第四十九話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
―いつの間に好きになったのだろう。いつの間に好きから愛するようになったのだろう。
こんな感情を俺は知らない。どうやってこの感情は生まれたのだろう。
君を初めて見た時から?あの銀の針のような長い髪は確かに美しかった。そして、萌える緑の瞳、引き込まれたのを覚えている。
でもあの時はまだ意識していなかったかも・・・・・・。いや、もう彼女をウェンデルに迎えた時点で、彼女自身を巻き込むのはわかっていたはず。それでも、彼女を娶ったのはやはり出会った時から好きだったのかも知れない。
君の苦しむ寝顔を心配しながら見つめていたからか、徐々に守らねばという感情が募っていったのかも。俺の心は何かが欠けていたのだ・・・・・・それを君が埋めてくれた。すぐにカッとなる薄紅色の頬や、淡い緑のキラキラした瞳と俺がからかうと、つんと尖る唇。どの仕草を思い出しても、愛おしさが止まらない。
この感情を持てあまし、なぜか君の前でつれない態度をとってしまった。
あの別れの時どう答えてやればよかったのだろう、あの強き眼差しに。
ウェンデルが襲撃された後、君を何度も助けた。あの華奢な体にどんな力があるのだろう。君の剣さばきに感心した。君の強さ、真剣さに俺は何度も恋をした。
そして君の弱さ、あの夜に泣かれた時、自分の事を想って泣いてくれた時。愛おしかった。初めて君を抱きしめた。永遠に側にいたかった。
―しかし、この姿で共にいる事は限界がある。もう一度君を抱きしめたかった。
シェルシードである自分には時が無かった。イノスは静かに目を閉じた。
「こちらへいらして」
ソリエラはレオに、とある通路の先にある扉を指し示した。
「この中で起こった事は全て自分の心に留めておいて。約束して、そうでないとあなたをこの先に入らせるわけにはいかないの」
「わかりました、約束します。・・・・・・この先に何が?」
「あなた達の未来よ」
そう言うとソリエラは扉を開けた。
「―シェルシード!」
扉の中に入ったレオの前に、青の甲冑の彼が、光の円柱の中に立っていた。その体から青い光が滲みでて淡く揺らいでいる。足元を見るとその鉄の塊が、光と共に糸が解けて行くように、じわじわと消えてゆくのが見えた。その中には人の足がのぞいている。
その時レオは直感した。シェルシードはもしかして・・・・・・。
―レオは腰まで露わになった彼の姿に、自分の想像が合っているのか、不安と期待に胸が高鳴るのを押さえられなかった。
黄金の髪、夜の帳色の瞳、皮肉を持った口角―「旦那様!」レオは全てが露わになった彼の姿に泣きそうになった。身体の中心は光で溢れ輪郭だけしか見えない。
レオはイノスに飛びつこうとしたが、彼の身体に渦巻く光の柱が、それを許さなかった。
「―」
イノスはレオに何か言っている。しかし、レオにはその声が届かない。
「何をおっしゃっているのか分かりません!」
レオは叫んだ。
イノスの方は一方的に何かを叫んでいる。レオは必死でイノスの唇の動きで、何を言っているか理解しようとした。――が、分からない。どうすればいいのだろう・・・・・・。レオが困った表情を見せた。すると、イノスはその様子に気付いたのか、レオの方に手を伸ばしてきた。
「旦那様!」
レオはその手を掴んだ。
「―!」
冷たい。イノスの手は氷の様だった。その冷たさは尋常じゃなかった。冷たさが痛みに変わる。それでもレオはその手を握りしめ離さなかった。
イノスの方もこの光の外に手をさらすのは苦痛の様だった。彼の額から脂汗がじわりと流れる。レオの指は冷たさで真っ赤になってしまった。
―それでも二人は手をお互いに離さなかった。
