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銀の針姫と青の剣  作者: 瑞木晶
第二章 青の都ウェンデル
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第五話

完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。

「レオーナ!何処へ行ってたの?父王様がお呼びよ!」

自分の部屋に籠り、ドレスを探しているレオに、ジーンが声をかけてきた。

「何ですか?」

レオはそう答えながら、自分の数少ない衣装から、二つドレスを見て悩んでいる。

「何しているの?レオーナ。例の儀式よ」

ジーンはその事を告げるのが嫌そうに話した。

「―そうですか、わかりました。すぐに向かいます」

そう答えたレオの耳にささやき声が聞こえ始めた。またこの時が来たのか・・・・・・。レオは厳しい表情を隠してジーンの後を追った。




――例の儀式か・・・・・・。レオの一番嫌いな時ならぬ(ジ・タ・ハーク)との会話をする時間が近づいたのだ。

鈍色のらせん階段を、衣服に付けている金具の音が響く。先頭をいく父王は数本の金の杖を片手に、何かを唱えながら城の地下へと降りて行く。三人の姫たちは頭に金の縁がかかった緑のケープを纏い父王の後に続く。レオはこの時からあの忌まわしい時の(ジ・ラント)が聞こえるのだ。

『お前は美しい・・・・・・。素晴らしいものだ』

『私のものになるのだ。我が者よ』

この声はレオにしか聞こえないようだ。他の姉達には聞こえないと言う。なぜなのか理由を父王に問いただしても、大丈夫としか言ってくれない。レオは一人でこの声と空間に畏怖しなければならないのだ。一同は階段を下り、とある空間に辿り着いた。その空間はすぐ目の前に、石造りの青白色の扉が、彼らの身の丈よりはるか高くそびえており、扉には何も装飾は施されず、天井のアーチに沿って上部が丸みを帯びている。扉の他にはしんと静かで、暗い闇が存在するだけだ。

彼らの足は六角形の石の上に置かれた。青白色の扉の前でしばし待った。

―そこに緑色のケープを被った者が扉の前に現れる。レオ達のちょうど頭上にその者は浮かんでいる。顔は仮面をかぶり表情が見えない。仮面は石のように固く少し女性的に見える作りが施されている。その表情は時に温かくも冷たくも感じる。これがセオドアの国を守護しウェンデルへの道も守る、ジ・タ・ハークの姿である。レオはこの者の正体が何なのか知らない。ただ恐怖の対象なだけだ。怖くて仕方ない。自然と身体が震える。

『レオーナ、我が者よ。我らに語らせよ。我らを記憶せよ。我らは忘れてはならぬもの。お前は永遠に我らのもの。そして、世界は我らのものに』

「―・・・・・・」

レオはその声を遮断するようにきつく目を閉じた。ああ。早くこの時が過ぎればいいのに―。レオはこの時間ほど長く感じる事は無い。ただただ声が聞こえなくなる事を祈るのみだ。

「静まれ(ベイツ)!」

父王リンカーの声がする。するとレオにはっきりと聞こえていたジ・タ・ハークの声が散り散りになった。父王は金の杖を手に持ち、厳しい表情でジ・タ・ハークの元へ向かって行く。

「タ・ラ・ジクモンド・エアリイ・キルマーク・・・・・・」

父王は扉のすぐ前まで近づきジ・タ・ハークにしかわからない声を紡ぎだした。低くだが力強く声は、空間を支配し始めている。すると、ジ・タ・ハークは苦しみにも似た唸り声を上げ出した。どうやら父王の声はジ・タ・ハークには苦痛のようだ。この声を手に入れたら私も自由になれるだろうか。あのジ・タ・ハークからの声も制御できるだろうか。レオがそう思い巡らしていると、父王の上にジ・タ・ハークが近づいてきた。これからジ・タ・ハークのお告げが始まる。この儀式で毎回ではないが、ジ・タ・ハークは各々の上に来て何らかの言葉を残す。

