれば……。


「―――ほら、これで最後ッ!」

「ぎぃいいいいいいっ!!」


山の数ほどいたゴブリンは、ついに死体の山に変わり。

余裕が消え、腰が砕けたのか尻もちを搗きながらも逃げようと足を必死に動かし続ける男を守ろうとするゴブリンも、洞窟の内部に隠れ潜んでいるようなゴブリンも、何もいない。

セナの頼みごとの一つが、まずは達成したという事だ。


「凄い。あの人、あのゴブリンを呆気なく……」

「ずっと冷静に、冷酷に……まるで精密な魔法陣みたいで、素敵」

「おいっ、あんなのに憧れんな!アイツは、セナの依頼を『金が無いから』っつって断ったクソ野郎で!」

「……断ったのに、どうして今ここに?」

「うっ、そりゃあ……そりゃあ……」


背後で色々話している声が聞えるが、一旦それは無視。

小便漏らしながら必死に逃げようとしている男へゆっくりと近づき、首元に刃を突きつける。


「終わりだぜ、異世界転生者。いや、転移か?まァなんでも良いが、アイツ等に手を出した事、公認テイマーでもねぇ癖にゴブリンなんて害獣飼いならして人間襲わせた事。殺すに足る理由がありすぎるんで、ここで死ね」

「まっ、まままっ、待ってくれ!そ、そうだ!君はガルムちゃんに相当嫌われているようだし、僕の力であの子を君の従順なペットにしてあげるんだな!言わずともわかるんだな!ガルムちゃんだけ名前を呼んで親し気に挨拶をしていたところから察するに、あの子だけが知り合いか、あの子にだけ特別な感情を向けているかって!と、取引なんだな!僕の命を見逃す代わり、君の都合の良いペットを提供!後の三人も、勿論セナちゃんも僕は金輪際狙わない!ひ、ひひひっ、わ、悪い話じゃないんだな。だからほら、その剣を下ろして―――」

「バーカ。んな使い古された命乞いしてる暇あったら走って逃げるくらいしときゃ良かっただろ」


言い終わる前に首を刎ね、『祝福』を解除する。

最後男の首を刎ねた瞬間はヒャッハー!と叫びそうになったが、それ以外は極めて冷静な戦闘が出来た。

冷静というか投げやりって感じだった気もするが、とにかく今回は(男を蹴りつけた時を除けば)ノーヒャッハー。状況に恵まれたとは言え、俺の自制心修行の成果も出ているのではなかろうか。


少し鼻歌を歌いたい気分になりながら剣を仕舞い、改めてガルム達の方を向く。


起きたての時の睨みに比べ、少しはマイルドな目線になったガルムを筆頭に、四人がこちらを見つめている。少し待っても特に何か言ってくる様子が無かったので、こちらから挨拶する事にした。


「えーっと。ジン・ギザドアって言います。三人の名前は、えーっと……リンさん、メイさん、クィラさん、であってますかね?」

「―――は、はい」


しばらく呆然としていた彼女達だったが、ポニーテールの少女が代表する様に頷いた。その頬はやや赤く、未だ夢見心地と言った表情をしている。

他二人も同じだ。居心地悪そうではありつつも毅然としているのはガルムだけ。


「セナって子に頼まれて来たんですけど、怪我とか、何かされたとか、ありますか?」

「だ、大丈夫です」

「そっか。なら良かった。―――ガルムは?」

「別に。何てことねーよ」

「ふーん。……目元赤いぞ」

「っ!」


慌てて目元を隠すが、もう手遅れだろう。

あの男が精神崩壊云々って話をしていたし、きっとトラウマもののナニカを見せられて、その間に泣いたんだろうな。ここはあまり触れないで置いてやろうじゃないか。これ以上揶揄ったりして好感度を下げたくないし。


これでも護衛任務はまだ終わった訳じゃない……どころか、俺に依頼してきた奴の話とか、何もできてないからな。


「?ガルムと知り合いなの?」

「んー……話すと少し長いし、この場所に長くいるのもあまり気分が良いモノではないでしょう?移動中に話す、で良いですか?」

「あ、はい。それと敬語は止めていただいて良いですよ。寧ろ、止めてもらえると助かるというか……堅苦しいの、あまり得意じゃなくって」

「そう?なら、ありがたく」


※―――


洞窟から村に戻るまでの間、彼女達はとても修羅場を潜り抜けた後とは思えないような姦しさで俺に色々質問してきた。

どうしてここに来たのか、なんの仕事をしているのか、ガルムとの関係は、冒険者に興味は無いか……等々。


三人とも美人だし、こうも話しかけて貰えてうれしくない事は無いので、全部しっかりと答えたが、その間少し離れた場所から睨みを利かせてきたガルムとは未だに喧嘩中……というか一方的に嫌われているままだ。


