第六話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「ウェンデルからの使者が到着いたしました!」
人々のざわめきの中に詩楽が流れる。
数人の使者が青の敷物の中、白藤を手に鈴の軽い音をさせ王の間へと進む。使者は顔に銀と金で装飾された仮面をはめていた。青い瞳だけが僅かな穴から揺らいで見える。彼らのような青の瞳を持つ者はセオドアにはいない。宮中の者は使者の青の瞳を見てさざめきあった。
―なんと美しきことか。ウェンデルでは瞳までも宝石かと。
「よく来られた。ディ・フォンどのは健在か?」
国王リンカーは前に揃って、並び伏した使者に声をかけた。
「は、我が王は相も変わらぬ様子です」
使者の一人が多少苦々しく答えた。
「わはははは!」
リンカー王は豪快な笑い声を、王の間に響き渡らせた。
「そうか、相も変わらぬか、あの癖がなおっておらぬか」
これはまた・・・・・・と低く笑い、さも愉快そうな表情を作った。
「・・・・・・」
三人の姫は少し意外そうな顔をした。父王がこんなに嬉しそうにしているところを見たことがないのだ。普段は厳しく表情を出さない父王が笑顔でいる・・・・・・不気味だ。レオは、少し顔を引きつりながら父王を眺めた。
「ここには多くの女人がいる。楽しんでいく事だな。選り取り見取りだのう」
と自分の娘達をちらりと見る。三人の姫は慌てて礼を取った。姫達の後ろの女達もそわそわと姫達にならい礼を取った。
「ジーン、フレイ、レオーナここへ」
父王は表情を変え、手でこちらに来るよう合図した。
「紹介しよう。右から一の姫ジーン。二の姫フレイ。そして末のレオーナだ」
ジーンのドレスはカルームから取り寄せた、フェルという草食動物の皮の生地で作られた最上級のもので、深紅色をしており、ジーンの髪の色によく似合っていた。セオドア一の職人による手織りのカスケールは、長々と彼女の体を取り巻いている。フレイは控えめな薄紅色のドレスに同様の色のカスケールを羽織っており、ジーンより目立たない様に気を付けている様子だ。レオは白地に薄いレースをあしらったドレスを着ていた。彼女にとって一番上等なドレスだった。白のドレスはレオの銀の髪に映えてよく似合っていた。それに薄い空色のカスケールを纏い姉達に並んだ。ジーンはレオの服装を気に入らないのか、憎々し気にレオを横目で睨んだが、自分のドレスを眺めたりして満足したようで、次の瞬間には自信たっぷりに微笑んで見せた。
「お相手をしなさい」
そうリンカーは父親の表情でそう促した。
「はい父王様」
姫達はそれぞれの使者の前に立ち会釈した。使者は姫の前に跪き白藤を彼女達に渡した。
「舞曲を」
父王が右手を上げると曲が流れ、人々は曲にのって踊り出した。
レオは目の前の使者と踊った。ジーン達もそれぞれの使者と踊っている。レオは使者の仮面の隙間から、覗く青い瞳を見て、なんて美しいのだろうと思った。空の青さとも違う深い青。宝石の色にも似た濃い青かな。レオがそう思いながら踊っていると、舞曲が変わり別の使者と踊る事になった。今度の使者は瞳の色が違う。青空のようだ。暖かな春の色のようだ。ウェンデルには、様々な瞳の色をした人が、いるのだなとレオは思った。同じ青にも個性があるのだ、きっと。レオは舞曲の曲が変わるたびに他の使者と代わる代わる踊った。どの使者も青の瞳を持ち同じ色は誰一人としていなかった。
そして舞曲が終わると踊りも終わりを迎え、静かな曲が流れ始めた。
踊り終わったレオの目の前にいる使者の瞳はしん・・・・・・と静かな夜の星空の色をしていた。身体は他の人より少し大きく感じた。
「・・・・・・」
レオが声をかけようとした時、彼女の後ろで声が上がった。
「今日はようこそお越しいただきました」
ジーンが極上の笑みを浮かべて近づいてきた。
「これは」と使者が言うと、「一の姫ジーンですわ」と言いながらレオを押しのけて彼の前に立った。
「とても素敵な瞳ですわね。・・・・・・吸い込まれそう」
男性をぞくりとさせるには、充分な声でジーンは話しかけた。
