第四話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「・・・・・・この時期にしては凄い注文の数々だったな」
レオは疲れ果てたのか厨房のカウンターの上に顎を乗せてぐったりしている。が心は達成感で満ち溢れていた。料理は尊い。姫君だからといって料理しないなんて勿体ない話だ。こういう事をするから姉達に疎まれるのだが、レオはたいして気にしていない。
「そうですねえ、もうじきティーチェの実がなるので、それを先読みしたお客が多かったのかもしれませんね」
クインシーはパタパタとうちわで顔を扇いだ。
「・・・・・・ティーチェソースか。魅惑のソースはあと少しで口に入るのだな」
レオはティーチェソースを思い浮かべ、にやりとした。
「二人ともお疲れ様。姫様、魅惑のソースですよ」
コトンとダノンがレオの前に皿を置いた。誰もいない店内では彼らは姫様と呼んだ。
「ティーチェソース!魅惑の鶏肉炒め」
おお、とレオの目が輝いた。レオが一年間我慢したメニューが目の前にあった。
「姫様はお給金を受け取って下さらないから、特別に残っていたものをお出しいたしました」
にこにことダノンは人好きな顔で笑う。
「給金はお前達にもらわなくても構わない。そのつもりはないのだから。それにしても、よくティーチェソースが残っていたな」
「ええ、今朝店の奥から一瓶見つけましてね。見つけた時に姫様の顔が浮かびましたよ。姫様はティーチェが大好きですから」
ダノンは嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに、私はティーチェの魅惑にとらわれているように見えるか?」
「そりゃ、年中ティーチェ、ティーチェと呟いていたら、そう思われるのも仕方ないな」
と後ろからレオに声をかけてくる者がいる。
「ティーチェ!ティーチェ!」
続けて二人目が声をかけてくる。
「ケンフォレンとマーモットか?」
レオは振り向いて彼らを見た。
この二人は幼なじみで、ガキ大将とその子分だ。レオの事を姫だという事は幼い時から知っている仲だ。
「レオはティーチェ馬鹿!」
この声がマーモット。子分の方で、赤い髪のモシャモシャした頭が特徴だ。小さいがこの小ささが彼の持ち味で、喧嘩の時はすばしっこく相手をかわして立ち回る。彼を追い続けた敵は疲れ果て、最後はマーモット渾身の一撃で倒される。
「相変わらずティーチェが好きだな、お前は」
とケンフォレンが八重歯を覗かせ、ニヤニヤしながら話しかける。ケンフォレンはマーモットよりも長身で筋肉質。黒く油で撫でつけた髪が彼の自慢だ。喧嘩っ早くて売られた喧嘩は絶対に買う。生涯負けなしだ、と本人は言っているが、本当だろうか。レオとはいつも互角の勝負をしている。お互い丁度いい喧嘩相手だ。
「うむ、ティーチェが無くては死ぬな」
とレオが真顔で答えると「どんだけ好きなんだよ!」とケンフォレンのツッコみが入った。なかなかのツッコみ、とレオが親指を立てると、おう、と彼は得意げだ。
ケンフォレンはレオの隣に座ると、この料理はまだあるのか?とダノンに聞いた。
「少しなら」
とダノンの声に、じゃそれを頼む、と注文した。
「そのティーチェ待った」
急にレオの止めが入った。
「何だよ?俺はティーチェ料理食べちゃダメなのかよ?」
ケンフォレンが怒ると「ここのティーチェは俺様の者」とレオがぼそぼそとカトラリーを両手に睨む。
「はあ?どこまで好きなんだよ?!」
ケンフォレンは呆れ顔だ。
「どこまでも好きだ」
レオは堂々とそうきっぱりと言い放った。
「クインシーはどうなんだよ?レオが食べていいのかよ?」
今度はマーモットがツッコむ。
「俺様のものは俺様のもの」
ふふとレオが当然だろと笑う。
「はい、そこまで!」
睨み合う三人の間をクインシーの太い腕が割って入る。
「みんなで仲良く分けて食べなさい!姫様、我が儘言わない事です。それと自分の事を俺様と言わない事です。何ですか、はしたない」
クインシーは三人の間にティーチェ料理を置いた。
「我が儘?そうか・・・・・・ティーチェ料理の前では我を忘れるな。すまなかったケンフォレン、マーモット。それから、クインシー」
レオは深々と彼らに頭を下げた。わかって下さるならいいですよ、とクインシーは笑う。
「別にそこまでして食べたいわけじゃないからいいけど」
