第四十二話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「こっちへ来い!」
レオはセオドアの城に着くと、ジ・タ・ハークへ続く道へと連れていかれた。
「入れ!」
レオは兵士に言われるがままジ・タ・ハークへの入口へ入った。
「静かだな・・・・・・」
レオはいつもならこのあたりからジ・タ・ハークの声が聞こえてくるというのに今は全くない。不思議に思いながらレオは階段を下って行く。
「止まれ!こっちだ!」
兵士が階段の途中で止まると、階段の壁の一部を押すと、人一人入れる穴が現れた。
「―こんな所があったのか」
レオは兵士に促され、その穴へと入って行った。
「暗いな」
穴の奥は通路となっており、所々水が滴り落ち、兵士の持つ松明だけが、この空間をゆらゆらと照らしている。
「う・・・・・・」
暗闇の向こうから人の呻き声が聞こえる。
「誰?誰かいるのか?!」
レオはその方向に大きな声をかけた。
「うおおお・・・・・・!」
彼女の問いかけに誰かが答えるかのように、荒々しい泣声が混ざった雄叫びが響き渡った。
「ここだ」
通路の突き当りに止まると兵士が扉を開けた。
ギギッ・・・・・・扉の開く音が軋み響く。その先の部屋を見てレオは驚いた。
「牢獄?」
大小様々な鉄格子の部屋があり、白骨化した死体などがある。
「うう・・・・・・」
又、呻き声が聞こえた。レオはその声が聞こえる方へ駆け寄った。
「――!もしかして父王様?!」
レオはその人物を見て騒然とした。足と手は枷が付けられ、汚い麻の服を着せられ頭から水が滴って全身びしょ濡れだ。その顔は泥まみれでその姿は、一見父王とはわからないが、眼力の強さだけが彼を父王だと感じ取れた。
「父王様!どうして?!」
レオは父王の入っている牢の鉄格子に近づき声をかけた。
「さあ、お前も入るんだ。一応縄は解いておけとのご命令だ」
兵士はレオの手の縄を解くと、牢へと背中を押しやった。
「えっ?!」
レオは抵抗する間もなく、父王と同じ牢に押し込められた。
「父王様!」
レオは父王の姿を傍で改めて見て、ひどい仕打ちだと思った。
「なぜ?姉さまは、何故に父王様をこのような目に?」
レオは怒りながら兵士に問うた。
「さあな、せめて明かりだけは置いておいてやるよ」
と手に持った松明の火をランプに移し、牢の前に置くと去って行った。
「―待って!ジーン姉さまに会わせてくれ!待って!待ってくれ!」
レオは兵士が視界から消えて、明かりが見えなくなっても叫んだ。
「レオーナ、もうやめなさい」
レオは父王に言葉に振り返った。
「父王様・・・・・・」
姿こそ汚いが佇まいは王の品格があり、王そのものだった。
「どうしてこんな姿に・・・・・・」
黒く煤けた父王の頬に触れたレオは、その父王に対しての、ぞんざいな扱いに怒りが込み上げてきた。親である者にこのような仕打ちを・・・・・・。
「ジーンはシェルシードに取り憑かれておる。ジ・タ・ハークに心の隙を突かれたのだ」
と父王は言うと「ああ」と疲れた声を出した。
「?どういう事です?」
レオはその言葉を理解出来ず、父王の顔を覗き込んだ。
「ジーンはあの剣の魔力を我が物にしたかったのだ。だが、その野望はお前が嫁いだことにより打ち砕かれた。それでカルームの王のところに行き、青の剣シェルシードの話をしたのだ。そしてインフレイ・オフ・カー王子と結婚した。カルームの思惑とジーンの野望が一致したのだ。ウェンデルを攻撃するという彼らの思惑がな。カルームは、お前が嫁ぐ前から何かしらの動きがあったのだよ」
そう言う父王の言葉に、レオはセオドアに居た頃のセンドリー達の動きを思い出していた。
「国境にセンドリーを向かわせたのは、その動きのせいですか?」
「うむ、カルームはその時から準備を始めていたと思われる」
「シェルシードに何があるのです?ジーン姉さまはどうしてあの剣を欲しがるのです?」
「シェルシードを持つ者、世界を手に入れる、という伝説がある」
「世界を手に入れる・・・・・・姉さまはどうしてそんな事を知ったのでしょう?」
「ジ・タ・ハークだ。あれはジ・タ・ハークに取り憑かれている。もうずいぶんと前からな」
「私が一番ジ・タ・ハークに取り憑かれていたのではないのですか?そのため私が代わりに嫁いだはず」
レオは父王ににじり寄った。
「あれはワシの口実だ。ジーンをウェンデルに嫁がせない為にした事だ。ジ・タ・ハークは一つではない複数の顔を持っている。ジーンはジ・タ・ハークの暗黒の部分に触れたのだ。そして、自分の意思は、ほぼ無くなった。あれはジ・タ・ハークそのもののようだ」
「そんな、ではジーン姉さまが、ウェンデルに嫁く事は最初から無かったと?」
「ジーンは手遅れだったのだ。私が気が付いた時には遅かった。ジーンからジ・タ・ハークから引き離そうとも、施しようが無かった。お前の方がジ・タ・ハークの支配は軽かったのだよ。だからお前をウェンデルに嫁がせた」
「でもそのせいでウェンデルは攻撃された!私じゃなくジーン姉さまが嫁げばよかったのに!私なんかよりずっと姉さまは、ウェンデルに憧れていらっしゃったじゃないですか!」
