第八十九話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「思い出した。この女が最後の試練だ」
ディ・フォンが叫ぶ声の方を見ると彼はソリエラを睨んでいた。
「全ての祖となる貴重な種を私に渡しなさい」
ソリエラはナイフとなった自分の腕をレオーナの喉元に突き立てた。
「何をするのです?」
「アイリシュオン。私の絶望。私には授からなかった命」
「―アイリシュオン?何のことです?」
「レオーナとイノスの子だ。遥か昔に授かりワシが守り通した人類の希望」
「私に赤ちゃんなんていませんよ」
「物語でお前達は契ったのだ。遥か昔のレオーナの子はセオドアの始祖となり、その者の二番目の子が長年にわたり受精卵として、ワシによって守られ、今この手にある。そして、それは簡単には奪えない」
ディ・フォンはソリエラとレオーナの近くへと動いた。光り輝く玉が手の中にある。
「あの物語のレオーナとイノスの夢は現実だったのですか?」
レオーナは物語の自分達の子が存在している事に驚嘆し、その輝きに目を瞬かせた。
「夢の中で彼らは結ばれ子を授かった。遥か昔の話じゃ」
「この世を潰す元凶。私の中でお眠りなさい。私の子として産まれ育つの」
「機械となったお前では産む事は叶わぬ。レオーナを解放しなさい」
「彼女だって機械となって宇宙へと旅立つ、私と変わらないわ」
「私は機械になったのですか?」
レオーナは自分の身体が機械になったことに驚いた。
「ああ、そのゲートをくぐった時に生身の身体である玲緒奈から精神は、そのままでレオーナという機械にすげ代わったのだ」
「私は機械なのか」
レオーナは、生身としか思えない自身の手を見つめて愕然とした思いを感じた。
「レオーナは、かの地で子供を受精卵から育てる事となる。機械でもアイリシュオンを成長させることが可能だ。その技術はレオーナでしか、分からないようにしてある」
「私は旦那様に子供を産めるようにしてもらったわ。だから、この子を産むのよ。機械じゃないこの子を。私の赤ちゃん」
「お前では子は産めない。リィが仕掛けた幻想だ。夢を抱くな」
「そんなの嘘。この子は私の子。宇宙には行かないの。この地で私と暮らすのよ」
「ソリエラ、リィはここに居るぞ。ソードとの恋に破れたお前の為の夫だ。ワシの手先、ワシが作った機械じゃ」
リィがいつの間にかディ・フォンの隣に並んでいた。
「―なるほど、機械だったのか、合点がいく」
レオーナは、だから右手が離れても平気だったのだなと振り返った。
「ソリエラ僕の元に来て」
リィが彼女を呼ぶ。
「あなたじゃ、私の子は手に入らない。だって機械だもの」
「この世でお前を一番愛する夫だ。そのような事を言うな。赤ん坊が欲しかったら作ってやる」
ディ・フォンはソリエラを宥めた。
「どうせ、機械でしょう?私は生身の子供が欲しいの」
「今までは、それでも喜んでいたではないか、カルウはお前達の子ぞ?あんなに愛していたはず。又カルウを赤子として作ろう。カルウとリィと共に静かに暮らせ」
「ディ・フォン様には分からないわ、この悲しみは」
ソリエラは嘆いた。
「僕では幸せに暮らせない?機械だから」
リィはソリエラの傍まで来て、彼女の顔を覗き込んだ。
「そうじゃない、そうじゃないの。あなたは素敵な人よ」
ソリエラは頭を振った。
「じゃ、一緒に来て、愛する人」
リィは自分の妻をレオーナから引き離し、彼女の腕のナイフごと抱きしめた。
「人間の子は僕等を残して死んでいく、けれども僕等にはカルウがいるじゃないか。いつまでも幼いカルウが」
「旦那様」
「さあ、僕と共に生きてゆこう。カルウと共に」
〔私はこの者達が来るのが嫌なのだ。汚れた実験物。ああ、嫌だ。この者が最後の手段。最後の希望〕
ソリエラからサーチフォムの声が響く。
「サーチフォムよ、お前はまだそのような事を」
ふう、とディ・フォンは息を吐いた。
「まだ、存在されていたのですか?」
レオーナは、そのしぶとさに驚いた。
〔人類を滅ぼすのだ。この星に未来永劫、留まり死にゆくものとなれ〕
ソリエラに宿るサーチフォムは声高らかに言葉を吐いた。
〔青の剣は何処?私の手に来るのです〕
ソリエラの目は白い光で輝き、響く声と共に青の剣を探し求めた。
「もう、ここには存在しない。ある一族が封印した。お前の思う通りにはならない」
〔賭けに負けたくない、負けたくない〕