そりゃ方便の為とは言え一度依頼を断って、しかもその理由が『金』じゃ、嫌な奴だと思われても仕方ないとは思うが。

実際ここに来た時点で色々察してくれて良いと思うんだけど。そんな頑なに認めない事ある?


「あっ、お姉ちゃん!」

「セナっ!」


村の入り口に近づくと、門番と一緒に待っていたセナがこちらに駆け寄り、リンに抱き着く。感動の再会に、門番の男は目元を拭っていた。


一日だけの別れとは言え、向かっていた先が発情期を間近に控えたゴブリンの巣。帰ってきても既に壊された後だろうと内心思っていたところ、こうして無事に帰ってきて、姉妹で真っ当な再会が出来て。そりゃあ涙も出てくる。


「お姉ちゃんが帰ってきてくれて、良かった……!!」

「うんっ、うん……っ。ただいま……!」


リンもセナも嬉しそうだし、まさにハッピーエンドという奴だ。

俺も王都から走って来た甲斐があった。道中風を切る感覚についヒャハハ笑いが飛び出したけど、しかもそれを誰かに見られたけど、顔は見られていないはずだしセーフセーフ。


しばらくの間泣きながら抱きしめ合っていた二人は、満足したのか離れ、村に入っていった。その後を追い、俺達も村に入る。


門の奥では、村人たちがリン達を出迎える為に集まっていた。全員が壁の向こうから聞えたセナとリンの声で無事をわかっていた物の、こうして実際に姿を見るのとはまた違うのだろう。口々に「良かった」とか「もう危ない事はするな」とか、色々な事を言っている。


「皆大団円って感じだし、お前もそういつまでもモヤモヤしてるって顔してんなよ。セナとのアレは謝るからさ」


三人が村人たちに囲まれているのを離れた場所から見つつ、俺はガルムに声をかけた。

いつまでも不機嫌で居られては、依頼者からの信頼を勝ち取れずにいては、暗殺者としての名が泣くという物だ。結果的にセナの頼みは聞いたし全員無事だったし、俺への好感度云々はどうでも良いとして、機嫌だけは直してもらいたい。


「謝るも何も……どうせ来るつもりだったなら、なんで一回断ったんだよ」


唇を尖らせ、拗ねたような顔を見せる。

彼女はどうも、それが引っかかるらしい。


とはいえ暗殺ギルドに所属していない彼女に、俺がギルドマスターの前で『依頼を断った』上で『頼みごとをプライベートで聞いた』事の意味がわかるとも思えないし、素直に教えるとしよう。


「これは暗殺者に限った話じゃ無いが、商人……つまり買ってもらう側の人間は、客に対し真摯でなくっちゃ駄目だ。バレなきゃ良いとかそういう問題じゃなく、自分達が『嘘』を客に一度たりとも吐いた事が無いって状態を維持する。これがとても大事なんだ。暗殺者なんていう、命を金でやり取りするような存在にとっては特にな」

「つまり?」

「ノガミは『依頼』を断った。他ならぬギルドマスターの前でな。そうすることで、例え子供であろうと、どんないたいけな願いであろうとも、金がない人間の『依頼』は絶対に受けない冷酷な暗殺者ノガミという『事実』が出来る。仮に俺がタダで依頼を受けたとして、その『事実』について客から確認された時、ギルドマスターは肯定する他ねぇからな。逆も然りって事さ」

「隠せば良いだろ」

「だから、それはダメなんだ。一度でも『嘘』を吐けば、一度でも自分達にとって楽な、利益が多い方を選べば、それしか選ばなくなる。そうなりゃ俺らは暗殺者でも商人でも無い、ただの詐欺師に成り下がる訳だ。―――暗殺ギルドは庶民から王様まで、国内から国外まで、幅広い客を日々招く店。そのマスターが、その稼ぎ頭が、一度でも嘘を使っちゃダメなのさ」