ケンフォレンはフンと鼻を鳴らした。
「ほら、お前の分」
ケンフォレンはレオの取り分を一番多くよそって見せた。彼らの分はレオの分より半分以下の量だ。
「おお、いいのか?こんなにもらって」
レオの顔が輝く「親分はレオに甘いなあ」とマーモット。
「甘いんじゃなく、こいつの食い意地に負けただけだ」
彼はティーチェソースのかかった鶏肉を、フォークで刺しながらマーモットを睨んだ。
そう言われているレオ本人は、ティーチェ料理を堪能中で聞いてはいない。
「やはりティーチェ料理はたまらないな」
と嬉しそうなレオを見て、彼らも彼女に続いて食べ始めた。
「美味い!」「この甘辛なソース!」
ケンフォレン達もティーチェ料理に唸った。
「そんなに喜んでもらって料理屋として嬉しい限りですよ」
とダノンは鍋を洗いながら満足そうだ。
「もうじき、ティーチェの実が生ると忙しいでしょうねえ」
クインシーは一番の稼ぎ時ですしねと息を吐いた。
「その時は私を使え。クインシー」
とレオが申し出るとクインシーは首を振った。
「いいえ、姫様はお食事だけにして下さらないと。手に火傷でもされた日には父王様にお詫びも申し上げられませんよ」
「父王様はご存じなのか?」
レオは街中の事は父王には、ばれないと思っていたから冷や汗が出た。
「ええ、最初からご存じですよ。姫様がこの厨房で腕を磨いた頃から」
「そうなのか?知らなかった。父王様が許してくれているのか?このような事をしているのを」
初めから、ばれていたとは、とレオは驚きを隠せない。
「ええ、でも、もう嫁入り前だから傷のつかないように気を配るよう言われております」
「それだったら、昔は不慣れで傷を作ることもあったが、今ではそんなこともない。そこまで私の腕は悪くないぞ。第一、二人だけだと大変だろうが」とやる気満々なレオにクインシーは「クデタズのおばばに来てもらうので、今年は結構です」と首を振りながら答えた。
「あのおばばか?」
レオは自分以上に動きまくるグデタズの老女を思い浮かべた。たまにこの店に手伝いに来るのだが、レオは彼女の動きに圧倒されてしまっていた。動きが鈍いですのう姫様、と彼女によく言われたものだ。
「あのおばばには、勝てぬ・・・・・・」
くう、とレオは悔しがった。
「昔は毎日のように手伝ってもらっておりました。いまでもご闊達ですし、十分切り盛りできますよ。もう姫様は嫁入り前の大事な身、自分をもっと大事にしていただかないと」
「そうなのか・・・・・・」
レオは繁盛期にこの店を手伝えないのかと意気消沈した。あの忙しさの後の達成感はレオの喜びだった。しかし、この事でクインシーに迷惑をかける事にとなると話は別だ。
「お前はこともあろうに、一応姫様なんだからな。クインシーの言うこともわからなくはないさ」
ケンフォレンは寂しそうなレオに声をかけた。
「そうだ、お前が怪我したら困るのはクインシーだぞ!」
マーモットもそれに続けた。
「そうか・・・・・・すまなかった、クインシー。そこまで気が回らなかった、すまない」
レオは余計な事をして、クインシーが父王に叱られることになっていたら彼女に申し訳が立たないところだった。レオは落ち込んだ。
「ああ、そんなに落ち込まなくてもよろしいのに。姫様には随分助けていただきました。感謝しかありません。姫様には食事に来ていただいたら嬉しく思います」
「クインシー・・・・・・」
レオは下を向いた顔を上げた。
「あの店の忙しさが私の幸福だった。立ち込める美味しい湯気の匂い、客の咀嚼音。鍋の油が爆ぜる音。トントンと具材を切る音。・・・・・・私の好きなものに溢れていた。父王様に、クインシーが叱られる事になるなら話は別だ。ここにもあまり来ない方がいいな」
レオは再び下を向いた。
「そうおっしゃらずに、好きな料理をお作りしますよ。姫様に料理を振舞うのが私の楽しみですから」
クインシーは下を向くレオを覗き込んだ。
「おう、そうさせてもらえ。クインシーもお前が来ないと寂しいだろうが」
ケンフォレンはそう言うと勘定してくれと席を立つ。勘定はいらないよとのクインシーの声にありがとうと感謝すると、店を出ていく。
「そうしろよ、レオ」
とご馳走様とマーモットもそれに続く。
「じゃ、またな」
ケンフォレンがレオをちらりと見て手をあげた。
「またな」
その後をマーモットが駆けて行く。