永遠――それとも一瞬なのだろうか、その時だけは二人の心は一つになれた気がした。
「―」
レオの顔が苦痛で歪み始めた。
「・・・・・・」
その様子を見てイノスから手を離した。
「―え?」
驚くレオにイノスは、手を既に光の柱の中に入れ、その光に身をゆだねている。
「旦那様!」
イノスの身体が光の柱の中で天井へと上がって行く。その様子はどこかに行ってしまうようで危うい。
「旦那様?!」
レオの叫びにイノスはこの上なく穏やかに微笑む。
「―」
光の柱からイノスの姿が薄れて行く。
「旦那様!」
レオは光の柱に手を伸ばした。が、強い力で跳ね返される。
「―!旦那様!旦那様!」
彼女は必死にその姿を止めようと呼びかける。
「―」
しかし、光の柱からどんどんと、イノスの姿が消えて行ってしまう。
「旦那様!」
そして、強い光を放つと、とうとうイノスの姿と共に光の柱も消えた。
「旦那様?・・・・・・旦那様」
レオはイノスに呼び掛けた。
その空間はレオを残して、静かに何事もなかったかのように、微かな光を漂わせていた。
「レオーナ姫」
しばらく事の出来事について行けてないレオに、いつの間にかソリエラが側に来ていた。
「旦那様が消えてしまわれました!どこにいらっしゃるのです?」
「落ち着いて、これからよ。肝心なのは」
微量な光は少しずつ粒子がぶつかり、大きな塊へと変化し、レオの周りをぐるぐると回り始めた。
「何?」
戸惑うレオの頭上に光が集まる。その光の塊はどんどん大きくなってゆく。そして、カッと一筋の閃光が走った。
「―?!」
余りにも激しい眩しさに、目がくらんだレオは目を伏せ耐えた。
「・・・・・・眩しい!この光は何だ?」
目を閉じながら光の量が、少なくなっていくのを感じたレオは、恐る恐る目を開けた。そして、再び頭上を見上げると巨大な剣が宙に浮いていた。軽く人の身体くらいの大きさはある。
「なぜこんなに大きいのだ?それも剣だと?・・・・・・旦那様は何処に?この剣の中にいらっしゃるのか?」
そうレオが驚きを隠せないでいると、剣は急激に寸法を縮み始めた。彼女でも持てる大きさになると、レオの目の前に降りてきた。
「剣が小さくなった?では旦那様はこの剣の中ではないのか?それとも、剣ごと、小さくなってしまわれたのか?」
「レオーナ様、この剣を手にして下さい」
傍で沈黙していたソリエラが口を開いた。
「ソリエラ様!旦那様は何処に行かれたのでしょうか?」
レオはソリエラにじり寄った。
「申し訳ないのですが、私にはお答えできません」
そうソリエラは辛そうに目を閉じた。
「まずは剣を取って下さい。おそらくはこの剣がイノスを探す手掛かりになるでしょう」
「君が知っているのか?旦那様の行方を」
とレオは剣に語り掛けた。レオの問いかけに答えるように、剣は光を二回点滅して見せた。
「そうなのか?本当に?」
剣はそうだと言わんばかりに、レオに再び二回点滅して見せた。
「・・・・・・」
レオは恐る恐る剣を手にした。すると、その剣は青い光で輝き始めた。その光は青い炎のように剣の周りで揺らいだ。そして、何か文字を剣に刻みつけて行く。
「―?!」
レオにはその文字は読めない。昔見たウェンデルの古代文字に似ている。光は文字を刻むと消えてゆき、その文字さえも、とうとう無くなってしまった。―と同時にレオの手に剣の重さが急に圧し掛かった。
「重い!」
剣はレオの手を離れ床に深く突き刺さった。
「何なのだ?これは・・・・・・」
剣は先ほどの青い光は無く、普通の剣に見える。
「・・・・・・」
レオは何とか床から剣を抜いて見せた。
「ん?」
今度は剣が重くない、持ちやすい。レオは片手でも持てる剣の軽さに驚いた。さっきの重さは何だったのだろう?