「あなたのお名前は?」
ジーンは上目遣いに相手の目を覗き込んだ。
「シェルシードと申します。姫君」
ああ、この人はシェルシードと言うのか、この人には似合わない名前だなとレオは、なぜか思った。レオは二人の会話に興味を持ち、なるべく邪魔じゃないギリギリの距離で聞き耳を立てた。二人もレオの事を気にしていない様だ。
「いいお名前ですわね。青の剣という意味ではなくて?」
「・・・・・・ええ、そうとも言いますね」
とシェルシードは少し動揺しているかのように答えた。
レオは、さすがウェンデル通だ、よく知っているなとジーンを感心して、彼女をちらりと見た。
「青の剣はどの様な剣ですの?」
とジーンはシェルシードに訊ねた。
「―そうですね・・・・・・シェルシードは物ではなく人に付ける名前です」
シェルシードはジーンの質問をかわすように答えた。
「そうですの。名に意味はありますの?」
「国を守る者という意味があります」
「どのような事で国を守るのです?」
ジーンは畳みかけるように使者を問い詰めていく。
「―それは姫君、言えません」
「どうしてですの?」
ジーンはしつこいくらい使者に食い下がる。
「これ以上は無理です、姫君」
シェルシードはきっぱりとジーンを撥ねつけた。
「―そう、残念ですわ」
ジーンはレオをちらりと見ると、それではごゆるりと、と言い残しこの場を去って行く。
「・・・・・・」
シェルシードは何かぼそりと呟いた。
「え!?」
とレオはその声に反応して彼を見たが、彼は姉の方を向いて素知らぬ顔だ。
シェルシードはレオの知らない言葉で呟いたのだ。レオの知っているウェンデルの言葉は、上流階級の言葉しか知らない。彼は難しい言葉か、下品な言葉かどちらかをしゃべったのだ。
「・・・・・・」
レオは彼にその言葉について、詳しく問いたださなかった。特に知ることもないな・・・・・・とそう思ったからだ。レオはウェンデルに興味がないし、行く事もないだろうと決めてかかっていた。
「姫君の名は?」
と急にシェルシードが声をかけてきた。
「レオーナ・ランド・イシリスと申します」
レオは礼儀正しく挨拶をした。
「先ほどの姫君はお姉さまですか?」
「はい、一番上の姉です」
「そう・・・・・・あまり似てらっしゃらないですね」
「母親が違いますので・・・・・・」
「ああ、なるほど。そうでしたか、失礼しました」
シェルシードは右手を胸に当てて謝った。
「いえ、本当の事ですから」
「・・・・・・あの」
と二人が同時に声をかけたその時、夜と昼の狭間の時の鐘が鳴り響いた。
鐘の音を聞いて皆は王の間から帰り始めた。
「お時間が来たようだ。それでは私は、これで失礼いたします」
とシェルシードは一礼し、使者たちのもとへと去って行った。
「・・・・・・」
レオの方は青の剣の話とかを、してみたくなったのだが、彼は何を言いかけたのだろう・・・・・・。レオはシェルシードの後ろ姿をしばらく眺めていた。
レオは姉達とウェンデルの使者が帰ってゆくのを見送ると、それぞれの自室へと戻って行った。
「絶対に私は嫁ぐわよ。ウェンデルへ!」
部屋に帰る途中に、そうジーンはフレイに高々と宣言した。
「あの青い瞳を見た?心から澄み渡る暮れ時の様だったわ」
「ティスタンも同じ様な輝きをしていますのね。指輪がとても素敵でした。夢の様ですわ!」
珍しくフレイも興奮気味だ。
「もうじきウェンデルに行けるのね。楽しみだわ」
ジーンはもう自分が嫁ぐものと、確定したものの様な言い方だ。
「ええ。楽しみですわ、お姉さま」
フレイは姉の後をもたもたしながら続いて行く。
―そんなにもウェンデルがいいのかな。レオは姉達を不思議な気持ちで見送った。
・・・・・・外の世界の方がずっと楽しいのに。レオは城の上部にある塔を仰ぎ見た。塔のそばで薄っすらと月が雲に覆われている。
・・・・・・もう夜か。その空の色を見てシェルシードという使者の瞳を思い出した。悲しいくらい冷たい色だったな。あの瞳を見ていると時が過ぎて行く悲しさを思う。レオはしばらく空を眺め使者の事を思った。