「姫様、是非食事にいらして下さいね。姫様の姿だけでも私には喜びですから」
本当ですよ、とクインシーはレオの目を見つめた。レオが幼い時に、彼女の前でよく泣いていた時と同じ優しい眼差しだ。ここはクインシーに甘えよう、そうしないと彼女が悲しむ、レオは彼女の心情を察した。
「うん、わかった。クインシー。顔を見せには来るよ」
レオはそう言うと彼女に微笑んで見せた。
「そうですか、嬉しいです、そのお言葉」
ホッとしたようにクインシーは胸を押さえた。
「・・・・・・それと姫様は、もう少しお姫様らしくいらっしゃらないと、嫁ぎ先が決まりませんよ。もうじきウェンデルの使者がやって来るのでしょう?」
クインシーはレオの傍の席にどっしりと座った。ダノンは店の二階に上がって休憩しに行った。
「ウェンデルには行かない。嫁にも行かないぞ」
レオははっきりと断言した。
「まあ、じゃどうするのです?」
「旅に出る」
レオは初めてクインシーにこの事を話した。この国でこの事を知っているのはケンフォレンとマーモットだけだ。彼女に言うと、止められるかも知れないと思ったが、つい口にしてしまった。
「お一人で?」
クインシーはレオが思ったよりも、冷静に聞いてきた。もっと,怒るのではないかとも思っていたから、彼女の反応は意外だった。
「ケンフォレン達と」
とレオは白状した。
「まあ、仲のよろしい事。けれどもそんなこと父王様が許してなどくれませんよ?」
クインシーは諭すようにレオに話した。
「本でね、色んな世界があるって知ってから、奴らと一緒に旅をしようって約束したのだよ」
レオには行ってみたい所が数え切れないほどある。時々ケンフォレン達と行きたい場所を話し合ったりしている。
「どこに旅に出るのです?姫様?」
「そうだな」
とレオは嬉しそうに話し出した。
「ファルメ池から望むエーフェンの滝とか・・・・・・滝っていうのは谷間から流れる川の段差にできる水の流れらしいのだ。詳しくは分からないけど、その滝には虹がかかっていて綺麗だと。後、その近くにレンドっていうお菓子屋さんがあって饅頭が美味しいらしい」
「へえ、それは綺麗な場所なのでしょうね」
「あとシャーローンへ行く途中にある白砂の湖が綺麗だそうだ、そこの名物が鶏の串焼きなのだよ。串焼きって響きがいい・・・・・・。美味そう。ラナータっていう野菜が美味しい所もあるらしい」
「姫様、ほとんど食べ歩き旅になるのでは?」
とクインシーの突っ込みが入る。
「うっ、それもそうだな・・・・・・。ケンフォレン達もそう言ってたな。でもそれも旅の醍醐味というもの。エフェローメという峠を越したら海にたどり着くそうだ」
レオはだんだんと自分が、本当に旅している気分になって興奮し始めた。
「海だぞ!海!クインシー!どんなのだろう・・・・・・この大陸より広いって聞くけど、本当なのだろうか・・・・・・」
「姫様は本当に海に行ってみたいのですねぇ・・・・・・幼き頃から度々聞かされておりました。重々分かってはいますが・・・・・・。残念ながらその夢は叶いませんよ」
「どうしてだ?」
レオは不思議そうにクインシーを見つめた。
「まずセオドアの姫君はウェンデル、もしくは近隣諸国に嫁ぐのが当たり前です。又セオドアの民は一生この地に留まる。これは先祖代々からのしきたりです。ケンフォレン達も旅には出られないのですよ」
「分かっているけど、どうして?なぜこの国の人々は国を出てはいけないんだ?」
「それは・・・・・・」
クインシーは声を潜めて次の言葉をレオに囁いた。
「罪深き血族だからです・・・・・・」
レオはその言葉に総毛が立った。ごくりと喉が鳴る。幼き頃に侍女に聞いた事がある。この国の者は罪深き血を継いでいると、この血を他の土地へと分散してはならない。それを防ぐ為この地を出た者は即、死が待っていると言われている。恐ろしい獣に殺されるのだそうだ。その話を聞いた時、レオは怖くて眠れなかったのを覚えている。けれども今はそれが嘘なのではないかと思っている。この地を出た者は確かに二度と帰る者がいなかったが、帰って来ないだけで、外の世界で自由に生きているような気がする。ケンフォレン達も同じ考えだ。
「本当に外に行くと殺されるのか?」
恐々とレオは訊ねた。
「実際にここに帰って来たものはいませんよ」
クインシーは静かにそう囁いた。