「これで青の剣は、お前の手に宿った」
レオの背後から声をかけられた。
「ディ・フォン様?」
それにリィも側にいた。三人もこんなに側にいたなんて、全然気が付かなかった。周りを見渡せば、その空間は本棚に囲まれていた。青の光しか見えてなかったレオは驚きを隠せない。
「―この場所は・・・・・・」
本棚の中に扉があるのを見つけたレオは、ここがどういった場所か悟った。
「あの場所はここに繋がっていたのですね・・・・・・」
知識の塔で辿り着いた隠し扉、あの時はどうやっても扉を開ける事が出来なかったが、秘かに青の剣シェルシードが、あるんじゃないかと思っていた部屋の扉だ。
「そう、あの時、お主が開けられなかった場所じゃ。この時が来るまでは」
「旦那様は何処に行かれたのです?」
レオはディ・フォンに訊ねた。
「ここにはもう居ない。遠くへ行った」
ディ・フォンはレオに冷然と言い放った。
「どこへ行かれたのです?!」
「これから、お前はイノスを探す旅に出るのじゃ」
「旅に?」
レオは自分があれほど望んだ旅が出来ることに驚いたが、イノスが居ない喪失感の方が今の彼女にとって大きかった。
「旦那様はこの世界の何処かにいらっしゃるのですか」
レオはディ・フォンにすがった。
「左様、彼を探すのがお前の運命だ」
ディ・フォンは青の剣を、レオの手から取り上げるとレオの肩にそれを掛けた。
青の剣が光を放つ、その光はレオの体にズンと入って消えた。
「―これでお主は青の剣のマスターとなった。わしを守り尽くすことを許す」
ディ・フォンはそう厳かに言い放った。
「―は!青の剣のマスターとして御身をお守りいたします」
レオは自分が意識しなくても、すらすらと言葉が出た事に驚き、顔を上げ、ディ・フォンを見た。
「―これは?どういう事です?」
「―青の剣のマスター故じゃよ」
とディ・フォンは笑った。
潮風がレオの髪をなぶる。初めて嗅ぐ海の匂いは最初、臭いように感じたが、慣れれば気にならなくなった。砂浜は遠くまで続き、海の大きさに改めて驚いた。こんなにも知らない世界は広いのだと。
レオはウェンデルの人たちと離れ、ディ・フォン達と共に旅に出る。道は多難が続くであろう・・・・・・けれど、行く道は一つだ。行方の知らないイノスを探し出す事、この一点に懸ける。
この世界のどこかにイノスは存在していると、ディ・フォンは教えてくれた。
「―行くぞ」
海を眺めるレオに声がかかる。
「はい」
レオの肩には青の剣。
―これから私の旅は始まるのだ。まだ見ぬ世界に心は踊る。
レオは旅を共にする人々の元へ駆け寄った。その先には無限の世界が広がっている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―それから、銀の針姫と旦那様はどうなるの?」
娘が身を乗り出して聞いてくる。
「そうねえ・・・・・・この物語の先を知りたい?終わりはまだまだ先だけど」
と私は困惑しながら答えた。
「知りたいわ」
「二人が不幸な結果であっても?」
「不幸になるの?」
「必ずしもそうではないわ、こうしてまだ物語は紡がれているのだから」
「じゃ、私が姫と旦那様を会わせるわ。きっと二人は出会って幸せに暮らすのよ」
「楽しみね、どんな結末が待っているのかしら」
「ハッピーエンドよ!絶対そうさせるわ!」
「あなたならそのように物語を変えてゆくかもね。頑張って」
「うん!きっと二人を幸せにしてみせる!」
私の娘は嬉しそうに笑って見せた。本当にこの不思議な物語をハッピーエンドにしてくれそうだ。
「じゃ、お願いね」
「まかせて!」
こうして、銀の針姫の話は続いて行く。子々孫々と未来へと続く話となるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