「今回はお前の負けだ。次の機会まで待つのだな」
〔この星の頂点に立ちながら邪知暴虐の振舞い。戦禍は終わらない。サルとしてこの地で死ねばいい〕
ドクン、ドクンと彼女の心音が響く。この力が動いたらどんな世界へと変貌するのだろう。レオーナは心底震えあがった。
「もう遅い、サーチフォム。決まった事だ。彼方へ消え去れ」
ディ・フォンはソリエラの額に手を当て、念じた。光が弾ける。稲妻のような強力な光が辺りを包む。ディ・フォンがその額から離れると、彼の手から叫び声と共に緑の光の帯が現れ消えて行った。
「これでも完全ではないが、一応消し去ることは出来た。彼女の邪悪な側面が出て来たようだ」
脂汗を掻いたディ・フォンはもう大丈夫だとレオーナに頷いて見せた。
「旦那様」
リィを見つめるソリエラの瞳は潤み悲しそうだ。
「じゃ僕らはここで別れよう」
リィはソリエラをマントで包むと扉の向こうへと消えて行った。
「騒がしてすまない。まだ、妻が足掻いておるようだ」
ディ・フォンは扉の向こうに行ったソリエラの方を見続けた。確かイノスは紫の瞳の者に気を付けろと言っていた。あれは彼女の事だったのかもしれない。もしかしてあの時イノスが消えて無くなる前に叫んでいたのは、ソリエラの事だったのだろうとレオーナはそう解釈した。
「さて、レオーナ、イノス。お前達の後に続く者もいるだろう。そして、この地に留まり一切の記憶を無くして一から人類の歴史を作る者と分かれるのだ」
ディ・フォンが指を高く上げ、未来へと進む人類の道しるべを指し示した。その指差す先には二つの光る線が現れた。
「―人類の黄昏と夜明けじゃ」
彼はそう考え深げに彼方を見た。
「あなたも彼女の元に行くのですか?」
「いいや、行かぬ。この星に留まり、再びこの時を待つ。これが彼女とワシの関係なのじゃ。それが、ワシらの選んだ運命。ワシはこの星の管理人。進化を助ける守護者。サーチフォムに作られたオートマタだ。サーチフォムは、お前になりたがったが、それを諦めたようだ。未だに彼女は荒れておる。なにせ荒ぶる魂の持ち主だからな。彼女は色々な側面を持っているのだよ。慈悲深い女神であったり、先程のように荒ぶる神になったりな。これも、いつもの事じゃ。だから、ワシは彼女を愛しておる。彼女に物語を届けておくれ、ワシの愛を」
ディ・フォンはレオーナに願った。
「人類最後の進化の場所は宇宙だよ。幾つものアダムとイブが旅立つ。惑星に降り立ち始祖となる。我らのイブよ。機械となり光速を越えて行け。お前達の子供は特別な液体で守られ彼の地に着く。そして命が繋がれる」
さあ、行くがよいと、ディ・フォンはレオーナに、自身の手にある光の玉を渡すと、彼女の背を押した。
「いってらっしゃい!」「私ももうじき旅立つわ、この星から」「私達はこの星に留まるの」
イノスの元へと駆けるレオーナの背に彼らの声かかる。
「レオーナ」
イノスの声がする。
私は彼に相応しいだろうか?私は彼に並ぶべき精神の持ち主だろうか?レオーナは自問自答した。しかし、イノスの冴え冴えとした瞳を見ただけで、その不安は一瞬で消えて行った。
「・・・・・・」
レオーナは、彼の首に手を回し抱き付いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある星系で星間旅行をする途中で青い星を見つけ、私はホッと一息ついた。
「そうして、どうなったの?」
興味深そうに娘は訊ねた。
「二人は幸せに暮らしました。そして、私達が生まれたのよ」
「ふうん、そっか、良かった」
「そして、私達の先祖様が最後の作者。この物語は、贈り物として、ちゃんと例の彼女に届いたわ」
そう、私は物語を締めくくった。
〔それから、私の最後の役割を果たします〕
私にサーチフォムの心が移りだした。
〔さあ、これから記憶の無い子供としてディ・フォンの元へと行きなさい。アイリシュオンの血を受け継ぐ者よ。私と彼の賭けの始まりです。サイコロは振られた。逃げて、私の嫉妬から、恨みから、怒りから〕
娘には私から彼女の狂気が伝わったのか、怯えたように私を見た。
そして、背を向け駆け出した。その後ろ姿に、逃げて・・・・・・最初の物語を始めるのよ。そう囁いた。こうして物語は始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




