第三話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
ティーチェの並木道を抜けると、セオドアの城下町に入る。ティーチェソースが出来る春頃には人が溢れかえっているが、今は人もまばらである。その中でひときわ賑わっている店がある。看板に丸っこい字で書かれた麒麟亭とある。セオドアでも料理が美味いと評判の店だ。
「クインシー」
レオは麒麟亭前に馬を留めると、店の裏口から顔を覗かせた。
「レオ様!よくいらっしゃいました!」
クインシーと呼ばれたふくよかな中年の女が、にこやかにレオを出迎えた。レオの事を彼女の愛称であるレオと呼ぶのはレオの身分がばれない為だ。彼女はここの主で料理の腕前は、レオの中ではこの国一番だと思っている。ティーチェの料理はもちろん、セオドアのあらゆる郷土料理が旨いと評判である。したがってご飯時には店は混雑極まりない。その為レオは、いつも裏口から店に顔を出す。店はクインシーとその息子ダノンで切り盛りしている。クインシーはザクザクと、フェーレンという青菜を刻んでいる最中だ。
「よし」
レオは前掛けに袖を通すと後ろで紐を括った。そして三角巾で長い髪の毛を纏め、鼻と口にも三角巾で覆った。そして、狭い厨房でクインシーの傍に立った。
―この店の匂い、雰囲気、たまらないな。いつ来ても興奮する。香料の香り、鍋物の湯気の香り、継ぎ足しのソースの芳醇さ。じゅうという鍋の爆ぜる音。客の喧騒。
「レオ様?」
クインシーはレオの姿を見て驚いた。またこの姫は厨房で手伝うつもりのようだ。
「これはフェーレンの油炒めだな?」
レオは採れたてのみずみずしいフェーレンを眺めてそう尋ねた。
「そうですよ、今、レオ様にもお作りしますよ」
クインシーが、ちらりとレオを見て、そう言ってくれた。
「いや、いい。自分で作れる。それより手を貸そう」
そう言うとレオは手袋をはめて、フェーレンを鍋にざっと入れると炒め始めた。
「レオ様。そういう事は私どもの仕事です。姫君がやる事ではありませんよ」
クインシーはそう小さい声でレオに注意しながらも、あざやかな手さばきでどんどんと料理を仕上げていく。
「忙しいのであろう?私もタダで飯は食べたくない。それにこの作業に誇りさえ感じる。つまり、料理をしていると、とても幸せなのだ」
レオも客の注文に答え、調理を黙々とこなしてゆく。
「レオ様が手伝ってくれると大助かりだよ」
とダノンが嬉しそうに客に料理を運んでゆく。
「本当に変わったお方だよ。レオ様は何が楽しくて、こんな汚い厨房で腕を振るうんでしょうねえ」
クインシーは理解できないと首を振る。
「・・・・・・最早人生だな、ここまでくると」
レオは少し考えた後、そう言い放った。
「人生ですか。レオ様は変わっていらっしゃいますね。本当ならお城でおしゃれとか裁縫などの趣味をお持ちになった方がよろしいのに」
クインシーはこんなにお綺麗なのにと零す。
「おしゃれに興味はない、裁縫は苦手だ。こっちの方が遥かに楽しい。はい、ナウルの炭火焼き」
とレオは淡々と調理を続ける。
「料理は基本的に下々のものが作るものですから。身分の高い方は料理をいたしません。それに包丁などで手を切るかもしれないですしね」
「裁縫も私の指をグサグサ指すぞ。危険ではないのか?」
「傷の程度が違います。貴婦人たるもの裁縫は得意でなければなりませんよ」
「貴婦人などクソくらえだな」
「レオ様はたまに、ぎょっとする毒を吐きますねえ。何処でそんな、はしたない言葉を覚えるのです?」
「その界隈じゃ普通だ。クインシー、口より手を動かせ。注文が物凄い事になっているぞ」
レオはおびただしい注文書を指差す。
「あら、本当ですね」
そうレオに指摘されたクインシーは慌てた。
「高速でこの注文どもをやっつけよう」
とレオが気合を入れた。「レオ様言葉遣い!」クインシーはそう言いながらガンガンと調理する手を速めた。