「そりゃ………面倒くさいな」

「かもな」


でも俺は、そんな暗殺ギルドが好きだ。俺の理想とする暗殺者像は、きっとここで完成できる。

少なくとも『祝福』を手に入れる前、つまり総合部にいた時から今に至るまで、俺はこのギルドに対し敬意を抱き、所属できている事に常日頃から感謝と感激を抱いている。


「因みにだが、商売をする上で馬鹿正直なのも困り所な訳だ。だが完璧な『嘘』を吐くのは裏切り行為。だから俺達は自然と『言葉選び』が上手くなる。言っちまえば『詭弁』ってヤツだな。意図的に聞かれていない情報を隠したり、言う必要のない追加情報を付け足したり。セナの時だって、俺はわかりやすく依頼って言葉を強調したりして、お前に気づいてもらおうとしてたんだぜ?」

「わかるかよ、そんなの。―――でもま、色々納得したよ。一週間近くお前と一緒に居て、お前がどういう人間か、わかったつもりだったんだけどな……あの程度で裏切られた気になってて、なんか恥ずかしくなってきた」


深ーく溜息を吐きながら、空を仰ぐ。つられて俺も視線を上に向けると、すっかり空は赤くなっていた。

こりゃ帰る頃には夜だな。ギルマスがまだ村にいるんなら、馬車に乗せてもらって―――いや、セナが門の外で待ってた時点でギルマスが先に帰ったのは確定か。

ガルムと二人で戻るってなったら、ここで馬車借りるしかないか。シシリア村ってなんでも高いからあまり使いたくないんだけど。


「ジン」

「ん、どした?」

「その……ごめんっ!」


しばらく続いていた沈黙を破り、ガルムは綺麗な姿勢で俺に頭を下げた。

突然の行動に目を丸くしつつ、取り合えず顔を上げて謝罪の意図を問いただすと、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに視線をあちらこちらへ彷徨わせ、教えてくれた。


「アタシ、お前の事信じねぇで、その上ぶん殴って、酷ぇ事沢山言って……それなのに助けてもらって、お前からは何も言わないでくれて。それなのに謝罪の一つもしないなんて、流石にダメだろって思って……」

「そう、か。そういう事なら受け取っとく。けどあんま気にすんなよ?実際アレは事情を知らない奴には俺がクズにしか見えなくて当然だし、殴られた時なんかいっそ安心したよ。俺の知る通りのガルムだ、って」


一週間と少し。俺とガルムが一緒に過ごすようになってから経過した時間。

俺達の性格上、この程度の期間があればある程度互いの人格を理解して、仲良くなるには十分すぎる。


ガルムは見た目だけでなく、内面まで俺好みだった。

明朗快活で男勝りで気前が良くって優しくって真っ直ぐで、一緒に居て気分の良い奴だと思っているし、実際その通りなのだろう。


だからこそ、あの場で殴られた事で「こいつはきっとこうするはず」とわかっていた通りに動いてもらえて、安堵したのだ。

ぶん殴った側からしたら「こいつはきっとこうするはず」を守ってもらえなかった訳だからショックだっただろうけど。


俺の言葉を聞き、ガルムは目を大きく見開く。

しばらくの間無言が続き、幾度か深呼吸する音が聞えたかと思うと、視界の隅で何かが動いた。


手だ。ガルムが、俺に手を差し伸べている。


「これからはもう、疑わない。アタシは今までのお前を信じて、一歩引いて考えるようにする。ただ聞いた通りに、ただ見た通りに、ただ感じた通りに動くとどうなるか、あの豚野郎にやられてやっとわかった。だから、もし許してくれるなら。これからのアタシを信じてくれるなら。―――改めてもう一度、握手して欲しい」


真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

その手は微かにだが震えており、恐らくは殴った事を未だに気にしていると思っているのだろう。なんせまだ痣が残っているのだから。

実際かなり痛かったし。言わないけど。


―――まぁ、答えは一つだ。

伸ばされた手を、どうするか。彼女を許すか、許さないか。

そんなの、悩む余地があるものか。


伸ばされた右手に、俺も右手を伸ばす。


冒険者たちの帰還を喜ぶ村人たちの声を少し遠くに聞きながら、俺達は改めて、硬く手を握り合うのだった。

前書きに何もないと寂しいので、『祝福』の説明を乗せてみました。

もしかしたら今後出す予定の『祝福』を先行公開する可能性や、没にした『祝福』をしれっと出したりするかもしれないので、楽しんでいただければ幸いです。



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