第五十一話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「これで、しばらくは人里に行かなくても旅を続けられる。お前達を危険にさらすこともない」
食後にクレアは自分の持ち物を取り出して、その場に広げた。そのほとんどが食料だ。火は熾せないが、微かに青く灯るランタンを皆の中心に置いてある。その光で見える食料は青白く美味しそうには思えなかった。
「そうですね、これだけあれば食うに困らないですね」
レオは保存食を一つ掴みそう答えた。
「その代わり最初は荷物のおかげで動きが鈍くなるがな。敵が来たら荷物投げ出して戦わねば」
「はい、そうですね」
毎度の事だな、とクレアとレオは笑った。
「うむ、ではこの作業が済んだら休むとしようか」
「はい」
レオ達は荷物を片付けるとフードに包まりそれぞれで身体を休めた。
『もう寝るのか?早いな』
レオの耳にささやく声が聞こえる。
(明日から移動です、早めに睡眠をとった方がいいのです。旦那様)
レオはそう心の声で答えながら瞳を閉じた。
「・・・・・・」
眠った状態のレオの視界に青い影が揺らぐ。その影は次第に形となりイノスの姿へと変わっていく。
(旦那様)
レオはイノスの元へ駆け出し抱き付いた。レオとイノスは夢の中で不規則に会っていた。会えない時の方が多いが、それでもこうして会えるのは、レオにとってこの上なく嬉しい事だった。レオが旅を始めた時から彼と夢の中で逢瀬を続けた。これは二人だけの秘密だった。
ジ・タ・ハークの声はウェンデルに居た頃のように、イノスが押さえてくれているのか、レオを苦しめることなく過ごせていた。あれだけ、セオドアで苦しめられていたのが嘘のようだった。
『今までの分を取り戻すように、甘えてくるなお前は』
イノスは抱き付くレオの髪に優しくキスをした。彼女の髪は用心のため黒く染められ、髪の長さも肩までの長さになり、後ろに無造作に束ねてある。この事をイノスは嘆いた。あんなに美しい銀の針を思わせる後姿を見れないと。
(いつ、旦那様がいなくなるか、わかりませんから、自分の心に正直になる事にしたのです)
レオは全身でイノスの存在を確かめた。その存在は儚く消えてしまいそうで、彼が居なくなるかと思うと、尚更この温もりを離したくなかった。
(今度は消えませんよね?何処にも行かないでくださいね)
レオはそう言うとイノスを見上げた。
『―・・・・・・』
イノスはそれに答えずレオの唇を奪った。
(だ、旦那様?)突然の事に驚くレオに『お前可愛すぎ』とイノスは再びキスをした。
(旦那様・・・・・・)
レオの顔が赤く染まる。最近の旦那様は、積極的な態度ばかりだ・・・・・・レオはそんな彼に戸惑うばかりだ。こんなに情熱的な方だったとは、ウェンデルに居た頃とはまるで違う。彼からこんな言葉をかけてくれるなんて想像できなかった。今まで溜まっていた感情が堰を切って流れ出ているかのよう・・・・・・。
―私も同じかもしれない。自分でも信じられないくらい恥ずかしいことを、平気で言えるようになってしまった。お互いがお互いを想う。レオ達はこのような状況でようやく夫婦として過ごすことが出来たのだ。
(旦那様、私はどうしてあなたの妻に選ばれたのです?以前から疑問に思っていたのですが・・・・・・)
『瞳だ。お前の緑の瞳に一目で惚れた、銀の針に似た髪も。これでいいか?』
イノスはそう言うとレオの目を覗き込んだ。
(旦那様!)
レオの顔がサッと赤らむ。
『思った通りの行動をするな、お前は』
(揶揄わないでください)
益々レオの顔は赤くなった。
―全く女心を揺るがす人だ、すぐにそうやって人を惑わすのだから・・・・・・。レオはふうと息を吐いた。そうする事で、漸く彼女は心を落ち着かせることが出来た。
(・・・・・・そういえば、初めてセオドアでお会いした時に、別れ際に私に何を言おうとしたのです?)
レオはふとセオドアでの出来事を思い出してそう何気なく聞いてみた。
『そんな事もあったな。一緒に踊りませんかと誘いたかったんだ』
(そうだったのですか)
『お前も、あの時何か言いかけていたが、何を言おうとしたんだ?』
(もう、過去の事です。忘れました)
レオは顔を真っ赤にして俯いた。あの時、本当のところは、どうしてこんなに瞳が美しいのですか?と聞いてみたかったのだ。
『何かありそうだが、まあいい。それより、踊らないか?一度お前と踊ってみたかったんだ』
(私は下手ですよ。基本中の基本しか知りませんよ)
構わない、とイノスは突然の誘いに、慌てふためくレオの手を取って踊り始めた。
・・・・・・ふふふと踊る二人の間で自然と笑いが起きる。しばらく二人は飽きるまで踊り続けた。
(・・・・・・旦那様、私は今が一番幸せです)
しばらくして、二人は肩を寄せ合い夜空を見つめた。
『どうしてだ?』
(旦那様とこうして一緒にいられるだけで幸せです)
『そうか・・・・・・俺はいつ何時でも、お前を感じていたいがな』
(旦那様は本当に真っ直ぐな感情をぶつけてきますね)
『・・・・・・もう後悔はしたくないからな。言っておきたいことは何でも伝えておきたい。俺がお前を愛していることを何度でも』
(・・・・・・)
レオの顔が赤らむ。困り顔の彼女の唇に再びイノスの唇が重なる。二人はしばらく、そうしてお互いを感じあった。
「旦那様・・・・・・」
レオはクレアの揺り起こす声で目が覚めた。
「―・・・・・・」
イノスの姿は勿論のことながら無い。夢でもいい、あの方に会えるのであれば。レオはイノスに会った夢の後、毎回寂しさと共に目覚める。夢の中の二人の間が濃密であればあるほど。
「何かいい夢でも見たのか?幸せそうだったぞ」
クレアがそう声をかけて来た。
「ええ、何か夢を見たはずですが、起きた同時に忘れました」
とレオは誤魔化した。―本当の事は言えない。たとえ言えたとしても恥ずかしくて言える内容じゃない。我ながら大胆なことをしたと思った。
・・・・・・あれは夢、夢なのだ。だからあんなに恥ずかしい言葉も言えるのだ。そうだとも。レオは火照る顔を叩き頭を切り替えた。
「今日はここを発って、裏道を進むのですか?」
「そうだな、裏道がある山道を歩く。危険だがそれしかない」
ソードはそう言うと今から行く方向を示した。
レオは険しそうな山肌を見て、又大変な道のりになるな、と身を引き締めた。
「野盗に気を付けろ」
ソシアがレオに声を潜めて囁いてきた。
「了解です」
レオは短くそう答えた。