「意外と皆元気に生きているんじゃないのか?ここには帰れないだけで」
レオは吞気にそう言ってみせた。
「そのようなことはありません!姫様、どうか外の世界に捉われないで下さいませ。その考えは危険です」
「しかし、クインシー。最近の若い子はそういうのは信じてないぞ」
「今の子達は外の世界の恐ろしさを知らないからです。私は一度だけ外の世界の入り口の森に食材探しに行った事があるのですが、その時黒い魔物が襲ってきたのです」
「何!本当か?森の中はどんな感じだった?」
レオは違う所に食いついてきた。
「木が生い茂って空は見えず真っ暗でした。あんな恐ろしい所は初めてでした。闇という闇に獣の気配が漂う邪悪な森でした。私は運良く国境警備の兵に助けられましたが、深く森の中に入っていたら・・・・・・と思うだけでぞっとします」
クインシーは怖いのか目をぎゅっと瞑った。
「そんなの剣でたたき切ったらよいではないか。そうか・・・・・・三人じゃ無理か。十人位で行くか」
レオは思案顔で答えた。
「姫様!人の話を聞いていらしたのですか?あんな魔物・・・・・・剣だけじゃ太刀打ちできませんよ!ああ思い出すだけで嫌だ」
とクインシーは身震いした。
「やってみないと分からない。これでも腕には自信ある」
レオは握りこぶしをクインシーに見せて笑った。
「センドリーやケンフォレン達は姫様相手に手加減しているだけです。実戦とはまた違います」
「分かっている。でもどうしても行きたいのだ、クインシー」
レオは急に真顔になってクインシーを見た。
「城の生活はつまらない。遊ぶにしてもレーメットの野原を駆け巡るだけ。窮屈なこの生活に希望をくれたのは、本や旅人の外の世界の話だ。この限られた世界しか知らないで嫁に行くのか?嫁に行っても外に行ける訳でもない。ずっとこの山と空を見続けて生きてゆくのか?そんなの嫌だ。そんな人生嫌だ」
レオは胸からぐっと、こみ上げてくるものを感じたが、それを深い溜息で押さえた。
「姫様・・・・・・」
クインシーは慰めるように、レオの手を両手で包み込んだ。
「それでも外はいけません。姫様が魔物に襲われるなんて私は考えたくもありません。姫様は、よその国に嫁いで幸せになって下さいまし。それはそれで幸せなのでは?」
「三食昼寝付き、本読み放題」
レオは、ぼそりと言い放った。
「何ですか?突然。その言葉の意味は?」
クインシーは訝しんだ。
「父王に言った結婚相手の条件だ」
「まあ!そんな事を?」
クインシーはあきれ果てたように口を開けた。
「多分こんな条件を呑む国なんて、あり得ないだろうから言ったのだ。お陰でまだ貰い手が無い」
「その条件を満たしている国がありますよ。少なくとも本読み放題は確実です」
「どこだ?その国は」
レオは興味津々にクインシーの鼻先まで近づけた。
「ウェンデルですよ。あそこは知識人が数多く集まる場所ですからねぇ・・・・・・貴重な本とか沢山あるでしょうね。どうですか?姫様」
「うむ、確かに魅力的だな。でもウェンデルはジーン姉さまが嫁がれるのだよ。私が選ばれる訳ない」
と当然の事のように言うと、レオはカウンターに顎を乗せた。
「わかりませんよ。意外と使者の方から声をかけてくれるかも知れませんよ」
とクインシーは念押しした。
「うーん。貴重な本か・・・・・・読みたいな。ジーン姉さま嫁いだら呼んでくれる・・・・・・はずないな、ふん・・・・・・無理だな」
レオは他人事のように笑った。
「・・・・・・姫様は嫁ぐ事よりも本が大事なんですね」
溜息まじりにクインシーは肩を落とした。
「ああ、心行くまで本が読みたい」
レオはクインシーの事はお構いなしに本の事を思った。
自分の世界を広げてくれる本が、レオは大好きだ。本なら幾らでも没頭できる。ウェンデルかぁ・・・・・・。沢山貴重な本があるだろうな。あの本の小説家もいるはず。レオはほんの少しウェンデルに興味を持った。そう思ったのも数分で次の瞬間、―ま、自分が行けるわけ無いし関係ないか。どうせジーン姉さまがお嫁に行くのだ、と早々に諦めた。
「少しはその美貌上手く使う方法考えたらどうですか?そのままでもお綺麗ですけど、もっと自分磨きをなさったらジーン様達より遥かにお美しいのに」
勿体ないとクインシーは残念がった。
「自分の見た目に関心が無いな」
とレオは無碍もない。