「そなたは希望より哀しみが待っている」

ジ・タ・ハークの声は急に女性的な声で囁き始めた。

次にジーンの上に来て「お前は全ての知識を知る事になる」次はフレイ「お前の願いは叶うだろう」

次々と彼女達は予言めいた言葉を与えられた。

―そして自分の番だ。レオは自分の頭上にジ・タ・ハークが来るのを待った。

「お前は全ての元凶になるだろう。時が忘れても神々が許してはくれぬ」

「―!」

レオは頭上のジ・タ・ハークを見上げた。その表情は読めない。

「ターラ・インハタル・サーガ」

再び父王の声がする。祈りの音がする。

その間レオはうな垂れ、先ほどの言葉の意味を反芻しながら、足元の六角形の石を見つめ続けていた。

「どうした?レオーナ?ジ・タ・ハークに何か言われたか?」

沈んだ娘の様子に気が付いた父王は声をかけてきた。

「父王様・・・・・・」

見上げると厳しいセオドアの国王ではなく、優しい父の顔をした父王がいる。セオドアの国王リンカー・ランド・バーンズは屈強な戦士であり、歴代のセオドア国王の中でも賢王と呼ばれ国中の人々に愛されている。しかし、常に民の事を考え統治している身は、いくつあっても足らないくらい忙しい。故に娘達とも会話をする機会が限られている。リンカーは特に末娘のレオを何かと気にかけてくれる。城で肩身の狭い思いをしている事を知っているのかも知れない、とレオは父王の前では口にした事は無いが、そう思っている。

「何か言いたいことがあるなら言ってみなさい」

「・・・・・・」

姉達の姿はもうない。さっさと階段を昇って行ってしまった。

「―私は全ての元凶だと、時が忘れても神々がお許しにならないと聞こえました。――姉さま達はよい言葉をもらっていました。私だけ何故でしょうか?」

「お前は全ての言葉を聞いたのだね?」

「はい、父王様への言葉も姉さま達への言葉も」

「それだけあの者の影響が強いのか・・・・・・。普通の者なら自分への言葉しか聞けぬはず。ふむ・・・・・・」

リンカーは長く伸びた白髪交じりの顎髭を撫でつけて悩んだ。

「何か良い策を考えよう。レオーナ、あの者の声は今も聞こえるのか?」

「いえ今は、でもこの儀式以外でも聞こえる時があります。どうすればあの声を防ぐことができますか?」

「あの者を制御出来るのは、この国でワシぐらいしかおらぬ。あの気まぐれな精神(こころ)を。お前があの者の影響が強いのはワシの血を一番受け継いでいる証拠かもしれぬ。・・・・・・いつかお前もあの者を制御できる日がくる可能性もあるだろう」

「いつきますか?そんな日がやってきますか?」

とレオは縋るように父王の両腕を掴んだ。

「うむ、おそらくは。いつかはくるとワシは思っている」

「そんな、すぐにでもあの恐怖から抜け出したいのです。どうすればいいですか?ジ・タ・ハークへの言葉を覚えればいいのでしょうか?」

レオは必死だった。

「それについては、ワシに考えさせてくれ。今はあの者の声は無視しなさい。聞こえなくなる方法を探そう。もう少し待ちなさい」

「わかりました」

そう言うレオの顔は青ざめ血の気が無い。

「・・・・・・ワシがなんとかしてみせよう。そんな顔をするな」

父王は慰めるようにレオの肩に優しく触れた。

「はい、そうですね。ちょっと混乱しただけです。」

レオは父王の前で静かに微笑んだ。親を安心させるための笑顔だと、父王にはよくわかっていた。

「ワシの前では素直になりなさい。我慢することはない」

「・・・・・・少し不安になっただけです。もう大丈夫ですよ、父王様」

「お前という奴は・・・・・・」

父王はしょうがない奴だと、レオの頬を撫でた。

「父王様の手は温かいですね。それに、大きな手」

ふふっとレオは笑い、父王の手に触れた。

「本当に大丈夫なのだな?」

父王は念押しした。

「ええ、平気です」

先ほど見せた不安そうな表情は跡形もない、父王に見せるいつもどおりの娘だ。

「そうか。さあ、戻るかレオーナ」

父王は金の杖をシャランと鳴らし歩き始めた。

「はい、父王様」

レオは父王の後に続いた。

「・・・・・・」

二人が立ち去った後、薄らとジ・タ・ハークが現れた。その表情はわからない。泣いている様にも見える。そう見えたのも一瞬、すうっと空間から消え去った。


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