第四十一話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
―なんて長い抜け道だろう。レオはソードの後に続いたが、この城に、こんな道があったなんて知らなかった。人一人が、かろうじて通れる通路に、白い土壁が塗り込まれている。その道が右往左往しながら続く。どこを通っているのか分からない。レオは目が回りそうだ。ウェンデルの中にはこんな通路が沢山あるのだろうか。
「ふう・・・・・・」レオが疲れを感じた頃、「ここだ」ソードがとある扉の前で立ち止まった。
「ここから城壁の外へ出られる。私が連れて来られるのも、ここまでだ」
ソードは扉を開いてレオを見た。風で彼らの髪は乱れた。
「はい、わかりました。今までお世話になりました、と皆さまにもお伝えください」
「イノスの為にも残ってやった方が・・・・・・。敵兵はウェンデルの頑丈な城壁に守られている。こうして敵も苦戦しているだろう?」
先ほどから、ドン!ドン!と敵は大きな丸太を門に向かって、打ち付け続けている。門の前の敵は上から水攻めに遭ったり、ウェンデルの兵が放つ大量の矢の雨がこれでもかと敵兵の上に降りかかっている。敵兵がウェンデルの強固の門に苦戦しているのがわかる。
「万が一という事もあります。それにセオドアがどうなっているのかも知りたいのです。それに敵の詳細も知っておかねばなりませんし、敵地に行くとして、何かそちらに知らせる手立てはありますか?このホクロは役に立ちますか?」
レオの決意は固い。なるほど、彼女はわざと向こう側にいくのだ、こちらにとって重要な情報を掴みに。ただの姫じゃないな・・・・・・。ソードは考えを改めなくては、とレオの横顔を見つめた。
「―わかった。そこまで言うのなら」
ソードはそう言うと扉にかかっている、からくりを動かし始めた。すると扉の下から縄はしごが一気に降りていった。
「この縄はしごで下に降りてくれ、それから、その右手首のホクロを見せてほしい」
とソードは自分の左手首のホクロを彼女のホクロに合わせた。
「我の目となれ耳となれ。続けて」
「我の目となれ耳となれ」
―キンッとレオの耳に響いた。
「これで君の行動は全て私の耳に届く。話したければホクロに呼び掛けよ」
「はい、わかりました」
レオはホクロが微かに光るのを見届けた。そして扉の向こうに目を走らせた。
「あまり男女での使用は、良くないのだがな・・・・・・」
とソードはぼそぼそと口ごもった。
「え?何か支障でもありますか?」
「いや、非常時なら仕方ない。気にするな」
「はあ、そうですか。では、失礼します」
ソードの判然としない態度に、レオは少し気にかかったが、もう行くと決まった身としては、小さい事は気にする事も無いと別れを告げた。
「それと、この剣を預けます。よろしくお願いします」
レオはそう言うとソードに剣を渡した。扉の位置は意外と高かった。レオの目で見て軽く四、五十メートルはあるように感じる。
「・・・・・・」
レオは城の外を見た。外の兵達はここからでは窺えない。縄はしごに手を掛け一歩一歩降りて行く。時々風に揺れてバランスを崩しそうだ。でも降りなきゃ。この動乱を静めなければ。
「―ふー・・・・・・」
ようやく地面が見えてきた。レオは最後の一歩を降り終えると、ソードに言われた通り縄はしごを下に引っ張って合図した。すると間もなく縄はしごが回収されてゆく。
「さよならウェンデル」
レオはそう呟くと急に寂しく感じた。
「さよなら姫君様達。さよならエーメ、レッシー」
レオはウェンデルで出会った人々を思い出しながら歩き始めた。
「さよなら・・・・・・旦那様」
あの青く冴え冴えとした瞳や、意外に可愛い寝顔とか、ムスッとした冷たい表情とか、レオの頭に浮かんで消えてゆく。もう会えないのだ。そう思うと胸がキュッと締め付けられる。この感情は恋というものか。私は彼を愛していたのだな、レオはそっと目を閉じた。
「―・・・・・・」
こうしている場合じゃないな、顔にパンパンと手ではたいて気合を入れた。
「セオドアの兵はいるか!私はレオーナ・ランド・イシリス!約束を果たしてもらうぞ!」
レオはそう叫びながら兵士達の元へ歩き出した。
「レオーナ様だ」「姫君・・・・・・」
兵の中でセオドア兵が口々に自分の名前を呼ぶ声がする。
「レオーナ様」