「第一見た目だけで婚姻を迫られてもな。結婚前のその時だけ頑張っても後が続かない。元通りになって、嫁いでも旦那には三日で愛想着かされる」
自信たっぷりにレオはそうクインシーに告げた。
「変にそういう所だけ自信があるのですね」
はあ・・・・・・とクインシーはこめかみを指でぐりぐりと押した。
「姫様、これを差し上げます」
ことりとレオの目の前にティーチェソースの小瓶を置いて見せた。
「おお、まだ残っていたのか?」
レオの顔が一気に輝く。
「ええ、まだ残っておりますよ。ダノンには内緒ですよ。私にはちゃんと隠し場所があるのですから。それより姫様、人に旅に出る事を言わないように。後、ウェンデルの使者が来た時一番綺麗なちゃんとした格好でお迎えくださいね。約束してくださいね。それがこの瓶を差し上げる条件です」
「うん、わかった。約束しよう」
レオは真顔でそう答えた。そして、瓶に手を伸ばそうとした・・・・・・が、クインシーにしっかりと抑えられてしまう。
「本当に心からおっしゃっていますか?目の前のソースの事しか考えてないのでしよう」
とクインシーは呆れ顔だ。
「おう、よくわかったな、クインシー」
とレオは心を読まれて驚きを隠せない。
「わかりますとも、姫様の考え方はよく承知しておりますとも。姫様、今度はクインシーにちゃんと約束してくださいね。心からの願いです」
「わかった。旅の事は誰にも言わない。使者が来る日には、私の持っている一番上等なドレスを着よう。それでいいか?クインシー」
レオは今度は真面目に約束した。
「本当ですね?」
念を押すクインシー。
「うむ、本当だ」
レオはしっかりとクインシーの目を見て答えた。
「楽しみですわ。姫様の着飾ったお姿」
クインシーは嬉しそうに微笑んだ。
「あまり期待しないように」
とレオは、そんな彼女に釘を刺した。
「きっと、お美しいでしょうねぇ・・・・・・」
クインシーはレオの晴れ姿を思い浮かべて楽しそうだ。
「クインシー、この瓶にかかった手を離してはくれないか?」
「あっ!そうですね。どうぞ、お受け取り下さいませ」
とクインシーはティーチェソースの小瓶を差し出してくれた。そして、レオと約束した事に満足したのか、調理場へ鼻歌で戻って行った。
「クインシー、手伝おうか?洗い物だろう?」
レオは彼女の後を追う。
「いいえ、もうダノンがほとんど洗い終えておりますよ。あと少しだけで休憩が出来ますので大丈夫です。それより、姫様はまだ、食事がお済みじゃありませんねえ。あれほどのティーチェ料理好きがどうなさったのでしょう」
とクインシーに指摘されレオは慌ててカウンターに戻った。
「私としたことが・・・・・・この、さ、皿は自分で洗うからな」
レオはそう言うと再びティーチェ料理の芳醇さにとらわれていった。鶏肉の香ばしさと甘辛なソース!この二つが相まって美味しさが増すのだなあ・・・・・・。
「姫様、心の声駄々洩れですよ」
とクインシーのツッコみが入った。
「む、又漏れ出たか・・・・・・失礼した」
レオはバツが悪そうに彼女に謝った。
「いいえ、どうぞ存分に味わってくださいな、ここまで喜んでくださると料理人として嬉しいことはありません」
とクインシーは微笑んだ。
「ああ、美味かった!」
とレオはティーチェ料理を食べ終わると皿を持ち席を立った。
「はい、お皿をどうぞ」
クインシーはレオの持つ皿を取り上げた。そしてその皿を洗い始めた。
「むう、自分で洗うと言ったのに・・・・・・」
レオはなんだか負けた気分でクインシーを見た。
「これくらいなんでもありませんよ。姫様はもっと甘えて下さっていいのですよ。せめてこの店の中だけでも」
「そうか、ありがとう。クインシー」
レオはそう言ってくれる彼女が大好きだ、とあらためて思った。この国でそう言ってくれるのは彼女くらいのものだ。彼女のおかげでレオは生きる希望を持ち続けたのだから。本当にありがたい。レオは心の中でもう一度彼女に感謝した。
「さあ、そろそろお城に帰らなくても大丈夫ですか?」
とクインシーに言われ、それもそうだなと、レオはティーチェ料理とティーチェソースの小瓶の礼をすると店を後にした。
クインシーは段々と説教くさくなってきたものだとレオは振り返った。着飾っても使者の目に留まらないだろう。しかし約束したし、まあ彼女の希望に沿うとするか。何を着るかな。ドレスを探してみるか。
「さてと」
レオは馬に乗ると城へと向かった。




