第八十話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「―本当にどういう事?登場人物が頭の中で勝手に動くわ。やり難いったらありはしない」
私は机を叩いて頭を抱えた。私は子孫を残さなかった。代わりに家に代々伝わる、この物語を小説として世に送ろうと思う。しかしながら、この物語はあちこち辻褄が合わない。様々な人が足しに足したものだからだろうか。何とか修正しておきたい。私は筆を走らす。物語を小説にする為、長年の時を要したが、ラストに入ると思ってもみない物語へと変容していった。物語に収拾がつかなくなってきたのだ。
「何がやりたいのか、さっぱりだわ」
書き直しをしないと、私は右の痛む肩をほぐした。
『―まだ、自身が何者かわかってないのだな。道の奥から来た者よ』
私の頭にディ・フォンの声が響いた。
「又、勝手な台詞が、頭の中に!」
私は喚き悶えた。
『長きに亘り物語を紡ぎし一族であろう?私は今を待っていた。星野玲緒奈よ』
「―!どうして私の名が出てくるの?」
椅子から立ち上がり私は動揺した。
『最初はレオーナ、レオと、日本に来てからは玲緒奈あるいは玲央と名付けられ、聞き手が男となり女となり、お前達一族が人類の歴史全てをかけて、自分は何者なのか思い出す物語を、お前は書いているのだ』
「どういう事?」
とんでもない事が頭の中で展開している、・・・・・・私は頭を抱えた。
「もう逃れられないのだ」
バタン!突然部屋のドアが開き老人が入って来た。
「誰です?!」
私は必死になって身構えた。何か防御できるものはないか右手を机辺りで探った。
―しかし何も見つからない。
「ここは私の部屋です。警察を呼びますよ!」
私は虚勢を張った。
「これは記憶を思い出したくないお前と思い出して欲しい私の物語だ」
老人はそう言って私を見た。
「何?」
澄み切った青の瞳。どこかで出会っただろうか?私は少しばかりその瞳に魅入られた。
「お前こそ、この物語の主人公レオーナだ。長きに亘り記憶を思い出すのをずっと待っていた。私は男となり女になってお前達の傍で、思い出すのを待っていた。お前が男となり女となって生きてきたように。人は又目覚めこの世界を変えていく」
「私がレオーナ姫?そんな馬鹿な!何故その名を知っているのです?一族のものですか?」
「わしは一族のものではない。お前は代々続くレオーナの子孫、最後の作者だ。レオーナそのもの」
「そんな馬鹿な話、信じられません」
「信じられなくても、お前はレオーナなのだ。お前の中にレオーナは存在する。記憶の無い者よ、語り部と共に待ったワシを思い出せ、代々の記憶を思い出すのだ。語り部は全てその記憶を共用していたのだから」
「・・・・・・それまで聞く側が次の者に引き継ぐときに語り部になっていましたよね。じゃ語り部はどうやって、その記憶を持ったというのです?」
「物語を自分の追加した部分を考え語る前に、我ら側になり、皆目覚めていったのだ。お前達は代々右手首のホクロがあるだろう?」
「確かにそうです。何故それを」
「そのホクロでお前達を見守っていた。この世界に、お前が降り立った時から」「・・・・・・あなたは一体誰?」
「ディ・フォンだ。ファルンカ・ティーベ・ライツでもありソシアでもある。そして、物語の始めの老人はワシじゃ」
「―!まさかそんな事」
私は絶句した。しかし、その風貌は私の想像したディ・フォンそのものだった。それにこの物語の冒頭に出てくる老人が彼だなんて!全く考えもしなかった。
「窓の外を見てみろ。ここがお前の知る世界とは違う事を」
ディ・フォンは窓を指し示した。
「そんな・・・・・・」