「ジーンが嫁いでいたら、もっと事態はひどくなっていただろう。ジ・タ・ハークの思いのままだったろう。ウェンデルの使者がジーンに、あの者に取り憑かれている事を教えてくれた。ウェンデルはジーンを娶る事を拒んだのだ」
「―そんな!いつからジーン姉さまはそんな事に?!」
「おそらく幼き頃から。ワシが気付いてやれなかった。奴らが巧妙にジーンを我が物にしたのだ。あれが変わったのはジ・タ・ハークによる支配だ。全ての元凶はそこにある」
「どうすれば・・・・・・ジ・タ・ハークから姉さまを救えますか?」
「それは出来ぬ。一度あそこまで堕ちたものを、ジ・タ・ハークが離すまい」
「そんな・・・・・・ジ・タ・ハークの狙いは何です?なぜ人に取り憑くのです?」
「第二の太陽の復活それのみ」
と父王は断言した。
「第二の太陽。・・・・・・ウェンデルでも聞きました。でも何かは、はっきりとわからなくて・・・・・・。一体何なのです?」
「―禍々しい光と全てを焼き尽くす世界を変える力」
「そんな恐ろしいものがあるのですか?」
「そうかつて、それは存在していたが、今は静かに眠りについている。その力をジ・タ・ハークは望んでいる。再びあの光による世界の崩壊を」
「第二の太陽を失くす手立ては?どうすればジ・タ・ハークから守れますか?」
「全てはシェルシードが鍵なのだ。もうジーンを止める者はいない。ウェンデルがあれに落ちたら最後だ」
「ウェンデルは大丈夫ですよね?あれだけ強固な城ですから。陥落する事も無いでしょう」
「確かにあの城を崩すことはままならない。しかし、籠城となると、よくてひと月だ。戦闘が長引けばウェンデルとて、もたないであろう。まあ、その前に逃げるという選択肢もあるが。ところで、レオーナ、お前はなぜここにいる?ウェンデルはどうなった?」
「ジーン姉さまが、私がセオドアに戻る事を条件に兵を退きました」
「そうか、お前ひとりが戻らなくても当分の間、ウェンデルの方は有利のはず。別にお前が戻らなくてもよかったのではないか?ウェンデルでの生活が嫌になったのか?」
「いいえ、ウェンデルでの生活は楽しいものでした」
レオは懐かしそうにウェンデルの事を振り返った。
「ではなぜ?」
訝しげに父王は訊ねた。
「少しでもウェンデルの役に立ちたかったのです。それに私は旦那様に愛されませんでした」
レオは寂しそうにそっと目を閉じた。
「そうか、イノス殿がな、そんな風には見えなかったが」
「―いいえ。現に手に宿る紋様も消えてしまいました」
「ああ、ウェンデルでは愛の証と呼ばれる印か、・・・・・・見せてごらん」
レオは父王に右手を見せた。その手の甲には悲しいほど何も無かった。
「―そうか・・・・・・ジ・タ・ハークの思惑を外す為とはいえ、お前をウェンデルに嫁がせなければ、よかったのかものう。この様に悲しい顔を初めて知るぞ・・・・・・」
父王はレオの顔を心配そうに覗き込んだ。
「父王様・・・・・・私では駄目だったのです」
「イノス殿を愛しているのだね?レオーナ」
「――はい、父王。旦那様は私をジ・タ・ハークから守ってくれていたんです。・・・・・・でもそれは愛ではなく義理だったのです。それに好きな方がいると聞きました。私の事などひとつも想ってはくれなかった・・・・・・」
レオがそう寂しく呟いたその時、彼女の右手が光輝いた。その光は溢れて行く。
「な、何?」
レオがもう片方の手で、右の手を押さえるようにすると光が少しずつ薄れて行く。
「――」
レオの右の手の甲には金に光る紋様が浮かび上がった。
「これは?」戸惑うレオに、父王がその紋様を見つめ「―これは最大級の愛の証なのではないのか?」と言った。
「えっ?そ、そんな・・・・・・」
そうレオは反論しようとしたが、この色の意味を知っている自分がいた。
「クレア様達の手の甲と同じ色?」
クレアは夫にすごく愛されている、と誇らしげに金の色の手の紋様を見せてくれた。カレエの手の甲もその色だった。その色と自分の紋様の色が重なる。
「嘘だ。そんなの。旦那様は一言も・・・・・・」
「その色は相思相愛の証。レオーナ、お前はイノス殿に愛されているのだよ」
「―・・・・・・!」
レオは信じられないと頭を振った。
「そんなバカな!何かの間違いです!あのように素敵な方が私などを好きになるはずがありません。私は嫌われていたのだと思います」
「彼には何か理由があったのだよ、きっと。彼はお前が思うほど、お前の事を想っていてくれたのではないか?知っているはずだ、レオーナ。彼の態度は愛に溢れては無かったか?」
「・・・・・・」
父王の問いにレオはイノスの事を考えた。仏頂面で皮肉めいて、それでも彼は優しくはなかったか?あの態度が愛情の裏返しだったのでは?歌会の笑顔は嘘ではなく彼の愛情表現だったのでは?そう思うとレオは全身がカッと熱くなった。
「本当だ、馬鹿なのか私は。父王様、私には洞察力が足りませんでした。お恥ずかしい限りです。この目でどこを見ていたものか」
レオは自分の鈍さを恥ずかしく思った。