レオの前にセンドリーが現れた。
「これはどういう事だ?!なぜセオドアがウェンデルに兵を向ける事に?」
センドリーはレオの質問に答えず、「レオーナ様、ジーン様がお呼びです。こちらへ」そう言うとレオに背を向け歩き出した。「センドリー!どういう事だ!?答えて!」レオは前を歩く彼の前に立ちふさがり叫んだ。
「・・・・・・ジーン様がお呼びです」
そう答えるセンドリーの表情は固く虚ろだ。センドリーは以前の彼ではない、レオはそう感じた。
「センドリー!どうかしたか?何があった?」
レオは彼の両腕を掴んでしっかりしてと瞳を見つめた。
「―ジーン様がお呼びです」
彼は人形の様に同じことを繰り返すばかりだ。
「―・・・・・・」
彼に何があったのだろう・・・・・・。これでは操り人形そのものだ。
「こちらへ」
センドリーはレオについてくるように促した。
「・・・・・・」
レオは姉のジーンが何かを知っているのだろうと思い、黙って彼の後に続いた。
「―ジーン姉さま!」
兵士の中で、一際大きく黒い馬に乗っている姉に向かって、レオは叫んだ。
「センドリーに何をしたのです?!どうしてセオドアが、カルームとウェンデルを攻めているのです?」
「これは、これはウェンデルに嫁がれたレオーナ姫、ご機嫌麗しゅう」
ジーンの赤い唇が歪む。
「姉さまどうして?」
「今はカルームの妃です。ジーン・ランド・ソルファン・カーと申します。この隣の方は私の夫インフレイ・オフ・カー」
「初めまして、レオーナ姫」
インフレイはジーンより小柄で細い目をしていた。カルームの人らしく黒髪で黒の瞳だった。顔は笑顔だったが目が笑っていなかった。
「カルームに嫁がれたのですか?何故に?」
「お前ごときがウェンデルに嫁いだからよ!お前の様に何も知らない者が!私が嫁いでいたらこんな事にはならなかったのに!」
ジーンは憤怒の形相で、レオに吐き捨てるように叫んだ。
「そんな!でも父王が嫁ぐように言われたのです!私はウェンデルに嫁ぐ気なんてなかったのに!」
「―しかし現にお前は嫁いだ。事実は変えられぬ。・・・・・・お前にウェンデルの何がわかる!ウェンデルこそ世界のすべてを握る鍵があるというのに!なぜお前などに!」
「姉さま!」
「お前に姉などと呼ばれたくないわ!―お前も父王のようにしてくれるわ!連れてお行き!」
ジーンの指示通り兵士がレオの両脇を抱えた。
「姉さま!姉さま!」
レオは姉にすがろうと手を伸ばす。
「―・・・・・・」
ジーンはレオの叫びを聞くと顔をゆがめて拒絶した。
「――姉さま・・・・・・」
レオはその時初めてジーンの隣にフレイがいる事に気付いた。
「フレイ姉さま・・・・・・」
フレイはレオの視線を感じると、自分に関わるなと言わんばかりに横を向いた。
「―・・・・・・」
レオは姉達の行動に愕然とし、何も通じないことを悟り兵士達に身をゆだねた。彼女は兵士に連れられ馬車へと乗った。手には縄が縛られ身動きが出来ない。
―いつもこうだ。フレイ姉さまは、ジーン姉さまの言われるままだ。同じ母から産まれた姉妹だというのに。フレイはジーンから一度も守ってくれなかった。
・・・・・・いつもの事だ、気にするな。レオは目を閉じて自分を落ち着かせた。
―そう言えば兵は引いてくれたのだろうか?その事に気付き、慌ててウェンデルの城を馬車の窓から眺める。次々と兵士達がこちらへ向かってくる。兵をセオドアへ引き始めたようだ。
―よかった。約束は守ってくれるみたいだ・・・・・・。では、私のした事で少しは役に立てたのか?少し報われた思いで、レオは小さくなるウェンデルの城を見続けた。だが、本当に私一人で両軍の決着がつくのだろうか?いや、そう甘くはないな。そう彼女は思い巡らせた。やがて視界がシーラットの中へと入って行った。中は青白い光を放っている。だが、爆発の影響か所々以前より暗く感じられた。
―最初に通った時は驚いたな・・・・・・まさかもう一度ここを通るなんて。私がウェンデルに嫁がなければ、ジーン姉さまの希望通りに姉さまが嫁いでいれば・・・・・・。先ほどのジーンの言葉を振り返り、レオは自分が姉をあそこまで追い詰めたのでは?と思い辛くなった。あんなにもウェンデルが好きな姉さまをどうして父王様は嫁がせなかったのだろう。
――父王様に直接聞くしかない、セオドアに何が起こったのか。