カーテンが揺らぐ向こうの景色は青の光の空間のみ、私が小説で描いた世界そのものだった。
「生と死の世界、青の空間・・・・・・全ての始まりの色じゃ。現実と認めたか?この部屋自体作り物、消してしまおう」
ディ・フォンが手をかざすと、部屋の壁が粉になって消えて行く。
「・・・・・・」
そうして私が茫然としている間に、部屋の形は無くなり青の光の空間だけの中となった。ディ・フォンともう一人の老人が私の前に並んだ。
「あなたは?」
玲緒奈は老人にそう訊ねた。
「レオーナ、私はお前の父王リンカーだ。リンカー・ランド・バーンズ。そして、物語の冒頭の老人つまりディ・フォンの友人でもある。彼に様々な話の贈り物をした者だ。ラショネのスープ皿などのな。そして、世界を滅ぼす元凶となった罪深き血族の長の子だ」
白髪交じりの髭、強き眼光。私が描写した通りの姿でリンカーは名乗った。
「ジ・タ・ハーク、いや、その中にいるシスティーヌ、我が愛に答えよ」
リンカーは私に手を差し伸べて訴えた。
「私はレオーナではありません。ましてや、システィーヌでもありません。お応えできません。私を元の世界に帰して」
私は元の書斎に戻りたかった。まだこの事態についていけない。
〘私はこの子の身体を、あなたに差し上げるつもりはありません〙
私の奥底から優しい女の人の声が響いた。
「システィーヌ、お前か?」
リンカーは喜びの声を上げた。
〘私の事など、どうか忘れて下さい。この子はこの子、私の身代わりではありません。この子を通して私を見ないで、この子を自分の子として愛して〙
「私はお前を忘れる事はなかった。そんな事を言わずに私の元に来ておくれ」
〘私は死んだ身、死者なのです。この子を守る為にも私は、この子の中に存在しなくてはいけません。あなたの手を取るのは無理なのです〙
「そのような事はない。私の手を取ってくれ」
〘さようなら、あなた。私は応える事はないでしょう〙
私の中で温かく響いた、その声は静かに消えて行った。
「待て、システィーヌ!私の元へ戻ってくれ!」
悲痛な声でリンカーは叫んだ。
「もう、彼女は現れない。諦めるのだな」
ディ・フォンは冷たく言い放った。
「うおおおおお!」
リンカーは頭を抱え込んで悶え苦しみだした。そして瞬く間に、その姿は次第に巨大化していった。巨大な魔類の姿へと変わったリンカーの迫力は、凄まじいものがあった。
「・・・・・・」
私はその姿に震えが止まらないでいた。
「あれはもうセオドアのリンカー・ランド・バーンズではない。ただの化け物、魔類だ。その剣で奴を貫け」
ディ・フォンが私の元に来てそう命令した。
「―わた、私は剣など触ったことなどありません。第一、剣など何処に?」
「お前の手に既にあるだろう?」
・・・・・・そんな、と自分の手を見ると剣をいつの間にか携えていた事に驚いた。
その剣は青く剣から管が出て絡みつき、私の右手の一部と化していた。
「お前が動かなくても、その剣が確実に動く」
ディ・フォンの声と共に私の右手が動く。
「え?ちょっと待って!」
私の意思とは別に勝手に、完全に魔類の姿となったリンカーに、一直線に切りかかった。
「嫌だ!嫌だ!人を殺したくない」
私は必死に抗った。
「あれは人ではない!魔類だ!消し去れ!」
ディ・フォンの怒号が飛ぶ。
「嫌だ!嫌だ!」
喚く私の手が、剣が魔類を消し去っていく。
「父王様・・・・・・」
私は倒したリンカーであった魔類に手を差し伸べた。
「そのような顔を見せるな、我が娘よ。このように何度も妻に逃げられる運命なのだ。そうと分かっていても同じ事を繰り返すのだ。人類が黄昏と夜明けを迎えるこの時に」
リンカーの声が優しく囁いて彼は光の柱となり消えて行った。後は、静かな空間だけが、そこに存在していた。




